第83話 中央軍に大歓迎されてしまった


 ルード男爵領へと戻り、僕は早速エメリアーナを義兄上に投げつけた。


「エメリアーナ、義兄上がお土産を用意している。

 二人で客室の方へと行くといい。茶も用意させよう」

「お土産っ!? わかったわ!」


 褒美を出した時にも思ったが彼女はこうしてプレゼントを貰うのが好きなようだ。

 ウキウキした様子がよく見て取れる。


「義兄上は心込めて選んでいた。楽しんでくるといい」


「お、おい!?」と、驚愕の視線を向ける義兄上。


 うん。基本的には僕に頼り切りだったものね。何がいい、と。

 だが安心してほしい。僕はこれでも年単位でハインフィード家で世話になっている。


 自分で選んでくださいよ、と言いつつも『ああ、あいつこういうの好きだよなぁ』と誘導はしておいた。

 彼女の趣向くらいはもう把握しているのだ。


「まあ、それは素敵ね。メイファ、しっかりと準備してあげてね?」

「畏まりました。ニヒヒ」


 ニヒヒって……やっぱり人選ミスってたのかも。

 でも、今回はこの方向性では合っている。

 彼女は義兄上の世話係でエメリアーナの幼馴染。何の気兼ねも無いだろう。

 是非ともくっつけてくれ。


 そうして二人を追い出し、僕らは僕らで情報の共有を行う。


「ふふ、今回も大成功でしたのね?」

「うん。まあそう言えるかな。

 まだ機密を保てる魔道具化が済んでいないし、各国の説得が残っているけど順調だね」

「がはは、ムルグを止めに行ったのだと思っておりましたが、教会の排除すらも進んでおるのですな!」


 そうしてリーエル、ゲン爺、ライアン殿の三人に凡その話を伝えたのだが、王女の話になるとリーエルが鋭い視線を向けた。


「それは、用心せねばなりませんわね……」と。


「うん。機密は渡せないからね。かと言って来る理由を鑑みれば距離も取れないだろう。

 もし来ることになってしまったらキミには苦労を掛けると思うがよろしく頼むよ」

「そ、そういう話ではありませんのに……

 まあわたくしごとではありますからこれ以上は言いませんけど!」


 そう言ってプクッ膨れる彼女。

 これは後でお話が必要だ、と心に留め置きつつも今はこれからの事と話を進める。


「……これで高確率でムルグの足は鈍ることになるだろう。

 それはつまり、決戦の時が近いということ。

 僕とゲン爺はホルズに戻り中央軍からの出陣となる。

 ライアン殿、リーエルの事をお願いします」


 と、真剣な瞳を向ければ「仰られずともそれは我らの願いでもありますぞ。一命にとしましても必ずや」と自信を持った顔で頷く。


「ありがとう。リーエル聞いていたね?」

「はい……無理をするなということですね」

「いいや、違うよ。最強のハインフィード騎士団が命を賭すと言ってくれたんだ。キミはキミのやりたい様にやっていい。この程度の状況判断はキミなら余裕でできると信じているからね。

 まあ、心配は別物なのでおせっかいは焼いちゃうと思うけど……」


 うん。僕なら絶対に余裕ができれば手を出してしまうだろう。

 そう思って最後に締まらない言葉を付け加えてしまったのだけど、彼女は嬉しそうに微笑んでくれた。


「ゲン爺には予定通り中央軍で僕の補佐に付いて頂きます。

 思いの外自由に動けない立ち位置になってしまって申し訳ありませんが、飲み込んで下さい」

「わかっておりますぞ。ここで我儘を言うほど身勝手にはなれませぬ。

 わしも気持ちを切り替えます。リヒト殿の手腕で討てるならばそれもまたよし、と」


 そう言って頷いてくれたので僕も頷いて返し、話が着いて報告会は終了となった。


 フランツ殿にも手紙を出しておくことにした。

 もうそろそろ始まるかもしれない。確定したらまた手紙を送る、と。


 その夜、王女の件でリーエルと二人ゆっくりと話し合った。

 というより一生懸命、体でキミだけだと伝えた。

 と言っても婚前なので口付けながら抱き合った程度だが、リーエル成分を沢山補充できたので僕としても大変有意義だった。

 これで暫くは頑張れそうだ。


 そうしてなんだかんだ離れるまでに二日の時を要した僕は今日ホルズへと発つ。


「リヒト様、早く終わらせて合流しましょうね♡」

「ああ、勿論だ。僕も全力を出すとしよう」

「うふふ、私も頑張って終わらせますわ。お待ちしております♡」


 不安の解消された僕らにもう隙など無い。

 さて、やってやるか。


 と、自信まで補充された僕は意気揚々とホルズへと向かった。




 ホルズにて、サイレス候に軍事演習を約束させてきたことを報告すれば案の定、すぐさま軍議が開かれた。


 会議室にて、軍服姿の重鎮たちが座る中で僕はサイレス候の隣に座る。

 全員が集まった事が確認されるとそのまま状況の説明が始まり総大将閣下の一声で進軍が決まった。


「この好機、逃す訳にはいかぬ! 各々方、心構えはよろしいか!!」

「「おう!!」」

「「勿論ですぞ!!」」


 と、各々気合の入った声が上がる。

 その声が止まると一斉に視線がこちらに向いて弛緩した空気になった。


「いやぁ、リヒト殿が軍師に抜擢されて本当に良かった!

 サイレス候の人の見る目は確かですな!」

「ええ。あの調子でムルグまで敵の増援に来ていたら洒落になりませんでした」

「しかし、流石はグランデ家の公子殿。たった数週間でマテイまで動かすとは……」

「聞くところによると北の沈黙も公子殿のお力だとか!」

「なんと……どれほどの手腕をもってすればこの短期間でその様な事が……」


 そう噂しながらも軍の重鎮たちが戦々恐々とした顔でこちらを見ている。

 何やら言葉が止まっても視線だけはこちらを向いているので何か言った方がいいのかと言葉を返した。


「我ら文官は騎士を有利な状況にして送り出すのが仕事ですからね。

 利害の一致を最大限突かせて頂いたまでのことです」


「おお、なんと心強いことか!」と騎士の家系の者たちにはとても受けた様で大変嬉しそうな顔を見せていた。


「戦場の指揮も公子殿が?」と、チラリとサイレス候へと伺いの視線が向く。

 

「うむ。その為に来て頂いた。

 学院の襲撃事件から始まり先のロドロア戦やサンダーツ戦でも指揮を取っている。

 先日はフレシュリアの竜討伐でも第一戦功を上げたほどである。

 もう散々見せつけられているのでないとは思うが、年齢による心配などは無用だ」

「ふはは、このような好機を己の才覚で作って頂いては侮る輩なぞ出ますまい!」

「ええ。その様な輩が現れるのであれば我らで鉄槌を下しましょう」


 この配慮は、本当に助かる。

 サイレス候が持ち上げてくれたお陰でお飾り扱いをして僕の指示を聞かないという事態は起こらないで済みそうだ。 

 ならば、現時点でも僕から方々に指示を出す形を取って良さそうだな。


「では、お認め頂いたという事で、布陣の説明に入らせて頂きますね」


 もう既に侵攻予定地の地図は用意されている。

 それを軍議盤に見立て我らの軍を小分けにした駒を置いていく。


「先日の戦いの話を聞くに、後の先を取り固いやり方で士気の持ち直しを行いたく思います。

 先ずは本陣を前に出した魚鱗の陣にて待ち受け、敵が突っ込んでくるままに後退し鶴翼の陣に切り替え敵を囲む方向で行きましょう。

 その状況下であれば十全に魔法の準備を行えるこちらの方に軍配が上がりますので」

「なるほど。殆ど動かずに済む左翼右翼がそれを担うのですな……」


 それに頷きここまでで異論は、と視線を回す。


「その、本陣を前に出すということは当然閣下のお命が狙われますよね?」


 と、サイレス候の陣営の人が声を上げた。


「ええ。だからこそ引き込めるという目算です。

 当然、その守りには私とハインフィード騎士団が当たります」


「おお、それならば!」と、ハインフィード騎士団の強さを前回で見ているからか納得した様子を見せてくれた。


「見通しの良い平原です。別動隊は出せても伏兵による奇襲の類は中々に難しいでしょう。

 ですので、基本的には力と力のぶつかり合いがものを言う状態となります。

 だからこそ、布陣の形の取り合いが重要になってきます」


 本当ならば他で戦いたいところだが、大軍を移動させるにはどうしても道がいる。

 その町に続く道にはもう既に敵軍の設営地が出来上がっているのだ。

 だからこそ、そこを落とさねばならないのである。


「ですので、ガッチガチに固めた盾兵を作り上げたいと思います」


「む、一体それは……」と疑問を浮かべる面々に説明する。


 耐性装備と重装甲の両方で固めてしまうと移動力を著しく阻害する。

 当然戦闘力も低下するので白兵戦では弱くなる。

 僕やエメリアーナに作った様な両方を担ってくれる最高級装備など数えるほどしかないので数ある装備では超重量にしてカバーしなければどちらもは取れない。

 そんな本来ならばやらない仕様の兵士を作りたいのです、と伝えた。


 国軍側であれば割と結構な数がある筈です、と尋ねればやはりあった。


「それでは長距離の速度が要る移動である全軍撤退時に置いていく事になるのでは?」

「いいえ。もしその様な状況下になれば私が出て時間を稼ぎますのでご安心を。

 まあ後退しなくて済むようにする為の重歩兵なのですけどね」


 と、隊列の説明を入れる。

 当然盾兵は最前列だ。

 乱戦までは間違いなくどちらからも魔法の雨が降る。

 そして狙われるのは一番近い所が殆どだ。

 射出角度の調整の面でも自分たちと真っ先にぶつかる相手という面でも一番前に居る兵士こそが集中して狙われるもの。


 乱戦になるまでは魔法が放たれるラインで盾を構え守り続けて貰い、乱戦が叶い次第盾兵のみが後方に後退していく形を取って貰うと説明を入れる。


「なるほど。耐性の装備を持つ兵に壁になって貰い押し込み、攻撃隊がその合間を抜けて乱戦に持ち込むのですな……

 新薬を服用しそれほどの鉄壁にすれば分散された攻撃なら簡単には堕ちますまい」

「ええ。それが成れば最初の魔法の打ち合いはこちらに大きく軍配が上がるでしょう。

 その混乱に乗じて左翼右翼が挟撃を行えば、恐らく敵は無理してでも立て直そうと後退をすると思われます」


 後退しなければ混乱状態の不利のままに戦う事になる。

 その状態まで持ち込めればもう既に形が整っていると言えるだろう。


 それを理解して居る面々は納得した様を見せた。


「引くにも鶴翼の陣にて大きく取り囲い込んでいるから長いこと後方を取れるな。

 なるほど、本陣を前に出すのは釣りやすくする為か……」


 サイレス候のその声に頷く。


「敵軍が最初から側面を狙った場合はどうなさるので?」と、他からの問いかけが上がる。


「その場合も凡そは同じです。狙われた所が下がり同じことをして有利な状況を作ります。

 勿論、中央が狙われた方が閉じ込めるのに適した形とはなりますが、側面から来ても本陣との挟撃はできるでしょうから」


 有利なのは変わらない筈、と見回せば凡そ納得した面持ち。


「正直、この地ではこのオーソドックスなやり方が一番固いのですよね。

 見通しの良い地で下手に奇をてらっても失敗する確率は高くなってしまいますので」

「いえ、やってみねばわからぬ事ではありますが、聞く限り最も場に適しているかと……」

「ええ。前回の様にはならないことだけははっきりとわかります」


 そんなに酷かったのですか、と凡そは聞いているものの酷かった点を重点的に聞いてみれば、無理に挟みこもうと戦場で追い掛けっこをさせられ、敵側に引き込まれて挟まれるという事態が頻発したのだそうだ。

 小分けに兵を出され悉く囲まれたのだとか。

 ハインフィード騎士団のお陰で勝ちで終わり、新薬のお陰で生還できた者が異常に多かったお陰で被害があの程度で済んだだけであれは本来負け戦だったと言う面々。


 おおう……追いかけっこと表現されるほど深追いさせたのか。

 それは読みを外したというレベルじゃないような……


 しかし、なるほどな。バックアップの兵も構えさせずにただ特攻させた訳ね。

 七千も居ればその程度はできる筈なんだけどなぁ。

 サイレス候が別の隊の僕を抜擢するのも頷ける。


 けど逆に少し安心したな。

 仮に落ち度があっても前回よりはいいと思って貰えそうだ。

 少しの過失も許されない状況じゃないなら、より効果的であろう選択を気兼ねなく取れる。

 そういう選択の方が早期に終わって結果的に被害も減るからな。


 裏目に出ても最悪はうちの皆に頼ってごり押せば……ってよく考えたらグランデから出ている僕が魔法を撃つ分にはいいんだよな?

 ああ、後退させられるほど追い込まれたら全力で魔法を撃とう。

 うん。それで『運良く全力の魔法が当たっちゃった。てへぺろ』ってすればいいや。

 もうなんか弱者ムーブは無理な空気になってきているしな。

 ならある力は使った方がいい。


 まあ、少しでも兵を生き残らせる為にもそんな状況下にはさせたくないけども。


 そうして軍議を終えると次は実戦訓練を行うこととなる。

 本来ならば自国で平時に終わらせておくものだが、先代の軍務卿が酷過ぎた所為でそこら辺が怪し過ぎる。ぶっつけ本番という訳にもいかないので自分の目で確認しておきたかったのだ。


 指示は旗と笛の音で行うのでそちらも覚えてもらう必要がある。

 前任者は拡声魔法にて指示出ししてたみたいだからな……


 こんな情報筒抜けの場所でやりたくはないんだけど、言葉に出すよりはいい。


 と言っても数パターンだけだ。

 笛の拭き方で前進、待機、後退、援護、突撃、遅滞戦闘の六パターン。

 旗でどこに向けての指示かを伝える。それだけのことなので難しくはない。

 それ以外の事は伝令兵を飛ばすのでバレる様なら重要性を鑑みて頻度を変えればいい。


 他には新たに組み込んだ盾兵の配置である。

 こればかりは今までそうした運用をしてこなかったので割と説明に時間が取られたが、僕が取られた時間は一日で済んだ。

 フランツ殿にも手紙は出したしもうこれで下準備は完了だ。


 そうして出陣の準備が整い、出立の日を待つだけとなった。 



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