第77話 豹変した敵国の公子


 同じ公子である彼と向き合い僕は最初に認めがたいであろう事実を突きつけた。


「先ずはキミに尋ねたい。ルドレールは国として存続できると思うかい?」


 その問いに彼は頬を引きつらせた。


「い、いえ……」と続きが話せず言葉が止まるフランツ殿。


「では、家を残すために協力してほしいと言えばどこまでできるかな?」

「えっ……シーラン家の存続が許されるのですか!? ですが……どこまで、とは?」


 と、そんな話が来るとは思っていなかったのか驚き顔を上げ目を見張った。


「先ずは現公爵から主権の取り上げだね。そこができなければ話にならない。

 それと派閥内すべてとは言わずとも必要な家をこちら側に引き込んでくれればそれでいい。

 ああ、帝国の者として戦う必要はない。どちらにも兵を出させないだけでいいよ。

 戦いから完全に手を引き、物資と人の流れを完全に止められればね。

 条件は家の存続だ。

 当然、公爵位のままという訳にはいかないし帝国貴族へと鞍替えしてもらうがね」


 そう。シーラン公爵家一派が沈黙すれば王都を落とした瞬間終わる。

 なぜならシーラン公領は王都の北に位置し一帯を公爵一派が固めている為、そこが封鎖されれば国が半分に割れて飛び地となり協力が一切できなくなるからだ。


 シーラン公爵家も力ある家の一つ。多少でもその一派までこちらに付けば抵抗は無意味と知るだろう。

 こちらが完全制圧できるのが三割。

 残り七割中一割以上が沈黙し残りの半分が二つに割れることとなる。


 それでも、と抵抗する少数を制圧して終わる筈。

 それほどに決定的となる。


 そうした思惑があるのだが、彼は納得ができないのか難しい顔で考え込んでいる。


「その、お話は理解しましたが……何故です?

 あれほどのお力があれば当家を頼らずとも強引に落とせるでしょう」

「ああ。落とせることは確信している。だが、敵も味方も人的被害は少ない方がいい。

 国を荒らさず早期に終わらせるにはこの手が一番早いんだ。

 私ら帝国にはもう一つ何とかしなければいけない命題があるだろう?」


 そう告げれば一応の納得は示したもののまだ不安そうに視線を彷徨わせるフランツ殿。 


 なんだか頼りないなぁ……これは厳しいかもな。

 そう思いつつも、一応第二王子の件を上げてみる。


「もし、状況が合った時はジェラス王子を討たせてあげることもできるが?」


 そう告げた瞬間、彼は怖いほどに目を見張った。


「それは、本当か……?」と血走った眼を向けるフランツ殿。


 あまりの変わりように聖騎士たちも困惑を隠せない様を見せているが、僕は彼の意気に自然と口元が緩む。


 そうだよ。

 せっかく利害が一致しているんだ。そうじゃなきゃな。

 追い込まれたからこそできることもある。


「うん。王都攻めの前までに中を纏めてくれれば、ね?」

「失礼……やってみせます。それで、それでライラの無念を少しでも晴らせるなら」


 えっ……ライラ?

 あ、婚約者の名前か。名前被ってただけね……よくある名前だものね。

 しかし、名前の所為であいつの顔しか浮かばなかった。

 その所為で彼女の無念ならどうでもいいんじゃないかなぁと感じさせられてしまったよ。

 あの女のもたらす風評被害、恐るべし。


 自然とそんなことを考えてしまい、咳ばらいをして気を取り直しつつ話を続ける。


「それを成すには、力が……武力が要るだろう?

 フランツ殿はリリアラ殿と親密だと聞いている。できれば貴方にも協力を頼みたい」


 親密と言った瞬間、挙動不審になった彼女だが「せ、聖騎士の待遇もあるし断れないよね。うん。一緒に行ってあげるしかないかなぁ?」とフランツ殿に言い、協力する意を示した。


 いや、待遇には響かせないと言っているのだが……

 とはいえ、ここで結果を残せば帝国での心証は良くなるのだから変わるとも言えるか。

 

「ああ、フランツ殿にはもう一つ告げておこう。

 グランデの名を綴った魔法印付きの契約書も用意するし、戦時下では陛下の名代でもある総大将閣下の了承も貰っているので間違いないものだと考えてくれていい。

 つまりこちらが勝つ時まで凌ぐ必要はあるが、キミは家内さえ制圧できれば何でもできる状態ということだ。

 とはいえ、キミの統治の下にならお父君をどうするかは任せるよ。

 負債ごと受け入れ生かすのか、家の為に討つかはキミ次第だ」

「ご安心ください。必ずや討ってみせます。

 ライラをあの外道の元へと送ったのは我が父です……理由が伴うのであれば是非もない。 

 ですが、他の家族を生かすことはどうかお許し頂きたい」


 鋭さを感じさせる顔つきになった彼はそう言って頭を下げる。


 そりゃ心底恨むよな。

 婚約者を王子への貢ぎ物として送り殺され、報復できないようにと権限を取り上げられて監視まで雁字搦めに付けられ王子の側近を続けさせられたのだから。

 婚約者を愛していたならばもう気が狂ってしまいそうなほどの仕打ちだ。

 こう言うのだから父を除いた家族は守りたい存在で先を考えれば言いなりになる選択肢しかなかったのだろう。


 彼の気持ちを考慮したつもりだったが、やると言うのであればこちらにとっては好都合。

 その声に頷いて返し、彼の問いに応える。


「許す許さないを決めるのは私ではないが、ことを成した暁にはキミの統治下で家を残すことが許されている。

 キミの家族が帝国に直接弓を引いていない限りは大丈夫だろう」


 そう告げると彼は、であれば是非も無いという顔で面を上げ目を伏せる程度に頷く。

 うん。そっちの方がいいね。

 そのままのキミで居てくれるなら期待が持てそうだ。


「であれば先ずは私たちと共にシーラン家の簒奪を行ってもらうことになる。

 だが、我らはそれほど長くは戦場を空けられない。途中からは全てキミの手腕に任せることになるだろう」 

「なるほど。途中まではご助力頂けるのですね……

 リリアラさんの助力もあるし屋敷内の掌握なら障害は無いな。あとは側近の家の者たちを呼び寄せられれば屋敷内の主権が移ったことを知らしめることもできるだろう。

 であれば家令も動かせる。側近の家の者たちから呼び寄せ周りを固めれば足を引っ張る者たちの一掃も可能かもしれない。今の私の立場なら家の掌握が成ればひっくり返せるか……?」


 そう言って彼は深く思考にふける。

 どうやら完全に腹が決まっているようで、命の取捨選択を行っているようだ。


「では、忙しなくて悪いが、明日にはここを出たい。

 ディラン殿たちはうちの者が部屋を用意するのでそちらに移ってくれ。

 フランツ殿たちも物資関係はこちらで用意するから、今日は客室でゆっくりと休んでほしい」


 そう告げれば各々了承の意を示し、部屋を出て行った。





 足音が遠ざかったのを確認し、僕は背もたれに身を預け息を吐く。


「くかか、流石の義弟もお疲れのようだな?」

「そりゃ疲れますよ……信者にお前は神に仕えてなどいないと言ったり、公子に家を簒奪し国を裏切れと言ったりした訳ですから……」

「それはそうか……状況が状況でなければこの上ない屈辱的な言葉だものな」


 その声に「ええ」と頷いているとゲン爺が髭を摩りながら笑みをこちらに向ける。


「しかし、それでも全員がこちら側に付くと明言したのだ。大成功と言ってよかろう?」


 ゲン爺の声に「そうですね」と返しこれからの予定を伝える。


「明日から忙しいですよ。僕たちはフランツ殿について敵地入りする訳ですからね。

 聖騎士に扮装してリリアラ殿と一緒にフランツ殿を逃がしたという流れで行くつもりですのでよろしくお願いします」

「む、何をしに行くのだろうか。リヒト殿が直接行く理由を感じないのだが……」


「まあそうなのですが、確認を取りつつ勝率を上げに行く形ですね。もしシーラン公爵家から騙し討ちをされた場合には大打撃ですから」と、ゲン爺に声を返す。


「それは理解しておるがそれでもリヒト殿が直接やる仕事ではないのではないか?」と、不安そうにこちらを見るゲン爺。


 その声に先に言葉を返したのは義兄上だった。


「その気持ちもわかるが今は使える人材が居ないのだろう。

 何せ、義弟はこの俺すら雑用に駆り出す始末だからな」


 そう。そうなのだ。

 教会への対応を考えると綺麗な勝利を収めるのが最低限と言いたくなるくらいの面倒な事案が待っている。

 グランデやゲン爺たちは手一杯。ハインフィードはそういう事に長けた者が居ない。

 成せればことが大きい為にこのチャンスを逃したくないので知らぬ者に任せたくない。


「ええ。これから先は使える人をどんどん引き入れて任せていきたいところです。

 ああ、でも護衛はちゃんと連れていきますよ。念のためにハインフィード騎士団からも」


 そう。末端の聖騎士に扮装するのだ。

 シーラン家と関わりの無い者が十名くらい居ようがおかしくはないのである。

 であれば最悪でも逃げ帰れる状況は確保できる。

 だからフランツ殿が引き返せぬところまでやるところを確認しておきたい。


「大丈夫ですよ。ゲン爺のことはちゃんと守りますから」

「なっ!? 何を言う!

 これでも元は未開地を背にした町の領主ぞ。身を守る程度の研鑽は積んでおる。

 全く、この期に及んで主に守られては立つ瀬が無いではないか……」


「えっ……僕ら、文官側ですよね?」とゲン爺に視線を向ければなぜか彼は唖然した顔を見せた。


「ふははは! そりゃ義弟がその枠に入れば驚きもする! 千の敵兵を薙ぎ払う男が文官だとは言えんわ!」と、笑いだす義兄上。


 むむ……過負荷膨張のお陰で魔法の威力が馬鹿みたいに高いだけなんだけどなぁ。

 竜の討伐から何やら変な方向へと進んでいっている気がする。

 いや、ハインフィードを守護する側としては力が認められている方がいいのだけど、どうしてもハインフィード騎士団を基準にしてしまうから自分が強いとは思えないんだよね。

 武将と言えばやはり近接戦闘が華だし……


 まあ、ここで否定しても仕方ない。


「はいはい。じゃあ武将でも何でもいいです。

 それよりもさっさとこの件を片付けて次に行きますよ。そっちが本題なんですから」


「ふむ。教会の件だな?」と義兄上が意味深に視線を向ける。


 それに頷けば「そちらは俺が手を貸そう。周辺国を引き込むのだよな?」と悪い笑みを浮かべる義兄上。

 フレシュリアの元王子であればルドレールも教会も手を出し難いであろう、と。


「いえ……ありがたい申し出ですが今は護衛は付けられませんよ?」

「いらんわ! 俺にはシャリエスとハリスが居るだろうが。

 その力で済む動きをすればいいだけだろ」


 ああ、そう言われるとそうだ。

 つい戦っても生きて帰れるだろう戦力を想定したけどそれが普通だよな。

 そう言われてみると最近の僕は動き方が強引だ。騎士団の皆に頼り過ぎかも……

 まあ強引に動かなければいけない時でもあるから仕方ないのだけど、全てにも当てはめちゃダメだよな。

 それにルドレール以外とは敵対している訳じゃないし、普通に考えたら義兄上が襲われるようなことは先ず無いか。

 フレシュリアでも竜討伐の件で病が治ったこともバレちゃったみたいだし。


「じゃあ折角なので―――――――」とあそことここと、と好き放題にお願いしていく。


 それとついでにフレシュリアの複製ができない魔道具技術の件もお願いしておいた。

 こっちの方がメインなので是非ともお願いします、と。


「お、お前……本当に遠慮が無いな!」

「今回はちゃんとお礼は用意します。義兄上を本格的に家族と認め、ガチなやつを……」

「ほう。ハインフィード家に籍を入れるということか?」

「いえ、そちらは報酬にはならないでしょう。まだ入れない方がいいのでは?」


 そう告げると首を傾げたので「エメリアーナを貰ってくれるんですよね?」と半分本気の冗談を振ってみる。


 彼ほどにあの義妹を貰ってほしい人材は居ない。

 僕もリーエルも安心だし、エメリアーナも意識している。その上でハインフィード家にとっても喜ばしいという稀有な相手なのだ。


 義兄上もバレたならバレたでエルドレッド殿下の為にも自分の為にも治療先で看護を受け恋に落ちてハインフィード家に入ったという美談にした方が都合が良いはず。

 まあエメリアーナと看護はどう考えても結びつかないのだが、事実は小説よりも奇なり、だ。


 二人の意思を無視する気など無いが、後押しくらいはさせてもらいたいと直接的に告げてみた。


 顔を赤くして押し黙った後、キッとこちらを睨む義兄上に僕はスマイルをお返しする。


 ほうほう。ここで沈黙を選びますか。

 これはリーエルに報告だな。


 とはいえ今詰める話でもない、と咳ばらいをして話題を戻す。


「まあ報酬は痩せられる魔法、とだけ答えておきます」


 そう告げれば、義兄上は硬直した様を見せた。


「はっ? お前……そんなものがあるのに隠していたのか!?」

「ええ。隠しておりました。それなりの理由がありますので悪しからず」


 と、僕は意地悪ではないという意味も込めて真剣な顔を向ければ義兄上も「そうか。ガチなやつと言うほどだったな……家の秘術か」と頷き納得した様子を見せた。


「ふむ……これは楽しみが増えた。では、俺も訪問予定の国に書状を出すとしよう。

 正直つまらんと思っていたんだ。義弟があまりに楽しいことばかりしているのに俺は一人ダイエットに勤しむというのも面白みに欠けてな」


 はぁ……義兄上は全くもう。楽しいことばかりなんてしてないでしょ。

 もう身内なのだからフレシュリアの危機の時くらいに本気になってくれてもいいのに。

 でも、今からそこを手を付けてくれるのは助かるけども。


 正直、周辺国の説得が一番面倒なところだ。

 世界の総意を纏めるならいくつかの賛同国を作って連名で呼びかけ、国主同士の会議を開く必要がある。

 そこで約定を結ぶくらいはしないと既に根を張っている教会を完全に抑え込むことは難しい。

 先日陛下たちと話した路線とも合致するのでこれはこのまま進めて大丈夫だろう。


 その為にはアステラータ帝国内は当たり前としてルドレール国内の教会も僕らが作った教会で染めなくてはならない。

 義兄上ならばフレシュリアにも話を通してくれるだろうから、そちらも染まりだしているくらいのブラフなら使える筈。

 そこまで広まっていればもう教会の宗派としても一大勢力だ。

 乗り換えるに値すると一考させることは可能になる。

 そうなれば後はこちらが出す条件と当事国の情勢次第。

 そこまでは当たり前の様に持っていきたいところだ。


 ただ、それを実現するにはやることは多い。

 ああ、やっぱり早く終わらせないとだな。戦争なんてものは……


 ならば、やはり迅速に行って彼のアシストをするべきだ。

 彼らに躓かれたら三割の制圧でこちらの足が止まる。

 そうなればこちらの面子を立てる為に強引にあちらの王家を潰すことにはなるだろうが、すぐに代わりが立つと思われる。

 どれだけ引き延ばされるかわからない泥沼に嵌まってもおかしくないのだ。


 そうして話しを纏めた僕らは次の日、聖騎士の格好をして聖騎士の使っていた馬車に乗り換え、元々の面子にフランツ殿とリリアラ殿二人を加え、ほかハインフィード兵三名を連れて敵地入りするためシーラン公領へと向かった。




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