第81話 マテイ王との会談


 僕と義兄上の二人でマテイ国へと訪れた。

 今回は国賓ということでしっかりと迎えも寄越してくれていて、普通に歓迎してくれている様に安心しつつも道中の案内を受けた。

 流石、技術を重んじる国だけあって中々に発展した街並みに少し驚かされながらも城までたどり着いた。

 客室で少しゆっくりする時間を貰った後、会談の場が用意され移動する。


「いやぁ、よくきてくれた」と、声を掛けゆったりと手を上げるのはマテイ国の王。


 若干身振り手振りが大きく、フランクなイメージを受ける王様だ。

 この場合、先ずは招待を受けた義兄上が前に出るもの。

 僕は義兄上が胸に手を添えるのに合わせて同じ行動を取りつつも目を伏せた。


「お初にお目に掛かります。

 私の名は今はただのエルネストと申します。お見知りおきを」

「はっはっは、ただの、か。なるほど、なるほど。その潔さ小気味良い」


 義兄上が王家を出たことも知っているのだろう。

 どうやら元王子と付けなかったことが受けた様子。

「それで、そちらは?」そのままこちらに視線を向けれたので続けて僕も名乗る。


「はい。アステラータ帝国より参りました。リヒト・グランデ子爵と申します。

 こちらのエルネスト殿の義弟に当たります。どうぞよしなに」


 と、胸に手を当てて微笑みながら返せば「ほう。あのグランデ家の公子か……貴殿の武勇はこちらまで届いておるぞ」とマテイ王は笑みを浮かべる。


「私はマテイ国、国王ベルナルド・M・シテルだ。

 さて、これで名乗りは済んだな。早く座ってくれ。さっそく本題に入ろう」


 家名が国名じゃない事にどうしても違和感を感じてしまいつつも、着席を急かされ、話が待ち遠しいと義兄上に視線を向けているマテイ王と向き合う。


「貴殿らの用事はムルグ国の事であろう?」と。


 事前に調べていたことや急かしてくるところから見るに、どうやらマテイ王にも何やら思惑がある様子。

 利害の一致させられる話だといいのだけど……


「ははは、流石は知の国の王。お見通しでしたか!

 ならばここからは義弟から伝えてもらいましょう。

 その方が話が早い。なにせ今や私は彼の臣下ですから」

「な、なにっ? それは初耳だ。

 いや待て……ハインフィード家と銘打たないとなると、もしかして貴殿なのか?」


 一体何の話だろうかと思ってしまいそうになったが、義兄上がうちに入る経緯を考えれば何について言っているのかが理解できた。 


 過負荷膨張の件だ。


 まだはっきりとはわからないが、もし王の身内に患者が居るなら好都合だな。

 その方向で話を返しておこう。


「私もエルネスト義兄上と同じ病に掛かっておりましたから……

 その経緯で深い縁ができまして」


 そのまま本題に入ろうかと思っていたのだがテーブルに身を乗り出したマテイ王を見て言葉を止めた。


「では、固まった魔力を溶かす方法があるのだな?」と強い視線を向けるマテイ王。


 その顔の真剣さに、マテイ国だけ早期の訪問が叶ったのはこれが原因なのだと理解した。


 過負荷膨張の患者を治療すれば少なくとも友好的に話が進む。

 それだけで他国への敵対行為をしてくれるとも思えないが、前向きな検討はしてくれるだろう、と自信を持って肯定する。


「ええ。御座います」

「ならば、どのような手法でだ?」


 そう問うマテイ王だが間を置かず「いや、すまぬ……言える訳がないな。聞き方を変えよう」と言葉を続けた。


「その治療法を魔毒の治療に転用できぬか?」


 なるほど……過負荷膨張ではなく魔毒の方だったか。


 確か、魔毒病は砕いた魔石を大量に体内に摂取することで発症するものだったな。

 砕かず飲んでも基本的には体の拒絶反応により吐き出してしまうし、排泄物として大半は吸収されずに出てくるので大丈夫な場合が多いが、砕いて料理などに混ぜた場合は完全に体に吸収されてしまう。


 その症状は過負荷膨張と似ていて魔力が硬化するというもの。

 魔毒の場合は完全に魔力の運用が効かなくなるので体の防衛本能すら発揮せず太ることもないが、逆に言えば一年程度で限界がきて死んでしまう。


 これも治療法が無いので高い頻度で貴族の身内殺しに使われる毒だ。


 僕の魔法なら魔石も散らせるのだから恐らく治療できると思うが、やったことが無いのにできるとも迂闊には言えないと無難な言葉を返す。


「未確認ですので効果がある可能性はある、としか……」

「そ、そうか……もう理解したとは思うが治してほしい者が居るのだ。

 もし治療して貰えるのなら戦争にならん程度にちょっかいを掛けるくらいならかまわぬが?」


 おお……流石は一国の王。

 僕らの来た理由を完璧に理解している。

 であればこちらもさっそく話を詰めさせて頂こう。


「それは私としても願ったり叶ったりですね。

 では、治療が成った暁には国境付近で大規模な軍事演習をして頂くことは可能でしょうか?」

「ふむ。演習か。国内であれば言い訳は効くな。しかし大規模で、か……どの程度だ?」

「三千は集めて頂きたく」


 そう告げると「む、国軍だけでは足りぬとなると面倒だな……」と、難しい顔を見せたのでこちらも声を上げる。


「教会潰しにもご協力を頂けるならば新薬も見合う量を贈らせていただきますが?」

「ほう。教会潰しときたか。まあ確かに貴国には必要なことだな。

 しかし、それほどの大仕事に噛むのなら色々と聞かねばならぬことがある」


 その声に頷いて返し「ではまずはこちらから概要のご説明を」と必要な情報を明かしていく。


 宗派を作り塗り替えること。

 その為に賛同国を作り国主会議を行いたいこと。

 新薬を売り出すことで教会の治療費を絞らせ権威を削ぎたいこと。


 それらをわが国で話し合った通りに伝えていくと、新薬の世界的浸透の面で難色を示された。


「それは……アステラータ帝国が第二の教会のポジションに収まるということではないか。

 国がそこに収まるなど流石にどこの国でも軽く受け入れられる話ではないぞ?」


 確かに大きすぎる利権だものなぁ。

 各国も捨て置くことはできないほどに。


 何故なら、新薬こそが国力を大幅に上げる劇薬となる、と多少の頭があれば理解できてしまうのだ。


 とはいえ、だからこそ乗らないという選択肢も無い。

 その波に乗らなければ乗った国に置いていかれるのだから。

 それほどに懸念が大きいが故に、場が乱れるだろうというだけの話。

 けど、流石に今の段階で直接そこを突くのは心証が悪いな……


 と、僕は別方向からのアプローチを試みる。


「回復魔法は開示させるので帝国がそこまで大きな力を持つことにはならないと思いますが」


 そう。少し前まで魔法による超回復は教会の専売特許だったのだ。

 だからこその権威だった。その回復魔法を開示すれば新薬の利権の力がだいぶ薄まる。

 大本が大きすぎるのでそれでも懸念は消えないだろうが、一考して貰えるはずだ。


「ほう。確かに回復魔法を気兼ねなく使えるようになるのは大きい。だがなぁ……」


 ああ、なるほど。

 教会に強気に出ているとは聞いていたが、もう秘密裏に回復魔法の運用はしているのね。

 そりゃ、敵対を決めたならその程度はしてるか。

 うーん。しかし全面的な賛同という空気じゃないなぁ。

 ここを上手く通さないと教会の暗躍が続くんだよね……

 色々な国に話が通せるから下手に時間を与えたくないし、ちょっとブラフを混ぜちゃおうかな……


「ご懸念があるお気持ちはわかります。

 ですが、このままだと我が国は嫌でもムルグすら落とさねばなりません。

 帝国がルドレールとムルグを支配下に置くという状況はよりよろしくないのでは?」


 と、できるだろうが選ばない選択をあえて告げてみる。


「ほう……まるで国二つを相手にしても勝てると言っているようだな。

 それがままならぬからこそここにおるのではないのか?」

「いえ、信じるかどうかはお任せしますが勝つことに懸念はありませんよ」


 早期の統治には大きな懸念があるのだけど。 

 それほどに多くの人材をすぐには用意できないからね……


「流石に簡単には受け入れられぬ話だが、聖騎士が捕虜となった話を知っていては全てを嘘と断じることもできんな……だが、どちらにしてもこの場では答えを出せるほど軽い話ではない」


 うーん。この感触だともう一手説得のカードが要りそうだな。

 けど今回付き添った理由はそこじゃないからそっちのカードは作ってないんだよな……

 まあ今回来た目的の方は通せそうだし、今は軍事演習のことだけでいいか。


「では、先ずは治療を試させて頂いて成功報酬で軍事演習まではお約束頂くというのは如何でしょう」

「なるほど。新薬贈呈の話は無くなるが道は選べるという訳か。

 兵数が二千でもよいならばそれでも構わんぞ」


 二千かぁ……国軍のみってことだよな。

 貴族を動かしてこその本気だから三千って言ったのだけど……

 どちらにしても迅速に動いてくれなければ意味が無い。ここは妥協するべきだな。


「わかりました。ただ、私は医師ではありませんので手法が合わなくても許してくださいね」

「うむ……時間も無ければ他に道も無いのだ。それは致し方あるまい。

 その時はまた話す場を設けよう。新薬には興味もあるでな」


 そう言いつつも「頼むぞ」と強い視線を向けられつつ僕らは退室した。

 そのまま使用人に案内されて、城の奥へ奥へと進む。


 やっぱり、王族か。

 ちらり、と義兄上を見上げればやるせない苦い顔を見せていた。

 毒殺など、僕らにとっては身近に聞く話だ。

 まあ、家としては隠す場合が殆どなので本当か嘘かの区別が付かない噂話の類が多いが。


「こちらがアスカ王女殿下のご寝所となります」


 そう言い、ノックをしつつも返事も待たずに戸を開ける。

 僕らを天幕の降りたベッドまで誘導すると、王女に声を掛けた。

 返事は無いが当然といった面持ちの彼女。もう猶予が無い状態なのかもしれない。


「治療に秘術を用いるという話も聞いておりますのでこの場はお任せいたしますが、本来は男子禁制の場。どうかくれぐれも……」

「ふっ、俺も元は王族だ。その程度は弁えておる」

「ええ。治療には衣服を剥ぐ必要もありませんのでご安心を」


 そう伝えるとホッとした顔を見せ「不躾なことを申しました」と頭を下げてから彼女は退室した。


「しかし、本当に魔毒にも効くのか?」

「どうでしょうね……原理上は大丈夫だと思いますけど」


 そう。魔力であれば外に噴出されて消失するのだ。

 魔素も散らすのだから同じようになる、と思われる。


 と、もう声は彼女が掛けているので紐を引いて天幕を上げた。

 そうして漸く確認できた彼女の姿に僕は思わず声が出る。


「これは……恐らく末期なのでしょうね……」

「ああ、俺でもわかるな。白すぎる。いや、もう青いと言った方が近いか……」


 不安になり彼女の口元に手を持っていけば、まだ息をしているのが確認できた。

 であればまだ大丈夫なはずだと彼女の手を取り、魔力を散らす魔法を起動させると彼女の体が痙攣した。


「っ!? お、おい! 本当に大丈夫なのか!?」


 驚いて不安な顔を見せる義兄上に声を返す余裕もなく思考を回す。


 何故、過負荷膨張の時と違う反応が……


 あっ、そうか!

 毒も溶かされて回るのか!


 もしかしたら魔力が毒物である魔素を封じている状態なのかも。

 でもそれだともうどうにもならないよな。


「どうする。無理だったと告げるか?」


 僕が押し黙っているからか、そんな声を掛けられたが首を横に振って返す。


「まだ流石に諦めるのは早いでしょう。

 幸い意識はありませんし、頭へのダメージを軽減させてあげられれば大丈夫だと思います」

「ふむ。では新薬を服用させるか?」

「……そう、ですね。一応保険でそっちも使っておきますか」


 脳への保護に効くイメージは湧かないけども、使っておくに越したことはない。

 まあ、それよりも即効性の高い回復魔法を保護のメインとするつもりだ。


「義兄上、もし暴れるようなら体を押さえつけてください。

 急激に散らしたくはないのであまり動かれると困るので」

「む……流石に男の俺が女性を寝所で押さえつけるような真似はできんぞ?」


 む……そうだった。

 義兄上は理由があっても女性に遠慮なく触れることができない人だった。

 全く、オラオラしている癖にシャイなんだから。

 治療行為だと無理に言えばやってくれるだろうが、遠慮した押さえ方では困る。


「はぁ……わかりましたよ。お膳立てはしてもらったのだしここは僕が全部やります」

「おい? なら溜息はいらんであろう?」


 ちょっと情けない顔でそんなことを言う義兄上に笑いそうになりながらも頬を叩き意識を切り替える。


 先ずは首から下だ。

 おっと先に全身を回復魔法で包まなきゃな。


 散らすのはそれからだ、と全身丸々と入る大きさで回復魔法を起動させ、次に散らす魔法を五つほど拳の半分程度の大きさで作り上げてゆっくり移動させていく。

 かなり微細な制御が要る為自然と汗が噴き出す。


「特大の回復魔法の中で高難易度の魔法を踊らせる、か。これは……凄まじいな」と、義兄上が一人ごちる。


 その声に返す余裕は一切ない。

 いくつもの魔法を体の中で移動させるのは今の僕でもかなり大変だ。


「さきほどより痙攣が小さいな。いけるのではないか?」


 跳ねる様な痙攣から小さくピクリと反応する程度に変わっている事を口にするが、僕に言葉を返す余裕が無いことに気が付いて口を閉ざす義兄上。


 そうして無言のまま移動を続けていれば首から下は凡そが終わった。

 仕上げだと体を包む大きさで起動させてすぐに回復魔法に切り替える。


「ふぅ……これで多分首から下は大丈夫でしょう」

「凄い汗だな。やはりお前でも厳しいのか?」

「そりゃそうでしょ。魔道文字千文字コースですよ?

 それを人の体内で別々に動かすんですから」


 まあ一度にやる必要もないのだけど、今日中で終わらせたいから特大で起動させている回復魔法を短時間で切りたかったのだ。

 流石にあれを長時間起動させたら魔力馬鹿の僕でも魔力が尽きる。


「して、首から上はどうするのだ?」

「同じですよ。ただ、もっと小さくします」


 回復魔法も頭だけ包むだけならそれほど魔力消費もきつくない。

 しかし、魔法陣を小さくするにも限度がある。親指一つ分程度の大きさが限界だ。

 それを削る様に動かすことで瞬時に回復魔法を当てる。小さな傷を負って癒してを繰り返そうという目算だ。

 回復魔法の効果までをも散らさないでくれるならゆっくり動かすだけでも変わらないと思うのだけど……無差別に掻き消すからなぁ。 


 そう思いつつも治療を再開させ、顔の下半分をサクッと終わらせて頭にゆっくりと魔法を通していく。


 正直怖い。


 これで重度の記憶障害などなろうものなら気まず過ぎる。

 明らかに末期で治療不可の病気だし、言質も貰っているから責任問題にはならないだろうが、それでも怖いものは怖いのだ。

 そうした思いを抱えながらも何度も何度も往復させていく。


 そうして、凡そが終わったと思われる頃、彼女の目が開いた。


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