第85話 幼子を煽る


 命令により特攻させられたであろう隊の指揮官を切り殺している様を見せられ「えぇ……」と僕は絶句して呆然とさせられた。


「あれが、あの男の常です」とフランツ殿が冷たい視線でその光景を見据えている。


「何故、あれが許される……曲がりなりにも国の為に命を張ったのだぞ。

 ルドレール王は止めんのか?」


 と、サイレス候が強張った顔でフランツ殿に尋ねた。


「王妃が末っ子ということで溺愛していましてね……そちらも悪魔のような人なのですよ。

 世界一の大国ハーケン王国から嫁いできた王族でして、未だに密に繋がっていますので手が出せない様なのです。

 王は長子であるクルス王子を後継にと考え王妃はジェラスを推しています。

 王もクルス王子も王妃と不仲で明確に割れていると言える状況にあるのです」

「むぅ、うちはまだいい方だったのかもしれんな……おっと、口がすぎた。忘れてくれ」


 サイレス候はそう返しつつも苦い同情の視線をフランツ殿に向けた。


 おおう……

 ルドレールの方がよほど深刻じゃないか。

 聞く限りじゃもう今にも乗っ取られそうな状況だ。


 ああ、それを見て学んだ第三王子ルーゼスがお馬鹿な帝国の皇太子でなら自分もできると考えたわけね……


 どちらも自分の子だというのに不仲だからクルス王子はダメって言ってるのかね?

 それともハーケンの指示なのだろうか?

 そこら辺も注意が必要だな。

 下手をすれば狙った獲物を横取りされたとハーケンまで出てくる。


「フランツ殿、その話をあとで詳しく聞かせていただきたいのだけど、いいかな?」

「ええ、無論です。私にわかることであればなんなりと」


 その声にお礼の言葉を返して今はこっちだと戦場に視線を戻す。

 布陣の組み直しも終わっていて、あちらも凡そ落ち着いた様子。


 さて、そろそろいいかな、とサイレス候に「僕の方から敵軍を煽ってもいいでしょうか?」と問いかけた。


「思惑があるならば構わんが……」と返してくれたので僕は拡声魔法を起動させた。


 そうして、まるで非公式の知人と話す様な語り草で声を上げた。


『おやおや、出す戦力を間違えたのかな?

 それとも再び勝ちを譲ってくれたのだろうか。全く手ごたえがなかったのだが……

 しかし、力を知らしめると言っていたのに二千人だけ出して囲まれに来るなんて驚いたよ。

 笑いでも取りたかったのかな。ここは戦場なのに不思議だね?』


 突然響き渡る僕の声に味方の面々すらも驚いた様子でこちらを見た。

 そんな最中、此方に大きく指をさし苛立ちを全力で露わにした第二王子が前に出てきた。


『今の奴は殺す!! ぜってぇ殺す! 姿を現しやがれこの無能野郎!!』


 おっ、釣れた釣れた。

 ライラ並みに早いな。


 しかしこれは面白そうだ、と僕も盾兵を追い越して前に出ていく。


『はっはっは! 無能と罵る相手に負けたキミはなんと表現したらいいのかなぁ?』

『ふ、ふざけたことを抜かすな!! 俺は負けてねぇ!!!』

『おやおや、前に出ない癖に出した戦力が負けても負けてないでは決着がつかないねぇ……

 ああ、何もできないから全部が全部人任せなんだね? だから僕は負けてはいないよ、と。

 うん。幼子が母親にでも言っているなら可愛い理屈だねぇ。

 なるほど。なるほど。可愛さを狙ったのか。

 でもね、戦場は大人が来る場所なんだよ? キミには難しかったかなぁ』


 と、とても優しい口調で煽って見せればジェラスはわかりやすく激昂した。


『~~~っ!!! 今すぐあいつを殺せ! 聞こえなかったのかぁ!!

 やらなければ殺す! ぜってぇ殺す! 早くしろ! この無能ども!!』

『ほう。もう一戦始めるのだね。いいよ。だが、今度は少しは考えて兵を出してくれよ?

 ああっ! 何もできないのだから考えられないか!

 じゃあちょっと情けないけど『負けるのが怖いから皆で行こう』とか言いだしてしまった方がいいかな。幼子相手にはハンデがないとね。怖い分だけ大人数で来るといい』


 こんな言葉で一つで数を絞るはずもないが、これほど激昂させればもう目的は完遂だ。

 彼らはもう真っ直ぐ特攻しかできないだろう。

 消極的な手を取れば王子に何をされるかわからない。

 彼らにはそんな強迫観念が根付いているだろうからな。

 まあ、実際に味方を殺すことが先ほど証明されたのだから強迫観念も何もないけども。


 と、拡声魔法を切りながらも踵を返しサイレス候の所へと戻れば何やら困った顔を見せていた。


「へ、平気なのか? ああ言っては本当に全軍で突撃してくるのではないか?」

「ええ。それが狙いですから。ただ纏まって突撃してくるならそれで終わります。

 盾兵が魔法の雨でも落ちないことは証明できましたから。

 僕が魔法をぶっ放す分には構わないんですよね?」


 うん。元々全軍じゃないにしろ、次は結構な数を動かしてくると踏んでいた。

 数の利を使わないなんて愚かな真似を続ける訳がないのだから。

 だからこそ囲みにくい魚鱗の陣でもあるのだ。


 そう。頭が回る軍師が相手側に居れば囲まれる懸念が多少はあったのだ。

 この人数差。しっかりと策略を練り、上手く嵌めれば半分程度までならば囲める。

 まあそうなっても素直に囲まれてやることはない。

 こちらも背後を取らせない為に場に適した布陣を取り合うのが戦の常。


 そんな重要な仕事を放棄して特攻してきてくれるなら話は簡単だ。


 そうなれば僕らが出ますからと微笑みかければ「なるほど。ロドロアの時のファイアウォールの規模であれば止まらざるをえんな……」と納得した様を見せるサイレス候に頷いて返す。。


 まあ、今回は止める為じゃなく殺すために使うのだけど……


 しかし思ったより練度も大したことなかったな。

 ルードで戦った兵士よりも多少強いという程度だ。


 異常な存在が居なければもうこれで終わりだな。

 後はどう被害を減らすか。それだけだ。

 緻密な連携は第二王子にほぼ潰されると言っていい状況。


 ならば、もう全軍でのぶつかり合いに備えて本陣は下げる準備をしておくか。

 流石に総力戦で総大将を前に出す訳にはいかないしな。


「伝令兵、これより各大隊に通達を送る!

 恐らく次は総力戦が予想される。三番隊本陣は前回とは違いぶつかる前に後退させる。

 それに備え、各隊には援護に入る形を取る為の準備を―――――――――――――――」


 そう言っている刹那、視界の端に何かが小さく動く様が見えて視線を向ければ、何故か千人規模の隊が単独で前に出てきていた。


「はぁ?」と僕は目を疑った。


 そんな馬鹿な、と全力で敵軍の周囲を見渡す。

 この無謀過ぎる特攻に何も意味が無い筈がないだろう、と。


 だがその千人以外は前に出てきていない。

 しかも進行方向を見るに正面だ。どう見ても狙いは此処である。


 ちょっと待て。

 まさか、本当に?


 えっ……

 千人だから怖がってない、ってこと?

 本当に策も何もない千人ぽっちの特攻なのか?

 二千で通じなかったのに?


 正気か…………?


「えっと……伝令は取り消す。もう一度同じことしてみようか……」


 気張って伝令を頼んでいる途中だったが為になんとも格好が付かない様になってしまったが、此処まで馬鹿ならば同じことをしてみようと伝えた。


 もしかしたら何かしらの策があるのかもしれないが、この構えは古くから使い古されているというのに明確な崩しが生まれていない形。

 魔法の打ち合いで勝つか個の強さで突き破るくらいしか道が無いが、うちには個の強さの筆頭が居るのでどうなっても総大将が取られる心配は無い。


 そう考え、あまりな無謀な行いが故に裏があるのではと不安が襲うが、長考する間もなく敵軍が本陣の魔法圏内に到達した。

 凡そ千の兵はその射程ラインを構わずに進み突撃してくる。

 魔法攻撃もせず、ただ最速で突っ走ってきた。

 乱戦に持ち込む他ないと考えているのだろう。

 それは正しい。すぐ斜め後方に居る二番隊と四番隊ならばこちらが下がらずとも動かせば魔法の援護に入るのはすぐだ。


 死地の中で活路をと考えるならばそうするしかない。

 それでも無謀に過ぎる行いで希望など無いが……


「無傷で入らせてやることはない! 魔法隊、全力で打ち出せ!」


 近場なので拡声魔法も要らないとその場で声を上げて魔法攻撃を開始させるが、先ほどとは違い、大半が避けられてしまっている。


「むっ! あれはまずい。精鋭ぞ!」とサイレス候が声を上げた。


 それに応じ、僕もハインフィード軍を動かす。 


「トマスさん、七名連れて最前線に赴きばらけて好きに暴れてきて貰ってもいいですかね?」

「す、好きに暴れてよろしいので!?」


 と、大変嬉しそうに言うトマスさん。


「どうぞどうぞ。ただ、僕らは前回同様にゆっくり後退していきます。

 自分か此処に危険を感じたら戻ってきてくださいね?」

「がっはっは、戻る必要はないでしょう! おい、戻らせるなよ?」


 残る二人に決定されたカクさんとマルドさんに強い視線を向けるトマスさんだが、逆に圧を掛け返されていた。


「トマスよ、一度重用されたからとて調子に乗るでないわ! 全く、誰に言っておるかぁ!!」


 と、最古参らしい古株のカクさんが覇気とも言えそうな大変圧のある気勢を返し、その様に親しくない面々がびくりと肩を震わせる。


 残るもう一人マルドさんが「がはは、案ずることは無い。我らはみな、英雄なのだからな!」と返せば「そうであった。そうであった」とトマスさんも笑う。


 そうしてハインフィード騎士団に後退を助けて貰いながら前回の形に持っていこうと行動を始めた。



 ~~三人称、ハインフィード騎士団、トマス~~



「がはは! これぞ我らの晴れ舞台よ!

 爵位を貰っているライアンはまだしもゾルの重用は少々気に入らんかったからなぁ!

 婿殿には我らの有用性も見て貰わねばならんであろう!?」


 そう。今までは騎士団が必要とあらばライアン男爵を連れて行っていた。

 だがトルレーでの戦いでは、ライアン不在の中で重用されたのは彼らの中では若手であるゾルであった。


 主に直接褒美を貰うは騎士の誉。

 彼らは腕を振るえて褒美まで貰ったゾルたちを羨んでいた。

 だが、とうとうその役目が自分にも回ってきた。

 それにより彼らの士気はいつになく上がっていた。


「で、あるな……特に今回は―――――」


「「「好きに暴れていいと仰った」」とにっかりと笑い最前線へと走るたった八名の兵士。


「しかし、ただ戦うのでは芸があるまい?」

「むぅ……とはいえ戦場での動き方など知らんぞ。魔物の時と同じにやる他にあるか?」

「婿殿に認めてもらうなら婿殿のやり方をすればよいのではないか?」


「「「おお!!」」」と、一人の声に感銘を受けた様子を見せる。


「では、先ずは囲んでやらねばな! 一番後ろに回るぞ!」と、トマスは意気揚々と盾兵を通り越し、敵軍すらも通り抜けていく。


 物凄い速さで一直線に中を通り抜けていく敵兵の姿に一目散に距離を取るルドレールの精鋭兵。

 本来ならば中に入れず何としても撃退する筈なのだが、その敵兵はあまりに速かった。

 気が付けば目の前に居て、飛んでくる飛来物を思わず避けたという形である。

 だが、その判断は正しかった。

 迎撃を試みようとしてしまった数人は悉く構えた剣や鎧ごと一太刀で真っ二つにされていた。


 そうして敵軍千の裏手に回ったハインフィード兵。

 彼らはそのまま直進した。


 魔物の様に取りこぼしをしてはいかん、ルドレール全軍の裏手に回るのだ、と。



 ~~一人称、リヒト~~



 ちょっとぉぉぉぉ!!

 どこ行くの!?


 と、僕は明後日の方向へと突き進んでいくハインフィード騎士団を見て心の中を泡立てていた。


 敵軍の中に入ったところまでは安心して見ていられた。

 裏手に回った時もそこで暴れてくれるならそれでも、と思っていた。


 だが、彼らは何故か敵本陣へと爆速で突き進んでいった。


 唖然となる戦場。

 そう。僕らだけじゃない。

 千の敵兵もまた、ハインフィード兵に視線が釘付けになっていた。


 うちの皆が敵陣に入っていったことで瞬間的に魔法の雨が止まり、僕らはただただ彼らの行く末を見守る形となったのだ。

 そうして遠目に見えていたトマスさんたちは、敵本陣の中に消えていった……


「リヒト殿……あれで、よいのか……?」とサイレス候の困惑した声に我に返った。


「い、いえ、その……よくはありません。

 ですが仕方ありませんよね……ええ、仕方がありません!」


 なんて言っていいかわからず、勢いで乗り切ろうと声を上げて言葉を続ける。


「こうなってしまっては僕も出ましょう。盾兵が飲まれては大変です」


 抜かれたのは少数、ということで気を取り直したのか見なかったことにしたのか、あちらも再びの進軍が始まった。

 最前列は盾兵たちと接敵し、盾兵の後ろに付けていた兵たちとの混戦になり始めている。

 魔法の回避率で分かっていたことだが、やはり練度が高い。

 このままではよろしくない被害が出てしまう。


「むっ、まだリヒト殿が出るほどは追い込まれてなかろう?」


 それはそうだが、僕は盾兵たちと約束を交わしている。

 最大限、配慮を行う、と。

 そう。戦場という場所で満足に走れもしない格好をさせたのだ。

 ロックバレットすらもそれほどの痛みを感じさせないほどの装甲である。簡単には脱げない重装甲になっているので、交戦中に着脱する時間などない。

 そんな姿で最前線に立つというのは騎士であってもとても強い不安を抱える。


 だから僕は約束した。

 必ず生還させる策を講じるから信じろ、と。


 だからこそ、その為の虎の子であるうちの皆を出したのだ。

 だが、僕が好きに暴れていいと言ってしまったばっかりに……

 エメリアーナがああ育ったのは彼らの背中を見たが故だということを忘れていた。


 いや、過去を悔いても仕方がない。

 うん。うちの皆ならあっちで大暴れするだろうから全体的に見ればプラスだ。


 うん。プラスだよプラス。いいじゃないか。

 いつも頼らせてもらっているんだ。この程度の尻ぬぐい僕がしてやればいい。

 勝敗を左右するような問題でもないのだから。


 よし。

 気を取り直して今はこの千の敵兵をどうにかしよう。


「ええと、先に指揮隊に指示を出さないとか……

 二番隊と四番隊に援護の笛を。一番五番には伝令兵を飛ばし、自軍の被害が出そうな場所へのバックアップの準備を各自の判断でし、もしもの時はそのまま動いてほしいと伝えてくれ」


 その声に目を見張った様子を見せるので「何?」と僕は首を傾げた。


「相手は千ですが……全軍を動かすので?」

「そりゃそうでしょ。魚鱗の陣のままじゃ左翼と右翼が無駄になるからね。

 敵本陣は遠く離れていて全く動いてないんだよ?

 全軍使えるんだから少しでも味方が有利に戦える状態を保つのは当たり前でしょ」


 そう。こういう時に動かせないのは敵軍がその為の布陣を整えて来るものだからである。

 特に今はうちの騎士団が向こうで暴れている。

 脅威度から見て簡単にはバックアップに入れない。

 彼らが暴れている間はこちらの布陣を崩そうが心配は要らないのである。


 そう伝えると「し、失礼しました!」と敬礼して伝令へと走り出した。


「では、閣下は守りが薄くなるので後方にてもしもの時の指示出しをお願いします」

「むぅ……グランデ公に嫌味を言われてしまいそうだが、ここで出るなとも言えんか」


 サイレス候は「無茶はしないでくれよ」と言って側近や私兵と共に後方へと下がっていくのを確認して、僕はカクさんとマルドさんに視線を向けた。


 

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