第68話 ポーカーフェイス
聖騎士三名を牢屋に入れて少し遅れながらも皇都入りできたので、一目散にハインフィードの屋敷へと赴いた。
すでに騎士団も到着していて大勢の人が居る。
無事到着している様で何より、と思いつつも馬車を降りて出迎えてくれた彼女に声をかける。
「ただいま。リーエル」
「おかえりなさい。リヒト様」
と、皆が見ている中だが、気持ちを抑えられずハグをして再会を喜んだ。
その後はすぐにライアン殿を交えて三人で今後の打ち合わせを行う。
早速宿探しの話からしたのだが、屋敷のホールで雑魚寝で構わないと言うライアン殿。
一々集合する方が面倒だし気楽なのでこっちの方がいいそうだ。
数日前からそうしていてもう場所はできていると言う。
その後は義兄上がシェラを連れてきた話をしたらリーエルが怖い笑顔を見せた。
「これはお説教ですわね……」
「うん。僕もこれは無いと思ったよ」
理屈としては理解できる部分もある。
僕が確実に勝てるのならば、情報という面でも強者を拘束できるという面でもこちらにプラス要素しかない。
それでも連れてくる気はなかったらしいが勝手に付いてきたのでずるずるとという形だそうだ。
だが、お付きを走らせ事前に伝えることはできたのだ。
まだ開戦前だと思っていたとしても、害意がなかったとしても、そこが最低限だ。
「まあ、ペナルティとして当分はリーエルから離れなきゃできない仕事が入ったら全部義兄上に投げようと思っているよ。それならば僕は許せる」
「あら、それは素敵ですわね。是非そう致しましょう」
それからディランとスカーレットの話をして彼らから聞いた教会の内情を伝えた。
新薬を販売停止、もしくは利権の奪取を目論んでの暴挙だった事を。
想定通り教会上層部は腐っているようだ、と話せば彼女の顔から笑みが消えた。
「やはりそうでしたか……ハインフィードの領主としても教会は許せる存在ではありません。
今回の戦いでわからせねばならないようですね……」
「そうですな。我らも教会は大嫌いですから。戦えるなら好都合というもの」
まあそうだよね。
教会の上層部が悪いとはいえ、領地にある教会が関係無いという訳ではない。守っている時に負った傷でも守られている側が回復に暴利を取るのだ。
そこまでなら本部の意向で逆らえないのだろうとも思えるが、偉そうに寄付金まで寄越せと言ってくる。
回復魔法は独占技術だ。
移転でも仄めかされてしまえば嫌々ながらもある程度は叶えてやらねばならない。
領主から見てもとても気に入らない存在だ。
「しかし、教会は不滅、ですか……そう言われるとそうなのですよね」
「ぐぬぅ……しかも戦地とは関係ない国に本部があるというのも腹が立ちますなぁ!
ルドレールにあるならせめて本部くらいは叩き潰してやると言うのに!」
そんな不満そうな顔を見せる二人に「本当に不滅かなぁ?」と僕は言葉を投げかけた。
「えっ……でも、これほど世界中に浸透している教会を無くすなんて……」
「ああ、うん。あった方がいいものだしね?
けど、滅せないことはないよね。皆が残したいから残してるだけで……」
そう伝えると彼女は首を傾げた。
そこに差はあるのですか、と。
「うん。だからさ……代替品を作れるなら汚れた教会なんていらないよね?」
「えっ!? できるのですか!?」
「うーん……今ならできるんじゃないかなぁ、と僕は思っているよ」
そう伝えると、リーエルのみならずライアン殿まで口をポカンと開けていた。
確かに本気でやるならかなりの大仕事になる。
その上で絶対に成功するかはわからない。
だが、絶対にできないことではない。
所詮は人の感情の問題だ。神が守っているものじゃない。
なら皆が必要としている神に祈りを捧げる場をちゃんと残せばいい。
「どうする?」と、リーエルに是非を問う。
「やりましょう! 新薬を多くの民に届けるためにも!」
「うん。じゃあ、次はお城で是非を問おうか」
そう。流石に僕らの独断でそこまで大きなことは決められない。
お城で計画を話し、許可を得てからじゃないと下手をすれば僕らが責め立てられることになる。
だからこれはお城で許可が出てからね、と話を流し、エメリアーナに叱られた時の義兄上の話をすればリーエルはすっかり機嫌を直して乗ってきた。
「まぁ……エメリアがそんな怒り方するなんて! ふふ、殿下の方も完全に脈ありですわね?」
「うん。押し切られてたね。今度二人でダンジョン行こうねって約束してたよ」
「まぁまぁまぁ! ふふ、これは観察が必要ですわね……」
そうして話していると「むぅ……エメリアもそんな年ですかぁ」とライアン殿がしみじみしていた。
「最近急激に成長してますからね。騎士団の団長としても自覚が出てきているようですし」
「むぅぅぅ……あの棒切れ振り回して駆け回っていたエメリアがのぅ……」
いつまでも手元に居てほしいのか、珍しくしょんぼりお爺ちゃんムーブするライアン殿。
そんな姿に苦笑しつつも雑談に移行した僕らはあれやこれやと互いの近況を話し合った。
それから数日。
とうとう開戦前の軍議、からの出陣記念パーティーが開催される日がやってきた。
僕、リーエル、ライアン殿の三人で向かい、お城の前に到着した。
今日はライアン殿は男爵としての登城なので久々に正装している。
僕とリーエルも正装だ。
リーエルは少し前に作らせた男装での正装をしている。
その姿が今、一際周囲の目を引いている。
「……やっぱり皆見てるね。なんだろう、この目を引く感じ……ほんと素敵すぎるよね」
女性用に作られた男装なので細部が色々と違う。
引き締まったウエスト。ヒップのラインも女性特有の物。普段見ない形だ。
「もう、リヒト様はそればっかり……お世辞、ですよね?」
「かっかっか! それだけはありませんなぁ!
これが我らの主だ、と見てる者たちに自慢したいくらいですぞ!」
そう。ライアン殿の言う通り絶対にこれは欲目ではないと言える。
可愛さが少し中和してしまっているものの強い気品からくる威厳もあれば、男装でありながら色気まである。
重たい感じがする筈の正装なのだが軽やかさがあり、何より美しい。
見ているだけで高揚感が生まれた。
「むぅ。リヒト様の方が似合ってますのに……やはりいつ見てもそのお姿は素敵です」
「ふふ、お世辞でもうれしいよ。じゃあ、行こうか」
「もう。違いますのに……」と言いながらも差し伸べた手を取り、僕のエスコートに引かれて彼女が歩く。
そうしてお城の廊下を歩いたのだが、僕は失敗に気が付いて手を放す。
突然、手を離されて驚いたリーエルがこちらを見上げた。
「いや、今日は強そうなところを見せる日だったのを思い出してさ。
僕とライアン殿が後ろに付き従い、リーエルは当然のように前を歩いてほしい」
「は、はい……ええと、先ずは陛下にご挨拶ですわよね。その後は……」
「あっ、マナーも大切だけど、そっちは凡そでもいいよ。
堂々と、当然のように、というのを強く意識して。
仮に失敗してもごり押していい。戦功で取り返せるから気楽にいこう」
そう。今日はハインフィード辺境伯ここに在り、という意識付け第一弾という感じだ。
別に次から第一弾にしても構わない。
まだお城ではそれほど積み上げていないのだから焦ることはない、と彼女に囁きかける。
積み上げてからバランスを考え崩さないようにすればいい、と。
「いいえ、大丈夫ですわ。あなたの隣に立つと決めたのです。最初から全力で参ります」
僕の言葉を復唱し「堂々と、当然のように、強く見せる」と、そう言った瞬間、彼女は人が変わったかのように冷たい瞳に変わる。
だが、口元が微笑と言える形を作っているのでポーカーフェイスと言える表情になっていた。
その彼女の視線に僕は微笑み、一礼して歩く速度を落とし斜め後方に付く。
そうして廊下を歩き、大会議室となっている軍議の間へと移動した。
入る前、使用人に所属を問われ、僕は後から声を上げた。
うちの使用人は入れない場なので本当はライアン殿の役割だが、いつものノリで大声で返されても困ると僕が代行した。
僕ら三人の所属や名前を伝えると、戸が開かれ中へと誘われる。
そのまま中央通路を歩き檀上となっている上座、つまりは陛下が座っている所まで移動した。
「アドリアン陛下、お久しゅうございます。
このハインフィード辺境伯、陛下のご用命をいただき、参上致しました」
「おお、頼もしい姿ではないか! よく来てくれた!
ふむ。リヒト子爵とライアン男爵を後ろに付けるか。これは無敵だな!」
「お褒めに預かり光栄ですわ。
とても喜ばしいお言葉もありがとうございます。私にとっても自慢の二人ですの」
珍しく茶化すようなことを言って笑う陛下に、臣下の礼を返すリーエル。
その様に少し会場がざわついた。
この注目は白の正装をしているリーエルへ手厚い歓迎の声を上げた陛下の対応によるもの。
よしよし。
全体の場でリーエルが直接陛下と親しくしている様を見せるのは初めてだが、これは良い滑り出し。
僕のことは知れ渡っているしハインフィードとも密になってきていると思われただろう。
ノータッチと言われ続けてきたが、今なら懸念を示されるようなことは一切無い。
逆にこの危機にしっかり手綱を取っていると陛下の評価が上がることだろう。
お互いの為に必要だからと陛下もああして声を上げ少しドヤ顔で歓迎した様を見せたのだ。
そこから僕はグランデ家の席へ、リーエルたちはハインフィードの席へと移動した。
気を利かせたのかかなり近い位置だ。
立場上もそう遠くないので寄せればかなり近くなる。
直ぐ近くなことにわずかながらの安堵を覚えつつも進行の声に耳を傾ける。
先ず開催の宣言がされると現状わかっていて発表できる情報の共有から始まる。
ルドレールが帝国に行ってきた策謀、聖騎士が入ってきている事、そこら辺の説明が入る。
それから各貴族軍の兵数に増減が無いかの確認。
凡その日程の説明。
行軍ルートの説明。
そういったものが順次話され皆、聞いているだけの時間となった。
そうしてトルレーへと集まるところまで終わり、ルドレールに入った後の話になると上位貴族の面々がちらほら声を上げるようになる。
「そこは三つのルートに分けた方がよろしいのでは?
迅速に面制圧することこそ重要と言えましょう」
「待て。聖騎士が入っているのであれば三つは薄くなりすぎではないか?」
そうした議論が上がり、陛下はサイレス侯へと視線を向ける。
どうなのだ、と。
「それを懸念しての二つのルートだが、ハインフィードを余力として残したままの計算。
ルートを増やすか否かは私としてもハインフィード辺境伯に是非とも伺いたい」
ああ、そういう事。
でもそれなら手紙でもいいから前もって話しておいてほしかったなぁ。
いや、試金石なのか?
リーエルが任せるに値するかを計っているのかもな。
なんにせよ僕が口を挟める時じゃない、と彼女の声に耳を傾ける。
「あら、よろしいの。うちの者たちをばらけさせ最前線に置くことこそ最善と思われますが?」
うはっ。
そう返しちゃうとは思わなかった。
確かに一番被害が少なく戦に勝つにはそれが最善だ。
だが、それはできない。
功の独り占めもまたやってはいけないことなのだ。
それが許されるのは追い込まれた時か偶然やるしかない場に居た時のみ。
故にサイレス候も肯定することはできない。
だが、ハインフィードの強さを意識させるのには丁度いい。
後はできぬと言われて受け入れればいいだけ。
なんて返すのかなとサイレス候に視線を向けていたのだが「ふっ、所詮戦を知らぬ子供ではないか……背伸びしすぎだな」と呟いたコルベール伯。
皆がサイレス候の返答を待ちシーンとしていたことでその声がやけに響いた。
リーエルはポーカーフェイスを貫いたまま視線をコルベール伯へと向けたが、陛下がそれに待ったをかける様に声を上げた。
「ああ、丁度良い。皆にも知らせておこう。
先日、サンダーツ伯を討った件だがな。
伯はルドレールと繋がり、聖騎士を国内に引き込んでいたのだ。
ハインフィード軍は既に国内に潜伏していた聖騎士百とサンダーツ軍百を殲滅している。
いや、その前にこちらを言わねばならぬか……
ロドロア戦でサンダーツ軍だけが戦ったのもその関係だ。
その時も私からハインフィード軍に頼んでのこと。
つまりは、ロドロアの悪魔はハインフィード軍ということだ。
競い合っていたサイレス候にも一役買ってもらっていた」
と、サイレス候へと視線を向けると彼は頷き立ち上がり諸侯へと向き直る。
「リヒト・グランデ子爵と綿密に打ち合わせ、他国の兵だけを討つ為に調整させて貰った。
ご理解頂けるとは思うが、ことがことだけに秘密にさせて貰っていたのだ。
もう既に伝わったと思うが、辺境伯の言は戯言ではない。
まあ、すべてを任せるわけにもいかんが……」
「ロドロアの悪魔がハインフィード軍……」と畏怖の視線がリーエルへと向く。
そう。ロドロアの鎮圧は国全体で当たった大事。
当然ロドロアの悪魔の話も全体で強く共有され、各々が方々に探りを出していただろう。
懐に入れられれば鬼に金棒であるから動いた者は多い筈。
そんな強い関心ごとである。
「では、あの恐ろしい大魔術もハインフィード軍が……?」
「一振りで何人も真っ二つにしていたのだが……あの勇名高い聖騎士をか?」
「サ、サイレス候、それはまことですかっ!?」
ざわざわを通り越して喧騒に近いくらい色々な所から声が上がる。
その間もしっかりポーカーフェイスを保つリーエル。
陪臣としてリーエルの隣に座るライアン男爵がはち切れそうなほどに胸を張り腕を組むものだから、余計に存在感を際立たせた。
親指でも立ててその調子と知らせたいところだが、下手に感情を揺らしたくないと僕も余裕の笑みで落ち着いた様子を振りまいた。
「なるほど。うちだけが強い訳ではありませんものね。
では、三つ目のルートは我がハインフィードにお任せ頂ければ」
よかった。
リーエルも強く見せるという意図で言っていただけみたいだ。
流石にここで粘れば反感を買うからな。
折れ方もいいね。
全体的な戦力差が明確になっていない今なら嫌味が過ぎると言うほどでもないし、戦時のポジションも悪くない。
これならば調子に乗り過ぎているとも思われないし完璧な対応だ。
やっぱりリーエルはやればできちゃうんだよなぁ。
流石は才女。
「では、三つ目の大隊はハインフィード辺境伯に任せるという事でよろしいですか?」
と、サイレス候が陛下へと視線を向ければ「うむ。それがよかろう」と返し話が進む。
その後は色々な想定の動き方を話し合った。
主に先頭に立って声を上げたのは父上、サイレス候、リーエル。
その三人が先頭なのは父上が貴族軍を、サイレス候が皇軍を、リーエルがハインフィード軍を指揮する立場だからだ。
総大将はサイレス候が務めるので、彼から伝令が行く形となるが大軍を動かすには事前準備が要る。凡その想定を考えておくこともまた重要だ。
とはいえ敵軍の動きが見えてない今はどんなに詰めてもまだ机上の空論である。
なので本格的には始まって敵の動きを見てからだが、それでも凡その予想から色々なことが話し合われた。
そうして終了時刻が来て終了したのだが、まだ完全には話が終わっていない。
陛下から『大筋は話し終えた。伴侶の迎えもあるだろう。軍団長以外は解散してくれ』との声がかかり軍議の間での話し合いは終わりを告げた。
この軍議で父上やサイレス候と当然のように同等の立場で言葉を交わすリーエルに対する周囲の視線の色が大きく変わったのは言うまでもない。
彼らの大半は退席しながらも視線をリーエルの方へと向けている者ばかりだった。
これで長らく中央から離れていたハインフィードが大きくスタートダッシュを決めたのは間違いないだろう。
しかし、軍団長だけか。
珍しく今回は僕だけ待ちかな。
と、出て行こうとしたのだが父上に肩を掴まれた。
何やら圧を感じる声で「リヒト、どこへ行くと言うのだ?」と。
「いえ、今回はお声がかからなかったので……」
父上にそう返せば、同じく歩いてきていた陛下が笑い声を上げた。
「はっはっは、では次からは欠かさず呼ばせてもらおうか。ドラゴンスレイヤーリヒトとな」
あっ……そうだった。
伝わっていないはずがなかった。
うわぁ。
大事なのに報告してないからなぁ……
けど、今話すことでもないよね?
いや、今話すことか……
そう思いながらも僕は父上と陛下に捕まり、応接間まで連れていかれるのであった。
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