第74話 ルード陥落


 引く間もなく敵兵が逃げ出した事でその場で集合した僕ら。

 リーエルや第二指揮団もそれを見て詰めてきて全軍が集結した。


 それを確認し、僕は自軍に向き合い頭を下げた。


「勝手な振る舞いをしてすまなかった。規律を乱して申し訳ない」


 と、あちらに動く様子が無いので、先ほどの勝手な振る舞いを詫びた。


「全くよっ!! 次からは最初から連れて行きなさい! わかったわね!?」


 いや、そういう事じゃないのだが……


 と、訂正しようと思ったが、他の皆もエメリアーナに同意している様子。


「リヒト様、お辛くはありませんか……」とリーエルが心配そうに見上げる。


「うん。非情だと思われるかもしれないけど、彼に対して情は一つも生まれなかったから。

 あの二人の命よりも領民一人の命の方がよっぽど大切だと思えるくらいだし」


 正直、問題が無いなら一刻も早く死んでほしかったくらいだ。

 だからそこは大丈夫、とリーエルに返していると、敵軍に変化が見られた。


 どうやら彼らは降伏するつもりらしい。

 残存兵力の大部分を占める聖騎士から白旗が上がっている様が見える。


「ええと……この場合どうしたらよいのでしょうか?」


 とリーエルが困惑に声を上げる。


「先ずは無力化だね。騙し討ちじゃない事を確定させる為にも武器や装備の取り上げ。上位者は全員拘束。末端の兵は……あの人数じゃ無理だな。

 とはいえ聖騎士は帰したくないんだけど……

 うーん、捕虜にするにしても聖騎士ほど強いと色々面倒だな。

 監視できる戦力が用意できない」


 あの蹂躙具合を見て降伏したのだから暴れる事は無いとは思うけど、封じ込める場は作らないとダメだから色々と面倒だなぁ。

 ここで討伐できた方が楽なんだけど……

 ああ、そういう状況に陥りやすいからふざけた理由で降伏した兵が殺されることがあるのか。

 まあ僕はそんな真似をするつもりもないけど。


 そう思いつつも、リーエル、ライアン殿、エメリアーナを連れて前に出れば、あちらも指揮官クラスの者が数名前に出て来た。

 二人がリーエルの守護に付き、僕は対応する為に声を上げる。


「白旗、という事は降伏するということでいいのかな?」

「は、はい……捕虜としての待遇を約束して頂けるなら……」


 と、僕と同年代と思われる若い男が前に出ておどおどと声を上げる。


「それは聖騎士も、という事で?」

「は、はい。あっ、い、いえ、聖騎士が、です。国軍側の総意ではありません……

 今あそこで揉めておりますが、聖騎士は聖戦ではなかったと知り、始まる前から離脱か降伏をと考えておりましたので……」

「なら何故、戦場へ……? 最初から離脱して然るべきでは?」


 と、話を聞けばそれを知ったのが行軍前日であった為に聖騎士内で話を纏める時間すらなかったのだとか。

 帰っても結局は粛清対象になるらしい。

 ただ、ここでの戦いを見て大半の者は一発で降伏したいと表明したそうだが。


「チッ……その程度の覚悟で出てくんじゃないわよ……」とエメリアーナが不快そうに呟く。


「ははは……どうやら教会側から始めたただの戦争だとは思っていなかった様でして。

 聖戦と言われたことでやるしかない相応の理由があるものだと思っていたようです」

「なるほどね……でも、恰好から見るにキミは聖騎士ではないようだけど?」


 そう問えば失礼しましたと身を正して名乗りを上げる彼。


「な、名乗りが遅れて申し訳ございません!

 ルドレール国、シーラン公爵家嫡男、フランツと申します!」

「いや、名乗りが遅れたのはお互い様だろう。こちらはリヒト・グランデ子爵だ」


 僕の方から名乗らずに話を振ったのだからそれほど恐縮しなくてもいいのに。

 そう思いつつもこちらも名乗りを返せば彼はギョッとした顔を見せた。


「とりあえず、少しなら時間も取ろう。総意を纏めてきて貰えるかな?

 ああ、逃げる者は止めなくてもいいよ。後に戦うか先に戦うかの違いだけだからね」


「こ、降伏を受け入れて頂けるので!?」と、彼は嬉しそうな様子を見せた。


「ああ。無用な死者を出すつもりは無い。

 勿論、戦争を始めた輩を守ろうと立ちはだかる者は討たせてもらうがね。

 その後の司法の問題は私の手を離れるから約束はできない」


 そう返せば彼は深く息を吐き、頭を下げ共に来た数人の者たちの所へと戻り言葉を交わしている。

 話し終わると一人の女性が再びこちらに歩いてきた。


「私は聖騎士第一席、リリアラと申します。聖騎士の総指揮を預かっております。

 降伏を受け入れて頂けるとお聞きしましたが、その……今後の待遇はどの様に……」

「それは国に問い合わせねば確約することはできない。

 だが、拘束するなどの戦う力を奪う以上の事はしない筈だ。

 しかし、最短でも戦争が終結するまでは解放はされない長ければ年単位となると考えておいてくれ」


 そう伝えると彼女はその線で話を纏めてくると言って自軍に戻って行った。

 しばらく待てばルドレール国軍は撤退を始め、聖騎士は大きく割れた。

 片側だけが白旗を上げている。


「まあ、そうなるよね」と僕は声を漏らした。


「むぅ……あやつらはどうしていきなり意見を変えたので?」と、ゾルさんが降伏したいと言ってきたのはあちら側であろうに、と首を傾げた。


「最初から纏まってはいなかったんだよ。集団の総意は簡単には纏まらないから。

 特に狂信者が多い教会ではね……」

「ああ……なるほど。ではあちら側が教会上層部の忠実な駒、ということですな?」


 そう言って好戦的な顔を見せるハインフィード軍。


「うん。そういう言い方もできるね。

 まあ今は大人しくしている様だし、少し様子を見ようか」


 正直、聖騎士たちと遺恨が残らないままに終わるならその方が都合が良い。

 当然降伏を選んだ者たちとの話だが、目の前で同僚を殺しては逆恨みとわかっていても恨む者も居るだろう。

 少なくとも自ら協力を申し出ようという気は削いでしまう。

 結局は町まで落とすのだから一度引いてくれる方がこちらとしてはありがたい。

 上手くやれば教会をひっくり返す事に協力して貰うこともできるだろうからな。


 教会には決定的な勘違いをしていたと世界に向けて告知して貰わなきゃならないのだ。

 戦争を起こしておいてリスクが無い訳がないと。


 国が無いということはいくらでも内部に入れるという事。

 各地に転々としているということは孤立しているという事。


 ルドレール国と共謀してアステラータ帝国を滅ぼそうと言うのであれば、僕らにとってマイナスの度合いは変わらないのだから後の未来のプラス面を考えれば危険でもやるべきことになる。


 だからここまでやって手を出されないと考えるのは愚かな勘違いだ。


 ここまで世界規模で勘違いした組織になったのだから、それを教会全体にわからせる必要がある。


 準備を整えるには聖騎士の助力があると話が早いので、教会に非があると理解している者たちは是非とも引き込みたい。

 ただ、己の間違いを認められない愚か者は沢山いるから、ここで割れてくれた方が都合が良い。


 そう考え、あちらの決断を待っていると、予想通り降伏を反対したであろう聖騎士たちは既に撤退したルドレール軍を追って退却を始めた。

 いくら狂信者とはいえ、ここで特攻してもただの自殺にしかならないとわかっているのだろう。


 そうしてルドレール軍を千程度削り、聖騎士五百を捕虜に取ることになり、開戦して一度目の戦いは終わりを告げた。


 そこで僕らは隊を半分に割り、一度トルレーへと戻り皇軍本部へと駆けこんだ。

 捕虜を取った話をすればあちらも大慌てだ。

 ゲン爺もここに置いていかれても面倒を見切れないと困り顔を見せた。

 かと言ってこの人数を城に送る訳にもいかない。

 

「ふむ。ハインフィード軍を十名ほど貸してくれるならサンダーツで面倒を見ても構わんが?」


 と、言ったのは義兄上である。


 念の為でハインフィードへと向かって欲しかったところなのだが、ここならば危険は無いだろうと多少戦力の残ったトルレーに居残っていたのだ。


「うーん……確かに一か所に置いてハインフィード軍がもしもに対応するのがベストですが……義兄上には前科があるからなぁ」


 と、ジト目を送る。


「待て待て。あれはお前の強さを勘違いしていたからだ!

 流石にこの状況で義弟に迷惑を掛ける様なことなどせんわ」

「わかりました。では、お願いします。

 ただ、聴取関係もありますしうちの人員だけでというのもよろしくないでしょう。

 皇軍の方からも監視を入れて欲しいのですが……」


 と、本部の人たちに声を掛ければ「勿論です」と言ってくれて三十名ほど兵を出してくれることになった。

 彼らも最初こそ慌てたが、左翼の快勝して捕虜まで取ってきた事でとても安堵した様子。


「それで、義弟はすぐに出るのか?」

「ええ。まだこちらにお願いされた任は終えておりませんから」


 そう。全軍が一つずつ町を取ったところで一度止まり話し合う手筈になっているのだ。

 損耗状況を図らずに突撃もできないが、防衛線が張れる状態になるまでは止まれない。

 僕らもルードを取るまでは進まなければいけないのである。


 とはいえ細かいところを口にするのはよろしくないので出ることだけを伝え、早速ハインフィード軍から十名選抜して捕虜の見張りに入って貰い、再び戦場へと踵を返す。



 

 僕らは左翼に戻り北上してリーエルたちと合流し、方針を伝える。


「次は町の制圧だ。男爵領の小さな町だが僕らは人数が少ない。

 今回は第二騎士団にも制圧に加わって貰うことになるだろう」


 そう告げつつ制圧方法を説明していく。

 門を越えたら一目散に領主を捕え、領軍と衛兵を制圧する。

 領主が降伏して従うならそれで終わるが、命を賭して抗うとなった場合は面倒なことになる。

 領主の首を刎ね武力をもっての制圧となれば、逃げ回って反抗する者の割合が大きく増えることだろう。

 無駄に手が割かれるし後の統治にも悪影響を及ぼす。


「その抗う心を折る為にも町に入る前の戦いでは圧倒的に見せたいんだ。

 だから、皆で僕を守って欲しい」


 そう伝えれば、最初にライアン殿やエメリアーナがが納得の意を見せた。


「ほう。あれをやるのですな?」

「ああ、そういう事。あんたの魔法、派手だものね……」


 ロドロア戦の時を思い出した様だ。

 リーエルたちも話には聞いている様で皆納得を見せた。

 

「うん。普通の人に皆の速さは測れないからね。

 僕が全力で魔法を使うくらいの方が反骨精神を折れると思う」

「がはは! であれば、ネズミ一匹通さぬつもりで全て叩き伏せてみせましょう!」


 そうしてルード男爵領を進み、町の手前まで行軍すれば、案の定町の前に逃げ出したルドレール軍が再び集結していた。

 その数、凡そ千数百。半数に近い数が居なくなっていた。

 聖騎士千とルドレール軍数百だ。

 ルドレール軍だけでみれば大半が逃げ出したと言えるだろう。


 その事実に自然と苦い思いをさせられた。

 ここに残ったルドレール軍の者たちは良くも悪くも己の国や町を守ろうとしている心根の者。

 居なくなった兵の大半は責任放棄して逃げ出した者だ。


 そして、死ぬのは大切なものを守ろうとした者たち。

 父上があれほどに国を乱すなと言っていた意味がよくわかる。


 今から殺す僕が想うことでは無いのだろうが、理不尽だな、と強く思う。


 だから僕は、拡声魔法を使い声を張り上げた。


『最終通告である! 直ちに抵抗をやめ、町を明け渡すのであれば降伏を受け入れた者への無用な殺生はしないと約束しよう!

 だが抵抗すると言うのであれば、竜を討伐したこの力にて全力で討たせて貰う!』


 そうしてブラフの言葉を混ぜつつも声を張り上げたが、やはり返答は否の様子。


 そうだよな。

 引けぬ何かがあるからこそ、あの圧倒的な差を見てなお出て来たのだものな。

 ならば僕も敵対者として全力でいかせて貰おう。


 と、ゆっくりと前に出ながら魔力を練り上げる。

 黒い渦が巻いている様が自分でも見える程に全力で練ったのは数えるくらいだが、今日は何時になく制御が上手くいく。

 近づいていき、魔力を散らす魔法を平面の楕円系に組み魔法を無効化する盾を構築する。


 近づけば近づくほどに様々な魔法が飛んでくるが、全て盾に掻き消されていく。

 僕の周りを皆が守ってくれているので打って出ようという雰囲気すらない。

 これならば魔道文字構築のみに全集中してよさそうだ。


 そうして盾ギリギリまで近づいて彼らを囲むように十数メートル規模のファイアーウォールをいくつも並べていく。

 異常な制御能力の調子の良さを不思議に思うが、プラス方面ならば今はいいと構築を続けた。


 魔法陣に気が付いた者もいたが何の魔法かまではわからなかった様子。

 孤立したくないと内側へと押し合う様に避難していた。


 だが、内側では近すぎる。囲まれている以上熱は通ってしまう。

 助かる者は居ないだろう。

 そう理解していながらもファイアウォールを起動した。


 二十を超える巨大な火の柱が渦を巻き外壁を越えて立ち昇る。


「リヒト様、凄い……」

「あんた、あの時の二十倍って……」

「これは確かに。心も折れますな……」


 皆がそう言っている間にもファイアウォールを止めて拡声魔法に切り替える。


『見ていた者は今からでも完全降伏するなら命は取らんと伝えてこい!!

 これ以上愚かな選択はするな、とな!』


 そう言って僕はそのまま歩を進めた。

 炭化する嫌な臭いに心を刺されながら。


 決して敵軍を滅したことを後悔している訳じゃない。

 戦争という嫌なものをより深く嫌なものだと理解しただけのこと。


 そうして門の前まで行けば、直ぐに門は開いた。

 あちら側からの操作にて。


 それから、話は驚くほどスムーズに進んだ。

 その最たる理由は、領主はもう逃げ出していたが分家が無条件降伏を受け入れたからだ。

 彼らが領主側を纏めてくれたお陰ですんなりと町の制圧が終った。


 文官の役割を兼任できる者など、リーエルとヘーゲルくらいしか居ないので中央軍に人を寄越して貰わねばルードを捨てていく形になってしまうが、一先ずは僕らの任された仕事は完了した。


「リヒト様……?」と心配そうに僕の顔を覗きこむリーエル。


「どうしたの?」

「いえ、お辛そうに見えましたので……」

「ああ、うん。必要だとはいえ、虐殺するってなるとちょっとね……」


 うん。あんなの虐殺だ。あれを戦いと呼ぶ者は少ないだろう。

 そう思っていたのだが、否定の声があがる。


「虐殺ではありません!

 あの者らは戦う選択をし、こちらを害そうと攻撃魔法を放ってきていたのですから!

 ただ、リヒト様がお強すぎたというだけの話です!

 虐殺だと思うのは流石に敵とはいえ同情してしまいます……」


 ああ、そうとも言えるのか。

 確かに。命を賭して全力で戦った相手にそれは失礼だな。


「うん。そうだね……これがあと何度か続くのだろうから僕も割り切らなきゃな」

「全く、お姉様もリヒトもこっち方面だとてんで甘いわね! この世界は弱肉強食なの!

 相手のが強ければこっちがやられるのよ! だから全力でやって当然なの!」


 敵兵が何人死のうが知ったこっちゃないわ、と憤るエメリアーナ。


 そうして二人の言を聞いて、結局はエメリアーナの考え方でいいのだと思い直した。 

 相手がどういう手札を隠しているかもわからないのだ。

 降伏勧告を入れる事が最大限の配慮。それ以上はただのうぬぼれか……


 そう結論付けて僕らは中央軍からの知らせを待った。


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