第84話 面制圧再開


 出陣の日の朝、フランツ殿が数名の従者を連れてホルズへと訪れた。


「来れたということは順調という事でいいのかな?」と問いかければ彼は少し困った顔を見せた。


「はい。居ない間が不安ではありますが、東と西を隔てる事には成功しました」

「おお、それは僥倖! でも、そうだね……長引かなければいいのだけど」


 早期に終わればもうそれで彼は役割を果たしたということになるが、長引くほど領地の封鎖期間が延びる。

 その懸念は理解できるが、現状封鎖が完了しているのであれば僕としては言う事は無い。


「中々な手腕だね。正直この短期間じゃ封鎖までは難しいかもしれないと思っていたけど」

「いえ、リヒト様がルードで兵を帰らせる決断をしたお陰です。

 戦況を聞いた者たちは全員が積極的に協力してくれました。

 超一流の軍師の采配には全てにおいて戦略が、とは聞きますがあれ程に有効だという事実に驚かされました」


 いや、それほど深くは考えていないよ。

 あの時はまだフランツ殿は捕虜になってなかったからね?

 まあルードを占領する為にも士気を下げるのには丁度良いと思っていたけども。


 まあ、訂正する必要もないから言わないけども。


「何にせよ、次は僕の番だね。ルセントにジェラス王子が居るかはわからないけど、居るならばできるだけ悪くない状況でキミたちを送り出せる状況を作るよ」


 流石に今回は僕が本陣を離れる訳にはいかない。

 だからうちの兵を付けてゲン爺、ロンゾさん、フランツ殿たちを纏めて送り出すのが限界だ。

 当然、より良き状況にする様に配慮はするがそこからは彼らの手腕次第となるだろう。


 その話を伝えれば彼は「十分です」と頷いた。


 その後、フランツ殿やゲン爺を中央軍の指揮官クラスの面々に紹介した。

 ゲン爺の事はトルレーでも代官をしていたし理解している者も多かったが、やはりフランツ殿の参戦には懸念を示された。


 だが、状況証拠的に裏切りは無い。


 聖騎士の戦わずの降伏は彼の説得によるものであることや、今回来た人数、僕が実際にシーランで見てきた事を話せば「なるほど。確かにそれであれば」と納得してくれた。


「そういう訳で彼は私の盟友です。よろしくお願いしますね?」

「「「ハッ!」」」


 うん。流石は軍人さんだ。

 前回の軍議でいなかった者たちも多いのに規律がしっかりしているね。





 そうして僕らは行軍を始め、ルセント手前の敵の陣が遠目に見える所まで歩を進めた。

 そこで当初の予定通り、本陣が前に出る形での魚鱗の陣にて布陣する。


「やはり結構な人数を用意してきているみたいですね。

 まあルセントは要だからこうなるとは思っていましたけど」


 まあ、上から見ているから知ってはいたのだけど実際に近場で見るとかなりの大人数だ。

 凡そではあるが、万に近い。

 その代わり左右は半分捨てているのだろう。明らかにここの半分以下に見えた。


 つまりはこの戦いで勝利すれば決定的にルドレールは敗北を知る。

 そんな戦いの場となるだろう。


「倍とは言わずとも結構な差だ。

 いくらハインフィード騎士団が居るとはいえ十人ではな……」

「そこは采配次第ですね。相手の出し方によります」


「援軍要請を出すか?」と、敵軍を見て険しい表情で言うサイレス候に「いえ、要らないでしょう」と返せば驚いた顔でこちらを見返す。


「策があるのか?」

「ふふ、総大将であるサイレス候が我が軍の力を信じずしてどうします。

 前任者の采配が酷過ぎたのにたった十人の助けでひっくり返せたのですよね?」


 一つも不安が無い訳じゃないが、前任者の酷さに誇張が無いのなら我が軍は地力では負けていない。

 僕やうちの兵を使うつもりならば多少の失敗があっても何とかなるラインだ。

 それに、多分張りぼてだろう。

 王都周辺を空にするなんてありえない。

 その上で四千以上の増員ともなれば全て勇猛な者たちを揃えるなど不可能。

 一発キツイのをかましてやれば直ぐに馬脚を現すと思われる。


「そ、そうとも言えるか……

 何にせよ、今から援軍を呼んでも今日明日では着くまい。腹をくくるしかないか」

「ええ。閣下はドーンと構えていてください。総大将なのですから」


 そう言って微笑み掛ければサイレス候もリラックスした面持ちで「それもそうだな」と口元を緩ませた。

 うん。兵士たちの士気にも影響するしその余裕さで居て欲しい。


 それに、今回の策では侮りが生まれた方がいい。

 総大将の首を取る、と突っ込んできた者たちを飲み込み一網打尽にしたいのだ。

 下手に警戒させても無駄に知恵を使ってくるだけだからな。


 特にあっちは今回の増員で連合軍となっている。

 功を求める者のせめぎ合いが起こるだろう。

 こちらに隙があれば尚の事である。


「む、早速動く様だな」


 隊列を組み、向かい合う形でゆっくりと前進してきた敵の軍勢。

 その様にこちらにも緊張が走る。


「では閣下、お願い致します」


 畏まってそう伝えればサイレス候はフッと笑いを零しつつも前に出て拡声魔法を起動させた。


『これより、賊となんら変わらぬルドレールに天誅を下す!

 アステラータの全軍が勝利したことからもわかるであろう!

 我らが、正義の国アステラータ帝国に敗北は無い!

 総大将であるこの私が、一番前に立っていることこそその証明である!!』


 あはは、近場に見るとわかるけど、サイレス候ちょっと顔が赤くなってる。

 真顔で正義の国とか言うのが恥ずかしかったのかな?

 それとも天誅の方だろうか?

 まあ、できるだけ大きく言ってくださいとお願いしたのは僕なのだけども。


 そう思っていると案の定、あちらからの言葉が返る。


『はっ!! 様子見で勝ちを譲ってやったことすらわからんとはな!!

 全く情けない奴らだ! 前回の戦いを勝ちだと思っているらしい!!

 てめぇら! 今すぐ知らしめて来い!!』


 その声に、フランツ殿が殺気を滾らせた。


 なるほど。あれが第二王子か……確かに外道の風格を持っているな。

 遠目だも明らかに味方に脅しをかけている様が容易に見て取れる。


 そして、時を置かずしてルドレール軍が動きを見せた。


「無能な味方は敵よりも厄介だとは言うけど戦場では顕著だねぇ」


 と、僕は思わず笑ってしまった。

 だって、たった二千で完全に本体から離れて中央軍に特攻して来ているのだもの。


 なんで後ろの兵を待たせたまま本陣に突っ込ませるのかねぇ。

 魔法隊を後ろに付けて援護させるとかくらいはするものだけど……

 それをしないならせめて数で勝っている側面だろ。


 その数で中央は不利なだけだと一般の兵士でもわかりそうなものだけど、第二王子が何か言ったのだろうな……


 まあ、そう来るならこちらは都合が良い。

 こいつらを確実に飲み込むだけでいいと僕は指示を出す。


「指揮隊! 三の旗を立て後退の笛を鳴らせ!

 伝令兵も出す!

 二、四に伝令、左翼右翼の後方に付き待機。引き込んだ後側面を突けと伝えろ!

 一と五にも伝令だ。あの数ならば飲み込める。

 鶴翼の陣にて魔法による総攻撃を行った後、予定よりも深く囲めと伝えろ!」

「「ハッ!」」


 ナンバリングは左翼から右翼にかけて大隊ごとに一から順番に振っただけだ。

 それ以下の各中隊への指示は大隊長が行うので僕が指示するのは基本的に大隊だけ。

 

「さて、本陣の僕らは下がりながら盾兵が飲まれない様に魔法での援護だよ。

 全軍で当たれるから三倍以上の数が居るとはいえ、少しは減らして余裕も持たせたいしね」


 と、指揮官たちに伝える。

 全体では本陣の三番隊は後退だが盾兵の援護を緩めてはならない、と。


 その声に呼応し、各指揮官たちが魔法部隊に指示を飛ばすと攻撃が活発になるが、敵の狙いは何としても落としたい総大将。僅かに速度が落ちる程度。


 だが、その僅かな差で盾兵の後退しながらの守りに余裕が生まれていた。


 様子を見るが、盾兵で落ちた兵士は一人もいない。

 後ろに通った魔法攻撃による負傷は出ているみたいだが、少数だし盾兵のお陰で魔法の密度が低く難なく救助が成っている。

 普通は戦闘中は積極的にやらない救助活動が活発に行われているからか、二千の敵軍は僕らが押されて下がっていると思った様で魔法を撃てる速度で前進し続けている。


 まるで死兵として送り出されたみたいに見えてしまうな……

 仮に総大将を討てても即終わりになるかはわからない。

 バックアップも無しじゃもうあの隊の大半は生きて帰れない。


 こちらは盾兵を間に置いて魔法を撃ち合いながらじわじわと後退中であるが、敵軍はとうとう左翼と右翼を追い越すまで前進を続けてしまっていた。

 

 遠目に見ればこちらの被害の方が少ないことが見て取れるが、中に居て体感するほどではないようで丁度いい塩梅だ。


「そろそろいいかな」と、僕は拡声魔法を態と起動させる。


『全軍、突撃ぃぃ!!』


「「「うおおおおおおおお!!!」」」 


 と、本陣の隊から怒号が上がる。


 全軍突撃、とは言ったもののこれは他の隊に魔法攻撃を開始して貰う合図。

 ただ、驚かせて足を止めさせようという試みなだけである。


 突っ込むぞ、と言わんばかりに声を上げてほしいとお願いしてある。


 やはり、突撃という言葉と怒号により一度足を止めてしまった彼らはいくつもの魔法を起動待機状態にして警戒を露わにしていた。


 警戒して周囲の確認をしたことでもう既に半分囲まれていることにも気が付いた様子。

 恐らく今までは自軍の猛攻により下がらせていたと思っていたのだろうな。

 左翼も右翼もやる事はわかっているので魔法攻撃が一番通り易い場所の位置取りはしてくれていた。

 敵軍が足を止めた数秒後、左翼と右翼から一斉に魔法攻撃が放たれ、敵兵の悲鳴が至る所で上がり続けた。


「指揮隊、一、五番の旗を立て援護の笛を鳴らせ!」

「ハッ!」


 この場合は当然攻められている僕ら三番隊の援護。囲みこみ開始の合図である。

 側面担当の二と四はまだ魔法攻撃でいい。

 距離を詰めるのは囲む側のポジション取りが出来てからだ。


 そうして左翼右翼が動き出したのだが、それと同時に敵から声が上がった。


『引けぇ! 一度立て直す!』と拡声魔法での声が響く。


「む、間に合うか……?」と、サイレス候が抜けられるかもしれぬ、と不安を零す。


 確かに、急げば一番隊と五番隊の間に入られてしまう。

 接敵はできても退路は断てないかもな。

 だが……それが最善。僕がやりたかったことだ。

 確かに二千を完全に滅せるのは魅力だが、退路が断たれれば敵も死力を尽くす他にない。

 有利な状況下で比率では大きく勝つとはいえ、被害も結構出るだろう。


「どうでしょうね。どちらでも構いませんよ。あれならばほぼ被害なしに削れます」


 左翼と右翼の間を通り抜けねば自軍の所へは帰れない。

 退却命令を出されているのだから敵軍は殆ど攻撃してこないので一方的な攻撃となる。


 四千人からの魔法の一斉掃射が効いている様でもう既に四百以上は削っている。

 その上、一つ千人の左翼右翼軍の間を無防備に通り抜け離れるまでは後ろから撃たれるのだ。

 出だしとしてはどう転んでも勝利と言える。

 これで兵士たちの前回で感じた不安は多少払拭されるだろう。


 後は囲まれない様にできるだけ多対一になるように心がければ、兵たちはポテンシャルを十分に発揮してくれる。


「魔法攻撃を完全に囲んでからにしなかったのは作戦の内でしたか……流石はリヒト様です」

「どちらでもよかったのだけどね。被害なしに大きく削れるのであればその方がいいからね」


 フランツ殿の声にそう返せばほかの面々も納得の面持ちを見せた。


「しかし、こんな好機が何度も訪れますかね……?」と不安そうな顔を見せる閣下の側近。


「うん。多分大丈夫。フランツ殿が教えてくれたからね。

 あちらの中央軍は第二王子を御せていないと」


 そう告げてみたものの、難しい顔で首を傾げているので説明を続けた。


「ちょっとの事で熱くなってあんな風に味方を特攻させるような馬鹿だからね。

 拡声魔法で少し煽れば簡単に喰いついてくると思うよ。

 まあ、流石に数で負ける前までにはあちらも策を練ろうとするだろうけど、その時にはもう出せる手はこちらの方が多い。うちの騎士団は少数でも大隊みたいなものだからね」

「あっ、それは確かに……この形であれば今の段階でも簡単には飲み込めないのか。

 後の先を取る以上は現時点でも問題が無いのですね。おみそれしました」


 まあ、ちゃんと援護をつけて纏まってこられたら多少厄介なのだけど、それならそれでもううちの皆にも出てもらい僕が派手に魔法を放とうと思っている。

 僕が軍師なのだから凡その趨勢が決した後に手柄を分けてあげる指示を出せばいいだけだ。

 

 そう考えながらも僕らは撤退しようと走る敵兵を見据えながら前進する。


 本陣である三番隊はもう交戦していないが再び魚鱗の陣に戻すつもりだし、交戦中の一番隊と五番隊の援護ができる場所を保つ必要がある。

 まあ、全力疾走で逃げだし始めたからもう援護は必要ないだろうけど。


 丁度いい。空いた時間で敵側の負傷兵を捕虜に取るか。


「衛生兵、敵軍の負傷者を捕虜に取る。その際の心得はわかっているね?」

「ハッ! 抵抗できない様に拘束し、あまり大人数に纏めないよう努めます!」

「うん。それともう一つ。何より自分の身を最優先に。態度だけであっても牙をむいたと言える事態であれば殺していい。ここは戦場だからね。でも降伏したなら一定の配慮はしてね?」


 衛兵部隊の隊長は真剣な顔で返事を返し、直ちに走り出す。

 彼、すごく真面目そうだな……あんな兵士がうちにもほしいな。


 そんな無いものねだりなことを考えてしまいつつも、再び魚鱗の陣形に戻すように指示を出す。

 先ほどの戦闘地よりも多少前に出て再びサイレス候に最前列に出てもらう。

 あちらも撤退した兵士たちに負傷者が多くてんやわんやしている状態だ。

 第二王子が指をさして怒鳴りつけている様子が伺えるが、取り合う余裕もなさそうだ。

 そう思っていると、彼の側近が特攻してきた隊の指揮官であろう男を切りつけた。


「えぇ……」と僕は絶句して呆然とさせられた。

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