第29話 姉上からの手紙


 あの日から五日。

 殿下が何かしてくるだろうと警戒していたのだが、次の日から学院にも来なくなっていて首を傾げていたのだが、その理由をやっと知れた。

 ミリアリア嬢曰く、勝手に近衛を動かそうとして陛下に報告され、再び謹慎処分にされたのだとか。


 ああ、うん。

 動かした理由は言わなくてもわかるよ。

 僕に攻撃する為だろ?


 それにしても使うのが近衛兵って……

 相変わらず、取り繕った外面を取っ払うと本当にわかりやすい馬鹿だ。


「そ、そっか……その謹慎ってさ、少しでも罰になるものなの?」

「さぁ……お城の中に居ればいくらでも我儘が通りますから」


 あっ、察し。

 謹慎って部屋じゃなくてお城の中なのね。


 ってアホか!!

 城の中で我儘が通るなら何の罰にもならんだろ!!


 せめて部屋に閉じ込めて勉強漬けくらいにはしろよ。

 どんだけ緩いんだよ……


「ああ、でも安心してくださいな。陛下もあの一件はご存知でしたから」


 あの一件とはあれだろう。不貞をとか言い出したやつ。

 だが、この期に及んでそれを知ってその程度という対応が信じられないのだ。


 僕に表立って攻撃するのはグランデ公爵家は勿論、預かっていて当主の婚約者でもあるハインフィード辺境伯家の両方に喧嘩を売る行為だよ?

 それに近衛を使うだなんて……頭に血が上っていたとしてもありえないだろ。


 ロドロア候の子息の件で教育不足という状態がどれだけ恐ろしいかをより深く知ってしまっただけに余計に考えてしまう。


「ミリアリア嬢はさ、将来母親になったとして我が子が今回みたいな理由で勝手に兵を使う様な事を仕出かしたらどの程度叱る……?」


 と、先々の不安から気になり聞いてみた。

 他の貴族家の人たちはどうなのだろうか、と。


「えっ!? 考えた事もありませんが……

 先ずは権力を取り上げますわね。反省が見えるまで家の威光を一切使わせない様周知します。

 ただ我が子ともなれば、それ程きつくはできないかもしれませんが……」


 それはどこら辺までと聞けば人を使う権限を取り上げ、自分の事は全部自分でやらせるというラインだった。

 と言うと、貴族家の中だし食事は流石に出すだろうし洗濯や掃除をやらせたりもしないだろうから着替えたりお茶を自分でって事かな?


 普通に緩いな。

 やっぱりその程度が普通なのか。


「リーエルは?」と聞けば「我が子ですか……」と彼女は頬を染めて考え込んだ。


「一杯お話します。一杯ダメよって言い聞かせますけど……酷い事はしたくありません」


 ああ、そうだった。

 エメリアーナへの対応がまさにそれだわ……


 もしかしておかしいのは僕でその程度が普通なのか?

 けどちゃんとしないとロドロアと同じことになる可能性があるから変えないとダメだよな。


 うん。

 その可能性を示唆する言葉は伝えておこう。


「気持ちはわかるんだけど、過度に甘やかすのってその子の将来の負債になるんだと思うよ。

 甘やかし過ぎは子供の可愛さに親が甘えてる状態とも言える。直さない場合は厳しくしないと将来は犯罪者として首を刎ねられるかもしれない訳だけど、我が子が斬首されてもいいの?」


「「――――っ!?」」


 首を切られるかも、という例えを上げると硬直する二人。


「貴方ならどうなさるの……」とミリアリア嬢が声を上げた。


「当然、事の重さにも因るけど……今回の件で考えたらちゃんとした罰を与えざるを得ないね。

 自分がした行為がどういう結果を齎すのか自分自身で感じて貰う様に努めるかな。

 とりあえず、法律通りの裁判結果を伝えて本物の牢に入れる。

 勿論、長い期間入れる訳じゃないけど、こうしたらそうなると伝えられるくらいは入れるね。

 辛くても理解させなきゃ将来本当にそうなる可能性が高くなる訳だし。

 理解もさせずに許しても次に持ち越すだけになると思うから」


 そう伝えると何とも言えない顔で切なそうにじっとこちらを見詰めるリーエル。

 だが、ミリアリア嬢は何やら深く考え込んだ後、言葉を発した。


「そう言えば、わたくしも幼い頃に悪戯をして窓の無いお説教部屋に閉じ込められましたわ。

 ただ、良い子にしていれば大切にして貰えたので幼少期に少しだけですが」


 幼い頃だったから暗くてすごく恐ろしかったのを覚えています、とミリアリア嬢は語る。


「なるほどね。幼い頃にちゃんとしてたからしっかりしてるんだろうね。

 しかしそれは僕にとっても朗報だ。その程度で良いなら気が楽で済む」


 殿下や兄上たちやロドロア候の子息みたいにはなって欲しくない。

 少なくともそういう人間の未来に真面な幸せは無いだろう。


 僕だって愛する者に厳しくすれば辛くなるから、その程度でもいいと知れたのは僥倖だ。


 とはいえ、気質か環境か……どちらが大きいのかという不安もある。


 レトレイナ姉上は激甘な環境下で過ごしたが、我儘と言う程ではない。

 一番溺愛されていたからこそ兄上たちも年下であっても姉上には逆らえず、面倒を起こす兄上たちを叱りつけるポジションに居た。だから反面教師でまともに育ったということだろうか?


「うぅ……私、多分できません。結局はリヒト様にお任せしちゃうかも……」


 と、リーエルから直接僕らが子を儲けた想定の言葉が出て思わず意識させられた。


「う、うん。ぼ、僕の子を産んでくれるなら、キミが辛くならない様に頑張るよ……?」


「うぇっ!?」ボンと音を立てたかのように真っ赤になるリーエル。


 その様に呆れ顔で視線を逸らすミリアリア嬢。

 イチャ付くなと言っても聞かないから諦めたのだろう。


「それで……貴方はどう躾けられましたの?」と、呆れ顔のままに問うミリアリア嬢。


「えっ、僕……? そう言われてみると特に無かったかもな。

 不治の病の体に生んでごめんなさいと母に泣かれて、それを覆したくて十年の大半を書庫で過ごしたから……そもそも悪さをしていないんだよ。時間を他に取られたくなくて沿える常識には合わせる様にしてたから、多少歪んだって程度で済んだのかも?」


 本当に僕の世界はそれだけだったな。

 家の手伝いと書庫や部屋での研究。それ以外の行動はそうなかったし。

 たまに責務として社交に出たくらいか……


 そんな僕の言葉を聞いたミリアリア嬢が驚いた顔でこちらを見ている。

 自分の病気を自分で調べるのはおかしなことだろうか、と首を傾げた。


「……もしかして、ご自分で病を治療されましたの?」


 あっ……そっちか。

 そういえばそれは秘密にしていたんだったな。

 まあここまで地盤が固まってくれば権利くらい自分でも守れるから何の問題もないけど。


「うん。魔法が使えなかったから調べるだけでも色々大変だったよ。

 魔道具を使ったんだけど魔石だと魔力でやるより出力が足りなくてね――――――――――」


 そう返せば二人から質問が飛び、話が治療の方へと移り変わった。

 僕としても躾の話なんて長々続けるつもりは無かったので、当たり障りの無い程度に幼少期の事を色々と話した。




 そうして放課後になりそろそろ帰ろうかと外に出た時、お城の兵士が待ち受けていて皇帝陛下がお呼びですと告げられた。


 恐らくあの件だろう、と思いつつも今回は僕一人との事だったのでお城に向かえば案の定で、聞かれた通りに一字一句違わずやり取りを報告した。


 特に口に出せない事など言ってはいない。それに二言三言程度だ。

 報告は直ぐに終わった。


「そうか。余計な事、と……今のあやつは自分の欲しか頭に無いのだな……」

「ええと……今の、というか昔からでしたね。

 ですからライラ嬢の時に乗ってくると思って提案させて頂いたのです」


 いくら何でもそんな事はしない、と散々否定されたがそれでも一応やってみるとごり押したのは乗ってくるという自信があったからだ。


「……何故、その様な性格になったのだ?」と何故か僕に問う陛下。


 そりゃ、我儘し放題のまま放置したらそうなる者も居るでしょう、と思いつつも言葉を返す。


「赤子は気性は違えど皆まっさらです。知識、つまりは常識という色を塗るのは周囲の者かと。

 人は皆、完ぺきではございませんのでズレが生じる事もありましょうが、父も陛下が仰らねば身分上忠言しか出来ぬと申しておりましたので自浄作用が無かったが故かと……」


 この言い方なら問題は無いだろう、と父上の言を引用して伝えると陛下は目を伏せる様を見せた。


「それで誰も何もできなかった結果、か……矯正はできぬのか?」

「何分、子育ての経験はありませんのでわからないとしか……

 ただ、ある程度成長してからだと難しくなるという話は聞きます。

 人間、一度楽を知ってしまうとそこに戻ろうとしたくなるものですから」


 だからそんな緩い事をしてても無駄ですよ。

 少しは危機感を持ってくださいね。

 いや、少しじゃ足りないけども……


 そう思いつつも言葉を返せばちらほらと問いかけられたが、もう手遅れだとは言えずのらりくらりとする他なかった。

 実際、あそこまでいったら牢に入れても逆恨みするだけだろうしな……


 お前の言う通りにしたら酷くなった、なんて言い出されたら大変だ。

 あの狭量な殿下を感服させる師が現れるくらいの神がかった転機でも無いと難しいと思うし……


 どちらにしても僕は本当に子育てなんて一つも経験の無い子供だ。

 そんな子供でも分かるくらい酷い状況ではあるが、携わる気が無い以上迂闊な事も言えない、と常識的なことだけを伝えるのに留めた。


 そうして話も終わり退室して帰路に就く。

 その帰りの馬車の中でも多少考えさせられた。


 陛下に言葉を返しつつも僕自身不思議に思ってしまったのだ。

 今までの記憶を整理してみると合点がいかないところがある。


 僕もよく考えたら躾なんて碌にされていない。姉上には多少されたが。

 リーエルだって話を聞く限り、マーサがダメなものはダメですと言ったくらいだと言う。

 同じ環境で育ったエメリアーナだって気性は荒いが根は真っ直ぐだ。


 兄上たちは幼少期からあんなだったそうだし、何度ダメだと言われても聞かなかった。

 使用人たちの言葉じゃ逆ギレして物を投げつけ攻撃するほどだった。ある程度成長してからは機嫌次第で暴行するほどだ。

 怪我をさせても『父上にバラしたらわかっているだろうな』と脅しつける様な子供だった。


 やっぱり持って生まれた気質なのだろうか……?


 とはいえ、文化が違えば考え方が大きく変わるのも周知の事実。そちらは環境だ。

 使用人たちの中でも厳しい教育を受けたと聞く者は皆しっかりしている様に見える。


 うーむ。

 流石に経験が無さ過ぎて答えが出ないな。


 これは僕としてもこれからの課題だな。

 そう思いつつも馬車に揺られ続けた。


 そうして屋敷に戻り、リーエルとエメリアーナを交え三人でお城での内容を話し合う。


「そもそも何で殴らないのよ。私は殴られて教わったわよ?」


「ええっ!? そうなの!? 誰に!?」と、何故か驚くリーエルお姉ちゃん。


 どうやらエメリアーナは自分が傷つくとリーエルが泣くので一切言わなかったそうだ。

 悪い事をして叱られたから言いたくなかったというのもあるみたいだが。


 しかしその言に納得する部分もあった。

 そうか、それで僕が悪いと思ったら迷わず殴ってきたのか。

 くそう、ハインフィード騎士団め……躾けるならちゃんとやって!


 仕方ない。

 ここから僕が出来る限りをやるしかないか。


 そう思いつつ二人に向き合う。


「まあ、それも一つの手だろうけど、できれば知識を蓄えて知って欲しいよね。

 何が理由となって何故ダメなのか。それを続けたら自分や周囲がどうなるのかを」


 そう告げるとエメリアーナがハッとした面持ちで声を上げた。


「あっ、それはそうかも! 私も最近色々理解できることが増えたし」


 そうして三人で話している内に、一番年下のルシータの話に移り変わっていった。

 彼女の教育方針はどうしようか、と。

 どうやらロドロアでは碌な教育を受けてこなかったそうなのだ。

 正室の娘だけに教師を呼んで教育を受けさせていたらしい。

 その事を逆恨みして姉によく攻撃されたのだとか。自分だけ遊んでいると。


「……シータを殴りたくはないわね」

「あ、当たり前でしょう!?

 でもそうねぇ。望むならもうお相手は探さないとダメな年齢でしょうし、我が家に居るうちに色々教えて上げられればいいけど……」


 そのリーエルの言葉に失念していたことを思い出した。


「ちょっと待って。

 侯爵令嬢だったんだから側室の娘とはいえ流石に婚約者くらい居たよね?」


 流石に独立宣言したんだから破棄されてるだろうが……

 もしルシータが望むならもう一度うちから打診した方がいいのだろうか?


 いや、相手も知らずには決められないな。


「ええ。先ずは調べなきゃなりませんね。

 でも、どうしましょう。本人に聞きますか?」

「うん。その方ががいいんじゃないかな。

 どっちにしても打診するかも本人に聞かなきゃだろう?」


 ルシータの身の上もあるので手を回さなければいけない事もある。

 ロドロア侯にも不幸にならない様にとお願いされている。

 どちらにしてもしっかりと話し合っていかなきゃいけない問題だ。


 そうして僕らはハインフィードへと手紙を書くことにして書斎へと行けば、いくつか手紙が溜まって山になっている事に気が付いた。

 最近あまりに多く、同じ内容ばかりなので面倒になり放置した所為で溜まっている。


 二人がルシータへの手紙を考えて書いている間、手が空いてしまったので折角だから目を通すかと一つ一つ開封していく。


 大半は戦争の賛辞を贈る手紙。

 耳が早い様で、僕らがサイレス軍に従軍し降伏させたことまで掴んでいるみたいだ。


 そんな話を聞きたいと茶会か社交パーティーへの出席の打診ばかり。

 大抵は断られる前提で出しているので特に行く必要も無いが。


 家によっては付き合いを持ちたい所にしか返事を出さないことがあるくらいには無視しても許されるものとなっている。


 出す側も大勢呼ぶうちの一人なので、デメリットさえなければ本当に軽い気持ちで招待状を出すものなのだ。

 最近騒がれているから一応あの家にも送ってみよう、程度に。


 とはいえ、力関係や派閥の問題もあるので家による。

 まあ、返事すら出さずに全無視していると何処からも誘われなくなって孤立するから結局ダメなのだが、うちには手紙のスペシャリスト、リーエルが居る。

 きっと恐ろしい速度で返書を書き上げてくれることだろう。


 それに丁度良い状況でもある。

 ルシータの気持ち次第だがいくつか出てみて情報収集するのもありだな、と思いつつも家名や内容を頭に叩き込みながら目を通したのだが、一つ見慣れた蝋封が目に付いて手が止まった。


 グランデ公爵家の蝋印……うちからだが、差出人がレトレイナとなっている。

 姉上が僕に直接手紙というのも珍しい。何の用だろうかと思いつつも開封した。


 内容にさっと目を通せば、近日中にグランデの屋敷に来て欲しい、というもの。

 嫁ぎ先の関係で父上を交えて一度話がしたい、というものだった。


「あらら、なんか面倒そうな感じだな……一体どんな内容なんだろう」


 そう呟くとルシータへの手紙が書き終わっていた様で、そっちの内容を確認した後、何があったのかを問われそのまま手紙を二人に渡した。


「そういえばレトレイナ様は嫁ぎ先が他国と言っておりましたよね。

 家を出るのがそろそろだとか……」

「そう。と言ってもサンダーツと繋がっていそうな所とは別の国ね。

 友好国フレシュリアの第二王子エルドレッド殿下。王太子の地位にある方だよ」


 元皇女である母上が向こうの王様や王妃様と幼少期から仲が良く、その縁で生まれる前から約束されていた婚約なのだとか。流石に第一王子はあれだから第二王子と、と。

 だが、結局は第二王子が王太子となったが故に姉上がそのポジションに居る。

 皇家には女児が居ないので、うちは公爵家だし縁繋ぎにも丁度良いという感じだったのだろう。


 僕は会った事が無いけど姉上もかなり前向きだったので良いお相手のようだ。

 学生時代はあちらに留学していて、卒業後にこちらに戻ってきて今は父上たちと皇都のグランデの屋敷に身を置いているが、結婚には前向きだ。


 第二王子との結婚式待ちの状態だった筈。

 確かにそろそろ向こうへ行って準備する頃合いだが、僕ら家族が結婚式に出席する話なら個別に呼び出す必要も無い。

 行くのが当たり前だし日時を伝えればいいだけの話だ。 


「内容が内容ですし、今回はリヒト様お一人で向かわれる形ですかね?」

「まあ一緒でも問題無いとは思うけど、本題がその話かもわからないし一応そうしておこうか」


 そうと決まれば、とルンにお願いして明日の昼間に先触れに走って貰うことにした。

 特に日時の指定が入ってなかったので、二人の予定が明日空いているかという確認の為だ。 

 

 そうして、面倒な話じゃないといいのだけどと思いつつも僕らはその日の活動を終えた。



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