第87話 ルセント占領
そのままルセントへと北上した僕ら。
次は町の門を落とす為の戦いになると勇んで行軍したのだが、ルセントは僕らが着くと同時に白旗を上げた。
逃げた兵士たちからどれだけ戦力差があったのかを聞いて抵抗は無駄だと知ったのだろう。
ルセントの領主である伯爵がもう既に捕虜になっているというのもあるか。
そう。トマスさんたちが何となく偉そうな感じの虫を捕まえたかった、という少年のような気持ちの元に首根っこを掴んで持ってきた面子の中にルセント伯爵が居たのだ。
降伏後に協力姿勢を見せるならばルセントの者たちを害さない事を約束すれば、ルードを落とした時と同じくらいスムーズに領主邸宅から何から抵抗無く明け渡された。
他の面々が町の制圧……というよりも告知に走っている最中、サイレス候は人払いをさせて僕をルセント伯爵邸宅の応接室へと招いた。
他国と言えど何処も変わり映えしないものだな、と思いつつも対面して腰を下ろす。
「本当にとんとん拍子であるな。どうりで戦後に軍師が名を馳せる訳だと痛感したぞ。
名軍師が一人居るだけでもう天と地だ。
たとえハインフィード軍が出張らずとも満足のいく勝利になっていただろう」
と、開口一番のサイレス候の言葉に「お褒めのお言葉、ありがとうございます」と笑って返せば「いやいや、全く以て褒め足らんよ」と苦笑する。
確かに今回は北部の孤立やムルグの参入を防いだりと事前工作を色々やった結果だ。
これは僕が胸を張っていい話だ、と素直に受け取り喜べた。
「しかし、町を一つ挟んではいるもののこれでもう王手と言えますね……
ルセントの次はどうなさるのでしょうか?」
元々面制圧は此処までという話。
このまま僕らの大隊で北上し城攻めまで持っていく他にないのだが、戦力をどのように整えるのかが気になる。
「うむ。決戦に戦力を温存する理由もあるまい。
ハインフィード軍の代わりに兵を送り、中央軍に混ざって貰う予定だ。
他言は無用だがグランデ公には町の占領後に城に戻って貰い陛下がこちらにいらっしゃることになっておる」
えっ……陛下が出陣するの?
それいいのか?
それはそれで微妙なんじゃ……
そんな想いを見透かされたみたいで止まっていたサイレス候の言葉が再び続いた。
「これほどに強いのであれば国外にどう思われようと国内の地盤こそが重要と仰ってな。
リヒト殿もわかっておろう。戦場に出て得られる名声がどれほどのものかは」
ああ、それはそうかも。
明らかに勝っている状況で後詰で出たならば国外でも政治的思惑と取られるものだものな。
だが戦が始まる前から手腕を振るってる様を見せていた国内ではそうならない。
とうとう陛下自らが出陣され完璧な勝利を収めてくださった、となる。
「なるほど。状況が合致したが故なのですね……」
「うむ。責任は重大だが、頼む」
「まあもう八割方は戦況が傾いていると言えますからね。勝利を捧げるのはお任せを。
閣下は陛下の守りに尽力して頂ければ……」
うん。うちは守りに向いていない。
それを今回でさらに深く理解した。
まあ、うちの皆が揃うなら先手必勝するだけで言葉通り必勝になる。
だが魔物とは違い裏を狙ってくるのが対人戦。
とはいえ陛下の守りが甘くなる筈がないからそれほど気を回さなくても問題ないけど。
「うーん、それは了解しましたが……次の町はお任せした方がいいですよね?」
今、僕ら帝国は世界の注目の的だ。
どう見せるかによって後に響いてくる。
帝国がハインフィード軍だけだと思われるのもよろしくない。
皇軍こそ活躍してもらい、内外に盤石さを見せつけておきたいところなのである。
正直なところそのバランスを取る方が戦に勝つよりも神経を使いそうだ……
見方によっては無為に味方を不利にしているようにも感じるだろう。
「状況にもよるがその方がよかろうな。
バランスを取る為にもハイネル家などいくつかの貴族家も呼ぶつもりだ」
未だ軍部に顔が利くハイネル家。
今代の当主が国の為に手腕を振るう者ならばそれなりの立ち位置には戻って欲しいという事だろう。
立場に見合わぬ力というアンバランスな状況はあまりよろしくないものな。
今回の働きで不祥事の汚名を払拭させ力ある伯爵として引き込んだ方が色々と都合が良い。
ブレイブ君ならばそれほど不安は感じないしな。
「では、僕は今回は指揮を執らず傍観という形で?」
「そ、そんな訳があるまい! これほどの名軍師を下がらせては私が叩かれるわ!
せめて軍師としての参戦はしてくれ。頼むから……」
うーん。参戦は最初からするつもりだけども……指揮には不安があるんだよなぁ。
戦力がわからない兵を動かして戦功を上げさせる必要があるとか、難しすぎだろう。
面倒だなぁ……ハイネル軍はまだしも他の貴族軍なんて多分かなりの雑魚でしょ?
「気を使っても結構な被害が出そうで怖いですね。皇軍ほど練度があるとは思えませんし……」
「む……そうか。確かにそれはリヒト殿には重責となるか。しかし降ろさせる訳にもなぁ。
まあ今回の被害の軽さでリヒト殿の采配は正しいと証明されておる。
それほどの心配は要らぬよ」
確かに被害は恐ろしい程に軽微だった。
と言ってもあれはあっちの采配が残念過ぎたからだしなぁ……
最初に来た二千人がまともにぶつかる前に撤退して一方的な攻撃だったのは確かに僕の采配だが、次の千人の精鋭兵にも普通なら起こりえないほどの少数の被害で済んだのは他の隊到着までカクさんとマルドさんが奮闘して支えてくれたお陰。
他に出した指示と言えば、盾兵を守る為に暴れてほしい、言っただけ。
ちなみに、好きに暴れていい、の方は指揮を執ったとは言えないので除外だ……
それだけで壊滅したのだ。正しいと言われましても状態なのである。
まあサイレス候が言っているのは後に周囲が思う評価の話。
思うところはあれど、そちらは全く持ってその通りなので息を吐きつつも頷いて返した。
「わかりました。僕も腹をくくりましょう。
誰からも恨まれない立ち位置なんて今の僕らにはありませんものね」
「ふっ、そんな心配はいらんよ。
リヒト殿に詰まらんことをすれば軍部の者たちが黙っておらん。
今回の采配を見て、皆それしか喋らぬほどに感激していたからな」
確かにルセント占領後すぐにとても感謝されたな。
これからも有事の際は帝国の軍師としてどうかよろしくお願い致しますとかなり切に願われた。
あの振る舞いは確かに心からのものだろう。
軍の幹部勢と繋がりができたと考えるとこの面倒な役職も悪くないな。
軍部に顔が利くようになるならグランデ家としてもハインフィード家としても利する話だ。
じゃあ、それを盤石にする為にももうひと踏ん張りしますかね。
そう気合を入れなおしていると他に何かあるか、と問われて首を横に振ればお仕事の話は終了となった。
なので僕は出陣前のあの話を上げてみる。
「いやぁ、それにしても驚きましたよ。ミリアリア嬢が皇后陛下になるとは……
もしやサイレス候は全て知っておられたのですか?」
「それは父親だからな。当然、知って――――いや、知っていた訳があるまい!」
僕の口元が緩んでいたからか、そっちの話じゃないと気が付いたみたいだ。
「ふふふ、なるほど。知っていたのは我が婚約者様だけですかね?」
「そうか。辺境伯は知っておったか。
しかしそれらしき様を見た事はあったが、あの場で暴露をするなど思ってもおらんかった。
本当に肝を冷やしたわ……」
そうだろうなぁ……
実際には陛下もそうだったと思う。
ただ、学院での彼女を見ていた僕には納得できる面もあった。
「私は色々と腑に落ちましたけどね。ミリアリア嬢は学院でも大人過ぎましたから」
殿下のあれほどに虚仮にした扱いを受けても心揺らすことなく受け流す様に、少し違和感を覚えていたのがあれで腑に落ちた、と伝えればサイレス候は難しい顔を見せた。
「むぅぅ……それが前提に無ければゲンコツを落としていたところだ」
「あはは、あの失態でゲンコツ一つなら優しいものでしょう」
確かに劇的だったけども人前で暴露していい話じゃない。
アストランテ殿下が残念な方でなかったのなら彼女の方が不義理をしていたとも言えるのだからサイレス家の家長としては何故ここで言うと憤って当然だ。
まあ彼女ならそうだった場合、表に出さずに臣下として支えたのだろうけども。
「しかし娘が皇后になり父が軍部の総大将ではサイレス家はこれから注目の的ですね」
「ふっ、そこに関しては二番手であるからとても都合がいいと言えよう。
筆頭に立つよりも二番手の方が色々と安全で動き易いからな」
「二番手、ですか……?」と首を傾げれば「これより時の人となるのはリヒト殿に決まっておろうに……」と大丈夫か、と言わんばかりの視線を向けられてしまった。
いや、皇后陛下と軍の総大将だよ?
そう思いかけたが、僕の方も確かに注目を浴びそうだ……
ハインフィードを守れる政治力を得ることを念頭に動いていたら上手いこと話しが進んじゃったものな。
強すぎる利権持ちが大きな功を挙げればそれは確かに注目もされるか。
「それでもご婦人の興味はそちらに向くと思いますがね?」とサイレス候は額に手を当てた。
「軍務を任された以上、他家に顔を利かせたいので当主に興味を持たれたいのだがな……」
「いいじゃないですか。家族ぐるみ路線の方が強いですよ?」
うん。同派閥と言える陛下の側近の面々の夫婦仲はとてもよさそうだった。
ラキュロス公とかシェール候とか。
うちも夫婦仲はとてもいい。
リーエルを挟んでいたが奥様同士でも盛り上がって話していたほどだ。
そこからなら繋がりを作るのは容易いと言えよう。
「ふっ、見透かされているようで敵わんな。その方向で動くしかないかと思っていたところよ。
ディクスにもいろいろ教えてやってくれ。あやつも見込みはあるがまだまだ甘い」
「おや、厳しいですね。年齢を加味すれば十二分かと思いますが?」
「それも理解しているが目の前に規格外がおるんでな……」
僕はグランデで仕事もしていたし、それ以外でも知に特化して生きてきたからなぁ。
逆に僕にはディクス君の様に狙って親密な感じで場に溶け込むようなことができない。
僕は杓子定規な公的な対応しか知らないしなぁ。
それも貴族にとってはとても有用なスキル。一長一短というやつだろう。
「おっと、長話が過ぎたな。辺境伯の所在をどうするかだけ聞いてお開きとしよう」
リーエルの所在ですか、と問えば「リヒト殿と合わせた方がよかろう?」と返された。
「ええ。是非お願いします! ああ、僕が迎えに行ってきますね!」
「いや、知らせはまだだがハインフィード軍であればもう終わっておるだろう。
こちらに呼ぶのだからわざわざ行く必要はあるまい?」
「いえ、お気遣いなく! 必要が無くとも用は作りますので」
と、真剣に告げれば「ははは、そういうところは相応に若いのだな」と笑われたが、お迎えに行くのは許可してくれるみたいだ。
よし、これで漸くリーエルと一緒に居られるようになる。
町の制圧も問題ないか気になっていたし、丁度いい。
徹夜してでも書類関係を纏めて明日には出よう。
そうして僕は夜遅くまで報告書類を書き纏め、朝には軍部に出して急ぎリーエルの所へと馬車を走らせた。
流石に代わりの兵はすぐには出せないそうなのでルンと二人での移動となった。
「リヒト様、リーエル様は逃げませんから。少しは落ち着いてください」
「何を言っているんだ。僕は落ち着いているよ。
ただ速度を上げてほしいと言っているだけじゃないか」
まだ二度しか言っていないのに。
少し急がせるくらいはいいじゃないか。
ルンは厳しいなぁ。
そう思いながらもルードの先にある町、モエールに辿り着いたのだが、何故か町から火の手が上がっていた。
いや、ここから見えるのは煙だけだが、空が染まってしまいそうなほどの規模だ。
ま、待て……何故モエールが燃えている……
うちが焼き討ちなんて真似をするはずがないってのに。
一体、何が起こっているんだ?
「――――っ!? 緊急だ! 悪いが本気で急がせてくれ!」
周囲を見回してもうちの兵が居ない。
門が開かれていて門兵も見当たらないから恐らくは中に居るのだと思われるのだが……
一体何が起こっている、と焦燥感が掻き立てながらも御者に急ぐように再度伝える。
「は、はいっ! いえ、もうほぼ全力ですのでこれ以上は馬が……逆に止められかねません」
「わかった。今の速度を維持でいい。お前の信じる最速で頼む」
「わかりました!」
その声に頷きルンに「場合によっては御者は返し僕ら二人で街中を走る。守りは任せるぞ」と彼女の瞳をのぞき込めば「ええ、お任せを。ですのでリヒト様はお好きな様に」と優しく微笑む。
そうして、状況もわからぬままにモエールに入った。
豚公爵令息に生まれて国一の醜女に婿入りすることとなったが、僕は彼女と成りあがる。~ふふふ、絶対的な立場を作ってわからせてやろうじゃないか~ オレオ @oreo1
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