第79話 そこまで首を持つことに拘らなくても……


 フランツ殿の帰還を装ってシーラン家の城の様な屋敷に突入した僕らだが、明らかに嫡子の帰還を受け入れる様子じゃない。


 余裕の面持ちで公爵と付き従う側近であろう者たちがあざ笑うような視線をこちらに向けていた。

 誰からかはわからないが、あちら側だった者がフランツ殿の側にも居たようだ。


「すみません。どうやら情報が漏れていたようです」と、馬車の中で謝罪し立ち上がるフランツ殿。


 だが、三百も居ないし馬鹿みたいに纏まって隊列を組んでいる。

 何ら問題ないので「丁度いいんじゃないかな?」と余裕の笑みで返した。


 彼は僕の声に頷いて返すと真剣な面持ちに変わり御者にそのまま進めと命じて近づくと、一人降りていくので僕らもその後に続いた。


「おや、父上……まるで自ら戦場へと赴く装いですが?」


 と、陰のある冷めた目でシーラン公爵を見据え言葉を投げる。


「ふんっ、白々しい! 貴様が反旗を翻したことはもうわかっておるのだ!

 あんな小娘一人のことでいつまでも根に持ちおって!

 あの程度のことでこの私を裏切るなど、万死に値する! それもこのような忙しい時に!!

 お前のことなどもう知らん! ここで死ぬがよい!」


 不快だ、といら立ちをあらわに声を荒げ、指をさす公爵。

 周りも者たちも『ふっ、閣下の力を失えばそれが限界ですか。十数人程度が公子の全力とは……憐れみを隠せませんなぁ』と嘲笑の声を上げている。


「もう知らん、か……

 まるで最初は世話をしていたような口ぶりに物申したい気持ちはあるが、丁度良い。

 これでもう私は貴方という汚い重荷を何の迷いも無く投げ捨てられる。

 いや、最後だし私も言っておこうか。私は最初から最後まで貴方を父だと思った事は無い」


 そう言った後、口の利き方がと騒ぎ立てている父親を無視して彼は僕の方を見たので頷いて返し「あの中に生かしたい者はいるかな?」と尋ねた。


「全員に何の情も無いとは申せませんが……生かさねばならぬ者は居りません」


 まあ、それはそうだよね。

 同じ家の者だ。勢力が違うイコール敵、ではない場合だって普通にある。

 殲滅するつもりでいたがもう少し気を使った方がいいかな……


 と、思っていると「いえ、半端はいけませんね……殲滅で何ら構いません。よろしくお願いします」と頭を下げるフランツ殿。


「わかった。ではリリアラ殿、フランツ殿の護衛を頼む」


「えっ、私がフランツ君の護衛でいいのですか?」とぎょっとした顔を見せるリリアラ殿。


「ああ。所詮は三百程度だからね」


 そう返してうちの皆に僕の周囲の守りを固めてもらう。

 そして僕はそのまま兵士たちの中心に気持ち小さめにファイアウォールを起動させた。


 即座に巨大な一本の火の柱が立ち昇り強い熱気がこちらにも数秒走る。

 ルードの二十分の一にも満たない規模なので起動までが一瞬で終わり逃げる隙は無い。


 とはいえ、流石は公爵家。ちゃんと一般の兵士にも耐性付きの装備を付けているようだ。

 焼け死んだのは中心にいた直撃を喰らった者たちだけ。

 と言っても密集して整列していたので火傷に苦しみ動けない者は大勢いるみたいだが。


 その様を確認し、熱気が通り過ぎた後にうちの者に声を掛けた。


「あそこに纏まっている者たちを拘束してきてもらってもいいかな?

 あっ、今回は死んでない者も多いから油断はしないでね」


 と、今回同行して貰ったハインフィード兵、トマスさんたちに声を掛けて公爵たちの捕縛をお願いしたら彼らは笑い出す。

 この状態ではもう終わっているようなものですぞと。


「がはは、お任せあれ! このありさまで後れを取れば末代までの恥! この程度の雑魚であれば後ろから刺されようとも筋肉で弾いてやりますぞ!」


 いや、流石にそれは無理でしょ……無理、だよね?

 なんか本当にできてしまいそうで怖いんだけど……


 そう思いつつも高い性能の火耐性装備を付けていた数人を除いて全員が戦意を喪失させていたようだ。

 まああの速度での起動だと、ディラン殿レベルじゃなければ避けることすら難しいものな。


 聖騎士の格好も功を奏したのか力量の差を理解したみたいでうちの皆が歩いて公爵たちの方へ向かっても無事な兵士たちですら僕をじっと警戒する様に見ていて戦う様子は見られなかった。


 まあ、あの規模の魔法をあの速度で起動させられる敵は確かに脅威だけども……

 今そこを通ってるお爺ちゃんたちの方がやばいんだよ?


 と、僕だけを警戒している彼らに苦笑いをしてしまう。


 まさか兵が動かないとは思っていなかった公爵一派が逃げようとするが、ブレる様に動き出したトマスさんたちに即座に捕まった。


 ハインフィード兵四人が公爵たちを捕縛していく。


「なっ、何をしておる!!! き、貴様らぁぁぁ! 戦えぇぇ!!」


 取り押さえられながらも兵士たちを怒鳴り散らすシーラン公爵やその側近。

 その声に漸く剣を抜き動き出す兵士たちだが、うちのお爺ちゃんたちの声に足を止めた。


「じっとしておらんかぁ!! 紐が結べんじゃろがぁぁ!!」


 と、さっそく捕縛しようと縄をかけていたが動かれてやり直しとなった苛立ちに大きく地団駄を踏むと、ドーンとすさまじい音を響かせ地揺れや地割れを起こす。


 その様に誰も何も言えなくなり静寂が起こった。

 その所為で結び終わった時の「よし!」という声が異様に響いた。


 そうしてあっさりと要人の捕縛は成り、皆は満足そうに首根っこを掴んで掲げながら公爵たちを持ってくる。

 続々と連れて来られる公爵一派の者たちは各々『何だこの状況は』と言わんばかりに首を持たれて持ち上げられたまま硬直した真顔を見せていた。


 だが、十人居たので四人では両手でも一人分手が足りない様子。

 四人残されたトマスさんは、じっと考え込んだ末に人差し指と親指で一人、人差し指と中指でもう一人と無理やりに首を持って四人同時に掲げた。


 彼らはどうしても首を持ちたいらしい。

 恐らくはエメリアーナに『わしもやってきたぞ!』と自慢したいのだ。

 彼女が先日第三王子でそれをやった話をしてみんなで盛り上がったからだと思われる。


 だが、あまりに無理やりに持ち上げられた四人はビクンビクンして今にも死にそうだ。

 いや、公爵じゃないからいいのだけど……


 そう思いつつも捕縛してきてくれた彼らにお礼を言いフランツ殿の前に並べてもらう。

 無理に首を持たれた者たちはもう意識を失っていてその場で倒れたが、僕はそこには触れずに話を進める。


「ええと……秘事や口伝の関係もあるから一応生かしたけど、どうする?」

「お気遣いありがとうございます。ですが、家令も居りますし大半は把握しておりますので。

 この男の言は鵜吞みにもできませんから……」


 そう言って剣を抜くフランツ殿。


「ま、待て! 早まるな! 私はお前の父だぞ!?」

「ははは、面白いことを言う。生みの親ならば何をしても許されるとでも思っているのか?

 ジェラス側のお前は私にとって殺すべき者の筆頭だ」


 そう言って彼は再び口を開こうとするシーラン公爵の首を落とした。


 そのままその首を掲げ敵対していた兵士たちに告げる。


「これでシーラン家を統べるのは私となった!

 貴様らは恭順か死かを選ばせてやる! 私に従う者は黙って頭を垂れろ!」


 そう告げると「ふ、ふざけるな! このような簒奪、国が認める訳がない!」と縛られながらも声を荒げる者が居た。


 その者に冷めた視線を送り言葉を返すフランツ殿。


「貴様は知らんのか……ルドレールはもう取り返せないほどに戦場で大敗したのだ。

 この愚か者が逃げ出す準備をしていたのだからさわり程度は聞いていると思ったのだがな。

 もう爵位をルドレール国に認められることに意味は無いのだよ。

 まあ、貴様らが恭順を示さぬということはわかっていた。キース、やれ」


 その声に頷き、手勢に指示を出し、声を上げた者も首が落とされた。

 その周辺に居る者たちも問答も無しに切り殺されていく。

 トマスさんに首を捻られた者たちも一様に処された。

 よかった。生きていたのかどうかは闇に葬られたようだ。


「兵士の方はどうする? やるなら消し炭にするけど」

「い、いえ。少々迷うところですがやめておきます。

 全員生かすつもりはありませんが、使い道が無い訳でもありませんから……」


 どうやら殺すべき者と生かしたい者がいる様だ。

 厳選をしたい模様。


「わかった。ただ一つだけ忠告するよ。

 今なら公爵の所為で死んだことになるが、ここから先の沙汰ではキミが殺すということになる。家の者を一度に大勢を処刑する場合、感情と仕事の両面でカバーする手腕が要る。

 それが無ければ場合によっては自らの首を絞めるからね?」


 そう告げると「はい。肝に銘じます……」と返す。


 そう忠告を入れたものの、これまでの手腕を見るに彼も理解しての決断だろう。


 僕はシーラン公爵家の内部なんて一切知らないのでこの決断が間違いだとも言えない。

 彼の選択が正解の場合もある。

 逃げ出そうとしていた公爵の落ち度を突けば恨みの行き場が作れるというだけの助言。

 そう。フランツ殿には、今の情勢であれば簒奪に明確な大義があると言える。

 お家の大事に家を捨てて逃げる算段をしていたのなら悪いのは公爵だと思わせる事は容易い。


 しかし、このご時世。シーラン家とて力はできる限り残さねばならない。

 選別して処刑したい気持ちは重々わかるので大変難しいところだ。

 各所で関所を封鎖させるにも多少立場が上の監視がいる。

 下の者たちだけでお上に逆らえと命じても難しいのだから。


 だから実情を知らない僕にはどちらが正解とも言い難い。


 まあ完全封鎖とは言ったけど、結局のところ兵士を集められない状態になればことは成るのだから大丈夫なラインで諦められても困るし、そこら辺も伝えておこうかな。


「僕は契約の履行をそれほどシビアに見るつもりはないからね。

 戦況に影響を与えるほどの状況を許さなければ契約不履行とは見ない。

 軽度の失態なら僕からサイレス侯に口添えしてあげるからそこまで思い詰めなくていいよ」


 そう。半分に割れているという状況を明確にわからせつつ王都を取れば国が堕ちるという算段を付けたのは僕だ。

 多少の出入りが起こってしまったくらいで目的が達成されないなんてギリギリの目算のつもりは無い。正直シーラン家の沈黙だけでも降伏が成る可能性は高いと思っている。

 だから少しのことで難癖をつける必要は無いのだ。


「それよりも全体的な成功率に拘ってほしい」と彼にそう告げた。


「リ、リヒト殿……ご温情、感謝致します」


 彼はそう言って感極まった様子を見せると僕に向かって臣下の礼をした。


 何故僕に……

 それは主にするものだよ?


 と少し困惑しているとゲン爺が口を開く。


「リヒト殿は敵には苛烈だが身内にはとてもお優しいお方。

 身内となれるようもう少しの間、気張ることだ。必ずや良いようになさってくださる」


 頭を下げたフランツ殿に言葉を添えるゲン爺。


 いや、優しくないよ。どちらかと言えば腹黒い自負があるもの。

 契約の目的が果たされれば構わないって言ってるだけだし。

 敵にも苛烈じゃないでしょうよ。

 敵には問答無用で死を、と言いそうなエメリアーナよりよほど優しいと思うのだけど……


 そう思うのだが、フランツ殿が気合が入った装いでゲン爺に返事を返していて言いづらいのでスルーした。


 その後すぐに兵士たちに武装解除させ、使用人たちを集めて後片づけを命じたり、味方の家に招集を掛けさせたりと指示を出し続けるフランツ殿。


 そんな彼の姿を確認して目的の完了を実感し随分とあっさり終わったものだと拍子抜けさせられた。

 フランツ殿は言葉通りに引き返せないところまでやってくれたから、帰ることを視野に入れられる状態になったけども、どうしようか。


「もう少しなら時間も取れるけど、何かやってほしいことはあるかい?」

「いえ……ここから他家の説得という難関がありますが、そちらは私がやることですので」


 なるほど。家の掌握はこれで成るのか。元々嫡子なのだものな。

 じゃあ、本当に帰ってよさそうだな。


「じゃあ、火傷した兵士たちにはこれを使って。

 あと再び攻め上がると決まったら手紙を出すよ」


 そう言って持ってきていた新薬を出して貰う。

 兵として使う予定なら必要だろう、と。


「よ、よろしいのですか!? 作戦内容の日時に触れる事柄まで……」

「ああ。もうキミの覚悟は見せてもらった。であれば僕も誠意を見せるべきだろう?

 ただ、そちらが参戦できぬ間に第二王子を討ってしまった時は許してくれよ」


 流石にそこまで状況を合わせてやることはできない、と告げれば彼は頷いた。


「ええ。生きている限りは殺しますが死んだならそれはそれで飲み込みます」


 そう言いながらも顔にはありありと不服が見て取れたが「ですが、間に合わせて見せます」と返してきたので間に合わなくても自己責任とは捉えてはいる様だ。


「リリアラ殿、予定通りしばらくの間は彼の護衛をお願いしたいのだけど、大丈夫かな?」

「はい。あの程度の輩なら私でも問題ありませんのでお任せを」


 よし。これで高確率で北は割れる。

 少なくともシーランは確実に沈黙するだろう。それに王が怒って兵を挙げるならこちらが攻め込む好機ともなるのでどう転んでもプラスだ。


 そう思っているとフランツ殿からの問いかけが来た。


「その、派閥内の者を同調させた場合にはその家も残して頂けるとのことでしたが、今現在において明確な傘下の家でなくてはなりませんよね?」


 と、フランツ殿はどこまでを派閥内と言っていいのかを問う。


 へぇ。いいところを突くじゃないか。

 確かにとても重要なのにあやふやなライン。

 僕が彼の立場でもしっかり確認してがっつり動くところだね。


「ああ。明確に傘下に入ってなかったとしても大丈夫だよ。これから入るならばね……

 我が国としても戦って取り上げた領地を返すとなれば強い不満が出るだろうが、こちらからの計略として降伏を促したのであれば誰かが何か言ってきても黙らせられるからね。

 だから戦後にキミの家の力をどれだけ膨らませられるかは今次第とも言える。

 まともな人間が我が国の同じ臣下として力を付けてくれるのは大歓迎だ。頑張ってくれよ?」


 うん。あの宿場町を見る限り、民を大切にする者であることは間違いないだろう。

 良き領地を目指す彼ならば普通に頑張ってほしいと思える。

 皇帝陛下が正道を行く優しい人だから同じ正道を行く心積もりなら時が経つほど心から仕える気持ちを持ってくれると思うしね。

 その上で僕と懇意になってくれれば万々歳だ。


「っ!? 本当によろしいのですか? 普通は制御し易くするものでは……」


 と、フランツ殿は目を見開いて『後押ししてしまっていいのですか』と言いたげに困惑を見せた。


「まあ本来ならそうだね……でも今は戦力差が帝国に大きく傾いているからさ。

 戦争による被害が少なく終えられたならば、その事実が周知となりそれほど危険視されることにはならないよ。

 それに最初は弱い立場に立たされるキミたちには多少は無視できない力を持たせないとどうしてもそちらの勢力で強い不満が溜まってしまう。

 それはそれで陛下の負担になってしまうんだよ」


 いくら陛下が厳選したと言っても悪さをする奴が居なくなる事は無い。

 これ幸いと搾取を画策したり、貶めて自分を大きく見せようとしたりする者たちも出るだろう。

 それはどこにでもある必然と言える悪意。

 吸収されることで立場が弱くなったルドレール貴族の心の寄りどころもあった方がいい。

 過度な不安だけでも疑心を生むのものだから。


 うちの国が支配する以上はちゃんと帝国貴族になって貰わなきゃいけないからな……


「まあ、問題になるほど大きくなりすぎたら少し僕が持ってあげるよ。キミの肩をね?」


 なんて冗談を言いつつもそろそろ帰る旨を伝えると彼は外でありながら地に膝を付いた。


「お任せください! 必ずやリヒト様のお力になって見せます」


 そこまでしなくてもいいんだけどな、と思いつつも今は彼も必死だからだろうと結論付けてそのまま軽く返す。


「おっ、それは嬉しいね。是非とも守りあえる関係になりたいものだ」と。


 こうしてフランツ殿によるシーラン家簒奪は思いの外すんなりと済み、僕らはそのままホルズへと戻ることとなった。


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