第118話 大国の全力
リヒトがエルネストとも合流しルドレール城に集まった一月後。
ハーケン城にて行われた議会は荒れに荒れていた。
「こ、これは帝国の策謀です!」
「そんなことはわかっておるわぁ!」
「しかしこのままでは三年と経たずに干上がりますぞ!?」
「そんなことよりも、何故! 何故このような時にダンジョンから魔物が消えているのだ!!」
「全くだっ! このままでは身動きが取れなくなってしまうではないかっ!!」
そう。電光石火の早業により、魔石は一月ほど前から品薄と話が回ることも無いほどに突然に市場から姿を消していた。
それにより市場は大混乱に陥り、魔石の値段が一瞬で倍に跳ね上がった。
焦った国が値上げを禁じるとの触れを出したのだが、その瞬間再び市場から姿を消してしまう。
もっと高く売れる、と商機を感じた商人たちが売りに出すことをやめてしまったのである。
これはいけないと国が常備していた魔石も放出し値上げを禁じる触れも取り下げたが、民の不安は払しょくされず倍の値段でも買い溜めに走った金持ちたちにより再び市場から姿を消すという悪循環に陥った。
買占めに走った者たちを粛清し、放出させているが供給が無さすぎて焼け石に水であった。
ならばダンジョンもフル稼働させようと騎士を送ったが、どこのダンジョンに赴かせても魔物が一匹たりとも居なくなっているという異常な報告を受けただけだった。
そう。これもリヒト・グランデ勢力の策謀の一つ。
どうせなら徹底的に、とエルネストがハインフィード騎士団のベテラン勢にハーケン各地のダンジョンで狩り散らかしてきて欲しいと頼んでいたのである。
ダンジョン内では狩りつくしても一週間程度で元通りになってしまうものだが、早期に片を付ける為にも完全に魔石の流出を封じたいというエルネストの声に、ハインフィード騎士団のベテラン勢は、見つからないようにと深層の深い階層に潜み湧く周期に合わせて未だに狩り続けていた。
未だに帰ってこないハインフィード騎士団にエルネストはとても不安になっているのだが、ベテラン勢はそれを知らずにかくれんぼ気分で続けているのである。
そうして国内の産出がほぼゼロになり、魔石を輸入していた主要四か国中、三か国からの大半を止められ、今後に全く見通しの立たない事態となっていた。
そんな背景により、国の中枢の者たちは忽然と市場から姿を消してしまった魔石の補填をどうするか、という連日となっている議会にて声を荒げていたが、上座に座る王の一声により場が鎮まる。
「ふっ、目先の事ばかりに囚われよって。もっと先を見ぬか先を……」
そう声を上げたのはハーケンの王。六十代半ばの老人。
その余裕さに声が鎮まり、続く声を待つ臣下たち。
「では、当然もう手は打ってあるのでしょうな……?」と、反対派閥の筆頭である大公家の当主王弟ザクレーンが声を上げた。
「焦るな、焦るな。魔石などとっくにグラークから手配しておるわ」
「……ですがグラークだけでは到底足りませぬ。
もう相場は五倍を超えたと聞いておりますが?」
王弟ザクレーンは苛立ちを露わに流し目を送る。
彼は何の相談も無しに帝国に手を出したことを大変遺憾に思っていた。
元より帝国には手を出すべきではないと申し出ていたのである。
その理由は先のルドレール国とアステラータ帝国の戦争にあった。
戦争にはハーケンの兵も三千ほど入ってたのだが、ほぼほぼ殲滅されたにもかかわらず帝国軍に与えられた損傷は百に満たないという最悪な結果に陥っていたからである。
そう。第二王子ジェラスが出してきた三千の兵はハーケンの兵であった。
後に出した千の兵はハーケン国内でも最精鋭と言われるほどの力を持っていた。
その精鋭兵で漸く与えられた被害が十分の一という報を聞き彼は戦慄を覚えていた。
いくらジェラスの無謀に過ぎる采配があったとはいえ、あまりに異常な数値である。
聖騎士千五百も参戦していながら、戦後の帝国の損耗は小競り合いレベル。
どう考えても今は手を出すべきじゃないと考えていた矢先であったのだ。
「ふん。ムルグや他の周辺国にも出すよう言ってあるわ!
その間に元凶を叩けばよいだけの事。ここまでされて何も無しとはいくまい?」
「何を言っておるのです! 正面から戦うなどなりません! 帝国単体には勝てましょうが、ルドレールやフレシュリアまでもが本腰を上げては敗北もあり得るのですぞ!?」
そう。今回完全に魔石を止めると宣言した二国に関してはもう完全に帝国側と言えた。
マテイも怪しいともなれば手を出すべきではないと声を張り上げるザクレーンだが、その声に別の所から呑気な笑い声が返る。
「ほっほっほ。そう心配なさいますなザクレーン大公。
グラークは元より他五か国はもう既にこちら側じゃて」
と、教会の枢機卿の中でも代表と言えた好々爺の装いの老人。
枢機卿は部外者だが、他国から魔石の輸入を取り付けてきた功績からこの対策会議に呼ばれている。
しかし、いつもの様に笑ってはいるが朗らかさは無くなっており薄暗い笑みに変わっていた。
「何が他五か国だ! 全て小国ではないか!
我が国が痛手を負うことに変わりはないのだぞ!?」
部外者が何を勝手なことを、とザクレーンも怒りに顔をゆがませて睨みつけているが、気にした様子を見せない様にハーケン国の者たちも不快感をあらわにする。
しかし、手の届きにくいところにも話を通せる教会の力は、魔石を早期に手に入れたい彼らにとって必要な力。苛立ちながらも続く声は上がらない。
そんな中、枢機卿は余裕な面持ちで言葉を続ける。
「では、このまま帝国に覇権国の座を譲り渡すおつもりですかな?」とザクレーン大公に鋭い視線に笑みを向ける枢機卿。
「やめい。もう帝国を落とすのは決定事項よ。
ハーケンは常に世界の代表でなくてはならん。ザクレーンよ、違うか?」
「……いえ」と、視線を逸らしながらも返す彼は「ふん、ならば勝手にやればいい」と小声で呟き顔を背けた。
このまま大敗すれば王であろうと追い落とせる、と。
「護国騎士はもう既に呼んである。集結し次第そのまま攻め滅ぼしてやればよいだけよ」
と、ハーケンが話を〆ればその日の会議はお開きとなったが、会議は連日のように行われており、二日後再び集まることとなる。
そうして一日おいて再び始まった会議にて、新しい情報が舞い込んだ。
「えぇ……少々よろしくない事態に御座います。
こちらの兵の動きを感知したアステラータ帝国が各国に戦争を止める様に呼び掛けているそうです。うちは壊された城の復旧に魔石を必要としているだけだ、と。
動きの速さを見るにこれが狙いだったのでしょうな……」
と、新たな動きを見せたことを告げるハーケン国の宰相を国王は睨みつけた。
「何がまずい! もう誰が見てもあからさまな攻撃だとわかるであろうが!?」と眉間に皺を寄せる。
王が味方側である宰相に対しこのような顔を向けるのは異例なことであった。
連日のように魔石を止められたことを騒ぎ立てられ『一体どうするのです』と方々から突き立てられ続けた王は嫌気がさしていた。
共に計画を練り仕掛けたお前が何を言う、と王は苛立ちをあらわにしている様に場が騒めきを見せる。
だが、大国の宰相である彼もそれで怯むほど温くはない。
淡々と冷静に言葉を返す。
「いいえ。名目上は明確な理由がありますので攻撃だと見ない国も出ましょう。
世界的糾弾の流れが作れぬのでは教会を引き込んだ意味がなくなります。
ですのでやるからには最初から全力を出し、初戦から完勝せねば追従せぬ国も出ましょう」
下手に流れを持っていかれれば面倒なことになりかねない、と声を上げればザクレーンが「それはそうだ」と同意の声を上げる。
「ああ、小競り合いで様子を伺うな、ということか。そのようなことは当然理解しておる。
言ったであろう。護国騎士を全て呼び寄せた、と。帝国なぞ総力を挙げ轢き潰して終わりよ」
「ええ。それがよろしゅうございましょう。
ルドレール、帝国を取れれば孤立したフレシュリアも落とせます。
そうなればもう世界統一まで自然な流れでいけましょうな」
その声にハーケン王は「であろう?」と満足そうに笑い、ザクレーンが嫌そうに視線を逸らす。
「であれば、帝国とルドレールの血はもう要らんな。
最初から最前線に出し、帝国に立場をわからせてやるか……ふっ、これは面白そうだ」
「そうですな。ルドレールの姫を一人残せば十分に御座いましょう。
あちらの王族を雑兵の様に並べ攻撃させるというのもまた一興。
ルドレール勢には王の首でも見せてやれば従いましょう」
その国王と宰相の話には臣下たちにも旋律が走り、連日荒れていた会議の場が驚くほどに静まり返っていた。
これはやるところまでやるということを決定付けることを意味する、と。
そうして終わった会議の後、すぐに強制徴兵の触れが出された。
それにより、民から強い不安と不満の声が上がる。
国の歴史の中でも未曽有と言える魔石不足。
ダンジョンから魔石も取れない所為でとうとう他の物流にも大きく影響が出始めている昨今。
時折、大量入荷するものの、まるで図られたかのように相場が五倍前後でキープされたままになっている状況。
そしてそれが国内全体での事だと丁度民たちにも知れ渡った頃合いだった。
何故お国は今、大国と呼ばれる国に戦争を仕掛けるのか、と国民は首を大きく傾げた。
だが、その判断は正しいと言えた。
動き出さねばアステラータ帝国は魔石を止め続けるだろう。
仮に一年耐えマテイが例年通りに戻しても主要二か国に止められたままでは相場を元に戻すほどの飽和はさせられない。
そうして後手に回ればどんどん身動きが取れなくなってしまう。
しかし、動き出したら動き出したで侵略したのはハーケンからとなり大義を失う。
この経済制裁はハーケンにとって、とても強烈な一撃となっていた。
そうして侵略を余儀なくされたハーケン国は大軍を挙げての行軍を始めた。
彼らは、国王陛下からの命を受け、ルドレール国境沿いにある町へと四万の兵を連れだって歩を進める。
第一から第四までが凡そ一万二千。
残りは貴族軍であったり徴兵されたハンターであったりと様々な混成部隊である。
長年覇権国としての座に居たが為に、苦戦を予見している者は一人も居らず、行軍が始まっても兵士たちの士気は異様に高く、活気のある様を見せている。
そんな長蛇の列となっている一角を進む馬車の中で雑談が交わされていた。
「しかし、俺たちが全員集まるなんていつぶりだ……」
「メンツは変わってるけど、護国騎士全員がとなると六年くらいかな?」
「うむ。西側もきな臭いことになっていたからのう。
やっと落ち着いてきたところだというのに、今度は東が荒れるとはな」
「これを好機と不穏分子が動き出さねぇといいんだが……」
と、護国騎士の長である四人の将が、馬車の中で膝を付き合わせて言葉を交わす。
「大丈夫だ。西はうちの部隊を守れる程度には置いてきてあるからさ。
しかし帝国も馬鹿だよなぁ。ルドレールなんぞに勝ったくらいで調子づくなんて」
気が知れない、と言わんばかりに肩を竦めるのはハーケン国最強の騎士と謳われるアレン・ガーランドという名の護国騎士第一部隊の総長。
「そうね。帝国は先ず城に爆弾仕掛けられても気付けない間抜けだということを自覚するべきね」
唯一の女性である第三部隊の総長カーラ・クリシュナーの声に他の将たちが笑い声を漏らす。
「まあいいじゃないですか。曲がりなりにも大国同士で戦い勝った国なのですから。
下手に力を付ける前に出てきてくれた方が楽でいいです」
そう言ったのは第四部隊の総長、レグルス・メイトール。
護国騎士の中では最年少でまだ二十代半ばの男である。
「で、あるな。そろそろわしも領地を貰い隠居したい年頃。
久々の大戦は逆にありがたい限りよ」
腕を組み満足そうに笑う初老の男は第二部隊総長、ハロルド・ベルクス。
「しかし、処分したいからと言って態々戦場に出さなくても……
処刑するんじゃダメなんですかね?」
馬車の後方を親指で指して問うレグルス。
そう。彼らの裏手にはいくつかの馬車が続いていて、その半数近くはルドレール国の王族や重鎮たちであった。
「そりゃ、帝国に殺させた方が都合がいいからだよ。
完全に落とすならルドレールは姫が一人居れば事足りる。後は、わかるだろう?」
と、元々中央に身を置いていたハロルドが言えばレグルスは苦く笑う。
「あぁ、アイリーン王女でしたっけ。立場を勘違いして鼻っ柱をへし折られたとか……」
「他も酷かったらしいわね。ある程度弁えていたのはクルス王子くらいなものだったそうよ」
「それは俺も聞いた。特にルドレール王妃が喚き散らしたらしいな。第二王子の仇を討てと」
「ルドレール王妃か。一応出戻りとはいえ陛下の実子な訳だし、王宮はまた荒れそうだな……」
そう。彼、彼女らは少しの期間しか城に居なかった三人の将にも噂が回るくらいには派手にやらかしていた。
だが、ルドレール王の首を見せられた途端に黙り込んだルドレール勢は馬車に押し込められ、お通夜ムードで付いてきているのである。
そうした雑談の最中にも四万の兵を率いて行軍を続ける彼らは、ルドレール国との国境沿いにある町、カタースカ市へと歩を進めた。
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本編中失礼いたします。
これより暫く更新頻度が落ちると思われますのでご報告させて頂きますね。
ちなみに理由としてましては、スランプからの気分転換に新作に手を付けそちらも手が止まり、参考にと悪役令嬢物に手を出したら楽しくなっちゃって読み専になってる今日この頃です。
馬鹿王子ってなんでこんなに面白いんですかね。
『お前との婚約は破棄させてもらう!』からの適当過ぎる理由。
この作品でももっとアストランテ殿下に頑張って貰えばよかったなんて思ってしまいました。
本作品も最後まで書くつもりではありますが、ある程度ストックを作り再びスタートさせられたらと考えておりますのでしばらく空くことになってしまいますことをお許しくださぃ。
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