第80話 久々の休日


 凡そ一月の時を掛けてホルズへと報告に戻った僕らはサイレス候と対面していた。


「お久しぶりですな。ロドロア候……」

「いや、もうそう呼ぶのはよろしくなかろう。今はただの爺。ゲン爺で構いませんぞ」


 今まではトルレーの代官としてだったのでこういった場には出ていなかったが、再び表に出ていくのであれば戦時下の方が都合が良いのでゲン爺にも同行して貰った。

 案の定、サイレス候はどう接したらいいのかと困惑を見せているが、事情は知っているので気を使う方向での話。

 僕が間に入れば何の問題も無い。


「あはは、ただのじゃないですよ。何でもできる老師ですね、ゲン爺は」

「ふっ、リヒト殿に何でもできる言われるのは納得がいかんなぁ……

 わしにはたった一月でシーラン家を無力化させることなど到底できぬぞ?」

「いやいや、ゲン爺が教えてくれた第二王子の件が一番効果を発揮してましたからね?」


 などと笑って話し合っていればサイレス候も気を落ち着けた様子。


「ほう。上手くいきそうなのか?」

「ええ。フランツ殿がシーラン公爵を討ち簒奪の方は成りました。

 ここからは彼の手腕が頼りですが、この一月彼を見てみたところ身内にそうとう酷いのが居ない限りは問題は起きないかと……」


 シーラン公爵家の沈黙は先ず成ると思っていいでしょう、と報告を入れる。


「それは重畳。こちらも再侵攻の準備は整った。後はルセントへと攻め込むのみだが……」


 と、何やら歯切れの悪い様子を見せるサイレス候。


「何か、あったのですか?」と問えば「うむ。もしかしたらムルグが動くかもしれん」と苦い顔を見せた。


 ムルグ国は教会の総本山がある国だ。

 どうやらルドレール王都に潜入して貰っているロドロアの分家の者であるスルトがラキュロス家とシェール家の者と協力し掴んできてくれた情報らしい。

 あちらも戦況を知り、少しでも士気を持ち直したいらしく割と下の方の貴族まで話が流れてきたそうだ。


 なるほど。教会もこの一月、僕らの様に動いていたということか……


「しかし、しかしムルグ国はこの戦況でよく兵を出しましたね……

 あそこは国軍よりも聖騎士の方が強いと聞いておりますが」

「いや、伝えておらんのだろう。教会も隠した方が何かと都合が良いからな」


 なるほど。流石に王都周辺での情報収取程度はしているだろうが、ルードでの戦いは誇張され過ぎているとでも思ったのかな?

 他二つはそこまで圧勝という訳でもなかったしな。 


 と、ゲン爺の言葉に納得し「計画に変更はありませんか?」とサイレス候に今後を問う。


「むぅ……軍師殿に何か考えは何か無いのか?」

「あっ、そうでした。今回は僕が提案を出す立場でしたね」

「うむ。何かあるなら是非とも伺いたい」


 うーん、どうしようか。

 それ程の危機感は感じないけどルドレールの士気が持ち直すのは困るなぁ。

 ハインフィード軍に攻め上がって貰い国境を押さえてしまうか?

 いや、でも僕がここに呼ばれた理由もあるしなぁ。

 まあ負ける可能性を生むくらいならやってしまうけども、まだ状況的に追い込まれたわけでもないし策略でどうにかしたいところだな。

 じゃあ、ちょっと真面目に考えてみようか……


「すみません。少々お時間をください。成せる策があるか精査を行いたいので」

「うむ。勿論だ。北部が沈黙すれば多少の参戦があっても負けはすまいが、綺麗には勝てぬだろう。ルドレールの動き次第だが動かぬなら数か月ここで待つくらいは構わぬよ」


 そうして話が付き、暫く雑談を交わしたあと僕は早馬で義兄上に手紙を出した。


 義兄上は教会浄化作戦の賛同国を作る為の訪問予定ではそろそろ出発の頃合いな筈だ。

 まだ出立前であってくれよ、と思いつつも返事を待てば四日後には義兄上が自らホルズへと来てくれた。


「全く、義弟はどこまでこの俺を顎で使うつもりだ?」

「すみませんて……手紙には書けませんでしたけど、ムルグが入ってきそうなんですよ」


「何っ!? 教会は国まで動かしたのか!?」と慌てる義兄上。


「ええ。そのくらいは想定の範囲内ですが、ハインフィード軍ばかりがというのも問題なので出来れば策略でどうにかしたいところなんですよね」

「とはいえ、俺が赴くのはマテイだぞ?」


 そう、義兄上が赴くのは魔導国マテイ。

 創始者が魔帝と呼ばれていたからそのままマテイ国となったという冗談みたいな逸話を持つ国。

 信仰よりも技術が重要視されるかの国でなら新薬での交渉もしやすいだろうと選定した国家である。


「ええ。わかっていますよ。けどあの国、ムルグと仲が悪いですよね?」


 そう。信仰よりも技術なだけあって医療関係も発展していて教会の権力もそれほど高くない。

 普段から無理を言われれば『なら出て行け』と言い返すくらいだそうなので教会ともムルグとも割と表立って対立している。


「だが流石に仲が悪いのだからこちらに協力しろと言っても他国は動かんぞ?」

「そうですね。ですがこちらが新薬を数万本用意し、国境付近で大規模な軍事演習をするだけでいいと願えばどうでしょう?」


 外国の思惑や判断の塩梅などはわからないので正直こればかりはあまり自信が無いが、元々仲が悪いならマテイ国にそれほどのデメリットも無い。

 もし、教会潰しに乗り気になる様なら今後を考え僕らと懇意にしたい筈だ。

 回復系統の技術を全て握る形になると考えるだろうから。

 回復魔法の独占など目論むつもりもないのだけど、国の備えとしては考慮に入れるのが必定。


 そうした考えを伝えて義兄上にどうでしょうか、と問いかけた。


「なるほどな。それならマテイの考え次第で成立するラインだな。

 しかし国境付近で軍事演習か。考えたな……」

「ええ。仮想敵国がそんな事をしている状態で大軍を援軍に出す事など普通できませんからね」


「それはそうだ」と義兄上が笑う。


 正直、動き出したのを把握してからでは間に合わないものだが、もう訪問予定が立っているマテイ国ならばまだギリギリ間に合う。

 もう大軍を出してしまっていたとしても大部分を戻す羽目になるだろう。

 他国のいざこざに自国の命運を賭けるほど愚かではないだろうから。


「ではとりあえずルードに移動してリーエルたちとも情報共有しておきますか」

「む、珍しいな。リーエル嬢との情報共有はまだなのか」

「ええ。話したいのは山々ですが、中央軍に軍師として呼ばれてしまいましたからね。

 義兄上もエメリアーナに早く逢いたいでしょう?」


「馬鹿者……」と、僕とは違うと言いたげに返されたが、構わず「じゃあ、行きましょうか!」と漸くリーエルに逢えるとウキウキで準備を始めた。





 そんな義兄上とルードへと向かい、ハインフィードメンバーの大半が集まることとなった。

 そこで僕はシーラン家の件やこれから行う策謀についての考えを話す。


「という訳で今度はマテイ国に行ってこようと思うんだ。

 その間に大規模な戦闘が起こってしまったらフォローをお願いしたいんだけど……」


 と、リーエルに視線を向ける。


「あの、それは当然させて頂きますけど、うちがやり過ぎない程度というものがどれほどかがわかりませんの……どこまで前に出てよいのでしょう?」

「いや、これはいけないと思えたならばどこまでもやっていいよ。

 所詮は戦後に文句が上がらない様にする為。元々それほど強い理由じゃないんだ」


 そう。勝敗を天秤にかければそちらに傾くのは当然のこと。

 勝ちが決まっているならどちらも取りたいというだけの話。


 リーエルにそう返せばエメリアーナが僕に疑問を投げた。


「じゃあ、私らで王都を壊滅させて勝ったんだからいいでしょって言ってごり押しもできるの?」

「いや、それだと話が変わってくる。僕らだけの考えで勝手に攻めるのは軍法に反するからね。

 作戦を立てる所だって困るだろ。援軍を頼みたいとなっても先に進んでいてそこにはもう居ないなんてなったらさ。だから許可を取る前でも動くべき状況だったと言える大義が要る」


「あぁ……だからまずいと思ったら、なのね」とエメリアーナが納得を示した。


「戦争ってもっと闘いの日々なんだと思っていたわ……とっても暇なのね」

「ふっ、そんなことを思っているのはハインフィード軍くらいであろうよ。みな、大規模な戦いを恐れ不安を抱えながら色々な作業に従事させられておるのだからな」


 と、斜に構えて言う義兄上。

 確かに。ルードは完全に降伏して協力的になってるし、人数が人数だから物資も住居も軽く手配できたしな。


「ふーん……けど、私は暇なの!」と、彼女もいつも通りツンとそっぽを向く。


 そんな二人をリーエルがキラキラした目で見詰めていた。


「なんだ、その目は……」とリーエルにうざったそうに声を返す義兄上。


「うふふ、エメリアが暇で困っているのですって。

 ここは殿方の出番ではないかと思うのですが……?」

「ちょっとお姉様! 別にこいつを誘いたくて言っているわけじゃないわよ!?」


 そんな声にはお構いなしに「出立までまだ数日はありますよね?」とニマニマとした視線を送られた義兄上はハッとした面持ちを見せた。


「エメリアーナ!」

「なっ!? 何よ!!」

「暇ならダンジョンに付き合え。約束だろう?」

「っ! い、いいわ! けど、甘えは許さないわよ?」 

「今回はできても一泊程度。その程度の時間で泣き言など言わんわ」

「一泊か。わかったわ……本格的に扱くのは次回ね」


「いや、別に無理に扱く必要などないのだが……」と扱くことに思いをはせるエメリアーナに少々恐れを感じ始めた様子の義兄上。


 その後、エメリアーナがそのまま行こうと言い出したので、僕らはそれを快く送り出した。

 シャリエスさんたちも居るしエメリアーナも付いていればこれ以上の戦力は必要無い、と。


 そして何より、僕もリーエルとの時間が取れる。

 そう。そこが最重要だ。


「ねぇリーエル、僕らもデートしよ?」

「えっ!? は、はいっ! 嬉しいです!」


 そう言って笑顔を向けてくれることが嬉しくて僕は積極的に何をしようかと考えた。 

 だが、この男爵領には大したものは無い。

 ならば、ピクニックにでも行こうか、となりご馳走を積んで馬車で移動した。


「せ、戦地でピクニックですか……?」と困惑を見せるルン。


「いや、戦地でダンジョンに遊びに行く方が異常じゃない?」

「いえ、どっちもどっちかと……」


 と、困った視線を向けるルンに弁解の声を上げたが「リヒト様、今日はデートなのですから私を見てください!」と腕を引く僕の最高の彼女に気を取られ、正常か異常かなんてことはどうでもよくなった。


「困ったな。そんなことを言われてしまっては視線を外せなくなってしまうよ」

「むぅ……困ることなんですかぁ?」

「ああ。困ってしまうほどにキミをずっと見ていたい」


 そう返せばむくれていたのが羞恥に変わった様で視線を彷徨わせながら赤くなっていくリーエル。


 そうして見つめあっているといつの間にか花畑に着いていた。

 最近殺伐としていたからこういう時間こそ大切だ、と僕らはシートに腰を掛けて幸せなゆったりとした時間を過ごす。

 自然を感じ、何でもないことを思い思いに口にして時が流れていく。


 ああ、やっぱり僕はこういう時間が好きだなぁ……


「今度、二人で好きな本を持ち寄って一冊ずつ二人で読もうか?」

「っ! それ、素敵です! 約束ですよ?」

「うん。約束だ。楽しみだね」

「はいっ!」


 その後、日が暮れる前に花畑を離れ少しだけ街を散策してからルードの屋敷へと戻り、僕らは久々に心から楽しいと思える時間を過ごした。


 そうしてたった三日間ではあったが、至福の時を過ごして英気を養った僕はマテイ国へと出立することとなる。


 外で皆に見送られている最中、何やら訓練している第二騎士団の兵士たちがこちらを睨んでいることに気が付いた。


 あれ、僕なんかしたか……


 そう勘違いしそうになったが、よく見れば視線は隣の義兄上に向いている。


 ああ、俺たちの団長を誑かしやがって、っていう嫉妬か。

 そう気づいてしまうと自然と笑いが漏れた。


「おい、義弟……お前の所為だぞ」


 どうやら義兄上も気が付いているようで僕に迷惑そうな顔を向けた。


「おや、エメリアーナの所為では?」


 うん。義兄上を気にしているのもダンジョンデートに行ったのも彼女の意思だ。

 そこに僕は関係ない。

 そう。僕もリーエルも軽く背中を押しているだけなのだ。


 と、未だ迷惑そうにこちらを見ている義兄上に満面の笑みを返す。


「ちっ……覚えていろよ。レイナの弱みを握ろうとしていたことを手紙でちくってやるからな」

「ふむ。では私も姉上に手紙を出しましょう。こちらは楽しいことになっていますよ、と。

 さて、姉上はどちらに喰いつきますかね?」


「おい馬鹿やめろぉ!」と相変わらずいじり甲斐がある様を見せる義兄上。


「ちょ、ちょっと! わ、私にはなんか言葉は無いの?」


 と、相変わらず素直じゃない彼女は僕の方へと声を掛けた。


「無いな。最近のキミはよくやっているからね。義兄上からは何かありませんか?」


 仕方ないので話を回してあげて僕は一歩身を引いて、リーエルの横に付く。


「リヒトしゃま、ナイスアシストです」ととても小声で話しているからか敬称を噛んでしまう彼女。

 愛らしすぎた。


「あぁぁと……先日はかなり楽しめた。礼を言う」

「そ、そう……それだけ?」

「なんだ、土産でも買ってきてほしいのか?」

「お、お土産! ほしいわ!」

「お、おう。菓子でいいか?」


 嬉しそうにキラキラした目でコクコクと頷くエメリアーナ。

 珍しく大変美少女然とした振る舞い。


「うわぁ、エメリアーナが女の子してる……」と、思わずつぶやいてしまい、気づけば目の前に拳が迫っていた。


 あぶなっ!!


 滅茶苦茶焦らされたが、彼女も強化までは使っていないので何とかギリギリ回避できた。


「や、やるのねっ!?」と、羞恥に染まったと顔で決まり文句を言うエメリアーナ。


「待て待て、順番がおかしい! それ以前にダメだが、問う前にやるなぁ!!」


 大声で言い返していると珍しくリーエルが間に入り彼女の頭をポンと叩いた。


「メッ! エメリア、照れ隠しで殴り掛かっちゃダメでしょ!?」


 ピッと指を立てて優しく注意するリーエル。


「い、今のは照れ隠しじゃないわっ! 明確な侮辱よ!」

「どうして。女の子してるのは悪いことじゃないでしょ?」

「態々言うってことは普段してないってことでしょうが……」

「それはそうでしょ。エメリアは普段は騎士をしているのだもの」


 騎士の仕事に従事してても女性らしさは持てると思うのだが、リーエルの声にエメリアーナは納得を見せて怒りが収まった。


 なので「お前、義兄上には絶対やるなよ?」と、ダメだぞと釘を刺しておく。

 せめて義兄上が強くなって大怪我しなくなるまでは本当にまずい。


「はぁ? あいつにやるわけないじゃない。あんたと違って私を小馬鹿にしたりしないもの」

「僕だって小馬鹿になんてしてないだろうが……」


 ツーンと久々に我儘な妹らしさを全開に出す彼女に呆れつつも「もう行くからな?」と声を掛けた。


「お気をつけて……」

「早く終わらせてきなさいよ!」


 そんな対極にある二人に見送られて僕らは魔道国家マテイへと出立した。

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