第41話 受け入れ準備


 ハインフィードに戻って数日。

 帰って早々取り決めた会議の日程通りに集まり、ゲン爺たちの家での立ち位置を伝える為の話し合いを行った。


 彼らの事を完全に明かしたのはカール、ライアン殿、家令教育を受けているヘイルの三人。


 その他には全体の場で諜報関連の新組織設立を設立したことと同時に、ロドロア勢力の若い衆を紹介した。

 秘事ではあるので隠そうかとも思ったが、完全に隠してしまうと僕らが居ない時に連携が取れないから仕方が無いので折衝案だ。

 書状で勅命を出して貰っているので正直バレたところで実質的な罰則は無いしね。


 紹介後、そろそろルシータにも名目上のではあるが仕事を与えるとし、その組織の管理者として務めて貰うという話がリーエルからされた。

 これは、お爺ちゃんの所に気兼ねなく通える様にという配慮でもある。

 というか優しいリーエルにはそちらの方が本題のようだが。


 流石にそこではハインフィードの分家の者たちから『えっ』と目を剥かれたが、ルシータ自身が自信をもってお任せくださいと言ってくれたことで疑問の声は飛ばなかった。

 彼女の自慢のお爺ちゃんが筆頭になり助けてくれる状態。

 今の彼女に不安は無いらしい。


 分家の者たちからも不満から声が漏れた訳ではない。

 今の自分たちに諜報など担う余裕などないが、その采配でいいのだろうか、という疑問だと思われる。


 今、彼らは教育を受けながら教育も行うというそんなタイトなスケジュールをこなしているのだ。

 なあなあで済ませていたチェック関連が杜撰な状態が続き過ぎていて、何故必要なのかを深く理解を出来ていないのだ。

 数字がズレていないかをただ確認するだけだったり、今までそうしてきたからこれは大丈夫というような判断基準なのだ。

 やっていることが完全に間違っている訳ではないのだが、理由を把握していないと応用が利かず嘘の報告に騙される可能性が上がる。

 怪しい場合の調査の度合いなど、色々と教育を受けて貰っている。

 今これ以上仕事を増やされたら堪らない状態な筈だ。


 まあ、続いたカールからの報告でそんな事は吹き飛んだが……

 なんと、税の集計結果が出て、その税収が二倍以上に跳ね上がったのだそうだ。


 これはとてもすごい事だ。

 横領されていた分なんてレベルじゃない。

 領地運営には色々な所に税収からお金が使われていて、その総量が二倍になったのだ。


 手元に残る金額で言えば、優に千倍以上と言える状態である。


 まあ、領主が節制してギリギリまで切り詰めても残らなかったのだ。

 とはいえ、それを全て自由に使う事はできないが……

 騎士団員を含め各所の人員を計、数百人は増やす予定なのだ。

 妥当と思われる収支になるだろう。


 恐らくは税の横領という名目で家令から衛兵長まで公開処刑にした事で脱税をしていた者たちが続けたら自分も殺されると思い、きっちり納税をする様になったのだろう。

 今まで領地の規模で考えたら税収が少なすぎたからな……

 これでまた職が増やせるから、景気の貢献にもなることだろう。


 そんな話で場が沸き立ち、ロドロア勢力の話は直ぐに流れてくれた。


 ロドロアの一族の住居には、横領事件の時に接収した商会の方の邸宅を当てがった。

 本当はお金にする予定だったが、売れていなかったのでお願いしていた売却の仲介を取り止め、家令の豪邸から何から手元に残すことにしたのだ。


 住居の世話をしてから数日後、ゲン爺を連れてレイヒム商会へとの顔繫ぎも行った。


 これは僕が付き添った。

 久々に会ったレイヒムは身形が整い、心なしか血色も良くなったように見受けられる。

 おどおどした感じも抜けていてゲン爺を紹介されたことに本気で喜んでいた。


 原因は権力者関係の事情なら大抵何でも知ってるお爺ちゃんだから困ったら頼るといいよ、と伝えた事だ。

 

 もう既に困る事もあるのだとか。

 どうしても領地を跨ぎ大々的に商売をするとなるとその地の名士が関わってくる。

 その者たちには大抵貴族の後ろ盾があり、何かと匂わせる様な事を言い始めるのだとか。


 そういう時は『こちらのバックはハインフィード家ですが?』と匂わせてやれと伝えてある。

 しかし、元々一介の薬師。

 そうしたやり取りには慣れておらずできるだけ穏便に回避したいのだそうだ。


「ふむ。そうした調整なら慣れた者がおる。一声貰えればうちの者を付き添いに寄越そう」

「ほ、本当ですか!? 助かります!」


 と、ホクホク顔になったレイヒム。

 そんな彼と近況を話し合ったり、元より話していた情報収集機関の設立に関しての説明を行った。

 ゲン爺にもレイヒムは僕の子飼いの様なものだから特に隠し事は必要が無い事を告げつつも話を進める。

 まあ、秘密にすべき事かの判断はつかないだろうから教えてあげてね、と補足を入れたが。


『また知らない仕事……』と言わんばかりにレイヒムは若干悲壮な顔を見せていたが「レイヒムは特に新しい事をする必要はないよ」と告げれば落ち着いてくれた。


 そう。ただ、ゲン爺たちが動くのに協力してくれればいいだけだ。

 これからも続々と出来上がるであろうコネクションの利用をさせてあげてくれればいい。

 恐らくはロドロアの者が付き添いで付いて歩く形になるだろうから、互いに利がある話だ。


 そんな話をし終わると彼は気を抜いた顔を見せた。


「そういえば、あの銭湯素晴らしいですね! 安く風呂に入れる場なんて画期的ですよ!」


 と、話が落ち着くや否や、暫く前に開店させた銭湯を絶賛するレイヒム。


 そう。衛生目的なので利益は求めていない為、低額で入れる金額に設定した。

 その為、大勢が押し掛けることとなり利益もまともに上がっているのだとか。

 自信が持てる程度に運営資金が積み上がったら、店舗を買い取るか借りるかを決めて独立しろと命じてある。


 そう。僕らのものである必要は無いのだ。

 領主に守られたままでは安定にぶら下がり負担を押し付け続ける可能性もある。

 凡その金額設定はこれで成された。後は彼らの経営努力でやって行ってもらいたい。


 僕らは領地の為に金を使っている、という事を民が認識してくれればそれでいいのである。

 そうした信頼の積み上げが人員募集に集まる人数から採算を無視した善意の協力など、他にも多々利点が付いてくるのである。

 それが結果的に出した金の大半が戻ってきて成されるなら万々歳だ。


 ちなみに、使っているのは処刑した商会の家族たちである。

 銭湯を結構大規模に作ってしまったが故に、多少教養がある者たちに管理して欲しいという想いから抜擢した。


 恨みを残さない様にするという面でも、教養がある街中の者は基本的に貧民街での仕事に就かないという面でも此方に都合が良かったというのもあるが、全て没収されて身一つで投げ出されたら下手をしたら処刑よりも厳しい状態になる可能性もある。

 外で働いていたならまだしも、子持ちの主婦が全財産を没収された状態だからな。


 取り調べにおいて、家族たちは何も知らなかった善良な一般市民だという調べがついていたから可哀そうだったという想いもあった。

 そんな彼女たちと話し合い、身寄りがないのでと希望した三つの家から一名づつ出して貰い、貧民街の者では難しいであろう経理やらの事務関連を担当して貰ったのである。


「貧民街と言えば、そういえば薬屋の方は平気なのか?」

「ええ。リヒト様のお言葉通りにあちらも開けておりますよ。人を雇って、ですが」


 どうやら、薬に知識があるレイヒムの家族を連れ出して店番として置いているらしい。

 魔法は使えないので腕は落ちるが、薬師としては問題が無いので民が困る事は無いだろうと彼は言う。


「そっか。恙無く回してくれている様だね。助かるよ」

「いえいえいえ! 助けられているのはこちらですよ!

 何にお金を使っていいのか困ってしまうくらいなのですから!」


 そう言う彼だが、うちの監督官からの報告で聞いている。

 贅沢をするわけでもなく、当初の目的通り採算に合わせて人員増加に尽力してくれている事を。

 こうして久しぶりに会って話してみて、彼との出会いは本当に有難いものだったという想いを噛みしめていると、ゲン爺が徐にこちらに視線を送る。


「して……何について探るかの当たりはあるのか?」


 と、話に段落がついたからか僕らの話を微笑ましく聞いていたゲン爺からの問いかけ。


「えっ、ありませんよ。新組織にそんなひっ迫した命題は与えませんて」


 うん。

 もしそんな状況下ならグランデの諜報部隊を頼る。

 守りを固めている貴族の家から情報を抜くというのは一朝一夕でできるものではないのだ。


「取りあえず根を張り、欲しい所からは引っ張れる状態を地道に作り上げていきたいので、商会の支店の設立場所なんかも合わせて吟味して貰いたいくらいですかね」

「なるほど。現状は必要としていないが余力として満たしておきたいと言ったところか」


 そんなゲン爺の声に「ええ」と頷いて返す。


 そう。何があっても対応できる状態にするためには早期の情報が必須だ。

 ハインフィード家は長らく縁組みを怠ってきたから他家への干渉力が無さ過ぎなのだ。

 派閥に入るな、深くつながるな、という風潮がある為に致し方ないところでもあるが、それでも陰で情報を抜ける状態にはしておかないといざという時に困る。


 そうしてレイヒムとの顔合わせも終わり、諜報関連の下準備はある程度終わりを告げハインフィードの屋敷へと戻った。

 お爺ちゃんには働いたご褒美にとお孫さんを与えつつも別の仕事に移った。


 他にもやる事は沢山ある、と次はエルネスト殿下の事に取り掛かった。


 場所は一先ず我が家の屋敷で数日過ごしてもらい友好を温めた後に家令から接収した豪邸に移って貰う予定だ。

 本当ならばそっちをロドロアの一族に与えて彼らの勢力を纏めておきたかったのだが、流石に他国とはいえ第一王子よりも好待遇なのはおかしすぎるので却下した。


 殿下にそのままポンと渡す訳にもいかないので使用人たちに場を整えてもらう必要がある。

 後は、お世話係の人選だ。これが最重要である程度強く言えて万が一を起こさないしっかりとした判断ができる人でなければならない。

 数年先まで見なければならないから常に近くにいる傍付きだけはグランデの人間を使わない方がいい。

 なので傍付きの選定をとハインフィード家の使用人たちを集めて圧迫面接を行った。


 そう。

 あのちょっとニヒルな王子に物申せなければならないのだ。

 引っ込み思案では話にならない。

 そのテストの為の圧迫面接である。


 勿論、面接後のフォローもしっかりと行った。

 そうした胆力が必要になるかもしれない仕事を任せる人選なのだ、と。


 そんなたった一言が、円滑な関係を保つには割と重要だったりする。


 そうして終えた面接だが、やはり大半は話にもならなかった。

 しかし、一人だけ物ともしない勇敢な女の子がいた。

 どうやらエメリアーナの幼馴染だそうで、こうした空気には慣れているのだそうだ。


 まあ、彼女の場合また違った緊張感だが……

『なによ!?』とムッとしている彼女が目に浮かぶ。


 確かに機嫌の悪い時のエメリアーナにも物申せるならば大丈夫だろう。

 ある程度の状況判断の問いかけを行ったが、受け答えも真面だった。


「よし、キミに決めた!」

「はぁ……お嬢様方と同じようにお世話するだけなら大丈夫だと思いますが……」

「結構やんちゃな人かもしれないから、もしもの時の押さえつける役目をお願いしたいんだ」


「は、はい!? お客様を、ですか!?」と困惑する彼女。名はメルフィというらしい。


「大丈夫。かもしれないというだけだし、性根が曲がっている方ではないから。

 恐らくは簡単な仕事となるだろう。

 ただ、危険な事をしようとしたらしっかりと止めて貰わなければ困る。

 止まらなそうな場合は最速で上の者へと連絡が欲しい。そんな高貴な方なんだ」

「えぇ……まあ、私にわかる範囲でいいならやりますけど……」


 そうして了承してくれたので、グランデの使用人で手の空いている者にお客様対応の心得的な教育に付いて貰いその場を任せた。


 そんな感じに受け入れ準備を整えていく。

 

「ふぅ……これで最低限は終わったかな」


 と、僕らの憩いの空間となっている応接間に入ればリーエルたち三姉妹とゲン爺が寛いでいた。


「お疲れ様です。下準備、ありがとうございました」

「うん。キミが政務を熟してくれているのだからこの程度はね」


「むぅ……私にできる事はないの?」と、僕らのやり取りを見て気後れしたのかエメリアーナがそんな事を言う。


「ああ、あるよ。重要なのが一つある」

「えっ……な、なに?」


 重要なのが、と前置きをすれば瞳に不安の色が帯びた。

 だが、安心して欲しい。

 ちゃんとリーエルと話し合って決めたキミ好みの仕事だ。


「エメリアーナには騎士団の若手の取りまとめ役をお願いしたいんだ。

 百人規模で膨らんだだろ。

 そろそろ最低限の訓練期間が終わるからそろそろ纏める存在が必要なんだ。

 先々を見ればエメリアーナに任せるのが適任だ」


 そう伝えれば瞳に力が戻った。


「わかったわ! 強くすればいいのね!?」

「うん。ただ、過程も重要な事を忘れないでくれ。

 育つまでの安全の確保や、自分を上位者だと理解させながらも守り合える様な円滑な関係の構築もまた重要だ」


 正直、彼女には難しいとは思うが、上手く嵌れば大きく成長することだろう。人間性的に。


 自分でも気が付いているのか、難しい顔を見せていたが「いいわ。やってみる!」と、いつも通りの強気な姿勢に戻り、彼女は次期団長の道を歩みだす。


 それから数日後、早くも皇家の蝋封が押された真っ黒な手紙が届いた。


 そうか、早期に公表するんだな……

 まあ真相は闇の中になるだろうが、殿下への継承を諦めたのならそうなるか。


 そんな事を思いつつも、僕は皇都へ向かう支度を整えた。

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