第86話 約束の履行


 予定通り僕は盾兵を守る為に前に出ようと二人に声を掛ける。


「ではカクさん、マルドさん、ちょっと盾兵救出に付き合ってください」

「おぉ、勿論ですぞ!」

「やっと我らの出番ですか。トマスの能天気さにも良い所があったな」


 と、本陣の防衛に残って貰っていた二人に声を掛けて最前線へと向かうが、後ろからゲン爺たちまで付いてきてしまっていた。


「えっと、僕ら三人で大丈夫ですよ?」と声を掛けるが「主を最前線に出して後方に控える臣下がおるか!」とゲン爺に怒られてしまった。


 ああ、それは確かにそうだ……

 ずっと居ない者として振舞っていたルンにまでジト目を向けられてしまった。


「じゃあ僕の守りは任せますね?」とお願いして盾兵のすぐ裏手に付いた。


 カクさんとマルドさんには『盾兵の周囲にいる敵兵を蹴散らして欲しい』とちゃんとお願いして激戦区に走ってもらった。


 僕の周囲はゲン爺を筆頭にフランツ殿たちにも守りを固めて貰いそこから魔法を放つ。


 今回はロックバレットでいいか。

 でも炎系と違って当たり所も重要だから狙うのが大変なんだよなぁ。

 精鋭だけに動きも早いからなおさらだ。

 まあいいや。命中は大きくしてごまかそう。


 細かいのをいくつも作っても狙いを定められないので特大のを三つ作って味方の居ない場所にぽんぽんと打ち出していく。

 相変わらず僕の魔法は派手なようで高速で飛来する民家くらいありそうな岩が着弾するたびに大きく地を揺らし、えぐり取ったような深い溝を作った。


 何やら敵側から『い、隕石が降ってきたぞぉ!』と聞こえてきた。

 相当錯乱しているようだ。


 結構な人数を轢き殺したようなで多少の戦果は上がったが、流石にそれほどに派手だと僕の魔法陣に強い警戒を示されてしまい中々当たらなくなってしまった。

 だが僕の魔法陣に意識を削がれているからか、前線が押し切られる前にある程度持ち直せた。


「……リヒト殿、また魔法の腕を上げたか?」

「あの時が全力ではなかったのですね……」


 これは圧倒的だ、とゲン爺とロンゾさんが苦笑いをしてこちらを見ている。


「多分、竜討伐のお陰ですね。あの後から妙に調子が良くて」

「やはり、個人で討ったというのは事実なのですね……ははは」


 と、ロンゾさんが乾いた笑い声をあげた直後フランツ殿が焦った風に声を上げた。


「っ!? 三名ほど抜けました! こちらに来ます!」


 その声に全員が剣を抜いて僕を守る様に前に出た。


 む……抜かれたか。

 カクさんたちがめっちゃ無双してくれてるから盾兵は大丈夫そうだけど流石に二人じゃ手が足りないよな。


「フランツ殿、後ろからサポートしますので前を任せてもいいですか?」

「ええ、勿論ですよ。この場はなんとしても死守します。都合よくジェラスの手ごまですしね」


 と、フランツ殿が言うと敵側から「フ、フランツ殿!? まさか、寝返ったのか!!」と怒りの声が飛ぶ。


「ああ、そうだ。いや、違うか……裏切られ続けてきたのはこちらだな。

 そもそもが気に入らないからという理由で殺そうとしてくる者は味方ではなく敵だろう?」


「はぁ……やっと思ったことを好きに言える」とため息を吐く彼に「くっ……この裏切り者がぁ!!」と激昂しフランツ殿へとファイアボールを放つ敵兵。


 フランツ殿の側近たちが守りを固めようとするが、わざわざ受けさせる必要も無い、と魔法を散らす盾を張る。

 その魔法陣の輪を潜り抜けると同時に火の玉は消失した。

 それを見た敵兵は激昂から一転、目を見開いて固まった。


「な、なんだ今のは……くっ、化け物め!」


「今だ! いくぞ!」とフランツ殿が声を掛けるとシーラン家の武闘派たちがそれに続き、ゲン爺とロンゾさんが僕の守りに残る。

 そう。ルン以外の人が僕の守りに残ってくれた……


「はぁ、安心する……」

「どうした?」

「いえ、うちの皆だと僕を置いて全員で特攻するので」


 そう言って苦く笑えば「なるほど。あの超人たちにも弱点はあるのだな」とゲン爺も苦笑する。


「おっと、いけない」と、笑っている間にもキースが負傷したのでこちらから回復魔法を飛ばす。


「えっ……」と驚いた様子でこちらを見るキース。


「回復するから、即死は避けてね?」

「えっ、そこから回復したのか!?」

「キース! 口を慎め! 無礼だぞ!」

「いや、それよりもキース! もう戦えるなら加勢しろ!」


 わちゃわちゃしているものの、前線を抜けてきた兵士と互角に戦えているのだから真面目に研鑽を積んできたのだろうことが見て取れた。

 まあこちらは人数が倍居るのだけど、国の最精鋭と比べているのだから十分だ。


 そう思いつつもロックバレットでも援護を入れればキースが一人倒したことを皮切りに残りの二人もすぐに落ちた。

 シーラン勢は肩で息をしていてきつそうだが、一先ず周囲の安全は確保されているので問題なさそうだ。

 そう思って息を吐けばロンゾさんと被った。


「自分も少し安心しました。あの程度なら私でも戦えそうだ……」


 と、声を漏らしたロンゾさん。

 ハインフィード騎士団を見て自信を失っていたからなぁ……


「まああの人たちと比べてはいけませんよね……」と既に百以上は討伐している二人に視線を向ける。


「いえ、私らから見ますとリヒト様も十分あの枠にあるかと……」


 そう言われてギョッとした。

 えっ、そうなの、と。


 いや、あれと比べられたら流石に、とは思うが確かに魔法だけで言えばそうなるか。

 

 ……そうか。

 ならばもう知らしめるほどに見せて畏怖で黙らせる方向で行かないと先行きが不安だな。

 うん。もしもの時はと思っていたけどもやってしまおう。

 

 とはいえもう残り四百程度。

 丁度二番隊四番隊の前衛も雪崩れ込んできたところ。


 そんな場面で手札を明かす真似をするべきじゃない、と敵軍を見据えるがどうやらてんやわんやしているご様子。

 トマスさんたちががっつり暴れているのだろう。


 あちらの大多数の兵士たちはもうこちらを向いてすらいない。


「ええと……どうしようか?」と、落ち着いてきたフランツ殿に声を掛けた。


「えっ……どうするとは?」と、困惑気味に問い返す彼。

 

「いやさ、第二王子を討たせる約束したじゃない?

 けど、このままいくとさ……戦が終わっちゃいそうじゃない?」

「いや、確かにもうほぼほぼ千の兵の殲滅は済みましたが……流石にまだでは?」


 そうかなぁ……

 僕、好きに暴れていいって言っちゃったんだよね。

 うちの皆は対人戦だとさ……『やっちゃっていいんですかい?』と言いた気にチラチラとこちらの様子を伺ってちょこちょこ手を止めながら戦ってるんだよ。


 それが無い考えると精鋭でもない兵士たちなら一秒で三人以上は屠るでしょ?

 そんな人が八人も居るとさ……二秒で五十人だよ?

 皆が敵陣に消えてもう結構経つんだよね。


 そう考えていると敵の陣形が大きく乱れ始めた。


 どうやらいくつかの領主軍が撤退を決めた様子。

 数百の隊が別々に道なき道へと走って逃げ始めた……だが大半がトマスさんたちに止められている。

 他の部隊も逃げようとしているのだが、うちの兵が一人で向かい行く手を阻む。

 一人ならば、と魔法攻撃を行った隊が蹴散らされていく。

 そんな光景が続いていた。


 それを見たフランツ殿は口をパッカリ空けて放心していた。


「に、逃がしていいのに……」と、呟いているとカクさんがこちらに戻ってきたので丁度良いと声を掛けた。


 向こう側に行った意図がわからないのですがトマスさんたちの狙いがなんだかわかりますか、と。


「おや、おわかりにならないので?」と、首を傾げるカクさん。


「え、ええ。何か目的がある動きだとは思うのですが……」

「あやつは馬鹿なので困ったら取り合えずで周囲の者の真似をするのです。

 動きからして婿殿の策を真似たのでしょうな」

「……僕を真似て、どうしてそうなるの?」

「いえ、ですからルドレールの全軍を囲む算段だったのではないかと……」


 は、八人で?

 そんな無理筋、わかる訳がないよね?


 そう思うが「なるほど……」と流した。


 しかし、そう言われて見てみれば動きと合致していた。

 囲いたいから逃がしたくないと追いかけているのだ、と。

 理解が及ばない訳だよ……土台無理過ぎる。


 そう思っていると、後ろに行っていたサイレス候が戻ってきた。


「い、一体どうなっておる……」と、トマスさんたちからどうにか逃げようと散り散りになっていく敵兵を尻目にサイレス候が問う。


「ど、どうなっているんでしょうね……

 勝ちになったのは間違いなさそうですが、追撃します?」


 今はまだ一応、勝敗を決めるフェーズだ。

 特に手心を加える必要はない。

 まあ、だからと言って殲滅するのもよろしくないのだが……

 後の統治もあるのだから。


「むぅ……あちらの出方を見ようにもあれじゃな……」

「ですよねぇ……」


 そう話している間にも敵軍は新たな動きを見せた。

 もう完全に諦めたようで、とりあえずうちの皆から逃げようと四方八方に走り出した。

 トマスさんたちは未だにそれを躍起になって追いかけている。

 敵兵からしたら地獄だろう。


 だって、ドラゴンがいっぱい居るようなものだもの……


「しかし、これ以上に追撃する必要はあるまい……

 あれを味わっても再び戦場に出てくるような者は死んでも降伏せんだろうからな」

「では、フランツ殿たちを第二王子討伐の任に出してしまっても構いませんか?」

「ああ、それもあったな。

 リヒト殿が出ないなら構わんが、第二王子だとわかる形での首が必要だ」 


 顔に傷を付けすぎるなよ、とサイレス候が条件を付ける。


 公開処刑時に第二王子も死んでいるとわからせる為だ。

『担げる神輿はもう居ないのだ』と反抗勢力の意気を削ぐのに必要になる。


 反抗勢力は戦争が無くとも絶対に居なくならないもの。

 戦後ともなればルドレール国民の大半が反抗勢力。

 少し隙を見せるだけで再び戦争が起こり人が大勢死に恨みを深くする。

 生首なんてもの見たくもないが、そんな懸念を残すわけにもいかない。


「ええ、理解しております」と、フランツ殿が深く頷く。


「リヒト殿、我らもよろしいか?」とゲン爺も子息の討伐に出たいと言う。


「ええ。ですが別行動は許しません。優先順位は王子から。よろしいですか?」

「うむ。心得ておる。

 マルド殿をお供に付けてくれるのであれば見つければ捕まえられるじゃろう」


 ああ、そうだった。

 元々そういう話だからこそ残って貰ったんだった。

 勝利の直後こそ油断するな、と言うしトマスさんたちに戻ってきてもらわなきゃな。


「じゃあ、ついでにトマスさんたちに戻るよう伝えてください」


 そう返せばゲン爺は頬をひくつかせた。

 あれに追いつくわけがあるまい、と。

 その傍らでロンゾさんが「伝えるだけでいいのですよね?」と拡声魔法を起動する。


『トマス殿! リヒト様がお呼びです!』


 あっ、そうか。

 普通に呼べばいいだけか。

 何か目的を持っている動きだと思ったので呼び戻すのを控えていただけだった。


 その声が通った瞬間、遠目にトマスさんががっくり項垂れた様が見えたが、素直に戻ってきてくれる様子。

 それを確認してゲン爺たちを送り出そうと思ったのだが、何やら暴れていた皆は手に一人ずつ持っていた。首を。


 意識はなさそうだが、その中の一人は恰好から見るに第二王子である。


「ええと、この場合はどうなるのでしょう……」とフランツ殿が困惑していた。


 このまま討っては功の横取りになってしまう、と。


 だが「がはは、気にすることは無い! 手間が省けただけであろう!」とマルドさんが笑ってその心配は要らないと返す。


 暫く待ってトマスさんたちは戻ってくるとポイッと生け捕りにしてきた獲物を投げ捨てると突如僕の前で膝を付いた。


「申し訳ない!! 囲み切れず逃がしてしまいましたぁ!!」

「一生の不覚!!」

「願わくば今一度チャンスを!」


 ……待って。


 僕が命じたみたいに言わないで!!


 それじゃ僕が七千人を八人で囲めって指示したみたいじゃん!


「ええと、色々とそうじゃないんだけど……とりあえずお疲れ様。

 反省会するなら後で身内でやろうね?」

「わかり、申した……」


 僕が頬を引く付かせていたからか何やらしょげている様子。


「まあ物凄く思惑からは逸れたけどみんなのお陰で戦に勝ったわけだし、ね?」


 と、功績の方が上回っているよ、と付け加えれば彼らは安堵した顔を見せた。


 まあ上回り過ぎて困らされてる訳だけども。主にサイレス候が……

 いや、公の発表ではそこまで事細かには言わないだろうし、ここまで圧倒的なら逆に上手く収まるかもな。

 リーエル一人に労いを出すにも限度がある。

 功績が振り切れすぎているほど『そこまで功を挙げてその程度ならば』と思われる可能性もあるだろう。


 となると後は第二王子の件だけど……とフランツ殿に視線を向ければ彼はジェラス王子に新薬を飲ませていた。


 うわぁ……ガチで甚振る気満々だ。

 けど約束だから口は出さない。気が済むまでやってもらおう。


 と、フランツ殿に頷いて返せば彼はとりあえずと言わんばかりにジェラスの蹴り起こした。


「がはっ、なっ!? 何しやがる!! ……こ、ここはどこだ?」

「敵の本陣ですよ。ジェラス王子……」


 ジェラスをどこまでも冷め切った冷酷なと表現するしかない視線で見下ろすフランツ殿。

 本来ならば恨みがある者だけを残し場を設けてあげるべきなのだろうが、この状況下ではそうもいかないので僕らは少し離れて見守る。


「な、なんだその目は!!」


 と、少し気圧されているのか、後ろに引くように立ち上がる王子。


「はは、心底嫌いなものを見る目をしているだけだろう。それよりも気が付かないのか……?」

「てめぇ、イキがってんじゃ――――――――――」


 眉間に皺を寄せてフランツ殿に詰め寄ろうとした瞬間、キースに殴られて転がる王子。


「キース、こういう時は彼はどうしていたんだったかな?」

「『それで終わりか?』と必ず言いましたね……」


 怒りを露わに見下ろすキースのその声にシーラン勢が「ああ、それでこうですよね?」と王子を囲んで蹴りつけ続ける。


「あがっ……き、きさまぁ……」

「次は少しは立場を理解したか、と聞くところなのだが少しも理解していないな……」


 そう言って顔を踏みつける。


「折角だから教えてやろう。お前はここで死ぬ。私に切り殺されるからだ」

「ふ、ふざけ……そんなことが、そんなことが許される訳がねぇ!」

「戦で負ければ王族は間違いなく処刑される。許されるも何もないだろう?

 幾人も殺してきたお前が殺される側になっただけだ。

 ここではお前の権力は何一つ役に立たない。少しは立場を理解したか?」


 そう言ってフランツ殿が剣を抜くと初めて王子は瞳に畏怖を滲ませた。


「ま、待て! てめぇ、傍に置いてやった恩を忘れたのか!!」

「はっ……お前の傍に居ることが恩だと?」


 その言葉に能面のような表情を見せたフランツ殿は抜き身の剣をそのままジェラス王子の足に刺す。


「ぎゃぁぁぁぁぁ!! さ、刺しやがった! こいつ、王子である俺を!!」

「ああ、安心しろ。刺すのは顔以外だ。顔は傷つけるなと言われている。

 生首になった時、お前だとわかるようにしてくれとな」


「ひぃっ……」と、恐怖に染まりながらも怒りも滲ませる王子にフランツ殿が笑う。


「ああ、ずっとその顔をさせたいと思っていた。ライラが殺されたあの日からなぁ!」


 声を荒げると二度、三度と剣先を突き刺しては抜き、王子は血まみれになっていく。

 だが、新薬の効果で欠損していない程度の傷はすぐにくっついてしまう。


 怒りを耐えながら無言で突き刺しているフランツ殿に「ずるいですよ」と彼の側近たちも致命傷にならない箇所を刺していく。


「やめ、やめてぇ!」と、イきり散らかしていた王子の見る影もなくなり、ジェラスは幼子の様に懇願し始めた。


 だが、肉親や愛するものを奪われた者たちがそんな言葉に絆されることは無い。

 回復が続く限り苦しめようとする行為は続いた。


 そうして回復の効果が薄くなってきた頃、フランツ殿が「潮時か」と声を上げると側近たちが一歩下がった。

 唯一残ったキースがジェラス王子の髪を掴んで首を晒す様に押さえつけた。


「皆、仇討ちが遅れてすまない。

 これで許されるとは思っていないが、せめてもの償いになったか?」


 そう言って悲しそうな顔で彼は王子の首を落とした。


 終わるまでかなりの時を要したが、僕はその様を最後まで見届けた。


「リヒト様、ありがとうございました」と、苦く悲しそうな顔で笑う彼。


「うん。約束は約束だ。すっきりしてはいなそうだけど、これで段落がついた。

 これからキミの肩には領民の命が乗る。キミは導とならねばならない。わかっているね?」


 あまりに力ない顔を見せるものだから少し不安になり激励の言葉を贈る。


「はい……もう下を見るのはやめました。たまに後ろに振り返る程度にしておきます」


 そう言って疲れた顔で笑う。

 その表情の理由を見透かすことはできなかったが、先ほどのように苦しそうな感は無い。

 多少は気持ちの踏ん切りはついたみたいだ。


 さて、軍の方も動けるようになっているみたいだし、このままルセントに乗り込みますかね。



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