第78話 覚悟を決めた者たち
あれから僕らは早速シーラン公領へと向かった。
面子はゲン爺、ハインフィード兵四人、フランツ殿、リリアラ殿。
途中ホルズへも寄ってサイレス候とも直接契約を結んでもらったので説得材料も万全だ。
関所では敗走兵を装い、町を避けて強行軍で北上した。
そうしてやってきたシーラン公爵家のお城としか言いようがないお屋敷。
「凄いな。うちよりも大きい。そのまんまお城だね」
「はは、大昔に王都をこの地から移転しているので元々城だった訳ですからね……」
そうした感想を浮かべている間にも「フ、フランツ様!?」と守衛の兵が驚きの声を上げる。
「ああ。捕まりかけたが聖騎士の助力で何とか逃げてこられてな。
今、父上は屋敷に居るか?」
「は、はい! 先日忙しないご様子で王都からお帰りになられました。
それからずっと屋敷内がバタバタしておりますが私にはそれ以上のことは……」
彼は味方側なのか彼の帰りを素直に喜んでいるようだ。
フランツ殿が真剣な顔で頼みがあると告げると、他の守衛にここは任せていいと指示を送っているのでそれなりの立場なのだろう。
そんな彼にフランツ殿は、自分の側近を集めるようにと言いつけた。
「えっ、それは公爵様より禁じられているのでは……?」
「ああ。だから伝えてほしい。決起の時が来たと。そのつもりで上手く立ち回ってほしい」
その言葉に表情が強張り「い、一体何が……」を疑問を投げる彼。
「今はまだ言えぬ。だがもう私は己の心を騙し続けることをやめると決めた。
己の命を懸け、守るべきものを守る為に立つと決めたのだ。
お前もその一人だ。黙って私に付いてこい」
身を正して怒気にも似た強い威勢を見せるフランツ殿。
一世一代の大勝負をすると言わんばかりの様。
それが伝わったのか、守衛の彼の顔も困惑から真剣なものへと変わる。
「わ、わかりました。今日は上がり、実家に赴いて直接甥に話を伝えてきます」
「ああ。集合場所は理想郷だ。そう伝えればわかる」
そう伝えると彼は再び馬車に戻り、車を反転させて町を出る様にと指示を出した。
理想郷、そう呼ばれた場所は町を出て十キロほどの所にある宿場町であった。
規模は村以下だが、作りは町という少々不思議に感じる場所。
その中でも一番大きな建物に入り僕らは腰を落ち着けた。
「この様な場所で申し訳ないのですが、ここに私の側近を集めてから突入したいのです」
「ああ。理解しているよ。僕がお願いしたことの障害にならないことなら基本的に口を出すつもりはない。逆にそれを叶える為ならば助力すると知り置いてほしい」
その言葉に感謝を示すと彼は街の中の協力者を集めて、各家に手紙をばら撒かせたりと手際良く動いた。
第一印象の頼りない彼はもう居ない。そう思える立ち回りを見せてくれた。
これならば、父親を討ち主権を握れるところまで確認できれば問題なさそうだな。
うん。彼も使える人材のようだ。
このまま事を成せるのであれば是非ともこちらに引き込みたい。
いや、僕の手引きでこちら側に来るのだからもう決まっているようなものか。
そうして待ち時間となり客室にて過ごしていた僕らの元に、人材が揃ったことを知らせにフランツ殿が来た。
そのまま場所を移して彼の側近たちと面通りをする。
「ボルドー伯爵家嫡子、キースと申します」
「シーク伯爵家嫡子、リックスと申します」
と、上位者から順に十数名の名乗りを受けた。
フランツ殿と同年代なので若年層の集まりとなっているが、ここにいる者の家の大半は現公爵ではなく、フランツ殿の手勢と言える立ち位置にいるらしい。
それほどにシーラン家は明確に割れていると言う。
元々ジェラス王子の側に付いていることが許せない者たちの集まりでもあるので状況さえ整えれば動かすことは可能だそうだ。
彼らの名乗りにリリアラ殿が聖騎士代表として名乗りを返し僕らも席に着くと早速フランツ殿が口を開く。
「全員、現状の説明が終わるまでは口を挟まずに静聴してくれ。
これから話すことはフランツ・シーランの名に懸けて真実であることを誓う」
彼がそう言うと側近たちの表情が少し強張る。
決起の時と聞いて来ている上にこんな前置きをされれば当然だろう。
それからルードで見た戦場の光景をゆっくりと彼らに伝えた。
聖騎士はもう戦場におらず、自国の精鋭では手も足も出ず国が落ちるであろうことを。
「それが今のルドレールの現状だ」と彼は言葉を〆る。
「そ、そんな……」とリックスが嘆きの声を上げる。
ほかの者たちも放心状態と言った面持ちの中「だが、一縷の望みは残されている」とフランツ殿が言いピクリと反応し再び視線が集まる。
「見てくれ。ここに二枚の契約書がある」と、僕だけじゃなくホルズにてサイレス候にも用意してもらった魔法印付きの契約書類をテーブルの上に置くフランツ殿。
それを「失礼します」とキースが手に取り読み上げる。
その内容は、戦争終結まで北部域を完全に封鎖し戦争に不干渉で居れば戦後にシーラン家をアステラータ帝国で受け入れる、というもの。
「た、戦いにも出る必要がない、と……?」
劣勢の時に突きつけられる条件としては破格ですね、と驚きを見せるリックス。
「ああ。そう言って頂けた。
手早く封鎖を完了させられれば我らの手でジェラスを討っても構わないとも」
「「「――――っ!?」」」
その声に殺気の籠った顔を見せる者が数名居た。
では兄の仇も、という言葉も聴こえてくる。
どれだけ味方を殺しているんだ第二王子は……
それは協力してくれると考えるよね。うん。彼らの顔を見るに完全に敵として見てるわ。
「けど、フランツ君のお父君はどうしてそんな王子に協力を……?」と冷えた場の空気に困惑していたリリアラ殿が声を上げる。
「恐らくは宰相の座が欲しかったのではないかと。あの方を立てても傀儡にはできませんし、別の場所で好き勝手やるつもりだったのかと思われます」
そう答えるキース。
現当主に対しても物言いではないだけにここに集まった者たちの立ち位置がよく見える。
今ならば僕が話に入ってもそれほど無作法にはならないかと僕も彼に疑問を投げてみる。
「今はそれよりも家内の勢力の方をお聞きしたいのですが、制圧までにどの程度の武力が必要となりますか?」
こちらとしては作戦の成功率を知りたいので勢力的にどの程度負けているのかを知っておきたいと声を上げた。
「せ、聖騎士の方々に無理はさせられませんので、わずかな武力で済むよう電光石火で行こうと思います!」
と、何故か急いで間に入ったフランツ殿。
別に名乗りも上げてないのに無礼とか言い出さないよ?
そんなに理不尽なこと言わないからね。
そう思いつつも初手の作戦としては妥当なので頷いて返す。
「今シーラン家は内部がとてもバタバタしている状態です。
恐らく、父は財産整理を焦ってやっているのだと思われます」
ああ、ルードからも兵は沢山逃げているからね。
当然、他のルートも撤退に追い込んでいる。
サイレス候たちの所から逃げた兵の報告ならばまだしも、僕らの所から逃げた兵の報告が届いていれば焦りもするか。
であれば確かに他国への避難の準備をしている可能性は高い。
もし負けなかった時にも備え、その間を守らせる人材の選定などもやっているのだろうな。
「ですので会議と偽り、父上に傾倒する一派の者たちを全員呼びつけました。
その場にて、悪事に手を染めている者たちを一掃致します」
フランツ殿がそう言うと、側近たちも緊迫したさまを見せた。
そんな彼らにフランツ殿は言う。
「ここを作った時の誓いは忘れたか?」
「理想郷を我らの手で……この逆境で、ですか?」
「いや待て……逆にこんな時でしか通れない道じゃないか?」
「なるほど。分の悪い賭けに勝たねばならぬ時、ですか……」
ふむ。否定の声は上がらないな。彼らの結束は固い模様。
人が良さそうだから協力者は居るはずだとは思っていたけど、思いの外内部は纏まっている。
「そうだ。だから私は父を討ち、シーラン家を私の派閥で纏め愛する者が理不尽に害されることのない領地にしたい。
この宿場町を作った時のようなお遊びではなく、今度は大人の世界での挑戦をしようと思う」
「困難な道だが、付いてきてくれるか?」と彼は少し困った風に笑みを浮かべて側近たちに問う。
それに皆、彼を見据えて頷く。
「であれば、その先も視野に入れねばならぬでしょう。
アステラータ帝国ではどのような立ち位置になると言われているのでしょう?」
「いや、この書状の外のことは所詮口約束。何かしら結果を事実として残す方がよくないか?」
「それは今だと兵を出し戦果を得るという形となるぞ。契約内容もある。手出し無用と言われているのに嬉々として戦場に出た裏切り者という汚名が広がっては後々まで響くのではないだろうか……」
その様を見ていたゲン爺が「ふむ。帰れる日は近そうだの」と呟いた。
話し合いの末、それを行うにはどうしても武力が、という話になりフランツ殿がリリアラ殿へと視線を向ける。
「いいわ。協力してあげる。私もフランツ君が作る街を見たいもの。
戦力としては……えっと……あ、貴方はどう思うかしら?」
と、僕に視線を向けて問うリリアラ殿。
「この面子であればルドレールの精鋭であっても五百以下なら問題ありません」
「ご、五百ですか!?」と、大声を上げるリックス。
「ええ。その力はフランツ殿がご存じのはず」
「はい。ドラゴンスレイヤーであるリヒト殿もいらっしゃいますし私の目から見てもその程度はいけてしまうのだろうと思います……」
彼は僕の名を明かす方を選んだらしい。
当然、明かして構わないと告げてあるからだが。
事情を説明する前から敵国の貴族を連れてきたと告げては疑心を持った状態で話に入ることになる。だからある程度は話がまとまってからということになっていた。
そのタイミングは任せると伝えてあったのだが、思いの外早かったな。
「えっ、じゃああの噂は……」と目を見張るキースにフランツ殿は頷いた。
「ああ、改めて名乗ろう。グランデ公爵家公子、リヒト・グランデ子爵だ。
私がここに来ていることからもわかると思うが此度の契約は軽く考えてのことじゃないと知りおいてくれ。
陛下の名代である総大将閣下にも直接お約束頂いたこと。
約束を遂行したならば不履行など国の威信にかけて起こさせない。
この地の封鎖ができたならば十名程度までは私の元で第二王子討伐の任に充てることも約束しよう。私の隊がその場に立ち会えるかまでは約束できないがね」
聖騎士の衣装でというのは若干締まらないが、姿勢を正して名乗りを上げれば彼らは失礼しましたと頭を下げた。
名乗りもしていなかったがそれを抜いても失礼なことはされていないよ、と返し話を進めてもらう。
「そういう事だ。つまり、武力での懸念は無いと思っていい」
「えっ……じゃあ残ってる兵数を考えると勝確じゃないですか?」
と、キースが口元を緩ませるが、それにリックスが待ったをかける。
「確かに勝率はこちらに傾いたけど、確定とは言い難い。
叩き伏せれば誰もが従うと言うのならこの契約そのものが無かっただろう。
迅速に統治できる私たちがシーラン公爵家の派閥を纏め上げなければいけないんだ」
「そうだ。リックスの言う通り。家督を簒奪するだけで完遂とはならない。
完全封鎖をさせるということは勅命を持った兵をも剣を突きつけて帰らせるということだ。
それを末端の兵士たちにまで確実に遂行させねばならない……それは簡単なことではないぞ」
そうフランツ殿が口にすると、キースは不安そうな顔になり「実家には頼っちゃダメなんですかね?」と問う。
「当然頼る。だがそれは屋敷内を掌握した後だ。皆、一家を支える責任がある。乗るに値すると思わせるところまでは持っていってからじゃないと味方でも素直に乗るのは難しいのだ。
一度突っぱねられれば溝ができる可能性もある。
協力を求めるのは今の時点でも進めるラインまで進んでからの方がいい」
へぇ……そういう駆け引きもできるんだね。
僕がただ見てるだけでいい状況はあまりなかったから気楽でいい。
その後、シーラン公爵家掌握のための話し合いがなされ、大枠が決まると各々下準備へと散っていった。
それから五日の時を宿場町で過ごし、反対派閥の者たちに緊急招集をかけたその日になり僕らはシーラン家に突撃することになった。
だがしかし、ことはすんなりいかなそうな装いとなっていた。
門を通り、敷地内に入っていくと、数百の兵士たちが隊列を組んで待ち構えていた。
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