第37話 その喧嘩、僕が買ってやろう


 戦勝パーティーの開催が宣言されて自由に動き回れる様になったが、僕らは席を立たずにそのまま雑談を交わす。


「あれ……今は挨拶に行く流れではないのですか?」とルシータが疑問を投げた。


 頑張ってお外行きの口調に変えている事に微笑ましく思えながらも言葉を返す。


「うん。けど、勝手に来るから大丈夫だよ」

「えっ!? そ、そうなのですか……?」


 視線を彷徨わせ逃げたそうにしているルシータだが、無理を悟って俯いた。


「だ、誰がくんのよ……」と不安が移ったのかエメリアーナも警戒を見せる。


 そんな中、余裕の笑みを見せたリーエルが二人を宥める。


「二人とも、そんなに緊張しないで。大丈夫よ。

 私たちが一緒なら名乗りも一緒にしてあげる事もできるし、話を聞いているだけでもいいの」

「おっ! 流石当主様だね! じゃあ今日は僕も甘えようかな」


 そう冗談で告げれば「えっ!?」と驚愕の顔を見せるリーエル。

 なので「大丈夫。何かあれば絶対に助けるよ。心配しないで」と返せば落ち着きを見せた。


 別にからかっての言葉ではない。

 実際に当主はリーエルなのであまり僕が前に出続けるのもよろしくないのだ。

 不慣れなのはわかっているので手助けはいつでもできる様心掛けるが、二十歳を超える辺りからは当然の様に前に出て貰わないといけない。

 慣らせる場はそれほど多くない事を考えれば今からやっていくべきだ。


 そう思っていると、何やら突然こちらを指さして声を荒げる者が居た。


「おい! なんでお前がここにいる!」と。


 その指はルシータの方へと向いている。

 これは明らかにルシータの出自を知っている顔だ。


 流石にこの手のイレギュラーをリーエルに全て任せるのは酷だろう、と立ち上がりルシータを守る様に手で制す。


「他家のテーブルまで来て、名乗りもしないで声を荒げるというのはどういうことかな?」


 と、機先を制する為に冷めた視線を送り、ある程度周囲に聴こえる様に相手の落ち度を示す。


 ここで引くならそれが一番いい。

 陛下に言質は貰っているとはいえ、実際に戦勝パーティーでロドロア家の子女が居るというのは要らぬ反感を招くのだから。

 元ロドロアの者だが戦勝パーティーにも出ていたハインフィード家の者、という印象付けをしたいと連れて来たが、このような形は宜しくない。

 そういえば居たな、くらいが良かったのだがもう遅いだろう。

 だから先に言わせて貰おうと続けざまに言葉を放つ。


「キミは最初からここに席が用意されているということの意味すら理解していない様だね。

 お城からお呼びが掛かり出席者の名を告げたからこそ、その人数に合わせた席があるのだが?」


「し、しかしこいつは!」と声を上げる同年代の男に被せる様に言い放つ。


「だから、そもそもキミはどこの誰なんだい。

 他家の席を尋ねる場合は自分から名乗るのがマナーだという事すらもわからないのかな?」


 そう。帝国マナーでは引き合わされて相手が上だとわかっている場合などは下から挨拶が基本だが、人のテーブルに自分から来た場合は別だ。

 まあ、間違いなくリーエルよりも格下だからどちらにしてもだが。

 だってリーエルと同等以上ってなったら侯爵以上の当主たちだけだもの。


「ぐっ……コルベール伯爵家嫡子、フランシス・コルベールだ」

「そうか。私はグランデ公爵家三男、リヒト・グランデだ。

 これ以上粗暴な振る舞いをされるのであればコルベール伯に出てきて貰わねばならなくなるが……?」


 と、冷ややかな視線を送りつつご退場願ったが、それでも彼は再び口を開いた。


「しかしおかしいだろう! ロドロアの者が戦勝パーティーに出ているなんて!」

「では、国に判断がおかしいと訴え出ればいい。

 招待を受けて出席したことを責められる謂れはない」


 そう返しつつも、コルベール伯を呼ぶ様に使用人に申し付けた。


「待て! 父は関係無いだろう!」

「無い訳がないだろう。誰もが家の名を背負ってここに居る。キミは驚くほどに知識が浅いな。

 一つ勘違いを訂正しておこう。彼女はルシータ・ハインフィード。私の義妹になる者だ」


 青い顔で固まっているルシータに「全然大丈夫だから気にするな」と小声で笑いかけつつも話を進めようとしたら中年男性が小走りに走って来た。


「な、何をしておるのだ貴様は!」と怒られるフランシス。


 どうやらコルベール伯が来てくれた様だ。


「父上、あれを見てください!」と何故か未だに強気の姿勢を崩さない。


「どうやらコルベール家のご子息はハインフィード家に喧嘩を売りたい様だ。

 城からの招待を受けていると伝えても、ハインフィード家の者と伝えても、ルシータがここに居る事を許せないらしい。そういう事でいいのかな?」


 いい加減にしろと思い、これ以上はこちらも容赦しないぞという姿勢を見せるが、彼もルシータを見て驚いている様子。


「ほう……少し待って貰いたい。城からの招待というのはハインフィード家へのものでは?

 その娘はロドロア候の孫とお見受けするが、その上でこちらに非があると?」


 何やら意気を吹き返した彼は、見下した視線をこちらに向けた。


 これはよくないな。

 ハインフィード家としても社交デビューの様なものだ。

 ここで少しでも下手に出ては本格的に舐められてしまう。

 僕はグランデ公爵家の者だが、この場でリーエルがやり込めなければ同じこと。


 よし、その喧嘩、僕が買ってやろう。

 ガツンと言い返させて貰おうじゃないか。


「はぁ……貴殿もか。その程度もわからずに連れてきているとでも?

 彼女は無用な戦いを起こさせずに終わらせた立役者の一人で、それを陛下がお認めになり既にハインフィード家の養子に入っている。当然、今日連れてくることもご存じだ。

 それ以前に、名乗りもせずに知己ですら無い他家のテーブルでその様に騒ぎ立て、当然の様な顔をしている事にこちらは理解が追い付かないのだが……?」


 大袈裟に額に手を当てて、変な奴に絡まれて困ってますアピールを周囲に行う。

 余裕を崩さずに大きく息を吐いて小馬鹿にする。


「そ、その様な事、事前に告知するべきではないか!

 知らせもせずに連れて来る方が悪いわ! 己の不備をこちらに押し付けるでない!」

「ほう。その言、努々忘れない事だ。不備だと声を荒げていた事しっかりとお伝えしておこう。

 誰が何を決め、誰を招待したかをもう忘れてしまったのかな?」


 陛下が養子に入れる事を認めパーティーにも招待したと告げてある。その上で認めないというのは皇族批判とも取れる発言だ。

 確かコルベール家は旧家で領地持ちだが、領土も広くなければ発展もしていない力無い領主。それほど強く出れる立ち位置にはいない筈。

 敵を作るのは得策とは言えないが、見ているその他大勢に舐められるよりは余程いい。


 今回の戦で各領地から自発的に多くの兵を出させることに成功したのだから陛下の権威も多少は回復しているし、風向きもこちらにある。


 当然だ。決定的な反発をしてしまえばロドロア程の領主も潰せる力があると示したのだから。ロドロアは国で五本の指に入ると言われる領地。

 無血で終わったのは戦わなかったからなだけだが、周囲はそうはとらない。


 そんな様を見せれば臣下だって思い直さねば制裁を受けると多少は身を正す。


 情勢を理解していないと周囲で野次馬している風見鶏の貴族たちから嘲笑の的になるだろう。


 うん。

 ならば、嘲笑を発生し易くする方向でいこうか……


 と、僕は大仰に声を上げてみる。


「ああ! でもその前に聞かなければいけないな!

 一度も名乗られた事が無いのだが、貴殿は一体誰なんだ!?」


 と少し大きくおどけて声を上げれば、周囲の野次馬がクスクスと笑い声を上げた。


 するとその様を見た父上が足早にとことことこちらに歩いてきた。

 困った奴めと言わんばかりの顔である。


 うっ……力を借りるつもりは無かったのだが、グランデ公爵家の名を背負っているのだから少しやり過ぎたかもしれない。


 ごめんなさい、父上。

 今は胃が痛い時なのに……


「何をしているのだ、リヒト……」

「すみません……

 意図したものでは無いのですが、何故ルシータがここにいるといきなり怒鳴られまして。

 お国が決めた事だと伝えたのですが、それでも告知していない事が不備だと引いてくれないんです。お国の不備とまで言われてしまってはこちらも認める訳には参りませんので……」


 流石にロドロア侯一派を受け入れる事は伝えていないが、ルシータがハインフィード家の養子に入っている事は当然父上も知っている。

 招待を受けていないならそもそも連れてこない事もわかっているだろう。


 父上は、溜息を吐いたものの「そういう事か」と納得した様を見せた。


「コルベール伯、事実かね……?」と冷たい視線を向ける父上。


 流石に力ある公爵家の当主に睨まれてしまっては、慇懃無礼な男も意気消沈した様子。

 苦い顔で後ろに下がり、悔しそうに声を上げる。


「うっ……失礼した。敵側の人間が居て過分に警戒したようだ」

「理解してくれたなら何よりだ」


 もう行っていいと言わんばかりに行けと目配せして父上は視線を逸らす。

 するとコルベール伯は息子を連れて足早に去って行った。


 それを見届け、野次馬が減った頃に父上に折角来たのだからと客用の席に座って貰う。


「全く、煽り過ぎではないか?」と、注意しながらもクスリと笑う父上。


「すみません。楽しくな……いえ、内容的に流すのも問題でしたから丁度良くもあってですね。

 ハインフィードも大きく動き始めているので今舐められる訳にも参りませんで……」


 ルシータがあまりに気にしているもので冗談を交えつつ返せば父上は「ほどほどにしておけよ」と苦笑する。

 それに「はい」と神妙に返した後に気を取り直して皆に向き直る。


「とまあ、これが少し怒られてしまう限界ラインだと知っておいてくれ。

 あんな絡まれ方はイレギュラーに過ぎるので参考にはならないだろうけど、出だしだから舐められたくなくて少しだけ過剰に言い返した感じだね」

「はぁ! あのくらい最低限でしょ!?

 リヒトの物言いがあれ以下なら私、間違いなくぶん殴ってたわよ!?」


 と、怒るエメリアーナのお陰で僕は父上に「そうか。よくやったのだな」と褒められた。


 どうやら父上もエメリアーナの事を理解してきた様だ。

 そんなやり取りを見て、ライアン殿が「がはは」と笑い、リーエルが苦笑すると漸くルシータがホッとした様子を見せた。


 そうして少し雑談し一段落着くと父上は母上の所へと戻って行った。


「でもあの方はどうしてルシータちゃんの事を知っていたのかしら……お知合い?」

「ええと、その……元婚約者です」


「「「あぁ……」」」


 と、僕とリーエルとエメリアーナの声が珍しく被る。


「そりゃ、あれとは復縁したくないわよね」

「そうね。あんな方にルシータちゃんは勿体無いわ」


 そうして話していると、ディクス君が婚約者を連れて挨拶に来た。

 ミリアリア嬢の姿が見えないので問いかけてみるが、お城には来ている筈なのですがと彼もよく知らない様子。


 その後はディクス君の婚約者の子がリーエルたちと和気藹々と話している話題に僕らもちらほらと参加する形となった。

 そして切りが良いところで二人は「ではまた」と他へと挨拶へと向かう。


 彼らが来たのを皮切りに割と若い年代の貴族子女が続々とハインフィード家のテーブルへと挨拶に訪れた。


 これは先ほどのやり取りで勝ったのを見た親が、年代の近い子を遣わせた結果であろう。

 論功行賞の件や新薬の利権の件、追加で陛下から重用されていると周知されたことで友好を温めたいと考えたのだと思われる。

 一人十分程度の短時間だが、割と和気藹々と話すことが出来たので皆の緊張も解けてきた。


 その頃、遅ればせながら宰相閣下とサイレス侯爵が連れ立って会場に入ってきた。


 そういえば論功行賞で見たきりだったな。開催の挨拶も宰相閣下のご子息の方だったし。

 まあ、閣下のご子息はもうラキュロス公爵家の当主だし、不足は無いのだけど。


 とはいえ今は戦で勝利した記念パーティー。国にとっても権威を知らしめる重要な場だ。

 皇帝陛下や宰相閣下が前に出て然るべき時だろう。

 ミリアリア嬢も居ないし何かあったのだろうか……


 父上に理由を尋ねておくべきだった、と思いつつも僕は席を立つ。


「宰相閣下にご挨拶してくるからここをよろしくね」とリーエルに頼み移動する。


 そうして宰相閣下の実家であるラキュロス公爵家のテーブルへと赴き声を掛ける。


「宰相閣下、サイレス侯爵閣下、リヒト・グランデがご挨拶申し上げます」


 と、礼をすれば「おお、リヒトか」と宰相閣下が笑って迎えてくれた。


「先ずは感謝を捧げさせてください。皇帝陛下と宰相閣下のお計らいで新薬を気兼ねなく売りだせる様になったこと、深く御礼申し上げます」

「何を言う。子爵のお陰で想定の十分の一に収まった。

 出費が幾ばくかの物資だけだったが故、領主たちにも満足のいく褒美を与える事が出来た。

 足りな過ぎてこちらが恐縮したくらいじゃ」


 ああ、そう言えば爵位も貰ったっけ、と少し不慣れな呼ばれ方を不思議に思いつつも雑談を交わした。

 その間、兄上が仕出かした事の謝罪も入れれば、流石にまだ飲み込めていないのかやるせない顔を見せていたが、サイレス候が気を利かせて直ぐに話題を変えてくれた。


 その流れで遅くなった理由も知れた。


 どうやら殿下が僕が褒め称えられるパーティーなんか出る筈がないと駄々を捏ねているらしい。

 論功行賞で僕が取りを務めたことが相当気に入らなかったようだ。

 エスコート相手が先日小馬鹿にされたミリアリア嬢というのも気に入らないらしく、パーティーには出ないと言い張っているという現状らしい。


 こ、子供過ぎる……

 威信を知らしめる為に行われる国を挙げての戦勝パーティーをそんな理由で出ないって……

 もう僕言葉が出ないよ。


「流石に陛下もお怒りになってな。結構な問答になっておった。

 我ら全員居ないままという訳にもいかんで、急いで抜けて参った次第よ」

「それはまた……何と言ったらよいのか……」


「わかるぞ。私も同じ気持ちだ……」とサイレス候も頬を引き攣らせていた。


「ああ、そんないざこざで忘れておったが、陛下が子爵に用があると言っておったな」

「えっ……まだ、殿下の方の話が終わっていないのですよね?」


 どのタイミングで行けばいいのですか、と苦笑しつつ首を傾げた。


「いや、最後まで顔を出さぬという事はあるまい。居れば呼ばれるじゃろうて」

「あっ、そういう流れですか。わかりました。

 しかしミリアリア嬢も災難ですね。そんな理由で欠席させられるとは……」


 そう告げるとサイレス侯がハッとした面持ちで立ち上がる。


「む、娘のエスコートがあるので失礼する!」と彼は足早に会場を出て行った。


 あれ、忘れてたのかな……?

 あっ、もしかしてミリアリア嬢はエスコート相手が居ないから来れないのかも……

 皇太子の婚約者ともなれば選べる相手は限られるからなぁ。

 あの立場じゃ流石に一人で来るなんて論外だし。


 でも父親が連れてくるなら妥当だ。このまま欠席よりは良いだろう。


 そう思いつつも周囲がこちらを伺っている空気を感じて「閣下を独り占めしていると恨まれてしまいそうなので」と僕も席を立ち、ハインフィード家のテーブルへと戻った。


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