第33話 やっぱり黒でした。
あれからエルネスト殿下は迅速に話を進め、継承権を返上し王族籍を抜くことを決め、後はアステラータ帝国へと話を通すだけという所まで話しを漕ぎつけていた。
フレシュリアとしても悪くない話だったそうで、国王陛下も多少の難色は示したものの生を謳歌するにはそれしかないかと受け入れたらしい。
結構心配性な様で、経過報告の手紙を毎月送れとエルネスト殿下に言いつけていた。
どうやらフレシュリアとしてもハインフィードとの繋がりを持っておくのは悪くないと捉えられている様で、国としても異論は出なかったそうだ。
しかし病気療養とはいえ第一王子を他国の一領地に任せるのがこんなにポンポン決まるものなのか?
そう思い「こんなに早く決まるものなんですか?」と思わず疑問の声が漏れた。
「まあ、少し前に貴族たちの権威を削ぐ様な法を強引に打ち立ててやったからな。
居ても碌な事をしないと方々から嫌われているのもあるだろう」
領主の裁量権に制限を掛ける方向で法改正を行ったらしい。
裁量権の幅が広すぎて問題を起こす貴族を裁けない状況下に陥る事も多々あったそうだ。
今まではそれで回ってきたので特に大きな問題が起こらないと手を出し難い。
しかし、なんとこの人はお前らの態度が気に入らないから制裁を下すという名目で動き出したのだそうだ。
元々正論と言える法改正であり王子に正式な形で動かれては却下は難しい。
俺に楯突いた報いだ、くらいな態度で強引にやった所為で恨まれているのだとか。
「調子に乗った貴族たちを押さえつけるには恨まれる役も必要だったからな。
これからずっと矢面に立つエルドがやるより俺が適任だったのさ」
領主の裁量権とは領主の権威そのものである。
それを狭めるというのは完全なる敵対行為だ。
全部わかってて大々的にやっちゃうとか、この王子強気すぎる……
「まあ、都合よく事が起こってくれないとわかってても動き難い問題ってありますよね……」
と、思いつつも苦笑してそれなりな言葉を返せば彼は笑う。
「まあ安心しろ。人の家でそんな図々しい真似はしないのでな」と。
そんな内部事情を聞きつつも領地に来たらどうするのかの話し合いを行った。
どうやら彼は好奇心旺盛な様で、何でもやりたいそうだ。
とりあえずは痩せるまでは僕らの仕事を手伝い、動けるようになったらダンジョンにも行きたいらしい。
ダンジョンも護衛さえ付けてくれれば問題無いと了承して凡その今後の予定が決まった。
そうしてアステラータ帝国からの許可が下り次第、殿下がハインフィードへと来ることになった。
一応まだ本決まりじゃないが、もう決まりだろう。
延命の為に病気療養として向かわせたいという願いを突っ撥ねるのは心象が悪すぎる。
僕らが過負荷膨張を克服している事を陛下は知っているのだ。普通に断れば恨まれると考えるだろう。
だから後は返事が来次第ハインズゴートに来ることになると思われる。
そうしてダイエットに付き合ったり、姉上に誘われ王太子殿下の方へとお邪魔したりしていたら、あっという間の一週間が過ぎ去り僕らは国に帰ることとなった。
「リヒト殿、兄上を救ってくれて本当にありがとう」
「エルネスト殿下のこと、どうかよろしくお願い致します」
「気難しい人ですがお優しい方ですのでどうか多少の駄々にはお目こぼしをお願い致します」
お見送りに来てくれたエルドレッド殿下と、その従者たちに声を掛けられた。
「お前! 駄々ってなんだ! 駄々って!」
と、エルネスト殿下がプリプリしているが側近とは関係が良好な様子。
姉上も僕たちの婚約披露に出るので共に戻る事になっていて、エルドレッド殿下との暫しの別れを惜しんでイチャ付いていた。
そんな彼らの見送りを受けて僕らは国へと帰路へ着いた。
途中、姉上にも真面目に頭を下げられたりしつつもアステラータ帝国へと戻り、グランデ公爵家へと辿り着いたのはパーティーの二週間前だった。
予定通り帰還できたことに安堵しつつ、父上たちへと報告を入れるが何やら顔色がよくないご様子。
これは流石にリーエルは居ない方が良さそうだと先に屋敷に帰って貰って家族で集まった。
「えっと……やっぱり黒でした?」と、兄上たちの件を尋ねてみる。
「う、うむ。ゼムに手紙を書き動いて貰ったのだがな……
八名ほど女性が地下に拘束されていたそうだ」
ゼムは父上がこちらに来ている間、領地を任せているグランデ公爵家の家令だ。
その彼から調査報告と共に管理不足で大変申し訳ございません、と謝罪の文が届いたと言う。
「それで、兄上たちは?」と尋ねれば、今現在は牢屋に入れっぱなしにしているそうで、今後どうするかはまだ何も決まっていないらしい。
「正直、お前に嫡子を任せてしまいたいくらいだ……」
いやいやいや、流石に無理だから!
仮にリーエルを嫁に貰うとしてもそれだとハインフィードが大変になるからね!?
色々やりかけだし、後継のエメリアーナも当主どころか貴族令嬢としての教育もまともに受けてないんだから。
「流石に無理です! 僕はもうハインフィード家に入ってしまっている様なものですよ?」
「それはわかっている。しかしな……」
どうやら牢に入れようとしたところ手勢を使って暴れたらしく人死にも出してしまい、もうどうにもならない状態なのだとか。
それを聞いた姉上が父上に冷めた目線を向ける。
「お父様……こうなった以上、もう一人作るか養子を迎えるかしかないわ。
実際問題、兵を使って家に反逆したのであればもう処刑してもおかしくないんですからね?」
「レイナちゃん!? いくらなんでも家族を処刑だなんて言わないで……」
これでも嫡子として据えていた者。
表立った行いでは初犯だし処刑はやり過ぎだが、確かに面倒な状況だな。
少なくともちゃんとした重い罰を与えねば内外に示しが付かない。
「父上、僕から見ても兵を挙げて反意を見せたのであればもう家督を受け継ぐのは厳しいかと。
家から籍を抜き、新たに子を作る他に道が無いかと思われます」
「ロベルトたちは追放刑か……当主として見ればそうするしかないだろうな。
しかし、親としてはどうにかならんだろうかという想いが抜けんのだ」
まあ、そうだよな。
父上にとって兄上たちは腐っても息子だ。
どうにかなるならしたいと思うのが親心だろう。
正直なところ、悪徳領主の汚名を被るなら幾らでも助けられる。
そのまま家督を継がせることだってできはするだろう。
兄上たちはそうして貰えると思い込んでやっているのだ。
しかし兄上たちはとっくに成人していてもう子供じゃない。
その上で家を任せる訳にはいかないと思える程にやり過ぎた。
思い改めもしていない彼らのどちらを当主にしても家の衰退が待っているだけだ。
仕えてくれている大勢の者たちにも等しく家族が居て支え合って成立しているのである。
今回ばかりは家族だから、で軽く済ませてはならない。
それがわかっているからこそ父上は何も決められなくなっているのだろう。
「一応、悪名を被って兄上たちの教育をやり直すという手もあるとは思いますが、生半可なやり方ではあの二人が改心するとは思えません。
今の甘すぎる環境では家を潰されて家臣を巻き添えに共倒れするだけでしょう。
ですので完全に権力を取り上げ、一般人として生きて貰う方がよろしいかと」
「いや、流石に公爵家の実子を国内で市井に降らせるというのは難しかろう……
うちで爵位でも授けて小さな家を任せるというのが限界ではないか?」
ああ、それは確かに。
名前を悪用されない為には国中に伝わるくらいに悪事を公表し勘当したことを知らしめなくてはならなくなるが、流石にそんな事はできない。
それにもう他家から嫁も貰ってしまっている。
であれば、分家として監督下に置く方が有効か……?
でも、結局は家にとってマイナスにしかならないんだよな。
なるほど。
それで残念過ぎる貴族への刑罰は国外追放なんかが適用されるのか。
「それで済むかどうかは何処まで更生させられるか次第なんですよねぇ……
結局は罪を犯せば裁かねばなりませんし、大きな事をやらかせる分重い罪となりますよ」
「更生なんてする訳ないわよ! 私が何年注意し続けてきたと思ってるの!」
煮え切らぬ父上の言葉に不満を募らせる姉上が怒り出す。
最低でも国外追放はするべきだ、と。
「むぅ……しかしそれはやり過ぎに感じてしまってなぁ」といつも通り煮え切らない父上。
しかし、今回に限ってはやり過ぎではない。
悪徳領主なら、平民の女性を無理やり呼び付けて乱暴し金で無理やり納得させるなんてことは普通に聞く話だが、攫って拉致監禁となると話は変わってくる。
何より兵を挙げて使用人を殺したという点がまずい。
全権代理を任されているのはゼムだ。彼に兵を向けるというのは当主に兵を向けるのと同義。
罪を犯した経緯に情状酌量の余地も無い。
その上で家に兵を向けたならもう追放が妥当なのだ。
ここは言い返させて貰おうと言葉を返す。
「……父上はもし姉上が監禁凌辱されて捕縛時に犯人が領兵を殺した場合、どう裁くのですかね。
犯人の父親が可愛い息子を処刑するなんてとんでもない。
国外追放でもやり過ぎだとか言ってきたらどうします?」
「その父親すら殺すかもしれん……」と言って頭を抱え込み更に苦悩する父上。
うーむ。やっぱり父上のこんな姿は見たくない。
うん。ここは僕らしく何時もの誘導路線に変えよう……
「……そもそも不思議なのですが、父上や母上は平民に落ちたら幸せになれないとお考えなのでしょうか?
教育を受けている僕らは優位に生きられるので努力すれば幸せを掴む可能性は高いのですが」
もしかして、平民は幸せを掴めない可哀そうな存在とか考えてます?
と、母上に視線を向けて疑問を投げかけてみた。
「そ、そんな事はないけど……やっぱり苦労するでしょ?」
「ええと、最近は平民と結構一緒にお仕事してますけど、普通に楽しそうですよ?
僕も姉上も結構大変な環境下で苦労して幸せを掴もうとしていますし……
お二人も苦労して今までやってきましたよね?」
父も母も怠け者じゃない。
母上も降嫁されて皇族から貴族家に入り、知らない事も多く勉強の毎日だったと聞く。
気弱な母上には苦手な筈の社交でも頑張って気を張りグランデを支えてきているのだ。
父上など、言うまでもないくらいに仕事人である。
「そのお二人の子供なのだから追い込まれればやるのでは」と思ってもいない事を言ってみる。
「そ、そう、ね……リヒトちゃんみたくあの子たちも追い込まれればきっと頑張れるわよね?」
「そうだな……確かに考えてみれば平民だから不幸になるなんて事は無いな」
「そ、そうよ! じゃあ、家族みんなで景気よく送り出しに行きましょ!」
この波に乗るしかない、と言いたげに姉上も同意して何故か明日出発しようとか言い出した。
確かにそれほど遠くはないので行って帰ってくる程度なら一週間で事足りる。
一応、婚約披露の準備も僕らがやる事は済ませてあるので無理ではないが……
姉上に本気ですかと問いかける様に視線を向ければ引き寄せられ小声で言葉を投げられた。
「やっとその気になったの! 考え直されたらグランデは終わりよ!?」と切羽詰まった声を掛けられた。
言っている意味は重々承知だ。
正直、痛いほどわかる。
フレシュリアに付き合って貰ったばかりだしリーエルを優先したいのだが、こればかりはしょうがないか……
「じゃあ、行きますか……」と視線を向けて問いかけると、二人はとても沈んだ顔で頷いた。
話が終り部屋を出るとそのまま僕は一人屋敷に帰った。
どうにもよくない空気だった事を理解していたリーエルは心配そうに寄ってきて「どうでしたか」と問う。
丁度説明するつもりだったのでエメリアーナも呼んで三人でいつもの席に座る。
リーエルとエメリアーナと向き合い真剣な面持ちで事情を説明し、兄上たちの罪状を告げると二人は頬を引き攣らせた。
「そ、そんな事が……」
「あんたの兄とは思えないわね……言葉が出ないわ」
と、兄上たちの行いに絶句して表情を引き攣らせたまま動きが止まる二人。
そんな兄上たちとお別れしに行くから一週間程度屋敷を空ける事になったと告げるとリーエルは「そう、ですか……」と沈んだ顔を見せ、エメリアーナはぶすっとした顔でそっぽを向いた。
あれ……さっきとは違う感じに嫌そうな顔をされてしまった。
やっぱり婚約披露の直前でこれじゃ不安にさせちゃったのかな……
「ええと、詰まらないかもしれないけど……一緒に行く?」
「い、行きます!」
「……し、仕方ないから付いて行ってあげる」
そう返すと二人は少し元気になった様子を見せた。
ああ、よかった。
正解だったらしい。
エメリアーナも恐らく僕らが居なくて寂しかったのだろう。
まあ僕らというかお姉ちゃん大好きっ子だから主にリーエルかもしれないが……
いや、最近は僕もちゃんと兄妹みたくなれてきたしそんな事もないか?
そんな事を考えつつも「ありがとう」と返して今日は早めに休むことにした。
僕もリーエルも長旅を終えたばかり。正直無茶な予定である。
まあそれを言ったら姉上も同じだけど。
ああ、面倒だな……
正直僕らは二人がちゃんと追放できるかの監視役として同行するのだ。
姉上も絶対にそう思っている。
まあ、これが上手くいけばグランデは安泰になるだろう。
養子は取るならしっかり吟味するだろうし、新たに子を作るとしても流石にちゃんと教育するだろうから優秀な使用人たちが見限らない限り万全となるだろう。
そんな事を考えつつも一人布団でぐっすりと眠りに就いた。
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