第75話 戦況報告


 ルード陥落から、二日遅れでホルズを落としたという知らせが届いた。

 それと同時にリーエルと僕がホルズへと呼ばれることとなった。


 割と早いようにも思ったが、僕らは捕虜を連れて行くのに日数を使っているからこんなものかもな、と納得しつつホルズへと向かったのだが、ルードとは違い外壁が大きく削られていて大きな戦いがあった様がありありと見受けられた。

 それほど被害が出ていないといいのだけど、と中央軍の心配をしつつもホルズの領主邸宅へと向かった。


「おお! ハインフィード辺境伯、リヒト子爵! 待っておったぞ!

 そちらは快勝と聞いている。本当によくやってくれた」


 と、嬉しそうに僕らを迎えてくれたサイレス候。


 その声に続き「おお、来たか」と父上の声がする。


「知らせを受けすぐ出たつもりでしたが僕たちが最後でしたか……」

「こちらの方が近いからな。だが、私も今着いたところだ。そんなことよりもまず言いたい事がある」


「ああ、私もだ。グランデ公」と、何やら声を合わせて言いたいようなことがあるみたいだ。


 恐らくは聖騎士を捕虜にした件だろう、と苦笑しながらも言葉を待つが違う言葉を投げかけられた。


「「ハインフィード軍のあの強さはなんなのだ!?」」と。


 あぁ……そっちかぁ。

 確かに初見なら度肝を抜かれるよねぇ。

 一応、ロドロアで見ているにしても自軍に居るともなればまた別物だし。


「お気持ちはわかります。なんかもう、最強ですよね……」

「う、うむ。お前が個々人全員が英雄なのだと言った意味を深く理解した」

「ここなぞ、割と追い込まれて危うかったのだが、助力を願った途端ひっくり返ったのだ。

 私自身、椅子からひっくり返るところだったぞ」


 その声にリーエルが「そのお言葉、うちの皆が聞いたら喜びますわ」と柔らかく微笑む。


「しかし、中央のルドレール軍はそれほどに強かったのですか?」


 と、皇軍がフル出そろっている状態でも追い込まれたのか、と意外に想い問いかけた。


「うむ。聖騎士が居たそちらほどではないだろうが、中々な精鋭を揃えておった。

 幸い被害が大きくなる前に立て直して貰えたが、あの強さが常ではまた頼る事になりそうだ」

「それはうちも同じだな。

 表に出なかったハインフィードが入っていないとはいえ、凡その戦力が同等と言われていたのだから仕方あるまい」


 どうやら両軍ともに五百以上の被害が出た様だ。

 兵の総数は父上の方が五千、サイレス候の方が七千だから五百という数字はそれほど小さくない。

 だが、これでも想定よりかなり少ない方らしい。

 最前線の兵は全員新薬を常用していたおかげでその程度で収まったのだと言う。

 うちが出した援軍が最も被害が少なくなる形で終わらせてくれたから五百で済んだのだそうだ。

 それが無ければ流れ次第で敗北もあり得たのだそうだ。


 なるほど。それはそうだな。

 国力で抜かされているかもと言われていたのだからそうなって当然なのか。

 短期間で押し勝って面制圧が成っている時点で快挙だな。

 うちが快勝しすぎて勘違いするところだった。


「して、ルードはどうだったのだ?」と、今度はこちらの戦果を尋ねられたので、リーエルがこちらの戦況を報告する。


「それはわたくしからご説明させて頂きますわね。

 ルドレール軍三千と聖騎士千五百と相対したのですが、平原での初戦で千近く削り聖騎士五百を捕虜に取ったことで一度トルレーへと戻ることになりまして、皇軍本部にてサンダーツに聖騎士を隔離することと決まりました。

 その後、再び進軍しルードの町にて打って出てきた千五百をリヒト様が殲滅してくださいましたので戦場に聖騎士はもう居りませんからご安心ください」


 ニコリと笑って報告を終えるリーエルに二人は満足した面持ちで頷く。


「相変わらずだな。リヒト子爵は……」

「やはり、被害はほぼ無いのか?」


「ええ、ゼロです」と返せば「ゼ、ゼロか……」羨ましそうな目で見られた。


「本当にハインフィード軍は凄まじいな。これほどの力を有していたとは……」

「私もこれほどとは思っていなかった。

 二百で二千五百を討伐し五百を捕虜に取り、被害ゼロとはな……

 うちよりも削っているではないか……」


 二人が圧倒した様を見せている中、リーエルが声を上げる。


「いえ、今回はリヒト様が一番の功を上げておりますのよ。

 千五百を殲滅したのはリヒト様ですから」


 その声に二人の動きが止まったが「ああ、軍を任せてだろう?」と父上が逸早く復活したのだが「いいえ。個人の武力にてですわ」と返すと、父上がなんとも言えなそうな顔でじっと僕を見詰めた。


「魔力だけは有り余っていますので、守って貰いながら全力で魔法を撃っただけですよ」


「……そ、そうか」と、予想外にも追及されなかったが、何とも言えない空気が流れた。


「しかしそちらからの援軍は先ず無いと思えるのは有難いな」


 と、気を取り直したサイレス候が口を開いたが、その言葉に父上から突っ込みが入る。


「サイレス候……中央側からの援軍も無いと思わせて頂きたいのだが?」


「無理を言わんでくれ……」と、父上に困った顔を向けるサイレス候。


 どうやらそう言いたくなるほどには厳しい戦いだったらしい。


 父上の方も決して楽な戦いではなかったそうだ。

 ハイネル軍を引きつれたブレイブ君が怒涛の働きをして見せたものの、予想外な働きであったため配置がメイン戦力であるグランデ軍と近い所にあり、反対側が結構な劣勢具合を見せたのだとか。

 そこでうちからの十人が活躍してそこで漸く趨勢が決したのだと言う。

 ベテラン勢をもしもの備えで入れておいて本当によかった。


 しかし腐っても武家筆頭の軍か。

 ブレイブ君も頑張ったんだな。国を守りたいという意思は本物だったらしい。

 今度少し付き合いでも持ってみるか……?


 そんな一幕を挟み今後の予定が話し合われるが、しょっぱなから予想外な事を言われて目を見張った。


「リヒト子爵よ、すまないが単身で中央軍に回って貰うことはできぬか?」

「えっと、それは一体……何故でしょうか」


 と、尋ねると戦力が中央に集まっており、思いの外練度も高く戦力を残しつつ勝つという事に不安があると言う。

 父上の方は大丈夫なのだろうか、と視線を向ければ「次の町はルドレール国の中央向かうルートから外れる。こちらは大丈夫だろう」と言って頷く。


 ああ、サイレス候が次に攻めるのがあちらの王都へと真っ直ぐ向かうときに通る町なのか。

 確かにまだ間に一つ大きな町を残しているが、その二つを越えれば王都だ。

 次で最高戦力を出して全力で抗ってくるのが当然の流れと言える。


「しかし、私が、ですか……ハインフィード軍からの援軍ではなく?」


 普通に考えたら援軍の人数を増やす方向の方が確実だと思うのだけど……


「うむ。公子であるリヒト子爵であればグランデからの助力とも言える。

 これからも功を挙げ続けるハインフィード軍にこの場までお願いしては後々面倒そうでな。

 務められる力も無いくせに終わった後に配慮が足りなかったと言い出す輩が出るだろう。

 だからせめてグランデ公爵家に功を分ける形を取りたいのだ」


 それで僕、か。

 ハインフィード軍に守られていれば不安は無かったとはいえ、戦場でリーエルとは離れたくないんだけどなぁ……


「む……中央軍からリヒトを戦場に出す、ということか。

 ハインフィードからの援軍の指揮はリヒトに預ける形にして貰えるのであろうな?」


 父上が僕をハインフィード軍無しで前に出すことに懸念を示し、サイレス候に問う。


「いや、それ以前に前に出す気が無いのだ。軍師として来て欲しいというのが本音でな。

 再編したばかりで把握しきれていなかったのだが、真面に戦略を練れる者が居らん。

 前任者に任せたら悉く外され続けて敵にいいようにされ、要所要所で挟み撃ちの連続よ……私が直接指揮した方がまだマシであった。

 しかし、総大将ともなれば戦略を練る事だけに終始することもできぬ」


 あぁ……戦争という戦争は長いこと起こっていなかったからな。

 その上で再編のバタバタでは軍略を行える能力を計る時間などなかったな。

 一度でも軍事演習ができる時間があれば違ったのだろうけど……

 サイレス候にとっては前回従軍して色々やった僕ならばという想いが強いのか。


「なるほどな。であれば致し方なしか」と、父上も納得の声を上げた。


 そう考えている間にも僕の想いとは裏腹にいつの間にか移動が決定になっていた。

 当主である父上が是とした以上、僕に拒否権は無い。

 ならば、下準備に時間が欲しいところ……


「一度ルードに戻りたいので二週間ほどお時間を頂けませんか?」

「むぅ、再編やら物資の輸送もある。今から二週なら待てるが……」


 何かあるのか、とこちらに疑問を投げるサイレス候。


「もしもを考え、先に左翼の仕事を終わらせてこようと思いまして」

「待て待て。移動時間を考えたら町を落とすほどの時間は無いであろう?」

「いえ、今回は捕虜を取らないでしょうから戦闘を終わらせるだけなら十分かと」


「ね、リーエル?」と疑問を投げたが「あら、私には任せられませんの……わたくしはまだ何もしておりませんのに」と不満げな顔をされてしまった。


 あぁ、そうか。

 リーエルが左翼軍の大将なのだから彼女の元へと指揮権が戻るのが本来の流れか。


 ハインフィード軍の功はリーエルのものなので彼女自身が功を上げる必要は無いのだけどすべて僕の指揮の元という見方をされるのもな……

 それに彼女には折角実ってきた自信を我が物にして貰わねばならない。


 それでも僕が後ろに付いて彼女を前に出したかったのだけど……それは僕の我儘か。


「いや、リーエルがやると言うなら任せるよ。キミはやればできてしまうからね」

「はいっ! お任せください!

 あの様子を見るにしっかり引く所は引けば間違いなど先ず起こりませんから」


 まあ、うん。そうだよね。

 正直、脳筋なイノシシ武将でも勝てる戦力だし。

 慎重に動ける彼女なら被害を最小限に勝ってくれるだろう。

 じゃあ、仕方ないかぁ……


「では、そういう事ですので、このままこちらに移籍させて頂きますね」

「うむ。公もよろしいか?」

「ああ。軍師ということであればなんら異論は無い」


 そうして僕は中央軍である皇軍に軍師という名目で従軍することになった。


「それに付随して聞いておきたいのですが、どこまでやるおつもりでしょうか?」


 軍師として戦略を考えるならば聞いておかねばならないとサイレス候に問いかけた。


 ある程度落としたところで止めて属国に落とす方向でいくのか、完全に落としアステラータ帝国が支配するのかの二択。

 動き方が変わるのでそれをまず聞いておかなければならない。


 普通ならば街をいくつか取ってそれと賠償を約束させ手打ちというのも十分あり得るのだが、今回は小突く程度では終わらせられないくらいにことを大きくされてしまっている。

 だが、支配権を奪うともなれば物凄い労力がかかり内乱もたびたび起こるだろう。

 そうした内乱の波は自国にも悪影響を及ぼすのだが、快勝したならば取らねば不満も溜まる。

 その塩梅を決めるのは戦況次第と軍議でも言っていた。

 つまりは戦況を判断するサイレス候次第とも言える。


「軍議で決まったとおりだな。残った戦力の状況を見て後に困らんところまでは取る。

 でなけば兵を出した領主たちも納得できまい」

「わかりました。苦戦させられない限りルドレールを滅ぼす方向でよろしいのですね」


「う、うむ。それはそうなのだがな……」と、歯切れの悪い言葉を返すサイレス候。


 一国を滅ぼす決断ともなれば笑ってとはいかず父上も難しい顔を見せていた。

 少し前の僕なら疑問に思っていただろう。当然の結果であり喜ばしいことでは、と。

 だが、実際に戦争に出てみて気持ちがわかるようになった。

 結局は同じ人間なのだ。やるしかなくともやる方にとってはキツイことなのだと。


 だから僕は口を開く。


「やるしかないともなればできる限り綺麗に勝たねばなりませんね」と。


 その声に父上が大きく頷く。


「で、あるな。せめて無駄に荒らさぬように収めねばなるまい。

 しかし簡単なことではないぞ。支配地域を増やせば増やすほどに出せる兵が減っていく。

 戦争を続けたままで支配下における町は今の調子を続けられてもルドレール国の三割程度が限界であろう。

 面制圧で上がっていくのは次が限界だ。

 その上、王都を取れば終わるかどうかもわからん。リヒトもそのつもりでな?」


 と、少し不安そうにこちらを見る父上。


「ええ。丁度面白い人材も居ます。彼に動いてもらえないか説得してみますよ」


「ほう。もう既に策があるのだな?」と、サイレス候が少し顔を綻ばせた。


 それに頷き計画内容を話す。


「なっ、なに!? 戦時にそのような策が通るか……?」 

「どうでしょう。ただ、失敗したところで痛手などありませんでしょう?」

「は、ははは……それはそうだな。

 成功すれば大打撃を与えるが、失敗しても捕虜を数名失うだけ、か……」


 どうでしょうか、と父上にも視線を向ければ頷いたのでこれは実行に移しても問題なさそうだ、と


「では、私はその策を実行に移す為、一度サンダーツへと向かわせて頂きますね」

「ああ。ルドレールの動き次第ではあるが一月の時を見よう。

 その間の進行状況を見て継続するかを決めるとしよう」

 

 サイレス候のその声に頷き、ある程度の話を詰めると軍議は終了となった。

 ここでリーエルとは暫くお別れとなる。

 別れ際、離れたくないという思いから彼女の手を取るが、それでは止まらず抱きしめていた。


「リーエル、お願いだ。もしもが起こったときは何においても自分の命を優先してくれ。

 もし、君が居なくなってしまったら僕は壊れてしまうかもしれない」

「やだ、リヒト様ったら。ご自分のことは棚に上げて……それはこちらのセリフですからね?」


 そう言われて思い当たる節が浮かび僕は苦笑させられた。


「ああ。お互いに、だね」

「ええ。お互いに、ですわ」


 そうして彼女と別れた僕はとりあえずでトルレーへ、リーエルはルードへと向かった。







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