第82話 アスカ王女


 王女が目を覚ましたのは喜ばしいことなのだが、間が悪い。

 丁度顔の治療を行っていたので至近距離で見詰め合う形となってしまった。


「なっ!? ぶ、無礼者!」と、手を前に出して僕は突き飛ばされた。


 だが、普通に言葉を放っている姿を見て頬が緩む。

 どうやら心配は要らなかったみたいだ、と。


「えっ、あれ……体が、動く……痛くもない……も、もしかして貴方が?」


 と、こちらに視線を向けるアスカ王女。


「ええ。国王様に頼まれまして王女様の治療に当たらせて頂きました。

 まだ完全に終わったとは言い難いのですが、お加減は如何ですか?」

「そ、そうでしたのね!? ごめんなさい!

 その、今のところ不具合を感じる場所はありませんが、まだ途中なら続けて頂きたく……」


 切実な瞳を向ける彼女に「ええ。その為に参りましたので」と言葉を返して魔法を使う許可を改めて願えば「当然構いません」とすぐさま了承してくれたのでそのまま再開させる。


 できるだけ早く終わらせて帰りたい。

 今のところペースは異常なほどに早い。

 本来ならば着いて早々に王との面会が叶うものでも無い。

 王女が末期だったからこそ急がれたのだろう。

 これほどに早く帰れるならば、ルードに寄ってリーエルと戯れる時間も取れるほどだ。


 そう思えば気合も入る。


 脳へのダメージの方は全然問題なさそうだし、ほぼほぼ終わっているから後は散らす方で全身包んでから回復魔法をかけて終わりでいいかな。

 そう考えて、極小の状態で起動待機させていた魔法を動かす。


「うそ……それ、もしかして魔法なの……ですか?」


「ええ。そうですよ。ほら」と、一瞬だけ拡大させて彼女の体を包ませると何故か彼女は「魔帝様……」と呟いた。


 何故今父親の名を口にしたのかはわからないが問題はなさそうだ、と回復魔法の方へとすぐに切り替えた。

 魔力を散らす魔法の方は下手に長時間術式を見せてコピーされても困ると。


「これで治療は完了です。とはいえ過負荷膨張の治療を転用しただけなので毒関係の専門的なことはそれほど詳しくないのですけどね」


「えっ……あっ、では、そちらの方は」と義兄上の方へと視線を向ける王女。


「うむ。俺はフレシュリアの元第一王子だ。

 それがこれほど痩せていれば言わずとも証明になるだろう?」


 と、彼はまだ肥満体ではあるが、肉が垂れるほどではなくなった体を見せつける。

 フレシュリアの第一王子が過負荷膨張だったことは知っているだろう、と。


「い、いえ、最初から疑ってなど……

 しかし、何たる幸運でしょう。もう助からないはずだったのに」

「まあ、ここでお話を続けるのも問題がありますし、一先ず治療は終わったということで」


 続きはマテイ王を交えて話を詰めながらにしたいので寝所を理由に退室を願えば、彼女は自分が寝巻姿なのを見て慌てた。


「あっ、私ったらなんてはしたない! その、命を救って頂きありがとうございました……」


 赤い顔で頭を下げる彼女に「お気になさらず」と返して僕らは部屋を出た。


 すると、扉の横に控えていた先ほどの使用人さんに涙ながらの感謝を示された。

 その後、客室にて義兄上と談笑しつつ時間を潰していれば、今度は夕食に招待された。

 あちら側を入れても四人だけ。使用人や護衛すらも最低限の非公式という形の会食。


 凄いな。自国でもないのにとんとん拍子だ。


 そう思いつつも最高級の料理を頂き、凡そ食事が終ったところで再び話が始まる。


「先ずは礼を言わせてくれ。我が子を救ってくれたこと、深く感謝する」


 と、気が緩んでいる様な安堵の笑みを浮かべるマテイ王。


「こちらとしても魔毒への試みは初めてでしたのでご期待に添えて何よりです」


 うん。正直言って実際怖かったし。

 本当に何よりだよ……


 そう思っていると「まぁ……それなのにお引き受けくださったのですね」と感動した面持ちのアスカ王女。


「約束通りムルグ国、国境沿いにて二千の兵を動員した軍事演習を行わせて貰う。

 その後の事は再び書面でという形でいいかな?」

「ええ。勿論です。こちらもご納得頂ける形となるよう、自国にてもう少し話を詰められればと考えておりますから」


 それにマテイ王が力強く頷くと、王女が「その後の事、とは?」と首を傾げた。


 女人がこうした話に入るのは割と珍しいことだが、マテイ王は諫めるでもなく話の概要を王女に説明した。


 彼女もリーエルの様なポジションなのだろうか?


 そう思いつつも説明を受けた彼女が口を開いたので耳を傾ける。


「なるほど。今の情勢はそういう事になっているのですか……

 確かに私の命一つで世界の覇権を取れる形を許すというのは国として不可能ですわね。

 新薬を販売する教会の管理を国に一任する形であれば多少話も変わってきそうですが……」


 うん?

 教会の管理は各国に一任する予定だが……?


 ああ、新薬の販売所にすることで金銭面でうちが手綱を握る形に見えるのか。

 なるほど。確かにそれは脅威的だ。

 

 外からの監視の目を入れたいという思惑ではあるが、それが僕らの手である必要は無い。

 けどそうなると新薬の製造や販売場所がなぁ……僕のうまみが大きく削がれる。


 いや、複製防止の魔道具化の件が通れば国に一任する形でもいいな。

 うん。それならば僕の仕事は減るし国に対する発言権がかなり上がる。


「義兄上、魔道具の件はどうなっていますか?」

「うむ……問うてはみたが流石に技法を買うのは厳しかった。

 そっちは重要度が風乗りの道具どころではないからな」


 それはそうだよな……

 重要な国の機密を守る要の技術だもの。

 義兄上ならごり押せる可能性もあるかと思ったが、考えが甘すぎたか。


 そう考え、別の方向を模索するべきかと思ったのだが、義兄上の言葉は続いた。


「だが、手が無い訳でもない。

 俺が誓いを立てて直接学んでこようかと思っている。

 お前には大きな恩があるのに迷惑を掛けてしまったからな……

 俺が制作を請け負いどちらの技術も心の内に秘める形であれば問題はあるまい?」


 ああ、ハインフィード家に入る義兄上が仲立ちしてくれるならばこちらは安心だ。

 フレシュリア国内の反発がどうなるかはわからないけども、義兄上も先日の戦いにて命を懸けている。少なくとも現時点では悪意があるとは思われない筈だ。


「父上もそれであればまだ一考できると言っていた。そこからは契約内容次第であろうよ」


 その声に頷いて返していると、アスカ王女が「今のお話に繋がっていることなのですか?」と小首を傾げた。


「ええ。こちらは技術の秘匿が出来れば構わないので、複製不可能な魔道具で作れるのなら賛同した全ての国に新薬を製造できる魔道具を貸し出してしまおうかと思っているのです。

 まだ、大本が無いので条件にも出せないのですがね」


 その声に「えっ……覇権を取ろうとは考えませんの?」と目を見張る彼女。


「ええ。私は私を含めた全ての人々が平和に暮らせればそれでいいのですよ。

 勿論、世界よりも自国、自国よりも自領地という優先順位はありますがね」


 そもそもが人の上にふんぞり返りたいという理由で覇権を狙う者の気がしれない。

 自国の存続の為に攻めるというのであればわかるのだが、存続の為には覇権が要るなんて状況など先ず無いのだ。周囲との同盟を結べばそれで済む事。

 それなのに人を殺して他国を奪って馬鹿みたいに自分の仕事を増やして何が楽しいのだろうか。

 それほどの力があるのなら難題があっても先ずクリアできるというのに……


 僕はそんな事よりもリーエルとお花畑で一緒に本を読む方を選ぶ。

 今は統治者としての責任があるから動いているだけである。


「まぁ……流石は魔導を極めたお方」と、意味がわからない事を言い出す彼女。


 極めてなんていないけど?


「いえいえ。得意分野ではありますが極めているなどということはとてもとても……」

「ふはは、竜すら一撃で屠った男の言葉では信憑性が無いな」


 と、義兄上がまた余計な事を言ってきたのでジロリと強い視線を返す。

 勘違いを広めるな、と。


 いや、もう勘違いとも言い難くなってきたけども下手に強者感出しても面倒に巻き込まれるだけでしょうが……


「い、一撃、だったのか……?」と、困惑気味に義兄上に問うマテイ王。


 ほら、こうなった……


 と、面倒の種が撒かれた事に嫌気が差しつつも問われたのは僕じゃないので溜息を吐いて目を伏せれば義兄上が意気揚々と口を開いた。


「ええ。義弟は魔法で言えば右に出る者は居ないでしょうな。

 私もルドレール軍千を一度の魔法で消滅させたと聞いた時は目を剥いたものです」


 ……ああ、うん。もうそれでいいよ。

 思惑もわかっているし、好きに言ってくれ。


 恐らくは先ほどの二国を落とせるという話に信憑性を出す為だろう。

 それができる上でここに来たと理解して貰えれば僕らが平和主義者だと受け入れ易くなる。

 大義名分が出来たムルグを取れるのに取らないという事実を伝えられるのだから。


 そこは賛同するか否かの大きな分岐点となり得る。


 できれば他のカードで説得したかったところだけどな。

 まあいいや。もう面倒ごとは全部義兄上に投げればいい……

 うん。先ずはエメリアーナを投げつけよう。

 もう手加減はしない。


「それはいささか……誇張が過ぎるのではないか?」

「いいえ、お父様。恐らく魔帝様であれば可能ですわ。それほどの技量でしたの」


 と、何故か王女の方から訂正が入り、再び僕を魔帝と呼んだ。


 いや、魔帝はキミの御父君ね?

 どういう意図かは知らないが、僕をそう呼ぶのはダメだよ?


「お、お前が魔帝と呼ぶほどなのか……!?」

「ええ。魔帝様、お手数ですがこの場で一度だけ回復魔法を最大規模で使って頂けませんか?」


 もうここまで来たら見せた方がいいな。

 実際、作戦上はプラスなのだし……


 そう思って彼女に頷いて返し、回復魔法の配列の魔道文字を部屋全体に広げていく。

 王の使用人たちだけあってそれに驚きつつも即座に暗器を手に王の守りに入る。


「貴方たち、話を聞いていなかったの……魔帝様の前で恥をかかせないで!」

「しかし、これは我らの知る回復魔法では!」

「私はこの魔法にて治療をして頂きました! 下がりなさい!」


 王女の睨みに使用人たちは頭を下げて再び壁際に戻る。


「ええと、起動させますか?」と、僕はマテイ王に問いかける。


「そう、だな……これほどに大きな陣は初めて見た。

 これほどのものが本当に起動可能なのか、後学の為にも頼みたい」


 そう言われたので、全力で魔力を注ぐ。

 この規模で消費量の多い回復魔法だと本気でやらないと起動できないのでかなり気合を入れて魔力を送る。


「お、おお……文献にあった通り魔力をその身に纏っておる」

「綺麗。これが完全に可視化された癒しの光ですのね……」


 確かに幻想的な空間になるほどに優しい光に包まれている。

 ふわふわと光が漂い、まるで光の妖精が踊っているかの様にも見える。

 回復魔法をこの規模で使うとこんな風に見えるんだなぁ……


 後でリーエルにも見せてあげよ、と思いつつもそろそろきついと魔法を止めた。


「どうやら勘違いしていたようだ……リヒト殿、疑った非礼を詫びよう」

「いえ、過負荷膨張で魔力が高まったが故ですから。致し方ないことかと」

「ああ、それでその若さで至れたのか……得心がいった」


 僕の魔力量に納得するとマテイ王は「魔道具を貸し出す方向であれば他国の説得にも力を貸そう」と言ってくれた。


 さて、これでここに来た目的は凡そ達成できたな。

 後は友好を損なわないようにするだけでいい。


 そう思って安堵していると王女が突拍子も無いことを言い出した。


「そのお話は我が国にとってとても有益なこと。

 できればわたくしも直接携わりたいのですが、如何でしょうか?」


 その声にギョッとしてマテイ王の方へと自然と視線が向いた。


「ふむ。確かに内側に入っておきたい話ではあるな……構わんぞ。

 アスカであれば足を引っ張るようなこともない。必ずや力になるであろう」

「いえ、ですが……うちは今、戦時中ですよ?」


 そう。間違っても他国の王女を受け入れられるような状況ではないのだ。

 有益で外したくないというのはわかるのだが、王女を遣わすのはやり過ぎでは?


 そうした思いで言葉を返すとマテイ王は何故かアスカ王女の方へと視線を向ける。

 それほどに彼女に信を置いているということだろうか?


「お恥ずかしながら、私の身はここにあっても戦時と危険度は変わりませんの。

 魔帝様のお近くであればそちらの方が安全だと言い切れるほどに」

「なるほどな……迂闊に手を出せぬ相手に狙われておるのか。俺も経験があるからわかるぞ」


 と、義兄上が言えばマテイ王が苦い顔を見せた。


「友好国の姫を貰っていてな。

 そちらの国は綺麗な様子なのだが、あやつ自身に問題があってな。

 後継は男児にと言い切っておるのだが疑心暗鬼になり耳を貸さぬ……」


 あぁ、そっちは子じゃなくて母親がやばい奴なのね。

 何としても我が子にと可能性すら排除してしまうほどなのか。


「腹違いの弟はとても勤勉で心根も良く、良き王となるであろうとわたくし自身も思っているのですが、何故か周囲がわたくしを引き合いに出すので話がややこしくなるのです……」


 なるほどな。国との繋がりがあるから迂闊に王妃を強く諫める事もできないのに周囲の者がそそのかすから余計エスカレートしてしまう、と。


 まあ大抵こういう場合は周囲の者が話を大きくさせているからな……

 毒を盛るつもりなど無かった。ただ失脚してくれればそれでよかった。なんて話は史実を基にした本でも何度も読んだことがある。

 実際問題、基本的に保身の為にも失脚させろとは言ってもそれ以上は言わないものだ。

 病気がちにしてお体が弱いから、という理由を作る程度の話だった可能性も十分ある。

 当然やり方を考えるのは下の者。

 唆す側の黒幕である派閥の親玉が直接動くことは先ず無い。


 そうした状況下だと考えるなら中々元を断てないのも理解できる。

 弟のポジションが固まるまでは引き離した方がお互いの為なのか。


「お話は理解できましたが、我が国としましてもマテイ国との友好は大切なもの。

 不安がある状態でお連れする訳には……もっと安全な国でもよろしいのでは?」

「そうなのだが、この子は中々に頑固者でな。

 王族としての務めがあるのに保身の為だけに国を出るのは嫌だと言うのだ……」


 いや、それは暗殺された方が国が乱れるのだから受け入れさせようよ……

 とはいえ、僕が受け入れを頑なに断り続けても裏があるのではと思われてしまう。

 仕方ない。ここは陛下に投げよう……


「なるほど。ですが私に決定権がある訳ではございませんので、この話はお国同士の話し合いの結果で、ということでも?」

「うむ。どちらにしてもそうなるであろうな」


 ああ、よかった。

 変にごり押しはしないようだ。


 アスカ王女も「ご配慮感謝します」と言っているので後は陛下に上手く断ってくださいと言外に伝えるだけだ。


 その後、幾つかの訪問者との対談を挟んだが、情勢の話を軽く世間話程度にするに留まり、予定よりも一週間以上は早く帰れることになった。


「全くもう! 義兄上はやんちゃなんだから!」と帰りの馬車でぐちぐち言ってみたが「お前に言われたくはないわ!」と言い返されてしまった。


 むむむ、とジト目を向けたものの、僕らの為になっていることだから後はエメリアーナを投げつける程度でいいか、と僕は矛を収めつつ義兄上に彼女への土産を選ばせた。


 ふっふっふ、誘導して選ばせたそれはエメリアーナの好物。

 順調にくっつきあの我儘義妹に苦しめられるといい……

 現時点でも義兄上シールドは結構有効だからな。

 盤石にしてやる!


 そうして僕と義兄上は後の計画を練りながらもルードへと戻ったのであった。

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