第32話 フレシュリア観光
あれから、魔法を使える様になったエルネスト殿下を見た国王陛下たちから再びお礼の言葉を貰い、折を見てお礼の品を送ると伝えられた。
陛下たちにはあまりに突発的な話だったので、準備の時間を欲しいと言われたのだ。
こちらとしても突発だったし褒美の事も特には考えていなかったので、仔細お任せしますと返しておいた。
ただ、まだ心配なそうで帰る前に何度か様子を見て欲しいと頼まれそれを了承した。
そうして今日は一日暇になったので、今日はフレシュリアの王都を観光することになった。
国賓待遇なので、お国の馬車にて案内人を付けられての行動。
その案内人は侯爵家の次男でお城に兵士として勤めている騎士だそうで、年齢は三十台半ばと言ったところだろうか。
騎士にしては優男風味な人である。
「へぇ、キミがレトレイナ様の弟さんか……
私はヒストール・スラシュ。侯爵家の次男坊だよ。宜しく」
観光と聞いているから堅苦しくない方がいいと崩しているらしく、不快なら態度で示してくれればいつでも姿勢を正すと言われたが、そんな必要は無いので首を横に振ってこちらも挨拶を交わす。
「グランデ公爵家三男、リヒトです。姉上がいつもお世話になっております。
本日は私どもの為にご足労頂きありがとうございます。こちらこそよろしく」
「ハインフィード辺境伯家当主、リーエル・ハインフィードと申しますわ。
リヒト様の婚約者として同行させて頂いております」
リーエルの自己紹介が予想外だったのか「あらぁ、これまた大物だねぇ」と驚いた様子を見せていたが、案内人とされるだけあって気さくな人で、早速どういった所がいいだろうかと笑顔で問いかけられた。
「やっぱりフレシュリア特有のものがいいかなと思うのだけど……」
「そうだよなぁ。
アステラータとの違いが明確ではないけど……風乗りとかやったことあるかな?
我が国の民でも他領地から来た者たちにとっては大人気な観光スポットなんだ」
そう問われて何のことかすらわからなかったのでそのままに問いかけてみれば、羽を付け風を受けて空を飛ぶ遊技があるそうだ。
お客として来ているのにいいのだろうか、と疑問に思ったが王子や姉上も乗っているくらいには安全だそうで、アステラータ帝国の外務卿も乗ったくらいだから平気だろうと彼は言う。
「おお、面白そうだね?」
「はいっ、私もやってみたいです!」
と、リーエルも乗り気だったので自然と僕らの視線はスラシュ殿に向く。
「よし! じゃあそこに行こうか。安心していいよ。
ちゃんと一人一人補助が付いて安全に飛ばせてくれるからね」
彼はそう言いながらも、風乗り広場に行こうと御者に言いつけた。
その場所が近くなってくると、三角形の飛行物体がくるくると空を回って居る様が見えて、その様に思わず声が出る。
「おお。凄いな……あれは、移動にも使えるのですか?」
「まあ、使えると言えば使えるね。
ただ荷は殆ど運べないし風が強い日は無理だし、操作技術や魔力量、魔力制御も必要になる。
流れに任せて近場に落ちるだけなら多少風があっても平気だけど、遠くに行くのは現実的じゃないかなぁ」
そう聞いて少し安堵しつつも強い興味を引いた。
曲がりなりにも空を飛べる、という事実に。
そうした説明を受けながらも広場に乗り込んでいくとお城の馬車だからか民たちが道が開け、待ち時間無しでそのまま乗る事ができた。
三角の骨組みに布を張り、中央に荷を背負う様にぶら下がる形だ。
最初は紐を付けて支えられながら風で上に吹き上げられ、安定したら紐を外して自由落下していくそうだ。その間で紐を操作して多少方向指示ができるらしい。
値段は一回銀貨二枚と平民が気軽に遊ぶには少々お高い値段だったが、それでも飛んでいる人は多く見受けられる。
普通ならば怖いのだろうが、深層の魔物をバンバン倒した僕らなら強化を併用すれば空から落ちても死にはしない筈だ。
事故率なんかも聞いてみたが、風が吹いても無事に降りる程度はそれほど問題無いらしく、強い突風があっても安全装置のお陰で軽い怪我人程度で済んでいるそうだ。
今日は風が無くて晴れてるから絶好の風乗り日和だと彼は言う。
「リーエル、大丈夫だとは思うけど強化は一応起動させておこうね」
そうして補助の人の手前に立って骨組みから延びている紐で体を固定する。
確認が終ると直ぐに風を出す大型の魔道具にて、僕を含めた数人が空にゆっくりと上げられていく。
物凄い風圧を受けると思っていたのだがそれほどではなく、多少強風を受けているという程度でも空に上がっていけた。
風の範囲を超えると地上で紐を引き始め、地面が離れどんどんと人が小さくなっていく。
スラシュ殿がどれかもわからなくなるほどに高く上がった時、補助の人の声がした。
「外しますよぉ。あまり体を揺らさない様にしてくださいねぇ」
と、慣れた感じに言われて了承すると直ぐに地上と繋がる紐が外されて、ゆっくりと進みながら落ち始めた。
魔道具によって調整を入れているらしく、速度は緩いが安定していて安心感がある。
それでも風圧は感じるが心地いいと言える程度だ。
そして何より絶景であった。
町は勿論、山なども周辺の地形が把握できるほどに何処までも見える。
「おお。凄い。本当に何処までも見えるな……」
「そうでしょう? 反対側には海も見えるのでそちらも見ておくといい思い出になりますよ」
補助の人にそう言われて振り返ると、遠目だが地平線一面の海が見えた。
確かに凄い。キラキラとした青と白。青空と色は似てるが全く違う趣だ。
この高さからで地平線という事は相当遠そうだが、それでも結構な絶景だな。
そう考え見惚れている内にどんどん地上が近くなり、いつの間にか地面に着いていた。
固定していた紐を外して二人の所に戻り声を上げる。
「凄かったぁ……リーエルも楽しめた?」
「はいっ! 海が見えました。とても綺麗でしたわ。いつか行ってみたいですね?」
と、僕らが海に思いを馳せているとスラシュ殿が気まずそうに苦笑していた。
「はは、確かに見てる分にはいいんだけど、海に行くのはお勧めできないかなぁ。
ダンジョンが無くて人が居ない場所だとどうしても凶悪なのが出るでしょう?
僕ら騎士にとっては結構悲惨な場所なんだよねぇ……」
そう言われて思い出した。
海は大量の資源を齎すが同時に大変危険な所でもある、ある意味ダンジョンと同種のものだと。
両生類系の大物が陸に上がってくると結構な犠牲が出ることもあるそうだ。
興味はあるが、他国で無理は言えないと次は普通に外食を楽しむことにした。
そうしてスラシュ殿のお勧めでデート定番の高級ディナーのレストランへと案内して貰う。
「んっ!? このお肉、美味しいですね!? 知らない調味料が使われてます」
止まらず次の一切れが口に放り込まれ、もぐもぐしながらリーエルがこちらを覗き込む。
目もキラキラしているのでとても気に入ったのだと一目でわかる。
僕としても好きな味だ。これはなんだろうかとスラシュ殿に尋ねてみる。
「何か特別なものが使われているのでしょうか?」
「うーん、こっちでは定番だけどそっちでは珍しいのかね……
スパイスウィードって言われている植物の魔物から取れる香辛料だよ」
あぁ、なるほど。あの魔物から取れるのか……
そりゃ無いわ。
アステラータ帝国では出ない種だもの。
魔物図鑑では見たけどうちの国に生息してはいない魔物だ。
素人でも倒せる雑魚に分類される魔物を調べた時に目に付いたから記憶に残っている。
そんな話をすれば帝国には出ないことを知っている事に感心されつつも食事を終えて、最後に観劇を見てお城に戻った。
そうして部屋に着いても今までに無い体験をしてきた僕らの興奮は止まず徐に言葉を交わす。
「いやぁ、収穫は無かったけど楽しかったね」
「はい! ですが収穫、ですか……?」
と、小首を傾げる彼女に町の産業で使えそうなのが無いかと考えていた事を明かせば、言って欲しかったとしょぼくれてしまった。
「いやいや、どっちにしても特になかったからね?」
風乗りは飛行技術のみならず魔道具技術の事もある。
安全を確保し浸透させて金を取るまでには結構苦労しそうだ。
劇なら皇都から人材を引っ張れるかもしれないが、売れている劇団は呼ぶのに金も掛かりそうだしハインフィードでどれだけ受け入れられるかもわからない。
それに色々建てちゃったから豪華な建築はもっと金銭的に安定してからの話だ。
「あっ! あの調味料、輸入させて貰ったらどうでしょうか?」
「うん……確かに悪くはないな。いや、良い事ではあるか。
香辛料なら日持ちするだろうし軽くて場所も取らないから輸送コストも抑えられそうだ」
うちの産業という訳じゃないが生活に彩りをという面でも良い事だ。他国との交易品は国の許可がいるが、香辛料であれば簡単に許可が下りるだろう。
現時点でもあの香辛料のやり取りが一切無いとも思えないしな。
先ずは何処が産地か調べないと。
よし、エルネスト殿下に聞いてみよう。
そうして彼の私室へと赴けば彼は部屋の中で足踏みランニングをしていて、汗だくになっていた。
「えぇ……もうそこまで動いて大丈夫なんですか?」
「問題無いぞ。最悪は異常が出てもそういった不具合なら回復魔法で治させるからな。
だったら壊れるまで体を動かした方がよかろう」
魔力が行き渡ったからか体が普通に動かせる様になったそうで、関節への負荷は感じるがそこは魔法で治せばいいと言うエルネスト殿下。
「よくないです! お気持ちはわかりますけど体が壊れるまでなんてダメですよ?
私もリヒト様に怒られてばかりでしたからあまり強くは言えませんけど……」
姉上が気兼ねなく接していたからか同じ病を抱えていたからか、僕らは割と気兼ねなく接してしまっている。
恐らくスラシュ殿が見たら微妙な顔をすると思うが、今更他人行儀も無いかと僕らは勝手に腰を落ち着けた。
「あっ、今日僕ら風乗りやってきましたよ。楽しかったぁ」
「くっ、俺でもまだなのに……おまえ容赦が無いな」
「えぇ……どうせすぐ乗れるんだから気にしないでくださいよ。
何もしなくてもぐんぐん体重は落ちていくんですから」
そう伝えれば「何もしなくてもなのか?」と彼は驚きの顔を見せた。
「恐らくは。僕の時はそうだったので。
勿論、痩せようとしてればその分早く落ちていくはずですけど」
「ほう……それは楽しみだ。ますます手が止められんな」
そう言って彼はほくそ笑む。
どうやらエルネスト殿下はニヒルな空気を醸し出す性質を持っている様だ。
だがその所為かお姉さん気質で面倒見の良いリーエルは心配になってしまうらしい。
「もうっ、ダメだって言っているじゃないですか。無理はいけません!」
「そうだね。リーエルが構うと僕も嫉妬しちゃうからますますダメだね」
「えっ」と口元を緩めたリーエルがこちらを見上げ、エルネスト殿下が呆れた視線を向ける。
どちらを優先するべきかは明らかだと僕はリーエルに微笑み掛けた。
「全く……何しに来たんだお前らは。見せつけに来たのか?」と、邪魔そうな視線をこちらに向けつつ言うエルネスト殿下。
「いえ、教えて欲しい事があってですね。
スパイスウィードってどこの名産なのかなと思いまして。
それ使ったお肉が美味しかったから輸入出来たら嬉しいなって思ったんですけど……」
「ああ、なんだそんな事か。幾つかあるがアステラータ帝国の近場で言うとストロア領だな。
確か、ストロア子爵の家の者が城に勤めていたな。エルドにでも口を利いて貰うといい」
んっ、この程度なら世話してくれると思ってたんだけど、なんでエルドレッド殿下に……
そう思ったのだが、国王陛下の言葉を思い出して理解した。
そうだった。
エルネスト殿下は国内の貴族に嫌われちゃってるんだっけ……
最初から思ってはいたけど、なんか凄く親近感が湧いちゃうな。
リーエルの距離感が近いのもそれが故だろう。
「はぁ……しかし今日は来客ばかりで何もできんな」
どうやら家族がひっきりなしに面会に来たらしく、おちおちダイエットもできないと嘆いているエルネスト殿下。
「それは仕方ないですよ。身内に愛されたが故の今ですし。
僕も両親と姉には愛されたから研究に打ち込めてあの魔法を生み出せたわけですからね」
「そうか……それもそうだな。ってちょっと待て。自分で開発したのか!?」
そう言って驚く彼に嬉しそうに微笑むリーエルが自慢げに説明した。
その流れでハインフィードの話になり、再び情勢の話に移り変わっていく。
「むぅ……お前ら、面白そうでいいな」
「いや、何言ってるんですか! かなり厄介な状況ですよ!?
面白いと思うなら手伝ってください!」
「そうですわ。お国に関してだけは面白いと言える状況下ではありませんのよ?」
こればかりは、とリーエルも参戦して彼に言い返すが、エルネスト殿下は「ほう。俺が行ってもいいのか?」と何やら楽し気である。
「ふむ。丁度良い。父上も私をどこの家に入れるのかで悩んでいたしな。
そう言うのであれば私も身の置き場にハインフィードを押してみるか」
などと独り言ちっている彼だが、それは流石に無理だろうと反論する。
「第一王子が婚姻でもなく他国の貴族家に入れる訳がないじゃないですか……」
「ふっ、そのような事はどうとでもなるわ。過負荷膨張の延命の為とでも言えばいい。
そうしておけば我が国からの支援も受けれるし皇帝もお前らに強くは言えなくなるぞ?」
む……そう言われてみれば確かに頼まれごとを断る口実にはなるか。
考えてみれば悪くない話だ。
本来ならばフレシュリアで強い反発が出るだろうが、治療の為にと言えば臣下も強くは言えない。援助金なども出るだろうし、直接お願い事ができる強いパイプもできる。
そんな立ち位置になれば帝国での発言力も高くなる。それは僕の求めるところでもあるな。
ハインフィードは強いので元々その節はあるが、長年の友好国フレシュリアの第一王子が療養目的として身を置いているという状況は悪くない状況を生むと思われる。
国が故意にハインフィードを危険に晒したともなれば国際問題だもの。
「こちらにとっても悪くない話だと思いますが、病気療養だと後々面倒では?」
「いいや、こちらとしては完全に治ったなどと早期に伝わる方が面倒だ。
折角エルドの元で纏まっている。崩す様な状況を私が作る訳にもいかんだろ」
「死んだことにしてしまえば自由になることすらできるしな」と彼は楽しそうに笑う。
確かに最初から僕らよりも末期で延命しか難しいとでも言っておけば、そういう事にもできるかもしれないが……
わかっているのだろうか。
完全に立場を失ったら一領民となる訳だけども……
「いいんですか。死んだことになったら王子じゃなくなるんですよ。
王族としての教育を受けた有能な人ならこき使われるに決まってますよね?
仕事ができそうなら簡単には逃がしませんよ」
「ね、リーエル」と振れば「そうですわね」と彼女も少し悪い顔で笑う。
「ふむ。つまりは真面目に打診しても構わない、ということか?」
その声に、僕は再びリーエルに視線を向ける。
「何も言わずに委ねるという事はリヒト様には異論は無いのですよね。
であれば勿論わたくしにも異論はありませんわ。それほどのおもてなしもできませんが……」
「そういう事ですので、後は許可を得た後の国王陛下と皇帝陛下の話し合い次第ですかね」
そう返せば彼は乗り気の様で「では話を通そう」と言っていた。
どうやら国内では結構やんちゃをしてしまったみたいで、ここから何かをするというのは色々な面で面倒が付きまとうのだそうだ。
となると後は外に出ないで大人しくし続けるくらいしかなく、国外に出た方が楽しく生きられるという目論見らしい。
「なら、痩せる前に動かねばならんな。早速お伺いを立ててくるとするか……」
そう言って彼は席を立ったので、僕らも与えられた部屋へと戻ることとなった。
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