第34話 追放刑


「ロベルト、ブロント……これは一体どういう事だ」


 僕らはグランデ領の屋敷に帰って早々リーエルたちを応接間で待たせ、屋敷の地下へと家族で赴いた。

 牢屋越しに腕を組んだ父上が兄上たちを見下ろす。


 父上の問いにロベルト兄上は鉄格子にしがみ付き声を上げる。


「ち、違うのです! これは何かの間違いというか、手違いというか!」

「お、俺は兄上に言われて従っただけです」


「なっ!? 貴様、ブロント!!」と声を張り上げる長男ロベルト。


「ね……更生はもう無理でしょ?」


 姉上の冷たい視線に父上も覚悟を決めたのか「そうだな」と小さく呟く。

 その声に二人も今回ばかりはヤバいと感じたのか悲壮感を漂わせ言い訳を並べ立て始めた。


「ち、違うのです! 私は雇い入れた者に騙されただけで!!」

「はぁ……お前も嫡子ならうちの諜報力はよく知っているだろう。

 もう正直に言う気も無いのだな」


 母上の悲しみの視線に父上の失望の視線。

 その視線を浴びてもまだ言い逃れを続けようとする二人。


「俺は違いますよ? 本当に兄上に無理やり付き合わされただけなんです!」


 父上が全部バレていると匂わせているにも関わらず何故か自信気に主張するブロント兄上。


「お前らの手勢から聴取も取っている。捕まえた後でもわからぬと思っているのか?

 今のお前らの受け答えで私も漸くもう無理なのだとはっきりと理解した……」

「全く……なんて事をしてしまったのよ。人まで殺してしまって!

 お嫁さんはこれから一体どうするつもりなの!」


 父上と母上の声に「「えっ……」」と放心した顔を見せる二人。


 嫁をこれから一体どうするつもりか、という言葉で漸く進退の危うさに気が付いたのだろう。

 嘘ですよね、と言わんばかりの顔で両親をじっと見つめる兄上たち。

 だが、その姿勢が既に反省の色が無い事の証左。両親の顔に諦観が帯びる。


「待って下さい! ちゃんと反省します。していますから!!」


 と、何故か反省するだけで許されると思っているロベルト兄上。

 領民を拉致、監禁、強姦し、家に兵を向け使用人を殺しても反省すればいいと思っている模様。


「お、俺が代わりになります!

 大丈夫です。俺が嫡子になればこんな事もう無いですから!」


 共に罪を犯した罪人でありながらまるで自分は巻き込まれたと言わんばかりのブロント兄上。


 僕らは、返す言葉が無くなり暫く絶句してしまった。

 本物の絶句とは、本当に声が出ないのだと初めて知った。

 口を開こうとするが言葉が纏まらず上手く声が出ないのだ。


 その間、二人は妄言としか取れない様な事を言い続けた。

 そして彼らの声が止む頃、父上が柔らかい口調で言葉を発した。


「私はな……お前たちならゆっくり時間を掛ければ成長してくれると信じ待ち続けていた。

 だが、誰から聞いても悪い方向へと向かっているとしか思えぬ報告ばかり……

 自分の目でも見てもそう見えてはいたが、それでもいつかはと目を背け続けてきた。

 上手く導いてやれぬ私も悪いと考えてな……

 だが、私の想いはお前たちには届かなかったようだ」


 父の声色が柔らかいものへと変わった事で、許される空気とでも感じたのか二人はヘラヘラと笑い出す。

 それが完全な諦めだと気付かずに……


「と、届いてます! 届きました!!」

「もう大丈夫です! 安心してください!!」


 父上は二人の声に少し優しい微笑みを向けて頷く。


「ならば、これからは平民としても立派にやっていけるな?」


「「……」」


 スンと無表情になり動きを止める二人。


 恐らくは傍から見たら相当滑稽な様なのだろう。

 だが、僕らには絶望しか感じさせない。

 兄上たちには常に怒りをあらわにしていた姉上も今ばかりは苦い顔のまま固まっている。


 そうして向かい合っていると、ロベルト兄上が何故だかイライラした様を見せ始めて鉄格子に蹴りを入れ音を立てた。


「おい、リヒト! なんでお前が黙ってんだ!

 お前、自分が関係無いとでも思ってやがんのか!?」

「そりゃ、関係ありませんよ。僕は戦争というお勤めに行ってましたから。

 そもそももう一年以上グランデ領には帰ってませんし……」


 恐らくは僕に罪を擦り付けて同罪にし後継が居なくなってしまうという話に持っていこうとでもしたのだろう。

 絶対的なアリバイがあると間髪入れずに返しておく。


「う、嘘ついてんじゃねぇよ!

 お前如きが戦争に行って生きて帰って来れる訳ねぇだろ!!」

「兄上……その程度の情勢すら把握していないのですね」


 僕がサイレス家に従軍して戦場に出たのは他家ですら知っている話だ。

 何故当家の嫡子がその程度も知らないのだと頬が引き攣り思わず呟いた。


 僕の声に「調子に乗ってんじゃねぇ!」と叫び鉄格子を蹴りまくって暴れる。


 ブロント兄上も見下す様な顔をこちらに向けているので、後々を考えて鉄格子よりも太い鉄の棒を全力強化を使って曲げて見せ牢屋の中に投げ込んだ。

 折れ曲がった短い鉄の棒がガランゴロンと重量のある音を立てて転がる。


「嘘ではありませんよ。

 そもそも僕はハインフィード家に入る事が皇帝陛下の言で決まっているのでグランデは継げませんけどね」


 力を見せた事で目を見張っていたが、僕の『グランデは継げない』という声に二人の顔は喜色に染まる。

 その時、何故か畏怖を感じてふと隣を見れば姉上が恐ろしい程に冷たく強い視線を兄上たちに向けていた。


「何よ、その顔は……あんたら何処まで馬鹿にすれば気が済むの。

 お父様がその程度のこと理解してない筈が無いでしょ。

 あんたらはもうグランデの人間じゃないの。何言っても無駄よ?」


 あまりの反省の無さに呆れ果てたのだろう。

 ずっと黙っていた姉上が口を開き現実を突きつけた。


 そう。出立日の朝一番で届け出はもう出してある。

 罪を犯して外されたのだから、もう帝国貴族に戻る事は難しい。

 その事を伝えるのに苦悩を感じていた両親の視線が自然と下に向いた。


「はぁ? まさか、もう嫡子から外してあるとでも言うのか!?」

「いいえ。貴族籍から抜いたのよ。二人ともね。

 理解してない様だからはっきり告げておくけど、もう全て終わっているの」


「私たちはあなたたちにさようならを言いに来たのよ」と淡々と告げる姉上。


「な、なんでだよ!? 別に公爵家を危険に晒すほどの事はしてねぇだろうが!!」


 今度はブロント兄上がキレ始めて声を荒げる。

 だが、父上と母上は悲しそうに視線を向けているだけで何も言わない。

 姉上も息を吐きおでこを押さえて黙り込み沈黙が訪れる。


 もう、いい加減に悲しい送別会は終了でいいだろう。


 そう思って話を終わりに持っていく準備を始めようと口を開く。


「一つ知っていて欲しいのですが、他家に露見して発覚したが為にもう隠せない罪なんです。

 父上が温情を掛けて減刑させなければお二人は本来死刑なんですよ。

 だから貴族籍も抜かねばなりませんでしたし、追放も即執行しないと逆に危険なんです」


 と、もっともっぽく言ってみたが……嘘である。


 他家に対しての攻撃ならまだしも実家での話。それに片方は嫡子として据えていた長子。

 罪状としては領主代理であるゼムを殺そうとしたそうなのでギリギリ通らなくもないが、父上に対してではないし実子なので公に死刑にしては流石にやり過ぎでは、と囁かれるだろう。


 だが二人にはわからないだろうと逆恨み防止の為に適当に告げてみる。


 こうでも言わなければ間違いなく逆恨みするだろうし、追放時も暴れるだろうからオーバーに言って父上の精一杯の温情っぽく伝えてみれば案の定二人は黙り込んだ。


「残念ですがさよならです……兄上」と父と母の気持ちを慮って、形式上の『残念ですが』を頭に付けてさよならを告げた。


 そして、僕はリーエルたちの所へ戻ろうと踵を返し、姉上もやっと終わったと言わんばかりに続く。


 父と母はその場を動かない。

 まだ話すつもりなのだろう。


 母上が何やら用意をしていたので最後に何か持たして上げたいのかもしれないが、好きにすればいいと思う。

 僕にとっては彼らがグランデを巻き込んで沈まなければ割とどうでもいい。

 このような人間が平民の世界で上手く生きて行ける筈がないのだから。

 因果応報という事態に勝手になってくれるだろう。


 そんな事よりも問題はロベルト兄上のお嫁さんの事。


 いや、二人とも結婚はしているのだが、嫡子の婚約者だけあって家格が高い。

 同じ公爵家の宰相閣下の家から嫁入りした人なのだ。

 流石にグランデ家だって代々宰相を務めるラキュロス公爵家を敵に回せば大打撃である。

 どうにか穏便に済ませたいところ。


 幸いな事にまだ子供は居ない。

 だが貴族男性は女性に純潔を求める者が多いし、元夫が罪人となりバツが付いたのでは中古の不良品と陰口を叩かれてしまうので次の相手は中々見つからないだろう。


 二人とも慰謝料で済めばいいのだが……


 姉上も交えリーエルやエメリアーナとお茶を飲みながらそんな話をしていると、使用人が僕らを呼びに来た。

 久々に帰ってきたグランデ領の実家の屋敷なので使用人の面々も少し懐かしい顔ぶれ。


「ああ、今行く」といつもの様に片手を上げて返せば「まさか、リヒト様、なのですか……?」と何やら困惑しているので「過負荷膨張が治って痩せたんだよ」と告げると感極まって泣き出してしまった。

 しかし割と何度も同じ状況になっているのでもう慣れたもの。


 完治を喜んでくれたことにお礼の言葉を返しつつも要件を尋ねると、どうやら嫁さん二人との話し合いに僕らも参加してくれという父上の言を伝えに来た様だ。


 そうして僕と姉上は再び空気が重くなるだろう場所に向かう。


「はぁ……気が重いわ」

「まあ、わかります。あの二人、ですからね……」


 そう。あの二人。シャーロット義姉上とマリアンヌ義姉上は強いのだ。精神的に。

 エメリアーナとは違った強さ。系統で言えばレトレイナ姉上に近い口の強さを持つ。

 いつも兄上たちとバチバチに遣り合っていたので怖い印象が強い。


 部屋に案内されると、既に二人は待っていた。


「お、お久しぶりですね……」とお互いに頬が引き攣りながらも言葉を交わす。


「もしかして義姉上たちは薄々お気づきになってたりしました……?」


 と、ずっと苦い顔をしたままではお互い辛いだけだ、と言葉を交わす。


「いいえ。寝耳に水だったわ。クズだとは思ってたけど、あそこまでとはね……全く。

 ゼムに説明されて三日ほど放心させて貰ったわよ!」

「そう、でしょうね。僕も弟ながら絶句して言葉を失いましたし……」


 はは、とシャーロット義姉上の声に頬を引き攣らせて後ろ頭を掻くと、マリアンヌ義姉上が「私たち、これからどうなるの……?」と不安そうに問いかけた。


「うちから慰謝料を出すのは当然として、それ以上はお二人の実家を交えての話し合いになるかと……兄上に付いて行くつもりはありませんよね?」


 そう問えば「「当たり前でしょう……?」」とお二人は心底怖い顔でこちらを見据えた。


 深い怨念がこもっている様にしか見えない笑みに気圧される。


「ル、ルン……父上はまだかな?」と呼び付けた癖に居ない父上の行方を尋ねた。


「御当主様はまだ地下に居られます。恐らくはリヒト様にこの場を託したのかと……」


 はぁ!?

 なんで僕に!?


 そう思いつつも、姉上は味方でいいんだよな、と姉上を見据えるが彼女は小さく首を横に振り味方にはならない事を知らせた。


「え、ええと……その、今現在、身重になってたりとかは……」

「ある訳ないでしょ。顔を合わせたのはもう一年以上前よ。

 うちから連れて来た護衛が出来る専属使用人を常に傍に置いておかないと会う気にもなれないから徹底的に言葉で追い詰めて無理やり距離を取らせてたのよ」


 ああ、うん。

 言葉で追い詰めていたのは僕らも頻繁に目にしていたから知ってる。

 だからこそ怖いと思っていたのだし。


 そう思っているとマリアンヌ義姉上が口を開く。


「私もそれに習ったの。シャーロットお義姉様が居てくれて本当に良かったわ。

 最初は心が壊れるかと思ってたもの。全力で避けていたリヒト君ならわかるでしょう?」


 悲しみしか感じない笑みを向けられ「まあ、わかります」と返しつつも本題に入る。


「それで、最初に聞いておきたいのですが義姉上たちの望みはどんな感じですかね……」


 正直なんで僕がという想いはあるが、父上も母上も辛いだろうからある程度要望を聞いて纏めておいてあげようと二人に尋ねた。


「とりあえずたっぷり慰謝料貰って次は自由恋愛をしたいわね。

 また政略に使われたら堪らないし実家を説得してくれない?」

「あっ、私も実家を説得して欲しいかなぁ。それと慰謝料は私個人にも渡して欲しいな」


 こっちが悪いのに他家に要望を付けろだなんて……そんな無茶な。

 父上の胃に穴が空くんじゃないだろうか。

 そう思いつつも慰謝料の希望額を聞いてみれば相談していたのか『大金貨で百枚』と告げる二人。


「となると、その額をお二人の実家にも出しつつ頭を下げるしか無さそうかなぁ……

 えっと、家同士がどんな約束事を交わしているかはわかります?」

「子爵家のうちは支援を貰った側ね。

 援助するから隣同士、町を繋ぐ道をお互いに整備しましょうというものよ。

 それと実家からワインの仕入れもして下さっているわ」


 マリアンヌ義姉上はぶった切ってもお互いにそれほど損害のあるものじゃないと言う。

 公爵家と子爵家の差があるとはいえ隣の領地だしこちらが悪い状況で無茶も言われてないのにぶった切る選択肢なんて最初から無いのだが。


 思いの外きつい要望ではなかったな、と思いつつも「個人への慰謝料だけでいいんですか?」と問えば彼女は昔話をして見せた。


 どうやら、幼少期にブロント兄上に粉を掛けたのはマリアンヌ義姉上の方らしい。

 道理で家格に大きな差があると思ったが、互いに望んで決まった婚約だったそうだ。

 自分で選んでしまった事。更生できなかった事に負い目もある様だ。

 まあ、悪い男がカッコいいなんて思った自分の馬鹿さ加減を呪いたいと呟いても居たが。


「ええと、そこは流石にお互いさまというか……

 元々家族だったこっちの方が申し訳ないのでお気になさらず」


 こっちは穏便に済みそうだと安堵しつつもシャーロット義姉上にも同じく問いかけた。


「こっちは鉱石の売買ね。嫡子の正室って事でそっちが有利になっている契約の筈よ」

「なるほど……そうなると宰相閣下の説得は大変そうですね」

「そうね。絶対に成すしかない状況でこんなことを言ってしまってごめんなさいね?」


 と、彼女は圧のある笑みを浮かべる。

 できないは許さないわよ、と言わんばかりに。


「まあ、あれだけの愚か者を嫡子に据えていたのだから家が傾いていないだけ儲けものですよ。

 父上にできる限りをして頂けるよう僕からもお願いしてみます」

「あら、意外……リヒト君には逃げ口上で返されるかなって思っていたのだけど」


 確かに結婚して家に入ったのだから、妻にも責任というものが生まれると取る者も居る。

 だがしかし、政略結婚で無理やり入らされた身の上だ。兄上たちの結婚式では両方ともお嫁さんが諦め顔していたのをよく覚えている。

 僕ら自身、手の付けようがなかったのだから流石に彼女たちが悪いとは言えないのだ。


「ははは、不本意ながら実家へお返しする事になってしまうでしょうから……

 流石に何処までもとはいきませんができる限りはせねばならないでしょう」


 当然罪は兄上たち個人のものだが、悪評はセットで付いてくる。その上で彼女たちは出戻りという肩身の狭い立場になる。

 ただでさえあの二人の妻という悲しいポジションに居たのだ。

 無茶を言われない限りは希望に沿うべきだろう。


「ふーん」と興味深そうに見ているシャーロット義姉上を傍目に二人の要望を紙に纏めていく。

 

 そうして書き終わると、父と母が入ってきたのでメモ書きと共に二人の要望を告げてバトンをタッチした。


 やはり慰謝料に対しては当然だなと受け入れていたが、自由恋愛をさせる様に説得するという面で難色を示していた。それを願う立場に無い、と。


 そうした話し合いを終えて、漸くリーエルたちも交えて話せる様になり何故か夕食では今までにない程に会話が盛り上がった。


 その発端はエメリアーナが父上に『あんた、早く子供作りなさいよね!?』と睨みつけながら言い出した事だ。

 それに義姉上二人が吹き出して乗っかった事にある。


 実子の僕たちはちょっと笑えなかったが、無理な年齢でもない。

 グランデの未来を考えればそれが一番いいので苦笑しつつも同意すれば母上が予想以上に初心な反応をして皆に弄られていた。


 そうして割といい空気で迎えた次の日、拘束されて送り出される兄上たちを全員で見送り、僕らは皇都へととんぼ返りをすることとなった。


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