第31話 フレシュリアの第一王子


 予定通り国外へと旅立った僕たちは姉上に連れられてフレシュリア王宮にて第二王子エルドレッド殿下へと目通りしていた。


「お初にお目に掛かりますエルドレッド王太子殿下。

 グランデ公爵家三男、レトレイナの弟、リヒト・グランデに御座います。

 隣は我が婚約者、リーエル・ハインフィード辺境伯です」


 僕は胸に手を当てて礼を。リーエルはカーテシーをして挨拶を行えば、彼は顔を綻ばせた。


「おお、その痩せた体はまさしく! では、本当に……本当に過負荷膨張は治せるのだな!?」

「エルド、信じてなかったの……? わたくしはそう言いましたよ。

 ちなみに、こちらのハインフィード辺境伯も過負荷膨張を患っていたのですからね?」


 まるで淑女の振る舞いを見せる姉上に少し困惑させられながらも「ええ。痩せる時間も無いほどに末期でなければ問題はありません」と答えておいた。


「むっ! では、尚更に早く頼みたいのだが!」

「エルドぉ? 陛下へと許可を取るのが先でしょう。今は貴方が動くところなのよ?」

「わ、わかっている! 父上なら即断で許可をくださるに決まっておろう!」


「行ってくる」と僕らを部屋に残し早足で去っていくエルドレッド殿下。

 姉上が溜息を吐きながら「いつもはもっとカッコいいんだからね?」と惚気始めた。


「カッコ悪いなどと思ってませんよ。家族思いの方でよかったと安心しただけです」

「ふふ……きっと、もっと素敵な王子様なのですね」


 リーエルがそう言うと姉上が「流石リーエルね。リヒトなんかとは気の利かせ方が違うわ」と何故か僕を引き合いに出して褒めた。


 長旅で二人は距離を縮めてかなり仲良くなっている。

 僕にとっては『混ぜるな危険』なコンビと言える状態に仕上がったと言える状況。

 何故なら姉上はリーエルを使って僕が言い返せないラインを見越して弄ってくるからだ。


「そうなの! 少し抜けている様に見えて結構切れ者なのよ彼」

「あら、リヒト様みたいですね」

「ええ……リヒトが切れ者ぉ? リヒト、貴方そんなに無理をしていたの……」


 何故か姉上に憐みの視線を向けられた。


 ど、どういう意味だよ!?


 確かにリーエルはちょっと僕を過大評価し過ぎているけど、実際頑張ってるだろ?

 もう姉上よりも僕の方が実績残してるからな?


 そう思うが口には出さない。

 この人、無駄に口が強いから。


「はいはい、そうですね。

 リーエルには好い男と想われたいですから、それなりには頑張っていますよ……」

「ふふ……リヒト様はいつでも最高に素敵ですよ?」

「あらぁ、仲が宜しい事。いつもこんなのされてたらリヒトなんか手の平でコロッコロね?」

「姉上! なんかってなんですか! なんかって!」


 そうしてじゃれていれば執事が訪れて国王陛下の元へと案内された。

 国王様に王妃様、エルドレッド殿下三名が対面テーブルへと座っていて、僕らを席に誘う。


 マナーに沿った挨拶を交わして席に座れば早速本題に話が移り変わった。


「先ほどエルドから話は聞いた。レトレイナよ、本当に治せるのだな?」

「はい。少なくとも、弟もその婚約者も過負荷膨張だった事は私も確認しておりますわ」


 なんだろう。嬉しそうではあるのだが王様の表情が少し硬い。

 息子の治療方法が見つかったにしては手放しに喜んでいる様には見受けられない。


「過負荷膨張だけであれば治療に問題はありませんが、何かご懸念が……?」


 僕らは所詮他国の人間。

 あっても言うかわからないけど、と思っていたのだが打ち明けてくれる様子。


「いや、完全にこちらの話なのだが、治療後に出す家の問題がな……

 あやつ、エルネストの評価はすこぶる悪い。先が無いからと悪評ばかり被りおってな……

 出来れば理解ある家で詰まらん謀をせぬ家がよいのだが、こう急だとな」


 やはり悪評を被る様な勝手を許すべきじゃなかった、と国王陛下は苦い顔を見せた。


 ああ、確かに壮健な王兄殿下となっては国としては収まりが悪いから外に出す必要がある。

 流石にまだまだ戴冠はしないだろうけど、安心して任せられる家が無いのは頭を悩ませる問題だ。


 まあ我が国、アステラータ帝国はそんな次元じゃないんだけど……

 そんな健全な理由で悩めるフレシュリアが羨ましいよ。

 隣の芝生は青く見えるって次元じゃないからな。

 うちの芝生は腐っている……


「なるほど。そんなご事情が……

 ですがこちらも緊急と聞き無理して来させて頂きました。婚約披露を控える身であります故、一週間程度の滞在と考えておいて頂きたく。

 治療には四日も掛かりませんし、痩せ始めるまでは完治も悟られないと思われますのでその様にお考え頂ければと思います」

「ああ、いや……治療は今すぐにでもお願いしたい。

 後の幸せを願っての事。治して貰えるならば是非も無いのだ。

 すまぬな。無駄に心労を掛けた様だ。ただ、秘密裏という事を知っていて貰いたくてな」


 そう言って国王陛下、王妃様までもが揃って宜しくお願いしたいと懇願の視線を向けた。

 その様に継承権などの心配はそれほどなさそうだとホッと息を吐く。


 少し表情が硬いと感じたのは、先が無いからと無茶を買って出たのを止めるべきだったと後悔していたのだろう。

 何にせよ、それほどまずい状況じゃなさそうでよかった。


 そう思いつつも二つ返事で了承すれば、そのままエルネスト殿下の元へと案内された。

 新技術という事で何も言わずとも人払いがされ、姉上を目付に僕とリーエルが部屋に残された。


 エルネスト殿下は眠っているご様子。

 体に負荷がかかり過ぎているからか睡眠時間が長く、起きている時間が短いのだとか。


「じゃあ、早速始めちゃいましょうか。姉上、構いませんか?」

「リヒトは本当に物怖じしないわね。まあ早い方がいいし、お願い」


 そうして布団を捲り、ローブをはだけさせて魔法を起動する。


「ず、随分複雑な術式ね……そう、それほど頑張ったのね」と、姉上が呟くが、リーエルが別の事に気が付いてしまった。


「あれ……触れなくてもできたんですか?」と。


「いや、うん。討伐で力がついたり制御能力も上がった事もあるけどね。

 僕の知識は大半が本でしょ。本には体内に干渉するには触れてないと難易度が跳ね上がるってあったんだけど、やってみたらそれほどでもなかったんだよね……」


 そう。多少構築に難があったが普通にできた。

 確かに難しいが、それほどかというレベルだったのだ。

 だが、胸まで触ってしまった手前言い出し難く、今気づかれた次第である。


「むぅ……態とじゃないんですよね?」

「あ、当たり前だろ! リーエルの中で僕はそんな奴なの!?」

「あら、リヒト……何があったのかは知らないけど、そういう言い方は卑怯じゃない?」


 くっ……姉上が居るとすぐこれだ。

 今まで作り上げた信用払いすら許されない。


 そう思っていると、声がした。


「おい、誰だお前は……俺の体に何してやがる……」


 魔法を使っている手を握り退かそうとしているが、僕も結構強くなった様で軽く押されている感じしかしない。

 そんな最中、姉上が声を上げた。


「エルネスト、これは私の弟よ。貴方の治療に呼んだの」


「なに……治る、のか?」と、表情の変化もわからないままに呟くエルネスト殿下。


「僕らは二人ともこれで治りましたよ。殿下ほど末期じゃありませんでしたけどね」

「はい。私も治して頂きました。ですので安心してくださいね」


 と、リーエルの微笑みも加わり彼の手は元の位置へと戻った。


「レイナの弟、ということはエルドが無理を言ったのであろうな……」

「無理ではありませんよ。姉上の旦那さんじゃなくとも、もうすぐ義理の兄上でしょう?」


 何やら申し訳なさそうな声色を出したので、一応違うと訂正をしておく。

 実際に無理などしていない。その程度なら問題無いと即断で受けたのだから。


「ふっ、この姿を見ても変わらぬか。いや、お前らも過負荷膨張だったのだったな……」

「ああ……目で大体わかりますよね。どれだけ舐め腐ってるか」


 そう返せば彼は「ふっ」と噴き出す様に笑った。


「どの程度までいったのだ?」

「四百は超えてましたが、一々計ってませんからね……」

「ほう、そちらは……って女人に聞いてはいかんな。はは、少々気が動転しているらしい」

「一応、四百はいっていません、とだけは言っておきます……」


 そうして話しながらも、胸から背中への開通までは迅速に熟そうと魔法で掘っていく。

 そこまで行って制御を覚えれば悪化は防げる。

 ここまで進行してしまうと全て除去して痩せ始めないと健常とは言えない状況になってしまっているが……


 散々英雄の墓で魔法を使いまくったから制御能力は上がっているのでコントロールも容易だ。

 リーエルの時と同じように無理しない様に注意しつつ治療を継続した。


「エルネストが悪態も吐かずにここまで普通に話すなんて珍しいわね」

「いや、お前にも悪態なんて吐かんだろ。俺は小馬鹿にしてくる連中に言い返してるだけだ」

「うーん……リヒトは全てに無視を決め込んだけど、それはそれでどうなの?」


 と言う姉上だが、僕としては『ならどうしろと』と思うばかりである。


 そう姉上に不信の目を向けながらも、エルネスト殿下の体を起こして今度は背中からと魔法を使う。

 姉上とエルネスト殿下は結構気安い仲の様で、その弟だからか特に疑いもせず身を任せてくれたので多少出力を上げたまま会話を続行する。


「いや、言い返して正解ですよ。姉上は無視し続けた僕の結末知ってるでしょ」

「ええ、お父様から聞いたわ。あれは笑ったわね。

 豚と罵られて殴られて証拠隠滅の為に決闘を申し込まれたんだったのよね?」

「違います! リヒト様は全て計画の上で追い込んだんですぅ!」


 そんな僕らの話を聞いて目を見張っているエルネスト殿下。


「計画通りという事は……やり返せたのか?」と興味津々に聞いてくる。


「ええ。魔法も使えないただの子供だったので直ぐに泣かれてしまいましたが」

「ああ、気持ちはわかる。そういう奴ほど直ぐ折れるから俺もよく感じたな。

 もう少し叩かせろと……まあ、俺の場合は権威を振りかざしてだが」

「ははは、これからはちゃんと準備すれば拳も選択肢に入りますのでご安心ください」


 そう言うと姉上に「馬鹿な事を言ってるんじゃないの!」と叩かれた。


 姉上、貴方も今暴力を選択肢に入れていると証明されたのですが……

 まあどちらにしてもエメリアーナに叩かれ続けた僕にそんな弱い攻撃は効かないがな。


 それに、僕に攻撃していいのかな?

 リーエルに嫌われちゃうぞ。


 と、リーエルを覗き見たのだが、一切気にした様子が見えない。


 あれ、おかしいな。さっきは馬鹿にしないでと怒ってくれたのに。

 僕が叩かれても気にした様子も見せない、だと……


「な、なんかやる気なくなっちゃった……」と切なくて声が漏れる。


 昔は僕が叩かれたらあんなに怒ってくれていたのに、と。


「な、なにぃ!?」とエルネスト殿下が驚きの声を上げ、魔法を確認するが継続されている事に安堵した様を見せていた。


 うん。安心してほしい。

 流石に本当にやめたりはしない。


「だって、リーエルが僕の為に怒ってくれなくなっちゃったから……」

「リ、リヒト様!? 違うんです。流石にレトレイナ様に怒るのは難しく……」

「リヒト……あなた相当この子にぞっこんなのね。そんな風に甘える姿初めて見たわ」

「おい? ちょっとは俺の方の心配をして欲しいんだが?」


 と、エルネスト殿下に言われたので「もうすぐ開通するので少し負荷がかかります」と伝えて様子を見つつ出力を上げて開通した瞬間魔法を止めた。


「――――っ!?」

「あっ、通りましたね。もう一応魔力を操作できる段階まできましたよ」

「ほ、本当か!? どうすればいい!!」


 おふさけは此処までだ、と彼に操作の感覚を伝えれば一瞬で習得した。

 やはり魔力量が多いほど操作が簡単になるのだろうか……


「これで、とりあえずは体の膨張は止まりますが、痩せるには全身やらなきゃいけないので、流石に女性は退室してください」


 そう伝えて「姉上、リーエルを頼みますね?」と、彼女をお願いして退室して貰う。


「おお、思ったよりも随分早いんだな!」

「ええ。体への負荷を考えなければ数分で終わりますしね。

 体調の様子を見ながら慎重にやっても四日程度ですよ」


 僕の時はそもそもが魔道具でなので条件が違うし、リーエルの時は様子を見ながら体の部位を一つ一つやっていった。

 リーエルの時は相手が女性なので下半身はかなり苦労した。

 魔法の角度や形を変えて腰からやったりと、かなり大変な制御を熟したのだ。


 そうしている内に『これ、触らなくてもできそうだな』と気が付いたのである。


 そんな雑談をしながら治療を続けていくと、半日で全ての治療が終わってしまった。

 僕も魔法出力や制御が随分上達しているらしい。

 エルネスト殿下も体に負荷は感じていなかった様なので、急かされながらやっていたら全部終わってしまった。


「お、終わっちゃいましたね……体は大丈夫ですか?」

「あ、ああ。何ら問題は無いな……軽く感じるくらいだ。もう、これで痩せられるのか?」


 腕を回したり手を握ったりして確かめ、大丈夫だという言葉に安堵しつつ「早く終わっちゃったし、少し話をして時間を潰しますか」とエルネスト殿下とそのまま雑談をする。


「ははは、レイナの弟は思った以上に面白いな。いいぞ。何か聞きたい事でもあれば話そう」


 好きに聞くといい、と言うので姉上の事について尋ねた。

 何か仕返しできるネタは無いですか、と。


「いや……俺が知っている限りでは無いな。あいつ結構きっちりやってるからなぁ。

 一度面倒な事態に陥ったが、その時も自分で何とかしたくらいだ」


 と、話を聞いていくと、姉上は自分の持ち味をちゃんと出してこっちでも友達を沢山作ったみたいだ。

 だが当然、女友達ばかりになってしまうので、完全な防衛網とは言えず色々突かれる立場に陥った時があったそうだが、今では落ち着いているらしい。

 恐らくそれがエルネスト殿下が助けてくれた事があると言っていた時の話なのだろう。


「残念です。あの人、口が強いので……」と、本音を吐露すれば彼はまじめに頷いた。


「ああ、それはわかる。イラつくと相手が言い返し難い様に持っていくからな。あいつは……

 エルドと話している時は無駄に無防備になるから余計にそう感じるんだよな」


 ほう。エルドレッド殿下には無防備になるとな!

 そうして思いついた策を口に出す。


「では『将を射んとする者はまず馬を射よ』でいくのはどうでしょう?」

「やめておけ。逆鱗に触れたら面倒だぞ。ああいう奴は特にな……延々とネチネチやられる」


 うっ……確かにそうだ。

 僕の場合はリーエルを使われそうで怖い。

 うん。これはやめておこう。


 そうしてそれからは魔力操作にて簡単な平の魔法を覚えて貰ったりして時間を潰した。

 遅くなるまでお互いの国の情勢を愚痴りながらも魔法で遊び、お迎えが来たので終了を告げれば、エルネスト殿下に神妙に頭を下げられてしまった。


「本当にありがとう……この恩は忘れん。

 何かこっち方面で助けが欲しければ必ず相談しろ。力になる」

「はは、それは心強い。じゃあ姉上に何かあった時は頼みます」

「むっ……そこはエルドの奴がやると思うが、まあいい。約束しよう」


 そうして部屋を出てリーエルの所へと向かえば姉上と同室にして貰ったらしく、とても楽しそうにしていた。


 うーむ。

 僕ら二人の海外旅行のつもりだったんだが……


 と、少し納得がいかない思いをしつつも用意された部屋へと案内されて眠りに就いたのであった。



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