第76話 元聖騎士へのお願い


 サンダーツへと向かう道中、ゲン爺の所へと顔を出し新しい情報が来ていないかを尋ねたのだが、思いもよらない言葉を告げられた。


「リヒト殿、今生の願いだ。どうか、わしを戦場に連れて行ってほしい」


 予想外過ぎる言葉に何故、という疑問しか頭に浮かばなかった。

 だが、理由を聞けば深く納得した。


 どうやら、ゲン爺の子息が敵側に付いていることが聖騎士たちへの聴取にて発覚したそうだ。

 ロドロアから持ち逃げした巨額を使い、第二王子へと取り入り今回の戦争にも出てきていると言う。


「己の立場は理解している。信用の問題上、難しいこともだ。

 しかし、あやつばかりはわしの手で討たねば一族に顔向けができん」


 そ、それはそうだろうな……

 運良く命だけは助かったが、罪を背負わされ今まで築き上げてきたすべてを失ったのだ。

 その上で当人は金を持って逃げ何の罰も受けていないのだから。


 僕もつい先日、裏切り者を討ったばかり。気持ちは重々わかる。

 こればかりは推し測る言葉は要らないとすぐさま頷いた。


「わかりました。ですが、一つだけ条件があります」

「な、なんだ!? わしにできることであれば何でも言ってくれ!」

「我が手で、ではなく共に討つことを受け入れてください。

 僕も先日、なんとしてもグランデの者として討たねばならぬ者を討伐したのですが、その時エメリアーナに叱られまして……家族なのだから身内のことだろう、と」


 だから僕らを一つの家族として、身内の手で討つということを受け入れてほしいとお願いした。


「……本当にそれだけでよいのか?」

「ええ。もうどう見ても身内でしょう?」


 そう伝えるとゲン爺は膝を付いて頭を下げた。

 その隣でルシータも両膝を付き、両手を胸に当てて頭を下げる。


「ありがとうございます。リヒトお義兄様……」

「っ!? う、うん。悪くないな、そう呼ばれるのも……」 


 エメリアーナにそう呼ばれた時も思ったが、兄と慕われるのは存外嬉しいものなのだな。

 そういえば、幼少の頃は僕がお姉様と呼ぶと姉上は喜んだっけ……

 姉上と呼び出したら色気づいてしまってとかぐちぐちと言われた記憶がある。


 そうしたルシータの可愛さにほっこりさせられながらも気を取り直した。


「ルシータ、僕らの留守中はトルレーを任せるよ。いいかい?」

「は、はい! お任せください!」

「ああ。頼むよ。

 まあ、戻ってきた時に僕やゲン爺の為に仕事を残していてくれてもいいけどな?」


 そう言って笑いかければ優し気に微笑むルシータ。

 漸く代官としての重責にも多少慣れてきた様子。


「では、ゲン爺は出立の準備を。先ずはサンダーツへと向かいます」

「問題ない。準備はできておる。そのまま出ることも可能だ」


 そう言うとゲン爺は元ロドロア騎士団長のロンゾさんを呼び表に馬車を回すように使用人に手配した。

 そして、僕らが乗ってきた馬車へと二人を乗せて、これまでとこれからのことを道中でゆっくり伝えていく。


「そうか。やはりハインフィード以外は押し負けるか。一筋縄ではいかぬようだな……」

「そう、ですね。うちが他と変わらぬ戦力であったなら取れて一つだったでしょう」


 そう。たった二百で四千五百を受け持ったのだ。

 その分が他に割り振られでもしたら負けていただろう。

 聖騎士の強さも鑑みればすべてにおいて大敗していたことも十分考えられた。

 まあ、その場合には僕も武力を伴わない謀略に動いていただろうから大敗することはなかったと思うが……

 どちらにしても脅威であることには変わりない。


「そのような状況下ですので、面制圧で北上するもの次が限界なのです。

 ですが、それでは戦を終わらせる道筋が無い。

 その為、ルドレールへと謀略を仕掛けることにしました」

「なるほど。やられたことが酷すぎて折れてやることも難しい、か。

 教会も終わりにはさせんだろう。

 アステラータとて相応に疲弊してからでなければ内部が納得せんわな……」

 

 はい、と相槌を打ち概要を説明していく。

 その計略とは、公子フランツを使いシーラン公領の無力化を図ること。


「それは……説得が骨だな」

「ええ。ですが、可能性はあります。ハインフィード騎士団が確実に勝てないというさまをこれでもかと見せつけた後ですから」

「ふむ。であれば家を残すことでも条件に付ければ動く可能性もある、か……」


 やはりゲン爺相手だと話が早い。

 ゲン爺も僕タイプなのだろう。権威の見せつけ方や押し引きが上手い人だ。

 つまりは計算してやっているということ。深く説明をしなくともわかってくれる。


「であれば、第二王子の件を使うとよかろう」とゲン爺は一つの書類を差し出してきた。


 それは、公子フランツに行った聴取報告書だ。

 国に出す前に複製し、僕ら用に残しておいてくれたらしい。

 それを受け取り、ゆっくりじっくり目を通したのだが、目を疑う内容が書かれていた。


「これは、うちの皇子よりも外道ですね……」

「うむ。ベクトルが違うがそれでもこれが事実ならそう言わざるをえんな」


 どうやら彼は婚約者を殺されているらしい。

 それも、王子に夜伽を命じられ断ったからだと言う。

 その場で切り殺されたそうだ。


 公子フランツはその報復をする可能性を懸念され、ほぼ全ての権限を取り上げられ、シーラン公爵の手勢で周囲を固められたらしい。

 その上で王子のお付きに付けられ聖騎士の功績を奪ってこいとあの戦場へと出されたらしい。


「ローリスクハイリターンだし分の悪い賭けかと思っていたけれど、割と勝率は高そうだな」


 僕の目算では聖騎士に付いて降伏を促したことから国への忠誠が低く保守的だと考えてのことだったが、その上でこんな事情を抱えているならば国に義理立てはしないだろう。

 であれば、多少のリスクを背負ってでも彼に戦力をつけてあげた方がいいな。

 まあ、受けるのであれば、だけど。





 そうして三人でサンダーツへと向かった僕らは義兄上の所に顔を出した。

 どんどんとほっそりしていっている義兄上。

 まだまだ痩せているとはお世辞にも言えないがダイエットは順調らしい。


 そんな彼は出迎えた途端、驚きの声を上げた。


「おい、どうした!? 流石にまだ終わってはなかろう?」


 と、このタイミングで再び戻ってきたことに驚く義兄上に事情を伝えた。


「ほう……また面白そうなことを始めたな?」と、ニヤリと笑う義兄上。


「全く、義兄上にかかると何でもお遊びですね。まあ面白そうなのは否定しませんが」


 と、こちらも釣られてニヤリと笑えば義兄上はセッティングが要るな、とまるで王族を歓待するかのような準備を始めた。


 なるほど。これは確かに前サンダーツ伯が作った部屋だ……

 少し悪趣味な煌びやかさを持つ最上級の部屋。

 そこに、フランツ、リリアラ、ディラン、スカーレットの四人を呼び出した。


「来たか。座ってくれ」


 そうして呼び出した部屋のテーブルには豪華な料理が並べられ、黄金を使い過ぎた部屋をシャンデリアが照らし大変輝かしい様になっている。


 僕が上座に座り、両隣には元王子と元侯爵。

 僕は肘置きに肘を立て、少し斜めに座りながら手で座るように伝えた。


 呼びつけた者たちは一体なんなんだと言わんばかりに顔に恐怖を滲ませている。


「今日呼び出したのには当然理由がある。が、折角だ。先ずは料理に手を付けるとしよう」


 まだ拘束されて間もない。

 懐柔策と言うには弱すぎるが、腹を満たしてから話すというのは存外冷静さを生む。

 焦らせて引き受けさせるような策ではないのでゆっくりと食事を取り、凡そ手が落ち着いたところで話を始める。


「まずはディラン殿とスカーレット殿の話からいこうか」

「「――――っ!?」」


 ビクっと反応を示し、緊張したさまを見せる二人。


「ああ、最初に言っておこう。此度はキミらにとって悪い話をしに呼んだ訳ではない。

 勿論、無条件に良い話ではないが、強制でもなければ待遇が落ちるようなことも無い」


 そう前置きをすれば各々少しは落ち着いた様子を見せたので話を続ける。


「先ず、二人が戦争前に教会を辞していたことが確認されたことを伝えておこう。

 それにより、予防策として引き留めておく理由がなくなった。

 なので、暫くすれば帝国を通りフレシュリアに行けることになる」


 そう。まだ城に書類が向かっている途中か丁度着いた頃だと思われる。

 関所に話が回るまではまだかかるが彼らを牢に入れておく必要はなくなった。

 陛下も確認が取れ次第開放していいと言っていたので、扱いを正そうという話である。 


「その間だけでもいいのでお願いしたいことがある」


 そう告げると二人はゴクリと息を飲んだ。


「私は教会を正したい。神、アウローラの望んでいた姿にね。

 その為には教会を綺麗にする必要がある」


「……我らに粛清の徒となれ、と?」と、スカーレット殿が怯えた顔を見せた。


「いやいや、悪人を罰するのは国だ。そういうのは法を通してやるもの。

 私が願いたいのはね、在り方を正すことだよ」


 そう。世界中の教会の人間に罰を、なんて思いは更々ない。

 一般の教会には治療費を下げさせ、無駄に上がった権威を取り上げる程度でいい。


「では、一体我らに何をお望みで?」とディラン殿からの問いかけ。


「うん。手紙をたくさん書いてアステラータ国内の教会が新しい宗派を作ったことを知らしめてほしい。その新しい教会が正しく在れば民はそちらの味方をするだろう?」


 そうして評価が分かれていけば鞍替えしたいというところも多く出るだろう。

 その布告が聖騎士からともなれば疑う余地がなくなり、可能性を増すこととなる。


「しかし、大本とのなる教会の方は……ああ、なるほど。ブラフを使うのですね」

「いいや、新設した教会はもう既にあるよ。帝国内各地に二十ほどね」


 そう。教会対策としてレイヒム商会にお願いしていたことだ。

 一応、現存する教会の傘下に入る形での設立だが、僕の号令でいつでも離反できるようになっている。

 情報収集でも役に立つので着手はかなり早くからやっている。

 名ばかりではあるがグランデの手勢を使い作らせておいたのだ。


「そ、そんな前から対策を……?」と驚愕した面持ちのディラン殿。


「うん。わかっている脅威には対策を取る。当然のことだろう?」


 そう。教会といずれ敵対することは最初からわかっていたのだ。

 こちらとて希望的観測だけで何もしていたなかったわけではない。


「そ、それはそうですがあまりに早いような……しかし、綺麗にとはいったいどのように?」


 そんな疑問を浮かべながらも心配そうに尋ねる彼に治療費を下げることや権威を下げること、その範囲などを伝えていく。

 これを機に、寄付金を強請ることをやめさせることもだ。


「し、しかし神官が居ない教会もあります。

 それでは存続できない所も出てきてしまうのでは?」

「そうだね。だが、民が必要だと思っているのならそこからお布施が出るだろう?

 出さなかったならその地には必要ないものとも言える。

 領主の仕事は民の生活に必要な基盤を整えることだ。そこから先のことで必要なら民が自ずとやるべきこと。まあ公平性を期すために税金からという声が多くの民から出ているのであれおかしくはないのだが、どちらにしても今は不必要に出し過ぎだ」


 そもそもが国からの援助は設備や生活が維持できない場合に願うものである。

 金を稼いでいるのに寄付金を民からも領主からも取るというのがおかしいのだ。

 それに、ことあるごとに神に仕える我ら、という言葉を使うのが気に入らない。


 こちらがそう思う理由を伝えようと「少し話が飛んでしまうが先ずは黙って聞いてほしい」と前置きをして話を始める。


「私はね、仕えるというのは互いの了承のもとに成り立つものだと思っている。

 君たちには認めがたいことだと思うがその理屈でいくとね、教会の人間は神に仕えてなどいないのだ。祈りを捧げることに従事した者たちとなる」


 そう告げるとリリアラ殿だけがとても苦い顔を見せたが、他は概ね納得している様子。


「ここが大きな誤りを生むところじゃないかと思っている。

 神に仕えているから偉いのだ、とね」


「なるほど……確かにそうかもしれませんね」とディランが納得を見せると「ディラン!?」と彼を責めるように名を呼ぶリリアラ殿。


「ああ、認識違いはできる限り正すべきだ。

 リリアラ殿に納得がいかないところがあるのなら口にしてくれ」


 そう告げて視線を送れば彼女は頷き口を開く。


「確かに昨今の教会はよくない方向に進んでいるかもしれません。

 ですが、我らが神に仕える気持ちは本物なのです!

 そこを否定されては到底受け入れられません!」


 彼女は視線こそディラン殿に向けている者のこの言葉は僕に向けたものだろう。

 僕から言葉を返すか迷っていると先にディラン殿が口を開いた。


「いやリリアラ君、それは論点が違うよ。

 神にお仕えすることを許して頂けるかの答えを直接貰った者など居ないのだから。

 本物であれ偽物であれ誰でも成れてしまうということが問題なのだと思うよ」


 ディラン殿の声に僕は深く頷いた。

 僕だって別に信奉する気持ちを否定したいわけじゃない。

 自分がそうなりたいかは別としても、尊き導を残してくださった神に感謝を捧げたいと思う精神は清いものだと思う。


 だが、偉いのだという認識を互いに持ってしまえば扱いが変わる。

 扱いが変わればそれに染まっていくのが人間だ。

 そのまま代替わりしていけばいつかまた教会を私物化する輩が現れてしまうだろう。

 だから神に仕える者だから偉いという状況を残すことは後の懸念が大きい。


「そういった意味合いで神に仕えている、という言葉を事実として残すことは聖書の精神に反するのじゃないかと私は思うのだ」


 そうして説明をすれば、聖騎士たちが目を見張ってじっとこちらを見ている。


「ははは、なるほど。これは強力な口説き文句だ」と義兄上が笑う。


「いや、義兄上……冗談で言っている訳じゃないのですよ?」

「わかっておるわ。皆、その意見に納得したが故に言葉も出ないのであろう?」


 と、義兄上がリリアラ殿に視線を向けると彼女は頷き声を上げた。


「え、ええ。私も聖書を何度も何度も読み、深く理解したつもりでおりましたが、まさかそのような落とし穴があるとは思っても居りませんでした。

 よもやそのような言が神の御心に添うものだったとは……」


 と、感動した面持ちで驚愕しているリリアラ殿だが、僕としてはなんだかなぁ、である。


 それほどに神の御心に添いたいのであれば、先ず教会の粛清システムを正せと言いたい。

 なんだよ、夜に診察を引き受けたから死刑って……

 そりゃ、時間外には診察を受けないという個人の自由もあるが、受ける自由すら奪うなんてそれこそ聖書に反しているだろうに。

 絶対的な一律にして自分が責められない様にしたかっただけだろ……


 そうは思いつつも綺麗にするなら無くなるシステムだ。

 突っ込んでも致し方ないので話を進める。


「そんな理由で新しい宗派として正しい在り方の教会を設立したい。

 話からわかるとは思うが、現存する教会を侵食していくことを視野に入れている。

 その協力をお願いしたいのだが……どうだろうか?

 断っても、今日をもって客室に移ってもらい今までよりは自由な生活となるし、二月以内にはフレシュリアに帰れるようにもなるだろう。気負わず決めてくれ」


 そう問いかけたのだが、彼の心はもう既に決まっている様子。


「当然、引き受けさせていただきます。私も人々を救う為にある教会の姿に思いをはせ聖騎士となりました。その在り方を作ることに携われるのであれば、本望です」


 ああ、ディラン殿は話していて落ち着くな。

 義兄上があれほど信用できると言っていた意味がよくわかる。

 スカーレット殿もディラン殿と視線を合わせ頷きあっているので異論は無いのであろう。


「では、よろしく頼みたい。報酬の話は落ち着いた頃にしよう。

 先ずは手紙を出して貰うだけだろうしな」


 構わないかな、と問いかければ彼は力強く頷いた。


「では、その話はひとまず決着がついたとして、もう一つの話に移行しようか」


 そう言って黙って様子を伺っていた彼に声を掛ける。


「公子フランツ殿、貴殿にも頼みたいことがある」と。


「は、はい。悪い話ではない、という事でしたが……」


 と、相変わらず若干恐れを帯びた視線を向けながらも問う彼に僕は頷いて用向きを話す。



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