第36話 戦勝パーティー


 婚約披露パーティーが終り、グランデ公爵家にて一夜を明かしハインフィードの屋敷へと戻ってきた僕はリーエルとエメリアーナを呼び、使用人には退席して貰い密談を始めた。


「えーと、陛下からお願いされた事とか、報告もあるんだけど、絶対に他で話しちゃいけない話になるからよろしくね」


 こうして三人で話すのはもう慣れたもの。

 エメリアーナも急かすでもなく素直に「わかったわ」と頷いてくれたので、エルネスト殿下の受け入れが決まった事を話した後にロドロア侯の件をゆっくりと説明していった。


 話し終わるとソファに全力で背を預けて脱力したエメリアーナが大きなため息を吐いた。


「はぁぁぁぁ……馬鹿ね! そんなに後悔するなら最初からちゃんとやんなさいよ!!」

「正直、わたくしもそう思います。リヒト様が仰ったとおり必要のない不義ですもの……」


 陛下の後悔の念を聞き、ご立腹感を滲ませる二人。

 そこについては僕も思う所はある。

 この一件は人のお金で博打をうってその上で負けた様な状態なのだ。

 そう。悪徳貴族の粛清の為にロドロア侯が身を切る必要は無いのである。


「そうだね。

 反抗勢力の油断を誘い懐に入る算段だったみたいだけど、他にやり方があったと思う。

 それでもあの方が僕らの長だからその中で取れる選択をしなければならない。

 もしバレた時はこれを機に引きずり下ろしてやると喜んで大騒ぎする貴族も大勢出てくる。

 その時、僕らは渦中の中心に居る事になるんだ。勿論陛下に勅命を出して貰っておくなどの保険は用意するとしても、よくない噂が立つことには変わりが無いだろう。

 相手を落とす事で相対的に自分が上がると考える者も少なからず居るからね」


 そうした危機管理の方を先に話せばエメリアーナが「受け入れるに決まってるでしょ!」と、そんなの関係無いとばかりに声を上げた。


「それを決めるのは当主だ。危機管理もしっかり想定した上で頼むよ」


 と、リーエルに視線を向ければ彼女は微笑んで頷く。


「勿論、願われたなら受け入れますわ。

 個人的な事と言えど陛下がこちら側な以上、想定される危機は大きなものではありません。

 陛下のお言葉に添ったと声高らかに返せますでしょう?」

「うん。陛下がご存命な間ならね。いや、あれがあれのままで皇帝になろうものならどちらにしても一度黙らせる必要は出てくるだろうから、リスク面ではそう変わらないか」


「そうね! その時はもう潰してしまいましょ!」とエメリアーナが元気よく言い放ち、僕らは苦笑する。


「じゃあ、エルネスト殿下とロドロア侯の一族を受け入れる、という事で決定だね。

 どちらも秘密の話だからまだ誰にも言わないで。うっかり言葉に出さない様によろしくね」


「ねぇ……ルシータにも言っちゃダメなの?」と、不満そうな視線を向けるエメリアーナ。


「うん……まだやめておこう。

 ロドロアの地を捨てるなら自死を選ぶと言う可能性もあるから」

「考えたくありませんが絶対に無いとは言えませんね……

 先祖代々命懸けで守ってきた領地ですもの。自責の念も強いでしょう」

「むぅ、わかったわ。教えた後にダメになったらもっと辛いものね……」


 二人が納得したことで話がついてお城への手紙の作成を行う。

 当然、明確な内容は伏せてのこと。

 フレシュリアの話は出せるのでそっちを名目にして誤魔化しながら書いて貰った。


 そうして諸々大変だった用事を終えて、再び僕らは学院へと通える様になった。


 処刑日の期日が近いのでこちらに残ったルシータだが、学院に行っている間は屋敷に閉じ込める形になってしまうので、ルンたちに気を使ってくれるようにお願いしつつ通学を再開した。





 そうして日々を過ごし、漸く論功行賞が行われる日が訪れた。


 謁見の間にてやる様で玉座には皇帝陛下、その隣に殿下が座っている。

 相変わらず皇后陛下の席は空いていた。


 レッドカーペットが敷かれる中央の道を空けて、両側面に大勢の貴族たちが参列してる状態。


 これは直臣の貴族は誰でも参加できるもの。

 と言っても、功績が無い者は立って話を聞くだけになるが。

 それでも数多くの貴族が参列している。


 これから家ごとに呼ばれてどんな功績を立てたかが報じられ、その褒美にいくら与えるという形で称えられることになるだろう。


 そう考え、耳を傾けていると予想外にも最初に名を呼ばれたのはサンダーツ家だった。


 しかし登城していない様で呼ばれても出て来ず、誰も居ないままに言葉が続いた。


 先ずは従軍した事への賛美で始まったのだが、その後は独断専行により隊列を乱して勝手に火ぶたを切り特攻したが、敵軍の誰一人として手傷を負わせることすらもできず本陣に戻る事も無く領地に逃げ帰った事が伝えられた。

 故に規律を乱し足を引っ張る事しかしなかったサンダーツ家に限り褒賞を無しとする、と。


 その発表の最中、ざわざわと嘲笑の言葉が飛び交った。


 何と情けない。

 余りに脆弱である。

 非戦闘員を連れて行ったのでは?

 独断で動き、負けて逃げたでは確かに従軍したとは言えぬな。


 等々色々な言葉が吹き荒れた。


 そんな感じに場がざわついたが、その後は場に相応しい称える発表が続いた。

 とは言え戦いは無いに等しかったので、兵を何人出しただの、町の制圧に尽力しただのという同じ言葉が続くことになったのだが、それでも大半の者が興味深そうに耳を傾けていた。


 そうしてグランデ家までが終り、最後にサイレス家とハインフィード家が同時に呼ばれて僕らも前に出た。


 お褒めの言葉は学院襲撃事件から始まり、策の考案、ロドロアへの潜入など、サイレス家とハインフィード家が協力して推し進め、ロドロアを秘密裏に抑えた為に難敵を無効化する形での降伏を成し立てたというものであった。


 ご褒美の方はサイレス家には皇太子妃の座と次期軍務卿の要職を任せるというもの。

 ハインフィード家には金銭と三年間の納税免除が言い渡された。


 その後、僕が最後に個別で呼ばれ陣頭指揮を執り潜入して無血で終わらせたことを称えられ、子爵位と大金貨二百枚、それと約束していた権利の保障を確約してくれた。


 そして締めくくりに皇帝陛下から、ロドロア家への処刑は公開せず服毒とする事が伝えられた。


 その理由に嫡子が独断で独立を宣言し、学院襲撃まで秘密裏に行われた犯行であった事。

 潜入した僕らの求めに応じ、自ら首を差しだした事を上げた。

 サンダーツ軍が口上も無しに勝手に独断専行で突撃しなければ、完全な無血で終わっていた事を鑑み、此度に限っては公開する必要は無い、と。


 その声で僕の功績に懐疑的な視線を向けていた者たちも、ただ運が良かっただけなのかと納得を示し特に疑問の声も上がらなかった。


 エメリアーナはその声に納得していなかったが僕としては有難い。


 急激な立場の変化は大きな摩擦を生む。

 兄上たちの様な人種が、あんな奴が成功するなど許せん、嘘を吐いている、と粗探しをし始めるだろう。

 そうした注目のされ方を一度でもされてしまうと粘着されることもある。

 粗探しが好きな人種は貴族を問わず沢山居るのだ。


 だが、こうした場で何度も表彰されれば多くの人々に認められ、当然の立場と変化していく。

 本当に功を挙げているのだと素直に心に落とし込めるようになるまでは何度か緩衝材が要るだろう。

 まあそれでも嫉妬する奴はいるだろうが、割合が大きく下がる事は間違いない。





 そんな話をしながら、ハインフィードの面々で戦勝パーティーの会場へと移動する。

 会場はお城の内部を通って渡り廊下を歩いた先にある建物。ぞろぞろと移動する人たちに紛れて僕らも歩を進める。


「全く……人の足を引っ張る事に労力使うくらいなら自分の能力を上げなさいよ!」

「で、あるな。だから何時まで経っても脆弱なのである」


 と、先ほど話題に出ていた粗探しをする貴族たちの話にご立腹感を表すエメリアーナとライアン殿。


「うーん……確かに気分はよくありませんが、どうなのでしょう。

 それが必要な時もある気がします。リヒト様はどう思われますか?」


 リーエルにそう聞かれて少々驚かされた。

 心優しい彼女なら、拒絶感を示すと思っていたからだ。


「いい疑問だね。実は僕ら文官はその粗探しも仕事の内なんだ。

 力ある者に対抗する為の手札として、もしもを考え粗探しをしておく必要がある場合もある。

 世間一般から見たら不快に思われるのもわかってるんだけど、防衛の手段として持っておくに越したことはないからさ」

「要はその使い道次第、ということですわね」


 そう言って微笑むリーエルに「そうだね」と同じく笑みを返す。


「まあ私腹を肥やす為に使われる事が殆どだから忌避感が強いのも当然だけど」


 それが俗に言う宮廷の化かし合いで相手を攻撃する時に使うカードとして使われる。

 だから慣れない地方貴族は関わり合いたくないと思っている者が大半なんだと説明を入れた。


「ああそれ、前に言ってたわね。

 正直そんな事をやって欲しくないけど、守る為には必要にもなるのね……」

「むぅぅ……そこら辺は婿殿にお任せであるな。何をしたらよいのかさっぱりわからぬ」

「うん。皆得意分野が違うからね。同じ文官でもリーエルは表の仕事が得意だし僕は裏方だ。

 カールはどっちもできるけどいずれは帰っちゃうし、そっちの人材も欲しいところだなぁ」


 と、言いつつも会場に近くなってきたのでリーエルに視線を向けて肘を立てると、珍しく腕に抱き着いて来て頭を乗せた。

 どうしても愛らし過ぎる彼女にそうされてしまうと、ドキドキして言葉が止まってしまう。 


「ふふ、リヒト様に認められるのが一番嬉しいです♪」


「ちょっとぉ! 私はぁ?」と口を尖らせるエメリアーナに「婚約披露直後であるしエメリアとルシータはこっちであるな!」とライアン殿が胸を張り腰に拳を当てる様に両肘を大きく立てた。


 そんなライアン殿の様に一人様入場じゃない事を喜んだのか、エメリアーナが頬を緩ませた。


 強調された筋肉により、タキシードのボタンがはち切れそうになっていてその両側に少女が手を添えると余計に人目を集めた。

 その所為でルシータが恐縮し目を彷徨わせ続けていて少し不憫な状況となっている。

 その様に、グランデからエスコート相手を呼んでおいた方がよかったかな、と思いつつも会場に入った。


 流石はお城の会場だ。

 家ごとにテーブルが設けられていて使用人たちもテーブルごとに付いている様が見受けられる。

 招待状を出して参加を表明した家、全てに用意するのは大変だろうなぁ、などと思いつつも使用人が僕らの席まで案内してくれた。

 一先ず腰を落ち着け、煌びやかな会場内を再び見渡す。

 テーブルが並ぶ区域、壇上、ダンスをする場、楽団が演奏する一角、と広々と場所を取っていても余裕があり、何でもできるくらいに広いスペースに圧倒される。


「やっぱりいつ来ても凄いな……ハインフィードにもこの半分くらいのを建てられたらなぁ」

「はぁ!? そんなにでかいのあっても使わないでしょ! 人が来ないんだから!」

「ふふ、甘いわよエメリア。リヒト様がお声がけすればここの半分程度は当然の様に埋まるわ」


「そ、そうなのですか……?」とルシータが驚愕した視線をこちらに向ける。


「まあ、今なら薬目当てで来るだろうね。

 新薬の評判がかなり上がっているみたいだから、直接契約で確保したい人は多い」


 この世界、ダンジョンの産出が資源の多くを占める。

 だからこそ少しでも深部に赴き幅広く高価な素材を世に出して貰いたいのだ。

 深部に行けば当然危険度が跳ね上がるが、神官をダンジョンに連れて行くことなどできない。金銭的にも大赤字にしかならないしそもそも教会が許さない。


 そこに登場したのが効力は弱いとはいえ持ち運べる回復薬である。


 領主として、入手ルートを絶対に確保したいと思うのは当然の流れ。

 とはいえ、こちらも生産上限があるからいくらでも出せる訳じゃない。


 瓶はどうにかなるとしても薬草の方が追い付かないのだ。

 肥料に魔石の粉末を混ぜて撒けば雑草のごとく育つので土地を用意して栽培の方もやらせているが全然追い付いていない状態である。


 各町のハンターギルドにて採取金額を上げて買取り、すり潰して壺に入れて保管し保存期間を延ばした上でハインフィードへと持ち帰るという段取りも組もうとしているが、それが成り立って漸くある程度多方面に出せる様になるレベルだと思われる。


「おっ、そろそろ始まるみたいだね」


 そう声を上げれば皆、壇上へと視線を向けた。

 そこには拡声器を持った男性が数人居るのが見受けられる。


「あっ、あの方は確か宰相閣下のご子息の……」とリーエルが「この前ご挨拶しましたね」と声を上げた。

 その声にエメリアーナが複雑そうな顔を見せる。


「むぅ。私も挨拶した方がいいのかな……知っている方が気が楽そうだわ」

「まあそうなんだけど、最低限の礼儀作法を学んでからね?

 ルシータなら大丈夫だけど、エメリアーナじゃ……」


 そう返すと、ぷくっと頬を膨らませてこちらを睨む。

 大分マシにはなってきたけども、こんな場でそんな顔してる時点だダメなんだ、と思っているとルシータが不安そうに声を上げた。


「全然ダメです。私、こういう場に出た事が殆ど無くて……」

「いや、大丈夫だよ。最初の挨拶はできてたし、そこが出来れば後は喧嘩の売り買いをしなければ問題視する人はそう居ないから。

 エメリアーナは喧嘩を売られたら誰が相手でも構わず買っちゃうでしょ?」


 まあ、意図せず売ってもいるんだけど……と思いつつも当たり障りが無くなる様に言えばエメリアーナも納得したのか矛を収めた。


 実際にルシータは子供でもあるし多少言葉を間違えてもまず問題視されない。

 というか大人でも粗暴な振る舞いをしなければある程度は流してくれるものなのだ。

 それくらいで突っかかっては自分まで浮いてしまうのである。


 だから最初の名乗りをしっかりする事、相手への攻撃的な発言をしない事、その二つさえ守れば問題になっても相手が悪いと堂々としていていい、と二人に告げた。


 その声に「名乗るのってそんなに大切なの?」と首を傾げるエメリアーナ。


「それはそうだよ。最初は名乗らないと立場が分からないんだから。

 格下の家が舐めた態度を取る事を許していたら、全員から舐められちゃうでしょ?

 自分にとっても相手にとっても死活問題なんだ」


「最初の頃の学院での僕を思い出して」と自傷気味に言えば「あぁ……」と切ない相槌が返ってきた。


 まあ僕は名乗っていましたけどね!?

 報復しなかったのは僕の落ち度だけども……


「だからルシータならハインフィードの三女だとしっかり相手に教えてあげないとダメなんだ。

 そうすれば相手も辺境伯家の三女ならばこのくらいの対応が必要だと判断できるようになる。

 それに反した時、初めて侮辱されたという大義名分を得る事になるんだ。

 まあ僕らはまだ子供の枠だから誰にでもある程度は丁寧に平均的な目上への対応だけでいいから楽だけどね」


 そう。ややこしいのは大人になってからだ。

 力ある伯爵家と落ち目の侯爵家どちらをどの程度立てるのか、とか……

 それが無くとも母上みたいに気弱だと無駄に下手に出てしまい、格を下げる行いになる場合がある。


 未だに無礼者に対しても強い当たりを出すのが苦手だからな母上は……

 誰に対しても突っかかっていくよりは余程マシなのだけど。


 エメリアーナも最近は手当たり次第に噛み付く頻度が落ちてきているし、このまま成長してくれれば大丈夫……だよな?

 

 まあ、僕かリーエルが一緒に居れば大抵の事にはフォローできるしな。

 本当に婚約者ができた人で良かったよ。


 そう思っていたらいつの間にか壇上での話が終っていて、パーティーの開催が宣言された。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る