第35話 婚約披露パーティー


 数日の余裕を持って皇都にあるグランデ公爵家の屋敷に戻れたのだが、何だかんだやる事が多くあっという間に婚約披露の当日になっていた。


 婚約披露パーティーの会場にと作られたホールの特別入場口前にて僕とリーエルはそわそわしてしまいながら待っていた。


『この度ご婚約する運びとなられました、リヒト・グランデ様、リーエル・ハインフィード様、ご入場!』


 その声に僕はリーエルをエスコートして会場の真ん中へと歩き、立ち止まって振り返り招待した客に一礼した。


「おお、あれが国軍が恐怖したという強敵のおった戦で無血開城をさせたという男か……」

「まぁ……素敵なお二人ね。とってもお似合いだわ」

「あの容姿で武力にも政治にも力を持ち得るとは……些かできすぎではないか?」


 拍手を受けながらも品評する様な声が聴こえてくるが、気にせずホールの中央でリーエルの方へと向いて膝を付く。


「踊って頂けますか。僕の愛しい人……」


 細くしなやかで可愛らしい手をそっと掬い上げる様に取って彼女を見上げる。

 綺麗なドレスを纏って全てが整えられた彼女はもう天女の如き美しさだ。

 自然と頬が熱くなり緊張が走る。


「はい、よろこんで。わたくしの愛しいお方」


 ふわりと微笑む彼女。

 それと同時に気合の入った演奏が突如始まる。


 立ち上がり彼女の手を引いて身を寄せ合い、音に合わせて何度も練習してきたダンスを踊る。


 僕たちの婚約披露なので最初の一曲は僕ら二人だけ。

 恐ろしく緊張するのだろうな、と思っていたのだがリーエルと見詰め合っていると他が視界に入らなくなり共に踊っている事にただただ喜びを感じて頬が緩んでいくが何とか律する。


 ええと、何か気の利いた事を言った方がいいのだろうか……


 そうした些細な不安には苛まれるが、幸せそうに微笑みを浮かべてくれるリーエルの顔を見て霧散する。

 曲に合わせて回るごとに彼女のスカートがふわりと膨らみ散りばめられた宝石が灯りに反射して光を放つ。


『おお……』と感嘆の声が時折耳に入りリーエルの美しさに対してだろうなと少し笑いが漏れる。


「ふふ、リヒト様の素敵さに皆驚いていますわ」と、リーエルが何故か検討違いな事を言いだした。


「いや、この賛辞はキミへのものだから。とっても綺麗だよ」

「まぁ、お上手ですこと!」


 本当に違うんだけどなぁ……


 と苦笑しつつも楽しく踊っていれば早くも一曲目が終わった。

 もう一度招待客に一礼して拍手を貰えば、ここからはお客様方も各々自由行動だ。


 数人が触発されたかのように女性の前へと膝を付いて手を取り、各々誘いの言葉を掛けている。

 そんな中、僕らは挨拶もあるので会場の中央から主催の陣取る場へと移動した。


「やあ、リヒト殿。この度は婚約おめでとう!」

「来てくださったのですね。ありがとうございます、サイレス侯爵閣下」


「ははは、当然だよ」と笑いながら軽く肩をポンポンされて戦争の事で再び礼を言われた。


 そうして社交辞令の言葉を交わしていると他にも人が集まってきて挨拶の言葉を立て続けに掛けられた。

 リーエルも学院の女子たちに囲まれてお祝いの言葉を貰っている。


 ちらり、と視線を父上たちの方へと向けると宰相閣下と話をしていた。

 よく見ればマリアンヌ義姉上の御父君も居てどうやら場所を移しての話し合いに移行するご様子。

 公の場でありながらも負け犬の様な力ない笑みを浮かべていた父上に心の中でエールを送りつつも、僕は僕の事をと招待客の相手をしていく。


 ちらほらと新薬に関しても情報を掴んでいる者たちも居て、効能やら市場価格やらを何度も尋ねられた。

 幾つかお試しでと注文を受け付け、後々書面にて契約を交わすこととなったりと大変だったが実りもあった。


 新薬の価値に気が付いて貰えれば相手方の特産を多少安く融通して貰うことも可能だろう。

 うちの輸送部隊に帰りに乗せてきて貰えば安いコストでの新規商売も可能だ。


 やはりこうした利権を持っていると強いな、とほくそ笑みながらもリーエルやエメリアーナと再び合流する。

 ルシータも一緒に居て「おめでとうございます」と、キラキラした目で祝われてしまった。


「ありがとう。ルシータのお相手も探していかないとな。

 打診くらいはいつでもできるからいい人が居たら言うんだぞ?」


「あっ……はい」と真っ赤な顔で俯くルシータ。


 彼女は前のお相手との復縁は望まなかったのだ。

 正直もう遅いくらいなので急いだ方がいいとも言えるのだが、生い立ち故に家格はもうそれほど気にしなくていい。

 養子であり三女であり訳ありともなれば、格下相手でもなんら問題が無いからだ。

 選べる範囲を考えればそれほど急かす事もない、と彼女の意思を尊重する形としている。


 そんな話をしているとルシータの後ろでライアン殿が腕を組んでがははといつもの様に笑う。


「しかし不思議なものですなぁ。夫婦みたいなお二人が今さら婚約披露など」

「や、やだもう、ライアンったら!」

「あはは、そうなんだけど僕らまだ学生だからねぇ。

 僕としてもいち早く確定的なポジションに付きたいんだけど……」


 などとハインフィードの慣れた面子での雑談を交わしていると『アドリアン・ルシルス・アステラータ皇帝陛下、ご来場』との声が聴こえ、何故か陛下の隣にはミリアリア嬢がエスコートされ歩いていた。


 ディクス君が居るのにミリアリア嬢を見かけないとは思ってはいたけれど……


 そう驚かされたが、考えてみると納得できるところもあった。

 恐らくは殿下が不貞をしたがそれは皇家に認められておらず、皇帝陛下は未だミリアリア嬢を推しているという事を知らしめる為なのであろう。


 その二人がこちらへと真っ直ぐ歩いて来たので、臣下の礼を持ってお出迎えをしご足労頂いたお礼の言葉を告げる。


「何、此度の婚約は皇家が望んだもの。祝いに来るくらいは当然であろう。

 皇帝として二人の前途に幸多からん事を祈っておるぞ」


 そう周囲に示すように声を上げた陛下はそのまま招待客への挨拶が済んでいるのかを問い、終わっている事を告げると別室への移動を願われた。


 どうやら僕だけの呼び出しの様なので陛下と共に別室へと移動する。


 問われる内容には当たりが付いてる。

 兄上たちの件は父上の管轄なのでフレシュリアの事だろう。

 そう思って人払いされた部屋にてテーブルに着けば案の定、その問いかけが来た。


「この様な場で悪いが、至急聞いておきたい事があってな。

 フレシュリアから第一王子を延命の為に預けたいと言ってきた。

 リヒトたちは完治しているというのにだ。どのような作為があるのか知っておるか?」


 あぁ……そうか。そうなるよね。

 まあ、ここは特に伏せる必要も無いだろう。


「僕が聞いたところによるとエルドレッド王太子殿下の下での結束を崩したくないから、という話でした。もう凡そ盤石な様ですが、波風を立てたくないそうで数年程度隠せればと思っているのだと思われます」


「ふむ。やはり治ると知っての事か。その理由なら問題は無いが……しかし大丈夫なのか?」と何故か懸念を示す陛下。


 その真意がわからず「何か問題がおありでしょうか?」と首を傾げた。


「いや、王族で第一王子ともなれば暗殺や拉致の懸念が付きまとうであろう。

 守りに問題は無いのかと思ってな。返事を返してから不備があったでは遅かろう?」


 あぁ……そういう話か。

 帝国勢が何かしてもメリットが考えられないからフレシュリアの内情の問題だよな。


 情勢を詳しくは知らないから何ともだけど、問題無いと思うんだよな……

 嫌われかたが酷いらしいから本人を立てようとするのは難しいと思われる。

 種は有用だけど、赤子を連れて来てもそれでどうするという話だ。

 成長を待つほど時間が掛かったらもうエルドレッド殿下がもう継いでいるだろう。


 姉上の見立てでもエルドレッド王太子殿下の勢力は他の追従を許さない程に強いと言っていたから王太子殿下を暗殺するつもりでもなければ拉致は考え難い。

 エルネスト殿下の暗殺も……まあこっちの方が無いだろう。


 恨まれていると言っても国外に居ればこれ以上の害は無いのだから態々王族殺しをするという危険を冒してハインフィードまで送り込むというのも考え難い。

 流石に無防備な状態での放置などするつもりもないしな。


 そうした思考を巡らせた後、陛下へと言葉を返す。


「戦力的には何の問題もありませんので、王家の血を手に入れる為の拉致が懸念事項ですかね。

 ですが人も現在手一杯な程に教育中なので工作員が今から偽装して家に入るというのは募集をしていないので当分起こり得ません。

 そもそも延命という名目なので数年以内には死ぬと目算されるでしょうから、そこがバレなければ帝国に居る間は事を起こさないかと……」


 そう伝えれば陛下は思考を巡らせた後「それならばこのまま受けるとしよう」と頷きつつ、議題を変えて言葉を続ける。


「しかし、グランデも面倒な事になっておるな。宰相から聞いたぞ?」


 と、陛下はやっちまったなぁ、と言わんばかりの顔を見せた。 


「ええ。私としましては漸く決断してくれたのですね、という想いですが。

 親が子を想う心というのは子の居ない私にはまだ理解に及びませんが、私欲で兵を動かし味方を殺すなど到底許していい所業ではありませんから」


 と、それをしようとしたのはあんたの息子もだからな、とそっちの罪を選びつつ言葉を返すと、意図が伝わったのかはわからないが陛下は少し難しい顔を見せた。


「うむぅ……そうだな。して、グランデの後継はどうするのだ?」

「先日その話になり、エメリアーナ嬢が父上に『あんたは早く子を作りなさい!』と叱りつけておりましたので、もしかしたらもう一子儲けるかもしれません……」


 そんな冗談を織り交ぜて問いに応えれば「くふっ」と陛下は思わずと言った風に笑い声を漏らした。


「ふふ、方向性は理解した。まだ決まっていないという事もな。

 して、ロドロア候の孫娘はどうだ?」

「はい。とても良い子ですよ。

 事を理解し、父親が悪いのだということも飲み込んでおりましたので問題は無さそうです」


 そう伝えると、陛下は苦い顔を見せて「そうか」と力なく目を伏せる。


「出来れば最後にお別れをさせてあげたいのですが、難しいでしょうか?」

「私が色々と見誤り空回りをした所為でもある……それ故に思い悩んでいる事があるのだ」


「聞いてくれるか」と言って陛下は独白の様に胸に秘めていた想いを語った。


 アストランテ殿下の能力が足りない事。

 権威が落ちた状態が長らく続いた所為で臣下の身勝手さが増してきている事。

 手放しに味方と思える者が圧倒的に少ない事。


 それをどうにか打開する為、反抗的な貴族の粗探しに尽力していたそうだ。

 殿下に継がせる前に鮮血帝と汚名を遺す覚悟をしてでも強引に大規模な粛清を行い、よりよい状況を残したかったのだとか。


 ロドロア候との事も宰相と共に頭を下げてそれまで待って欲しいと頼んであったのだそうだ。

 どうやらその粛清相手はロドロアから搾取しようとしていた勢力らしい。


 それ程長くなど到底受け入れられないという物別れに終わった話し合いだったそうだが、それでもやるならやるで早くして欲しいという姿勢だったのだそうだ。

 それ故に色々と後回しにしてでも粛清の準備を進めていたが、先日突如の独立宣言が行われてしまった。


 その理由を聞いてみれば嫡子の独断だったと知り、どうしても思い悩んでいる事があると言う。


「よくない事だとはわかった上でなのだがな……

 服毒刑として処刑を誤魔化し、秘密裏に助けられないかと思っておるのだ」


 えっ……?

 確かに皇家の不義利と嫡子の暴走が原因だと鑑みると情状酌量の余地はあるが……

 流石に事が重すぎて多少の減刑で許される話ではないよ?


 そう思い「後を考えるとバレた時まずいのでは……」と、驚きを隠せず素で問いかけていた。


「そうだな。公になったその時には私が勝手をした悪事と公表して構わぬ。

 まあロドロアにも帰れず家も返せずは変わらぬのでただの自己満足ではあるのだが、それでもと彼らが受け入れた場合にはハインフィードで受け入れてはくれぬか?

 勿論、貴族扱いをする必要も公にする必要も無い。もしもの時の一筆も認める」


 流れてきた平民として世話を焼いて貰えるとありがたい、という話だそうだ。


 彼ら、ということはロドロア侯爵家全員だよな。

 侯爵家一族のベテランたちを受け入れるという話か。

 リスクはあるが旨みもあるな……


 楽をする為に新たなシステムを作っていくにはまだまだ人材が要る。

 カールたちはグランデ公爵家から借り受けている人材だから新組織設立には使えない。

 一度に育成できる人数が一杯なだけで人材は欲しいのだ。


 エルネスト殿下の事を考えてもそっちには遺恨の無い人材だから悪くない。


 陛下に秘密裏の勅令でも書いて貰って断れない強制のものだったとすればそれほどのデメリットも無いよな……?


 リーエルに採択を願ってみる価値はあるな。


「これに関しましては結論を出す前にハインフィード辺境伯に相談させてください」

「ああ、そうであった。ついリヒトが当主の様に考えてしまっていたな……」


 そう言って苦笑しながら陛下は「時間を取ってしまったな。会場に戻るとしよう」と、立ち上がった。


 会場に戻ると陛下はミリアリア嬢をディクス君に任せてそのまま退席し、その後の僕らは大人の貴族たちとの友好を温める事に尽力した。


 そうして、僕とリーエルの遅くなってしまった婚約披露パーティーは皇帝陛下が自ら足を運んでくれた事で存在感を更にアピールできて大成功と言える結果で終わりを告げたのであった。

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