第73話 開戦
~~視点変更、一人称、リヒト~~
僕らは、数日掛けた行軍を終え、とうとうルドレール国内の予定した地点に陣を敷くことに成功した。
その事に安堵を覚えて息を吐く。
「ふぅ……これで一番心配だった第一関門は突破だね」
「えっ……まだ、何もしておりませんが……?」
と、己の強化に励み戻ってきていたルンが珍しく疑問の声を上げた。
それに他の者たちも同意しているのかこちらに視線を向けが、その声にリーエルが言葉を返す。
「ここから先の山を越えればサンダーツ領です。
ここを防衛できれば自国への被害は無いから、ですよね?」
「うん。流石に居ない間に越えられたら捕捉も大変だし、戦力もかなり削られるしでかなり面倒だったろうからね。
数か月前まではかなり後手だと思っていたけど、思いの外ルドレールの動きが遅くて助かったよ。まあ、聖騎士の動きは凡そ知っていたし途中からは大丈夫だとわかっていたけどね」
そう伝えると「自由に動けないってほんと面倒よね……」とエメリアーナが嘆く。
「そうだね。色々な事情が絡み合うから。僕らは最大限自由に動かせて貰っている方だけど」
そう返せば彼女は「これで?」と嫌そうな顔をした。
「むぅ……魔物の討伐であればそのまま出ていって役割通りに動くだけですからなぁ。
わしらは婿殿の指揮下に居らんといつ無法者にされるかわかりませんな……」
「ふふ、相当の大失態をしない限り大丈夫だよ。なんてったって皆は帝国の英雄だからね」
そうハインフィード騎士団の面々に向かって伝えると何故か驚いた様子を見せている。
「ハインフィードのではなく?」とゾルさんが問う。
「うん。アステラータ帝国で唯一無二の英雄。お城ではもうそう認識されている筈だよ」
「なんと……」と若干放心している彼らだが、直ぐに「ならば皆の墓前に良い報告ができますな! 散った意味があってよかったな、と!」と言いながらも快活に笑う。
だが、もうすぐ開戦という時にそんな話をされてしまったものだから第二騎士団の面々が委縮してしまっているので声を掛けた。
「第二騎士団も二十年もすれば近い存在にはなれるから、今は死なない立ち回りを覚えてね。
生き残って遠征に出続ければ自然と強くなるから」
「ふん、二十年もいらないわ! 五年よ五年!!」
「お嬢! そんな無茶な!!」と、エメリアーナの声に大声を上げる団員たち。
「弱音を吐いてんじゃないのっ!
あんたらもハインフィード騎士団名乗るならそのくらいの気概を見せなさい!」
「そうだね。その気概があれば十五年くらいで追いつける、かなぁ?」
と、どうしてもこの新人たちがライアン殿たちの強さに五年十年で追いつけるとは思えず、十五年でも疑問形になってしまったが、彼らは逆に安堵した様子を見せていた。
「さて、そろそろ索敵を開始しますか」と僕は声を上げた。
「ねぇ、本当にこれでやんの?」とエメリアーナが疑問の声を上げる。
その彼女の視線の先には風乗りの魔道具を装着した帆があった。
そう。折角使っていいと言ってくれたのだから索敵に持ってきていたのだ。
「うん。あるのに使わないなんて勿体ないだろ。安心して。僕が飛んで見てくるから」
「お、お待ちください! それほどに高く上がるなら、私かルンが!」
と、声を上げるヘーゲル。
彼も僕の御付きとして今回の戦いにはハインフィード軍に従軍している。
そういえば彼はまだ飛ばしている所を見ていなかったな……
そんな彼に「安全な物だから安心して。もう既に試運転は終わらせてあるから」と断りを入れて準備を進めさせた。
ハインフィードでもしっかり試してある。いつも止めに入るルンが黙っているのを見て彼も納得した様だ。
そうして紐を引いて空に上げて貰った。
自由には動けなかったが落ちるだけなら操作は簡単だ。紐を引いて魔力の強弱をつけるだけ。
もしもの時は背に固定している安全装置に魔力を送れば落下しても大丈夫みたいだし、風も無い今なら余裕だ。
と、考えつつも空に上がり索敵を開始すれば遠目にルドレール軍が行軍している様が見えた。
出来る限り地形と伏兵の軍が居ないかを見渡すが、現時点では一纏まりになっている様子。
当然、軍団規模じゃなければ把握しきれないが、それ程少数では町を落とすことはできない。
いや、強者ならば落とすことはできても掌握は不可能に近いと言った方が正確か。
後続が止められては無意味に終わるし孤立して討伐されるので恐らくは無いと思われる。
行軍しているのは父上が指揮する貴族軍の方か。
中央軍の方はまだ見えないな……
左翼と右翼を動かして、勝った方と一緒に挟み撃ちにでもするつもりかな?
何にせよ、最高戦力であるこちらが早期に動けるのは好都合。
そう考え、地に降りた後に皆に状況を伝える。
「敵軍は凡そ四千から五千の間くらいだろう。
折角間延びしているから削っておきたいところだけど、普通は口上があるんだよなぁ……」
「何よそれ……」と首を傾げるエメリアーナに説明する。
「大義を掲げ、そういった理由でお前らを討つって告げる宣告かな。
理由は様々、自軍へ命を懸ける理由を明確に伝えることや、敵軍との認識の行き違いを正すとか、戦う相手に間違いは無いのかとかね?」
「何で今更……もう開戦するのもその理由も明確なんでしょ?」
「うん。だけど、認識違いは大いに有り得るんだ。普通、誰も自国が悪とは言わないから。
その関係でうちが正しいんだと突き付け合う慣習みたいのが存在するんだよ」
「はぁ? 子供じゃないんだから……」
と呆れるエメリアーナだが、実際にそうなのだ。
本当に食い違う事の方が断然多いのである。
であればどちらかが、または両方が嘘を吐いているという事になる。
言っておけば中には自分で調べ、怪しければ国内で声を上げる者が出たりもする。
既に思い当たる事がありあまりに非道であれば兵に動揺が広がったりもする。
多少は士気にも関係するのである意味計略みたいなものだから嘘を吐き合う事も多い。
まあそうした理由が無くとも誰だって自分が正義だと言いたくなるものだ。
戦場は人殺しを行う場なのだから。
そんな流れから始まったものじゃないかと考えている。
今では開戦して一度目の戦いでは口上を行う事が慣習としてマナーの様になっているのだ。
ただ、今回はもうサンダーツで兵を挙げて騙し討ちをしてきたと言える状況。
そのまま奇襲しても問題はない。
「リーエル、どうする?」と、彼女に是非を問う。
「しても不利にはなりませんか?」
「うん。後方に引ける距離は結構あるから、押し引きできるしそれほど変わらないかな」
「では、やっておきましょう。
敵国と言えどハインフィードが礼儀知らずと言われるのは癪ですから」
その声に頷いて僕らは敵軍到着を待った。
そうして暫くして見えてきたので、陣形を組む。
いつもの魔物討伐の時のもの。
だた間隔の空いた整列だ。
本当ならば大規模な戦いでは鶴翼の陣とか色々な形があるのだが、大軍に二百の軍がやっても囲むどころか挟む事すら難しい。
慣れている纏まった陣形の方がいいだろうといつも通りにした。
それほど細かい指示も通らなそうだし……
そうして考えている間にも敵軍が隊列を整えていく。
形を見るにルドレール軍だけを見るなら前列の中央の軍だけが前に出ているし魚鱗の陣かな。
後ろの聖騎士は本隊の斜め後方で整列していて組み込まれている感じはないしな。
しかし、この数を見たなら普通、囲む陣形だろ……
上層部の人間が一番厚く守られる陣を選んだのか?
そんな事を思いながらも拡声魔法にて声を上げる。
『これよりアステラータ帝国からルドレール国へ宣戦布告を申し上げる!
起因はルドレール国が我が国に再三に渡る攻撃を行ってきたことに因るもの!
アステラータ城に兵を忍び込ませ攻撃を行い、サンダーツでも同様に兵を忍ばせトルレーへと仕掛けている!
他にも様々な謀を行ってきたが、大使に確認させても証拠を提示しても開き直るばかりで話にもならない! 挙句の果てには教会と共謀して戦争を仕掛けてくる始末!
故に、我ら帝国はルドレール国を看過できぬ悪とし、討伐することが決定された!
よって、もう問答は無用である!』
さて……これでもういいかな。
と、言葉を止めて相手の口上を待つが、何やらこちらの人数を見て笑っているらしい。
此方の数を見てあちらの指揮官か誰かが何か言ったのだろう。
拡声魔法を使っていないので聴こえないが。
けど、いいのかなぁ……そんな舐めた真似をして。
うちにはそういった振る舞いを絶対に許さない子が居るんだけどなぁ……
そう思っているとやはり彼女が動き出した。
少し前に出ると手ごろな岩を手にし、思い切りぶん投げる。
その岩は一人の敵兵を吹き飛ばした。
後方に並ぶ兵にぶつかり数人が後ろに倒れていく。
「ほぉ、上手いもんだ。どれ」とライアン殿も岩を持つ。
それに続いて皆が隊列を崩して思い思いに岩を探し始める。
なんて規律のなっていない軍だ、と自軍の事ながらも笑ってしまう。
「そいやっ!」とライアン殿が声を上げると数人が吹き飛ばずに倒れ、何故か少し後方の方の兵が弾ける様に吹き飛んだ。
えっ……貫通したってこと?
鎧付けてるのに?
などと考えていると次々とまるで光線の様に岩が投げ込まれて敵軍の隊列ががどんどん乱れていく。
「もう、行ってもいいわよね……?」と額に青筋を立てたエメリアーナが剣を抜き前に出る。
「ああ。けど一つ注意して。押せても引くことがあるけど作戦だからよろしくね?」
「わかったわ」と、戦乙女を着込んだ姿で剣を構え前に出るエメリアーナ。
少数すぎるので本当なら第二騎士団も共に在るべきだが、そっちの指揮は今回に限り後ろに居るリーエルに任せていて守りにベテラン勢も十名付けてある。
こちらは僕とルン、ヘーゲル、エメリアーナとライアン殿たちの七十数名だが、正直その人数でも蹂躙してしまう気しかしない。
まあ、聖騎士が前に出てきたら多少状況も変わるのだろうけど。
と、未だ後ろから動かない聖騎士の動向を監視しつつも特攻する彼らに付いていく。
『き、貴様は恥を知らんのか! こちらの口上がまだだろうがぁ!』と、今更になって拡声魔法で声を上げる男の声が気になり視線を向けると、居るはずの無い男の姿に僕は自然と足が止まった。
はぁ……?
なんであの男がここに居る。
それも敵兵としてだと……
その声を上げていた人物は紛れもなく兄であるロベルトであった。
その事実に強い苛立ちに襲われる。
お前、父上と母上にまで剣を向けたのか……?
終っているお前をあれだけ愛してくれた両親に?
ああ、やはり本当にどうしようもない奴は何処までもダメなんだな……
そう思いながらも僕は声を上げた。
「ルン! ヘーゲル! わかっているな! あれは絶対に討たねばならん!」
声を張り上げれば、いつもなら止める二人が問答も無しに頷いた。
そう。二人もわかっているのだ。
あれはもう、グランデの者にとって迅速に討たねばならぬ存在だと。
「はい。全く、何処までグランデの名を貶めれば気が済むのでしょう……」
「家から追い出したとはいえ実子ですからね……我らで討つのが筋でしょう」
そう言って前に出て敵兵を討ち道を作る二人に追従する。
幸い、ハインフィード騎士団が前列に居る千の大隊を完全に割る形で蹴散らしているので到達はそれほど難しくない。
そのまま突っ切れば本隊へと進めるだろう。
彼らが通った後だ、前方はほぼほぼ敵が殲滅されている。
ハインフィード軍はもう完全に一度最前列の隊を抜けていて、折り返し殲滅に取り掛かっている。
これならば安全に進めそうだ。
まあ戦力を見るに切り札を全て切れば討って戻るくらいは容易いだろう。
あいつ自身には戦闘能力なんてほぼ無いからな。
そうして追い越そうとする僕らを見て「リ、リヒト!?」と、驚きの声を上げるエメリアーナ。
「どうしても我が手で討たねばならない敵を見つけた!
勝手な事を言っているのはわかっているが討った後の退路を頼む!」
殿下が内通し廃太子にすることで皇家が責任を取ったばかり。
今この事が露見すればグランデ家はかなり面倒な立場に陥る。
追放後とはいえ、各方面から追及を受けるだろう。
その時、ロベルトが生きていれば恐らく母上はルールを無視してでも庇おうとしてしまう。
戦争という強い恨みが最高潮に達している時にだ。
だからこそあいつには一刻も早く消えて貰わねばならない。
死んでさえいれば、討ったのがグランデ家であれば問題が大きくなることは無いのだから。
ハインフィード軍を預かる指揮官としてやってはならない事だとわかっているが、どうしてもここだけは頼らせて貰いたいと声を上げた。
「はぁ? あんた、ふざけてんの!? なら私を連れて行きなさいよ!!
あんたと姉様の剣になるって言ってんでしょうが!!」
確かに勝手な行いだが、これはグランデの問題。
これ以上巻き込む様な形にするのは……
いや……そういえば彼女はそんな事を気にする奴じゃなかったな。
ここで助力を願わないのは逆に裏切り行為でしかないか……
「わかった! 礼はする! うちの問題で悪いが手を貸してくれ!」
「だから! うちらの問題だって言ってんでしょ!!」
そう言いながらも敵を討ちつつ近寄り並走するエメリアーナ。
気が付けばライアン殿やゾルさんまで隣に居た。
「がはは! エメリアの言う通りですぞ、婿殿!」
「自分の問題だけ一人で抱え込まれてはこちらの立つ瀬がありませんぞ」
と、彼らは声が色んな方向から聴こえてくるほどに高速で動き、僕らの周囲に居る敵が一掃されていく。
「ちょっと! 私の分!」
「やりたければやればよかろ。面倒なほどに沢山居るではないか」
「然り然り。婿殿の頼みともなればわしらも譲れんからのぅ。己が力量で取るがよかろう」
ゾルさんがそう言うと三人での競争が始まる。
いや、出だしも遅ければ地力も負けているのでエメリアーナは既に大敗しているが……
そんな彼らの活躍で瞬く間に僕らの通る道が出来上がっていく。
周囲の兵が自ら道を空ける様に割れ出したことで諦めたのか目を吊り上げ怒りを露わにしながら戻ってきたエメリアーナが並走する。
「エメリアーナ、ありがとな」
「……ふんっ! その言葉はあの大人げない爺共に言ってあげたら!!」
「いや、隣に付いていてくれるだけで心強いから……ここは敵軍の中だよ?」
そう告げれば鼻を鳴らす音が弱まり少しは落ち着いた様子を見せた。
それに安堵しつつも周囲を見渡す。
敵軍は最前列の大隊が凡そ千。両サイドに五百。本体に千と言ったところだったが最前列はもう壊滅と言っても過言では無い有様。
はは……数の差を考えたら絶望的なのはこっちなんだけどな。
どうやら絶望を感じているのはあちらだけのようだ。
と、何もできず蹂躙されていく様を見て唖然として動きを止めている敵兵たちから目を離し、討つ目標へと視線を向けると他の者たち同様に動きを止めていた。
まあ英雄が八十人も集まるなんて普通有り得ないからな。そんな反応にもなる。
都合が良いと敵軍本隊に四人で突っ込み、とうとう対面していると言える距離まで近づけた。
元、兄だった男が僕に気が付いて声を上げる。
「なっ……!? 貴様! リヒトだったのか!?
な、なんだその目は! 弟の分際でこの俺に剣を向けようと言うのか!?」
いつになく勢いがない。
僕に対して後ずさるなんて初めてじゃないだろうか。
流石にどこまでも愚かしくても死期くらいは感じているらしい。
「はぁ……もう兄を名乗るのはやめてくれないか?
お前はアステラータに攻め入るただの敵国の兵だろ」
「ま、待て! わかった! 俺が皇帝になったらお前を取り立ててやる! だから、待て!」
ああ、そう唆されて踊らされたのか。
本当に頭の悪い男だ。
そんな者に一つとてまともな権限が与えられる筈ないのにな。
反旗を翻せる可能性など残すはずがないのだから。
必要な間だけ使って掌握したら切り捨てられるだけだというのに。
いや、これほどに外道な男が頭まで良い方が困るか……
まあどちらにしても今回、沙汰を下すのは父上じゃない。
ここでこいつを生かすか殺すかの決定権は僕にある。
ならば確実に処す。それだけだ。
「お前には父上と母上の苦悩など、一生わからないのだろうな……」
「わ、わかった! 父上にはちゃんと謝る! だから、なっ?」
そう兄だった者が言い、僕が剣を振り上げた瞬間、首が落ちた。
僕はまだ剣を振っていない。
やったのはエメリアーナだ。
突然の横入りに驚きつつも彼女に視線を向けた。
「……私はあんたの剣なんでしょ。だから代わりにやったの。
私は何とも思わないし、ここは私がやるのが一番いいと思ったのよ」
どうやら彼女なりに色々考えてくれていたようだ。
まあ、確かに僕が直接討たなきゃいけないわけでもないか。
僕の居る軍が確実に屠ったのならそれでいい。
「そうか。悪いね……気を遣わせた。このままじゃライアン殿たちに悪い。一度引こう」
そう言いながらも僕はロベルト兄上の死体を燃やした。
跡形もなく。
父と母にこの事実が伝わらない事を願って。
そう思いながらも後退しようとしたのだが、敵軍本隊の方が先に逃げ出した。
いや、聖騎士の方へと向かっているのか。
本当にただ逃げ出した者もいるが……
あっ……それに釣られて左翼右翼も逃げ出し始めたな。
まあ、殺すことが目的じゃない。逃げてくれたほうが都合が良いか。
そうして僕の元にハインフィード軍が全員集結する頃にはもう聖騎士以外は軍の体を成していなかった。
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