第30話 グランデ公爵家の汚点


「それで、どうされたんです、姉上。こんな風に呼び出して……」


 グランデ公爵家、応接間にて。

 一人で訪れた僕は、父上、母上、姉上の三人と対面して席に着いていた。


「リヒトには悪いのだけど、婚約披露を後回しにしてフレシュリアに一緒に行って欲しいの」

「ええと……説明も無しにそう申されましても。先ずはその経緯や理由をお願いします」


 何時もは偉そうに腕を組んで申し付ける姉上が、何故か今日は祈る様な瞳をこちらに向けている。


「お願いよ、リヒトちゃん……」と母上までが同様にこちらを見ていた。


 埒が明かないと父上に視線を向ける。


「はぁ、それではリヒトも応えられんだろう……

 今、説明する。だが吹聴してはならん話だという前提で聞いてくれ」


 父上のその声に頷き、話を聞いた。


 どうやらフレシュリア王国にも、過負荷膨張を患っている末期の者がいるらしい。

 そして、その者はフレシュリア王国の第一王子だと言う。


 なるほど。

 それで第二王子が王太子になったのか……


 それを聞いてかなり面倒な話なのではと予測したのだが、兄弟の関係はとても良好で王太子の座ももう第二王子で決定なのだとか。

 他国の公爵家の娘が自国の王妃になるという事に懸念を示されていた時、第一王子が姉上に助力してくれたこともあるそうだ。


 僕を呼び寄せた理由は、その第一王子の治療をお願いしたい、という事らしい。


「ああ、なんだ。そんなことか。いいですよ、勿論」

「何……隠したいのではなかったのか?」


 そう問いかける父上に心情を明かす。


「正直、僕自身この魔法をグランデに渡さなくていいのか、という想いもあるんです。

 これは父上と母上の心遣いとグランデの力にて生まれたものでもありますから」


 そう口火を切りつつも、それでも伝えなかった事情を話す。


 先ずは僕自身に力が無かった事だ。

 先行きが不透明な状況下で、僕固有の力として持っていたかったという私欲。

 過負荷膨張の治療を行えれば結構な恩を売れるだろうし、魔法を使う相手には対人としても有用だ。

 逆に言えば、そうした力を持っていると知られた上で外に出ると危険が及ぶ可能性があった為に伏せて貰っていたのだ。


 兄上に力を与えるのが怖かったというのもある。

 この魔法は上手く使えば軍事利用にも容易い。


 当然、対人のものとして。


 兄上がグランデの力を自由に行使できるようになった後を考えても怖いし、権利云々で独占しようと攻撃してくる可能性すら考えられた。


 現状、僕とは敵対関係という訳ではないが、それは僕が極力関わらない様にしつつ理不尽を我慢した結果。

 彼らは苛立つと直ぐに理性を飛ばし手段を択ばなくなる。

 問題に上げなかっただけで僕も暴行を受けたり危ない目には遭わされている。


 一線を越えなかったのは父上の目の届く所に居るからこそで、守られているという感覚が常にあった。


 力の無い段階では、身に危険が及ぶ可能性が高かったのだ。


「なので、治療に使うことにはもう何の懸念も無いのですよ。

 それ以前に父上や母上、姉上の願いなら明かしてでも使うつもりでしたし」


 そう伝えれば「リヒト……」と感動した様を見せる姉上と母上。


 そう。

 良縁に恵まれハインフィード家に入れる様になったことで身の危険という懸念は消えた。

 婚約者の権威、新薬の利権、戦争での活躍、諸々を見て政治面でも大分強くなったと言える。

 グランデへ力を行使したくはないが、もう十分止められる力は持っているのだ。


「ロベルトは、お前から見てそれほどに酷いか……」と父上が言うと姉上がキッと睨みつけた。


「お父様!? まだそんな事を!! 誰から見ても、でしょう!?

 私、何度も言いましたよね。心残しはグランデの未来だけだと!」


 突如怒りだした姉上にそう言われて困った顔を見せる二人。

 僕としても気持ちは同じなので、もう一言わせて貰う。


「その、正直に言うと、第二のロドロアとなっても何ら不思議はないと思っています。

 ですので、余計に力を付けて欲しくはないのです」


 このままではいけない、という話は姉上の口からも何度も出ている。

 だが、殿下と同じく兄上たちも父の前では従順なのだ。

 決定的と言えるほどの悪事も起こしていない。


 いつも『気持ちもわかるがそこまでではないだろう』という結論に至るだけだった。


 今回もそうなるのだろうな、と思いつつの言葉だったが続く姉上の言葉で思考が止まる。


「お父様……まだ未確定なので黙っていましたがもう時間も無いので告げておきます。

 あいつら多分、人攫いの様な事をやっていますわ……」


「な、なにぃ!?」と驚く父上。それと同時に僕も驚いて「えっ!?」と声を上げてしまった。


 母上は口元を手で覆い隠し放心してしまっている。


「はっきりとはしていないけど、知人からそういう噂が流れてきたの。

 こっちに居るうちにと色々話を聞いて回ったのだけど、平民相手の話ですので又聞きとなり確証が取れなくてね……本当ならば酷い汚名だし家の者すら迂闊に使えないから」


 それはそうだ。

 それがもし事実なら、公になってしまえば民からの信用が地に落ちる。

 こればかりは勘違いであって欲しいと切に願うところ。


 姉上もそう考え、大事にならぬよう話を集めるだけに留めていたらしいのだが、怪しいと思える話が色々と出て来た。

 グランデの領地で兄上たちが雇ったであろう者たちが出入りする家に連れ込まれて帰ってこない女性が居る、という話だそうだ。


 そして、何故か捜査の依頼を出しても衛兵が動いてくれない。


 その家にグランデの馬車が入っていく所が見られて噂となった。

 もしや、グランデ公爵家が関わっているのでは、と。


 そんな噂が回っているという事はどこぞの商家か貴族家の者に見られたという事。

 事実であったならばもう隠し通すことが難しいと言える。


「これが事実であればロベルトの廃嫡も考えねばならんな……」

「お父様……私はあいつら、と言いましたけど?」


 姉上は「誰を後継にするんですか」と視線を強めると「ブロントもか……」と父上が視線を落とす。


「やっているのであれば恐らくそうでしょう。

 使用人に確かめたところ、共に居た筈の日時でしたから」


 良くない話ではあるが、僕は父上の口から廃嫡と聞いて少し安心した。


 事実なら被害者には悪いが、グランデ家が没落しそうな程の大事を起こした訳でもない。

 それで彼らを嫡子にする訳にはいかないと思えたなら後の被害が減る結果になるだろう。


 まあ姉上の言う通り、一体誰を後釜に据えるんですかという話なのだが……


「きっと何かの間違いよ……まだ事実と決まった訳ではないのでしょう?」


 と、泣きそうな顔で希望的観測を述べる母上。


「母上……」と、僕と姉上は嘆息する。


 どちらにしても彼らが後継では家が危うい事には変わりが無いのだ。


 もしかしたら姉上は国を出る事を見越して、この話をセットで伝える為に僕を呼んだのかもしれないな。


 とはいえ僕が仕切れる場じゃない。

 これは父上の仕事だ。


 僕が伝えたい事はもう伝えた、と呼ばれた本題へと話を戻す。


「まあ僕はそこを調査する立場にはありませんし、フレシュリア行きは了解しましたよ。

 ただ、婚約披露を遅らせる程に掛かりますかね?」

「あ、ああ。それについても相談したかったのだ。治療にはどの程度かかるのだ?」


 そう言われてみて、リーエルの時に掛かった時間を考え計算してみた。


「えーと、僕が居ないとダメな治療という意味でなら一週間も見れば十分ですね。

 固まりを除去すれば魔力操作の習得は簡単ですし、痩せるのは当人の頑張りになりますから」

「ふむ。それであれば移動も含めて一月程度か。

 披露パーティーまで二か月近くはあるから直ぐに出れば問題無さそうだが、招待状を出しておいて期日が近くなってから開催できないというのも困るな」


 どうするかを尋ねられ「フレシュリアにはどの程度話が通っているのですか」と疑問を投げた。


 行って直ぐに治療に取り掛かれるのであれば、相当な問題が起きない限り二週間以上帰りが遅れるなんて事はそう無いだろう。

 もし国境が封鎖される様な大きな問題に巻き込まれたとなれば逆に帰れなくても許される。


 だが向こうの国王陛下に話が通っていなければ、ただ待たされるなんて事も起こりえるので、聞いておきたいところだと姉上を覗き見る。


「えっと、まだエルドにしか伝えてないの。リヒトが隠したそうだったから……」


 なるほど。婚約者のエルドレッド殿下のみ、か。


 気まずそうに姉上は視線を逸らすが、こちらに気を使っての事。

 それは有難い気遣いだ。もし国王陛下にまで話が行ったらもう強制となるだろう。


 いや、王太子殿下に伝えてしまったのならほぼ同じことか。

 とはいえ、妃となるのだからその隠し事はし難いものだろうから仕方ない。


「やはり延期してでもと願うという事は相当末期だという事ですよね?」

「ええ。私の一つ上だしね。もう長時間立っている事すら厳しいみたい……」


 過負荷膨張は食生活が大きく関わるもの。魔力量に関わらず凡そは同じ速度で進行する。

 確かに僕よりも三つ上というなら、節制した生活でも厳しい段階だろう。

 厄介な事に食べないでも生きられる訳じゃないからな……


「じゃあ、そっちを遅らせる訳にはいきませんね。

 下手に引き延ばしてもしもの事が起これば姉上の立場が悪くなってしまいますし」


 まあ、二人で外国への旅行と言えばリーエルは逆に喜んでくれるだろう。

 僕としても治療に不安が無い以上、気軽に行ける話だ。


「悪いわね……これを頼みたいが故にフレシュリアに行くのを遅らせて待ってたの」

「ああ、それで早く痩せろと。言ってくれたらもう少し予定詰められたのに」

「そうは言うけど、突然のハインフィード家との婚約話も一緒だったでしょ。

 リヒトにとっても佳境だったからそんな時に背負わせる様な事を言うのも良くないと思ったのよ。それなのに貴方は大きな利権を生み出したり、勝手に戦争に出て行ったりして!」


 と、ジロリと睨む姉上。


 いや、利権はいいでしょう!

 グランデも噛んでる話ですからね!?


 とは思うが戦争に関しては心配をかけてしまったので何も言えない。

 話を流して何時頃行けるのかを問えば、こっち次第で即出られるとの事。


 何時でも出れる様にしてあるから婚約披露をどうするかを話し合ってくれと言われた。


「わかりました。じゃあ急いで僕の可愛い可愛い婚約者殿にお伺いを立ててみましょう」


 と、兄上たちの話が気重すぎたので敢えて明るく振る舞う。

 ふっふーんとドヤ顔で自慢げに言えば、皆の表情が明るくなった。


「ふふ、すっごく綺麗になったそうね。私も早く見てみたいわ」

「うむ。あれは私も驚いた……リヒトもだがな」

「リヒトちゃん以上なのよね……私も早く見たいわ。

 あっ、でも婚約披露で絶対に見られるわね?」


 母上も話が変わって少し落ち着きを取り戻した様で、目元を赤くしながらも早く綺麗になったリーエルを見たいと切望していた。


 そうして予想外の話が出たものの話は終わり、グランデ家を後にする。




 ハインフィード家の屋敷に戻り、早速リーエルと相談して婚約披露をどうするのかという話し合いを行った。


 過負荷膨張については当然リーエルも理解がある。

 行く事には即断で了承してくれたが、日程をずらすか否かという点で迷っていた。


「直ぐに出れば間に合うというのでしたら早い方が嬉しいのですが……

 もしもの時、グランデ公爵家にご迷惑となってしまいますし」


 その声に、もう少し細かく考えてみた。一週間と言ったがかなり余裕を見ている。

 男性だし配慮もそう要らないので協力的なら二日でいける。

 長時間立っていられないと言う程なので公務もそう入れてはいないだろう。

 移動の方も少し急ぐだけで片道八日くらいまでは短縮できる筈だ。


 余裕を見ても凡そ三週間の日程だ。

 うん。余裕はあるし帰らなければいけない期日を告げておけば問題は無いな……


「よし、リーエルがそうしたいならそうしよう。

 前もって予定を伝えておけば向こうも調整してくれるだろうからね」


 そう。治療が終わらなければ話は別だが、終わらせてしまえば何を言われても予定があるので、と突っ撥ねられる。

 今回は僕らの気持ちを優先していいだろう、と結論を出した。


「という事で、エメリアーナはお留守番になっちゃうけど、大丈夫?」

「へ、平気よ! 別に独りぼっちってわけでもないんでしょ!?」


 そう問うエメリアーナに頷いて返す。


 護衛にルンは連れて行くがハインフィード家の使用人二人は残すつもりだ、と。

 グランデからも使用人を付けられるので職務上共に居なければならないルンだけでいい。


 そう伝えれば「なら学院に行って帰るだけだからなんの問題無いわ!」と鼻で笑う。


 最近少しわかってきた。

 この顔は強がっているだけで絶対に寂しいと思っている。

 だが、過負荷膨張の治療と聞いて我儘は言わない様にしているのだろう。


 ここは突っ込むのも下手に気を遣うのも無粋だな、と素直にお礼の言葉を返す。


「ありがとう。一月程度の間だがこっちの事は任せるからな。

 父上にも話を通しておくから何かあれば相談してくれ」

「ふん、当然ね! いいわ。任せなさい!」


 こうして僕らは二人フレシュリア王国へと出立することになり、再び休学して国外へと発つことが決まった。



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