第22話 入れ食い


 あれから結局、陛下まで一直線で話が回った。

 サイレス侯爵から父へ、父から陛下へととんとん拍子で話が進んでいき、早速お城へと呼び出されることとなり応接間にての話し合いとなった。


 学生からは僕ら三人とサイレス家の二人、大人は陛下、宰相、父上、サイレス侯爵その他数名が顔を合わせることとなった。


 もし本当に他国の軍まで入ってきてるともなればもう洒落にならない事態。

 そう父上と侯爵が話し合い、最初から陛下に相談の下で進めようという形となった。


 幸いロドロアは協力者だと思われる周辺領主は大半の貴族が挙兵を声高らかに宣言したお陰で身動きが取れない状態だそうだ。彼らも素知らぬ顔でこちら側からの挙兵を宣言している。

 予定では一月後にこちらからの出兵という形を取るらしいので多少の時間ならある。


 そうして始まった僕のプレゼンテーション。


 ライラ嬢とミリアリア嬢の対立を煽って殿下に公衆での断罪をして貰おうというもの。


 殿下が馬鹿過ぎる想定で考えられている作戦の為、周囲の目は芳しくなかった。

 いくら女性に目が眩んでいるとはいえ殿下がそんな事をする筈があるまい、という結論にまで至ってしまった。


 あいつなら煽れば普通にやると思うんだけどなぁ……

 まあやり過ぎなければいいらしいのでやってみればわかる事だけど。


 そう思いつつも殿下の誘導に失敗した場合には、ライラ嬢に惚れた殿下の気持ちを酌むという形でサンダーツ家にも機会を与えるとし、功績を多く積み上げた方が皇太子妃をという情報をギリギリになってから伝え、思考能力を奪うという方向でいく事とした。

 多分、サイレス侯爵が陛下から事前に話を聞いていたという顔を見せ煽れば、負けられぬと最高戦力を持ってくるだろう。プライドの高い奴らしいから。


 どちらにしてももう国から許可を貰ったので悪者になる心配だけは無い。

 気楽に当たらせて貰おう。


 そう思いつつも企画は通り、明日の放課後から作戦を始めるとの話に落ち着いた。





 そんなこんなで一晩が明け、授業も終わって放課後。

 早速僕はライラ嬢を探しに教室を出た。


 一年の廊下に来たものの、どのクラスに居るんだろうな件の令嬢は……


 そう思い見回しながら歩ていると後ろで「きゃっ」と女の子の声が聴こえた。


 振り返るとそこにはわざとらしく転んだ令嬢が居るのが見える。

 あの社交パーティーにて殿下に絡みついていたライラ嬢である。


 今、丁度魚が餌を突いたと言えよう状態。好都合である。

 だが、まだ浮きがちょんと一つ波紋を立てただけだ。

 とりあえず喰いつくか試そう、となるべく紳士に対応する。


「大丈夫ですか。よろしければお手を……」と膝を付いて令嬢に手を差し伸べる。


「やだ、えへへ、私ったら……恥ずかしいな。

 あれぇ、見ない人だぁ。もしかして……先輩、ですかぁ?」 


 両手で手を取り立ち上がったまではいいのだが、手を離してくれないどころか胸元へと持っていき身を寄せてくるライラ嬢は、初対面ではあり得ない程に顔を近づけ覗き込むように間近で不躾に直視してきた。

 ディクス君の言っていた通り、手当たり次第に男にすり寄り甘い声を上げる令嬢の様だ。


 令嬢が媚びを売る様はよく見るが、これは酷いな……色を使う気が満々すぎて引く。

 一歩間違えれば舐めていると捉えられるだろう。


 いや、間違いなく舐めてるな……


 ライラ嬢の『私、今あなたに可愛い表情を作ってあげてるんだからね?』と言いたげなわざとらしい顔に離れたい気持ちを覚えつつも、ぐっと我慢する。


「あ、ああ……グランデと言う。これでも公爵家の御曹司だよ。後輩君」と、少し先輩風を吹かせて声を返せば「ふわぁぁぁ♪ 素敵なひとぉ♡」と更に甘ったるい声に変わり身を寄せてきた。


 わざとらしさに気持ち悪さを感じ「あ、うん……」と正面からくっ付かれたくなくて一歩引いてから後ろを向いたのだが、それにも構わず後ろから抱き着いてきた模様……


「えへへ、もしかして照れちゃってます?」

「調子に乗んな! ゴ、ゴホン。キミはまだ一年坊だろ。先輩をからかうものじゃないぞ」


 イラっときて本気で調子に乗るなと言い返しそうになったがぐっと堪えて優しく返す。


「えぇぇ? からかってる訳じゃないんですけどぉ」


 と、背中に顔を擦り付けてくる知らない相手に早くも限界がきて僕は声を上げた。


「あっ、アストランテ殿下!」

「――――っ!?」


 ビクンと震えて明らかに不自然に離れるライラ嬢。


「なーんちゃって」と真顔で返せば時が止まったかの様な静寂が訪れる。


「「……」」


 スンと白けた顔でお互い見つめ合う。


「へぇ……やっぱり殿下を狙ってるんだ?」


 と悪い笑みを浮かべてライラ嬢へと問いかけた。


 言外にでも認めさせなきゃ話にもならないので上手く揺さぶる必要がある、と表情や口調をこっちも作っての対応。


「べ、べつにぃ、そういうわけじゃないですけどぉぉ……」


 てわすらしながらくねくねもじもじとし続けるライラ嬢。

 途中で言葉を止めたままに。

 ぱちぱちと瞬きをしてこちらを見上げ続けた。


 な、何がしたいの……?

 誤魔化すなら誤魔化せよ!

 弁解の言葉がある様で止められたら待っちゃうだろうが!

 時間が無駄なんだよ!!


 そう思い頬が若干引き攣りながらも言葉を待つがずっとくねくねしている彼女。


 早く本性出して欲しいんだが……もう色々しんどいなこいつ。

 まあ、作ってます感が滲み出過ぎていてこれも本性と言えば本性だけど……


「いや、もういいから。今の態度と噂の感じではっきり分かったしさ」

「ひ、ひどぉぉい!? もしかしてぇ先輩はぁ、私が悪い子だって言うんですかぁぁ!」


 はっ……?

 エメリアーナじゃないけど、こいつ殴りたい……

 なんだろう、この異常に腹立つ感じ。

 豚と罵られた時よりよほどイラっとくるんだが……不思議だ。


 これに誘惑されて落ちるってどういう事?


 大変不思議だが、ここは我慢だ……

 それよりも早く話を進めよう、と言葉を返す。


「いや、そうじゃないよ。

 けどさ……殿下が欲しいならなんでそんな温くやってるのかなって不思議でさ。

 もう手に入る段階にきてるのに、楽しむ為に長引かせて機を逃したら勿体無くない?」


 ピクリ、と反応を示してこちらを伺った後、表情が一変する。

 と言っても冷めた感じになっただけだが、こっちの方が全然マシだ。


「どういう事かなぁ?」と冷めたトーンでの問いかけ。


「聞きたいの?

 ああ、キミは何も言わなくていいよ。巻き込まれたくないから。

 この前、授業中にミリアリア嬢のことを何度もチラチラ見てたからゆっくりしてると危ないかもしれないと思ったんだよね。

 もう、キミが苛められて耐えられないって泣きつけばあの方は動くんじゃないかな」

「……ふーん、先輩って初心っぽく見せて悪なんだ?」


 腰を折って態々上目遣いを作っていくライラ嬢。

 一応、気持ち悪い喋り方ではなくなったので多少マシにはなったが、それでもあざといと言わざるを得ない。


「そういう男、嫌い?」

「ううん、結構好きかも……」


 ふぅ……丸め込みは成功した様だ。

 これで今回はダメでも次に誘導する口実が出来たと思っていいだろう。


「ふーん。じゃあ上手くやって偉い人になれたらよろしくね?」と踵を返して手をひらひらと後ろ手に振りながら足早にその場を去った。


 そうして見えなくなるまで遠ざかった所で一人息を吐く。


 はぁぁ……今までに無いタイプで本気でしんどかった。


 ある意味難敵だったな。僕は上手くやれたのだろうか……

 本当はもっと迅速に動いて貰える様に細かく誘導したかった。

 明確な証拠も無しにただ泣き落としをするだけでは流石にそんな大騒動にはしないだろう、という不安がある。


 だがしかし、本気でドン引きさせてくる相手が全力で甘えてくる状態から早く抜け出したくて勝手に足が反転してしまったのである。


 でもまあファーストコンタクトとしては悪くはなかっただろう。

 心の内の半分くらいは引き出せた筈だ。

 流石にあれだけじゃ無理だろうけど、急ぐより日数を掛ける方が無難だ。

 ロドロアに遠征させる程の物資の流れが無い以上、最低でも二週間程度は時間がある筈だし。

 

 階段を上った所で立ち止まりそう考えていると、あの気持ち悪い子に自分から何度も群がる羽目になるのか、という結論に至りと心が重くなり、先ほどの事が思い出される。


 相手への尊重が無いどころか、異性が自分の我儘を聞き入れるのが当然だと思っている言動。

 ミリアリア嬢の悪評さえ流していなければまだ天然かもしれないという線があったのかもしれないが、婚約者が居る相手にすり寄っていてそれだからもう疑いの余地は無い。


 うん、本当に嫌いだ。ああいうタイプは。


 僕も打算で動くタイプだが、流石に何もしてこない相手から何かを奪おうとはしない。

 だが彼女は欲しくなった物をただ奪う事を喜びとしている様にしか見えない。


 そんな人間の振る舞いだった。


 その顔を思い出してげんなりいると「うわぁぁぁん!」と女性の泣く声が響く。


「はっ――――――――まさか、もう実行に移したのか!?」


 予想外過ぎる事に一瞬思考が止まりかけるが今のは明らかにライラ嬢の作った声だった。

 つまりはもう泣き落としで殿下が動くんじゃないか、というさっき僕が告げた言葉をもう実行したという事だ。


 しかし、僕にとっては悪い事ではない。

 流石の殿下もこの程度じゃ公の場で断罪したりはしないだろうが、進展の礎にはなる。


 もうお城に話が通っているので公の場じゃなくてもいいのだ。

 殿下の監視役が聞いていればそれでいい。


 そう思っていれば、直ぐに校内放送が流れてきた。


『ミリアリアぁ! ミリアリア・サイレスぅ! 今すぐ昇降口まで降りてこいっ!!』


 と、学校中に殿下の怒鳴り声が響いた。

 魔道具により拡張された音声での校内放送。


 その後直ぐに、ミリアリア嬢とリーエルが揃って早足で教室を出てこちらへと歩いてくる。


「あの、あなたは今さっき動き出したばかりだったと思うのですが……一体何を為さったの?」

「リヒト様、まさか言う事を聞かせる為とはいえ、ライラ様に過激な事はなさっておりませんわよね?」


 何故だか、僕に疑いの目が向く。

 それを素早く回避しようと状況の説明を行えばリーエルが正面から抱き着いてきた。


「えっ、あれ……いいのか? 嬉しいけど……」


 てっきりライラ嬢の件で怒りを向けてくると思っていたからくっ付いてくるとは思っておらず、そう尋ねれば引っ付く力が強くなった。

 その気持ちにお返しすると為に、とこちらからも優しく抱きしめる。


 そんな至福の一時に身を委ねていると嫌そうな声が聴こえてきた。


「あの……私にとっては苛立つ情報しかありませんでしたし、少しは加減して頂けませんか?」


 ミリアリア嬢に『イチャ付くな』と言わんばかりにじろりと睨まれて離れる。

 

「はぁ……ちゃんと助けてくれるんですよね?」と彼女は呆れ気味に問う。


 ここまで話が動いたならライラ嬢はもう要らないので、ミリアリア嬢の味方という立ち位置で何ら問題は無い。

 というか仕組んだのが僕だしサイレス侯爵家に掛ける負担は出来るだけ減らさねばならない。


 不安も滲ませる彼女に「うん。予定まで話が進んだら後は任せて」と返して歩を進める。


 少なくとも謂れのない中傷は避けなければ、と二人と共に下駄箱の方へと降りていく。


 流石はミリアリア嬢。

 校内放送で怒鳴り声を上げられたというのに臆面も無く、澄まし顔で堂々と歩いて行き殿下に声を掛けた。

 その様に彼女の品位が上がり、同時に声を荒げた殿下の格を下げた風にも感じさせる堂々たる振る舞いだ。


「殿下、一体どうなされたのです。あのような乱暴な物言いで校内放送など……」

「どうした、だと!? どの口が言う! 見損なったぞ、ミリアリア!」


「ですから……そもそもが何のお話で?」と、残念過ぎる言葉の切り口に問い返さねば返すこともできないとミリアリア嬢が問う。


「貴様は私がライラに優しくしたことに嫉妬して『一切していませんが?』――――っ!?」


 ゴミを見る目で食い気味に間髪入れずに否定されて言葉が止まる殿下。

 思わず笑い声が漏れそうになる。

 大変小気味が良いのだが、作戦としては進めて貰わないと困る。


 進まないからもうちょっと話させてやってくれ、と殿下から見えない様に彼女の背中を優しく指先でトンと叩く。


「全くしていませんが……どうぞ」と、しっかりともう一度否定しつつも続きを促す彼女。


「ど、どちらにしてもライラを苛めたのだ! そんな女は国母に相応しくない!」


 あっ、この言葉が出たらもういいや。これ以上は傷を深くさせないうちに終わらせたい。

 そう思って拡声魔法を使い、即座に声を上げた。


 簡単な魔法だ。使い慣れずとも即座に出せるもの。

 それを魔道具にしたのが先ほど使われた校内放送のものである。


『失礼、二年のリヒト・グランデと申します。

 この度、アストランテ殿下の浮気調査をして欲しい、とグランデ家は皇帝陛下から直接依頼されて動いておりました。それに付随すると判断させて頂いたのでお話に入らせて頂きます』

「なっ!? 何だと!? そんな話は聞いていないぞ!!」


 僕が前に出た事で殿下は苛立ちに声を張り上げ、ライラ嬢は裏切られたという顔で睨みつけてきた。


『先ず、サイレス侯爵家の名誉の為に一つ。

 数か月ほど前から秘密裏に行っていた調査にてミリアリア嬢は一切苛め等を行っておらず、会話も一般的な言葉を二度交わした程度でしたので、彼女は無実だと証明されています』


「はぁぁ? あんたが泣きつけって言ったんじゃない!!」と、我慢の限界がきた様でこちらに詰め寄り声を張り上げるライラ嬢。


 その言葉が野次馬たちの興味を引いたので丁度良いと彼女にも拡張音声にて言葉を返す。


『ライラ嬢、拒否してもキミが抱き着いてくるから本命の男に泣きついたらと言っただけだ。

 人の婚約者を寝取ろうとしているのに僕にまで近寄ってくるのが信じられなかったんだよ。

 ごめんね。僕は愛する婚約者が居るからさ。早く離れたくて適当な事言っちゃったかな?』


「は、はぁ……?」と異論はありそうだが返す言葉を失っている様子。


 まあ、言い返せないわな。

 言っている事は全て事実だし、何か言おうにもぼろしか出ないもの。

 よし。これでもうすり寄っては来ないだろう。


 さて、こんな場で話をしていても仕方ない。

 すぐに上へと持っていってそっちで何とかして貰わねば……


『こうした問題が起きた際、お城へと関係者の呼び出しを行うとの指示を受けております。

 ですのでミリアリア嬢、ライラ嬢の両名はこのまま校内にて連絡をお待ちください』

「ま、待て! 何故グランデが仕切っている! 誰がそんな勝手な事をして良いと許した!」


 此方に怒気を発するアストランテ殿下に『何度も言わせるなよ』と嫌味を乗せて冷ややかに言葉を返す。


『何度もお伝えせねばわかりませんか。皇帝陛下から直接命を受けて、と申しました。

 ご存じ無いのですか。うちはよく皇帝陛下から直接命を賜る立場に居る事を。

 皇太子殿下とはいえそこを疑われるのは陛下に対する礼を失する行為かと。

 では、そういう事ですので皆様もこの場は解散ということで……』


 魔法にて声を飛ばし、集まった野次馬に散れと申し付けると少しづつ人が減っていく。


 その中には『マジかよ。浮気して逆ギレとか最低じゃね』とか『だよねぇ。流石に最悪過ぎて言葉出ないわぁ……』と悪し様に吐き捨てていく者も多く、殿下は一丁前にダメージを負った様子を見せていた。


 流石は僕にも平気で悪口を言う馬鹿どもだ。

 皇太子殿下にすら聞こえる場所でも言うらしい。


「おい、グランデ貴様! 父上からの命がもし嘘だったら承知せぬからな!」

「はぁぁ……そもそも、危機を救って貰っておいてその言いぐさは何ですか。

 公衆の面前でサイレス侯爵家に喧嘩を売るとか、貴方は正真正銘の馬鹿なんですね」


 国でも力ある上位の貴族。婚姻を結び繋がりを強固にすべき家。婚約相手も器量良しの才女。

 どこに文句があるのかがわからないし、本気でぶつかる様な事になれば危ないの自分だ。

 煽れば乗るとは思っていたけれども、まさかライラ嬢にちょっと泣きつかれた程度でこんな大事にするほど馬鹿だとは思わなかった。


「貴様……皇太子の私に無礼が過ぎるぞ! 有り得ぬわ! 父上に報告を入れさせて貰う!」

「ええ。もしこの事で責められる様でしたら私の方からも陛下に言わせて頂きましょう。

 国を滅ぼそうとする者を本当に後継にするおつもりですか、と」


 わなわなと怒りに震えながらこちらを睨む殿下。

 彼は後ろからしっかりとライラ嬢の腰にも手を回し何故か胸までギュッと握りしめている。

 さっきの僕に抱き着いてきた発言で嫉妬でもしたのかな?

 なんかもう、婚前交渉も済んでいそうな有様だ。


 だが、そんな事はどうでもいいので野次馬がある程度散ったのを確認して僕らもその場を後にする。


 普通に玄関から出ていつもお迎え待ちに使っているガゼボへと腰を掛けての雑談。

 ミリアリア嬢とディクス君を含めて僕ら五人でテーブルを囲んだ。


「あの、殿下にあそこまで言ってしまってよろしかったのですか……?」


 と、心配そうな様を見せるミリアリア嬢。


「うん。今回ばかりは致命的すぎたからさ。何も言わない方が不忠なレベルの行いだしね。

 それに僕はもう彼を担げない、というのが確定したしいいかな。

 あれが変わらぬままに後継に成りそうなら出来る限り力を削ぐつもりだから」


 まあ、その為にポジション獲得を急ぐべきとなったのは事実だけど。

 流石にハインフィードの威に頼るばかりじゃ居られないからなぁ。


「当然ね。リヒトは必要な事をきっちり言ってくれるから気持ちが楽でいいわ!」

「リヒト殿のお陰で事前準備があればこれほどの事が出来るものなのだ、と私も勉強になりました」


 珍しく大人しくしていたエメリアーナがよく言ったと褒め、ディクス君は学院内だけでなら自分にもできそうだと思案に耽った後、こちらに問う。


「殿下から悪評をお城にまで上げられては横槍や難癖を入れらないでしょうか」と。


「あはは、ハインフィードというネームバリュー込みだけどさ……ガン無視しても国がハインフィードを本気で咎めることは武力的に無理だから注意喚起程度だよ。グランデ相手でも同様だ。

 どちらが勝つかは置いておいても、もし戦えばどちらにしても他国に侵略される未来しか見えないからね。

 その関係で下手に攻撃できないから、周辺領地からもそっぽを向かれる様な状況を作らなければ割と自由なんだよ。

 リーエルのお陰で周辺の領地関係も良好だしね。力関係がわかっている貴族は動かないよ」


 そう。うちはお客は来ないが、周辺領地との手紙のやり取りは密に行っている。

 高価な素材を排出している上で、配慮した行いを徹底しているので関係は良好だ。

 派閥に属さない事や、先代が亡くなって大変な時ということで訪問を控えているのだろう。


「うふふ、もっと領内の力を高めて自由を勝ち取って見せますわ!」


 何やらファイティングポーズを取ってやる気を見せるリーエル。

 領内の事業から自信が付いてきた様で意気込みをポーズで見せたりするので、余計に愛らしく見えてしまう。

 痩せ切ってからの彼女は少し怖い程に綺麗だ。


 そんなリーエルを見ていたミリアリア嬢が何やら悔しそうにつぶやく。


「わ、私も領主になりたかったわ……」と。


 女領主となってバリバリ仕事をこなすカッコいい女性になりたかったみたいだ。

 だが相当酷くない限りは長男が嫡男となるので、真面なディクス君が居る以上ミリアリア嬢はサイレス家の当主になる事は不可能だ。


 しかし、仕事に生きるという面では皇太子妃ならばできる事の幅は広い。

 皇太子妃というのは将来の国母。それは大変恵まれた事。

 サロンなどでも常に主役級として活躍できることだろう。

 であれば、たとえ伴侶があれでも仕方ないと自分を納得させていたのだとか。


「ですが、これでもう私の役目も終わりですわね……」


 と、何やら黄昏ているミリアリア嬢。


「あのさ……諦め早すぎない? 皇太子妃でいいならライラ嬢を叩き潰せばいいだけでしょ。

 面倒になって辞めたいなら辞めればいい。ただどちらも選らべる転機なだけだよ。

 僕から見てもハインフィードに来て手伝って欲しいくらいの人材だし、取れる道は多い。

 リーエルと同じくらい優秀なミリアリア嬢なら役目なんて居るだけでポコポコ生まれるよ?」


 どちらにしてもキミの役目がこの程度で終わりとできる程この国は安定していない。


 と、淡々と事実を突き付けてみれば「行き場を失ったら、そちらに行っても宜しいのですか?」とミリアリア嬢が問い「当然です!」とリーエルが返した。


「私も、ア、アリアちゃんと一緒にお仕事してみたいです……」

「まぁ……なんかこういうの嬉しいわね。私もエルちゃんと呼んでもいいかしら……」


 二人はもじもじしながら略称を呼び合い頬を染めている。

 おててを取り合いチラチラとお互い頬を染めて顔色を伺っている。


 ……なにこの子ら。なんか尊い。

 この二人、清純すぎるんだが?


 そうしている間にうちの馬車が迎えに来てくれてこれからが本番だという事を思い出し、そのまま僕らは五人でお城へと再び向かうこととなった。



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