第28話 そんな最低な真似、ありえませんよ


 婚約披露に向けて僕らは色々と動き出した。


 当然出席者にはこちらから招待状を送らねばならないし、ハインフィードではパーティー会場が心許ないのでグランデ公爵家にお願いしたり、お披露目なので僕らが一番に二人で踊る事になるだろうからとその練習にも取り組んだ。


 とはいえ、色々と動き出させてしまった事業もある為、そっちも放置はできない。

 なので父上に再び我儘を言って頭を下げ、大半をお願いした。


 本来は入った家の方でやるものだが、グランデ家としてもロドロア戦の恩恵を考えればその程度は全く気にすることはない、と快く面倒を引き受けてくれたので僕としても安心だ。

 少なくとも恥を掻く様なミスはしない実績豊かな公爵家だからな。


 そうして、事業関連を進める時間も取る事ができた。


 立ち上げた商会の増設した瓶を作る魔道具設備に人員を増やし、その者たちの空き過ぎてしまう時間で事務作業や銭湯の運営を任せ、行く行くは街中の配送も頼む予定にしてある。

 領地外へと売り歩く行商部隊も設立させた。それに付随して護衛にハンターも雇い入れた。


 本来、父上と協力して領内に留めるつもりだったが、相談の結果、薬効を落とし国の保護も得られたことで教会への様子見は無くしてもいいだろうという結論が出たのだ。

 領地の外にも普通に売っていくつもりである。


 一応、回復魔法とは格段の差がある事からただの薬の範疇として、文句は無視するつもりだ。

 領内で教会の経営が成り立たないとなったら多少の援助くらいはするが、それ以上は全無視する予定となっている。


 なので、薬屋への営業は全力でやってくれと伝えてある。


 ただ、商品販売の委託だけはしない様に、と言い付けてある。

 売り回る人手が必要ならばどんどん人を雇えばいい、と。

 委託して一か所に大量に卸せば外に勝手に売られてしまう。それをするにもこの町の人間を使いたい。この町に金を落とさねば意味が無いのだ。


 ただ、それを全部レイヒムに任せるのは酷なので、ハインフィード家の者とグランデ家の者に一人づつ助っ人や監督兼護衛を頼んでおいた。

 何かあればカールを通じて直ぐに僕に報告をくれる事だろう。


 そうして着々と商会の規模が膨らんできた様に満足しつつ、今日もリーエルとダンスの練習に勤しむ。


 ダンスの教師は公爵家から連れてきたメイドの一人。

 元々社交に力を入れていた子爵家の令嬢なので、一家言ある様子な教育具合を見せてくれた。


 本当なら練習は実家でするものなので、婚約者には本番で見せつけてお互い恰好をつけるのだが、僕らはそんな事は気にならないくらいに楽しんで学ばせて貰った。

 まあ練習回数が少ないエメリアーナが一番上手かったことには納得いかなかったが……


 それと、騎士団の遠征にも同行した。


 強さはいくらあっても足りない。

 僕も個人的な我儘で力を借りる様な真似はできるだけしたくないと、己を鍛える為に全力で魔法を撃ちまくってきた。


 そうして日々を過ごし、やっとお城からルシータの件の返答が来た。 

 サイレス候の予想した通り、面倒を見られるならば任せるというものだったので、その返答に安心しつつお任せくださいとの返書を出した。


 これで完全にルシータはハインフィードの養子として迎え入れることに成功したのである。

 そのお祝いにハインフィード家でパーティーを開いて彼女を迎え入れることができた。


 これで婚姻による繋がりを作る手札が一つできた、なんて考えたのは内緒だ。

 まあルシータの為にもうちが縁組みをしないといけないので悪い事ではないのだが。


 同時にロドロア候たちの処刑の日時も知らされた。

 まだ三か月は先だ。恐らくは論功行賞の時と合わせて公開処刑を行うつもりなのだろう。


 どうしても恨みを生む戦争の処刑ともなると、粛々にとはいかない。

 世間や被害者、残党に知らしめる為の慣習というものが存在する。


 流石に知らせたくなくとも言わねばならない、とルシータを呼び城からの手紙の内容を伝えたところ、最後でも会えるなら行きたいと強く願ったので連れて行くと約束した。


 そうした悲しい知らせはあったものの、僕としては納得のいく結果だ。

 元々戦争とはそういうものだという中で最善の結果を手繰り寄せられた。

 これ以上を望むのは力の過信だろう、と。


 そう思いつつパーティーに向けて準備を進め、ダンスも問題無いというラインまで習得できたので学院へと戻る事にした。


 どちらにしてもパーティーの時はグランデ公爵家に向かうのだ。

 何時までも休んでいる訳にはいかないので復学を決めたのである。





 そうして僕らはいつもの面子で学院へと戻り、再び通学することになった。


 ルシータは別口で皇都に来ることになっている。

 学校に行っている間は何もできないだろうからとハインフィード家に残って貰った。


 そうして皇都のお屋敷へと戻ってきた僕ら。


「本当に色々あり過ぎてあっという間でした……」

「そうだねぇ。僕もまさか戦争に出る羽目になるとは思わなかったよ」


 そう返せば何故かリーエルが謝罪したので、戦争に出たのは国防の為だと言い聞かせた。

 リーエルの危機なら行くが流石に友達の色恋事情で可哀そうという理由では行かないよ、と。


「私も色々勉強になったわ。また行く事があったら呼びなさい」

「うん。強かったよね。エメリアーナは……僕は雑魚だけど」


 しょんぼりした空気を出しつつ態とこの前の事を言うと「だから違うってば!」と焦り出す。


「何ですか……私の知らない話をして」とリーエルにまで拗ねられてしまったので、事情を説明してみれば今度はエメリアーナが怒り出した。


「あんた、私をからかってたの!?」と。


「からかっていたのはエメリアーナだろ。僕を雑魚とか言ってさ……」 

「だ、だから違うって言ってるじゃない! あんたには魔法があるでしょ!?」


 ここで引いてはいけない、と継続してしょんぼり攻撃を続け、撃退に成功した。

 まだまだ通用する様である。


「もう……リヒト様ったら」とリーエルにはバレていたのであまり多用はできなそうだが。


 そんなこんなでまったりと屋敷で一日過ごした次の日、そのまま学院へと登校した。

 今回は国からの指示で動いていた為、手続きは無しだ。


 楽でいい、と教室に入ればざわざわとした教室中の生徒から視線を向けられていた。

 これがカールの言っていた戦争に出た者への注目ってやつか……


 そう思いながらもミリアリア嬢の隣に座る。


「あら、凄い注目ですわね。私まで注目されそうな勢いだわ……」

「あっ……アリアちゃん、迷惑かけてごめんね。落ち着くまで他行った方がいいよね」


 そう言って立ち上がろうとするリーエルの手を掴んで引き留めるミリアリア嬢。


「あら、マイナス効果だなんて言ってないわ。強い勢力と繋ぎがあるのはプラスよ?」


 ニコリと笑みを浮かべて「だから一緒に居てもらえないかしら」と続けるミリアリア嬢。


「アリアちゃん……」と、あまり良い事は言われてないのだが感動した面持ちのリーエル。


 手を繋いでニコニコと微笑み合う二人。相変わらず絵になるなぁ。

 そう思っていると殿下がこちらへとズンズン歩いてきた。


「おい、グランデ! 貴様、ライラをどこにやった!!」

「ええと、突然に何を仰っているのか……大丈夫ですか?

 私は戦争から直接領地に帰った後、そのままずっとハインフィード領に居ましたけど……」


 頬を掻きながら可哀そうな奴を見る感じに返せば、激昂し始める。


「ふざけるな! 貴様らが余計な事をした所為でこうなっているのだろうが!!」

「本当に大丈夫ですか?

 陛下の指示通りに動いたともう二度もお伝えしていますが……今、余計な事と仰いました?」


 まさか言葉も理解できないのですかと言いたげに返したが、流石に言い返せないのか踵を返して不機嫌そうに席に戻りドンと音を立てて座った。


「ふふ、あははは」と、何故かミリアリア嬢が淑女にあるまじき笑い方をして驚愕して二度見した。


「ふふ、ごめんなさい。そうね……やっと貴方の感覚を少し理解したわ。

 随分と私は不確かなものに執着してたみたい。無くなったらなんの意味もないのにね……」


 彼女の無くなったらというのは恐らくは皇太子妃の座だろう。

 あの馬鹿さ加減を見て、何時国が無くなってもおかしくないと気付いたみたいだ。


 だが、そんなに好い笑顔で話しかけるのはやめて欲しい。

 あの馬鹿殿下が何故かガチギレしているから。


 僕も公衆の面前で小馬鹿にし過ぎたな。あれは多分何かしてくるだろう……

 全く面倒な。と自分の行いも含めて反省し項垂れた。


「むぅ。リヒト様をそんな顔でじっと見て……アリアちゃんでもダメですからね!?」

「あら、そっち方面じゃないわ。私はリヒトさんの技能が欲しいのよ」

「何の技能かわからないど、流石に付いて教えるのは無理だよ。

 僕たちが忙しいのは知っているだろ?」


 そう返すが「あら、大丈夫ですわ。勝手に注目して盗んでみせますから」と何故か淑女さを取り戻し外面スマイルを向けられた。

 いや、まあそういう事なら文句はないのだけども……


 と、思いをしつつも、先ほどの事で気になった話を出してみる。


「そういえばライラ嬢って居なくなったの?」

「ええ。殿下には秘密なのですが、領地に送り返す様に指示が下ったそうですわ」


 どうやら敵前逃亡をして勝手に退却したことを責め立てた上で、ライラ嬢自身も全く教養が無かったことを上げ、どうしてあれで皇太子妃に押せるのだと𠮟りつけたらしい。

 もう殿下に近づけることは許さないと強引に領地へと帰らせたのだとか。

 教えれば勝手に迎えに行きそうなので秘密にしているのだそうだ。


「なるほど。そんな話になってたんだ。

 まあ行きたいなら勝手に行ってそのまま居なくなって欲しいくらいだけども……」


 そうなったらミリアリア嬢が困るか、と訂正を入れたら「あら、私なら次の座にも就けると思いますから歓迎ですわよ。個人的には側室でも構いませんもの」と、少し驚く様な返答を頂いた。


 もう不快に思う様子すらない。

 完全に恋愛は切り捨てて考えている様で就職活動的な面持ちだ。


 確かにミリアリア嬢の見立ても正しい。

 国内での信頼という面でも戦争時の戦功を見ても、皇家から見たらサイレス家一択だ。

 彼女からしたら家や国の為なのだからそんな答えも当然なのかもしれないな、と納得した。


 そうしてお昼休みになると、再びズンズンと懲りずにやってくる殿下。


 どうやら侯爵令息や伯爵令息の取り巻きはもう居なくなったらしい。

 今朝と同じく一人でのご登場。


「ミリアリア! 貴様はどれだけ落ちれば気が済むのだ! グランデと不貞を働いているのだな!?」と、騒ぎ立てる。


 殿下の意味のわからない発言に教室中が愕然とし、シーンと静まりかえった。

 だが、ミリアリア嬢はそんな最中でも余裕の笑みで殿下を見返す。


「あら、グランデ様とリーエル様の熱愛具合を見ていてもまだそんな事を仰るのですか?

 まるでライラさんと殿下の様に熱愛しているというのに。

 まさか……殿下は疎くていらっしゃるのですか。そういう事情に……」


「これだけわかりやすい二人の愛すら理解して頂けないなんて困ったわ」と頬に手を当てて明後日の方向に視線をずらすミリアリア嬢。


「なっ!? きさっ……うぐっ……」と続く言葉が無くなり、歯を食いしばったままミリアリア嬢を見下ろす殿下。


 完膚なきまでにクリーンヒットした皮肉。

 浮気しているのが自分な事を理解する事すらもできないほど頭が悪いんですか、と聞いている様にも聞こえてしまう完璧な切り返しだった。


 殿下自身が大声を上げて注目を集めたものだから当然他の生徒たちも聞いている。

 教室中から殿下へと非難の視線が向かっていた。


 僕とリーエルが想い合っているのは周知の事実。

 よく手を繋いでいる所をキャーキャー言われている事も知っている。

 やり過ぎない様に注意はしているが、それでも周知されることには何ら抵抗は無いので適度にイチャイチャしているのだ。


 そもそも自分が大々的に浮気しておいて有り得ない相手との不貞を疑い怒り出せば、それはそんな目も向けられるだろう。

 僕自身、外ずらを取っ払うと何処までも酷い殿下に頬が引き攣りながらも一応言葉を返した。


「一応念の為で訂正しましょうか?

 私には婚約者が居るので不貞などそんな最低な真似、ありえませんよ」

「ええ。私たち、家でもいつも一緒ですし互いを疑う余地もありませんのよ」


 僕たちが呆れている様が周囲にも伝わった様で伝染していく。


『おいおい、まさか本気で疑って言ってたのか!?』

『その前に今朝、ライラ嬢をどこにやったとか言ってたよな?』

『ここまでいくといっそ笑えてくるわね……』

『こんな時でも凛としたミリアリア様、素敵……』


 嘲笑と疑念を向けれて耐えられなくなった彼はとうとう踵を返して逃げだした。


 それを見届けた後、リーエルがミリアリア嬢の裾を引く。


「アリアちゃん、大丈夫ですか?」


 そう心配するリーエルにミリアリア嬢はドヤ顔を決め「ふふ、最高の気分よ。やっとやり返せましたわ!」と嬉しそうに腰に手を当てた。


 その声を聴いた周りの女子生徒たちが集まってきて「感動しました!」と大絶賛されるミリアリア嬢。

 胸がすく思いだと称えられ「支えてくれた皆さんのお陰よ。これからは私も強く生きますわ」と胸を張った事で更に熱が加速し、ミリアリアブームが到来しそうな勢いで崇められていた。


 本人も嬉しそうだったので昼食を取りながらも僕らはほっこりとその光景を眺めた。

 そうして午後の授業が始まっても殿下は帰ってこず、いつの間にか放課後になっていた。


「さて、あれは何をしてくるんだろ……人に迷惑を掛けないことだといいけど」

「難しいですわよね。ご自身で何かできるとは思えませんし……」


 リーエルも言うねぇ、なんて笑いながら下校したのだが、その日は何事も無く終わりをつげた。


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