第69話 軍議後の密談


 連れて行かれた先には既に宰相閣下、他いつもの皇家派閥の面子が居た。

 なるほど。

 どう公表するかは話を聞いてから、と陛下と父上が僕を呼びに来たのね。


「おやおや、これはこれは竜殺し殿」

「リヒト殿がそれほどの強者だったとはなぁ」


 ラキュロス公やシェール候が茶化してくる中、僕はリーエルの隣に座る。


「その、ご報告が遅れてしまい申し訳御座いません……」

「全くだ! 帰り際に引き留められて大変だったのだぞ!? 心配ばかりかけおって!」


 と、父上にガミガミ言われてしまったので早く話を流そうと説明をダイジェストでお送りし、すぐに義兄上がシェラを連れてきたところまで持っていった。


「なにっ!? 今、聖騎士の十席がサンダーツ家の牢に入っているのか!?」


 と、驚きを見せる陛下たち。


 立て続けに事が起こり、丁度城に向かうところだったので報告ができていなかったのだから当然だろう。

 他所から言われたら僕でも驚く。まだ戦いになってもいないのに、と。


「はい。彼女は第三王子ルーゼスと繋がっておりましたのでお城の方で判決を出して頂ければと……」


 と、知っている経緯をすべて話し、身柄が必要ならルーゼスの様にして欲しいとお願いした。

 彼は戦争が始まると決まった瞬間、予定通り皇都送りになった。

 そもそもが内通者が居ることと開戦前で牢屋に入れられない状況だからトルレーに置いていただけのこと。両方片付いたら皇都に送る算段になっていたのだ。


「それと、もう一つご報告申し上げることがございます」と、ディラン殿たちの話をした。


 そうして次席、三席も牢に入っている話をしたのだが、彼らはもう驚きを通り越したのか少し唖然としたさまで話を聞いていた。


 どういう沙汰が下るかがわからないので軍議での説明は控えさせて頂きました、と説明の最後に付け加えて以上ですと話を〆た。


「リヒトは本当にすごいな。まだ戦いは始まっておらんのだが……伯を討って聖騎士を殲滅し、次席三席十席まで捕らえたと言うのか……ライラまで送られてきたしもう根こそぎではないか」

「開戦を引き延ばせばこのまま戦が終わってしまいそうじゃのう……」


 宰相閣下の呟きに「ですね」と、ラキュロス公が同意して笑う。


「いえ、申し上げましたが、次席と三席は教会を辞したと申告し自らですね――――――――」


 ちゃんと伝わってるよな、と全部向こうから勝手に来ている事をもう一度伝えるが、それでもその場の空気は変わらなかった。

 一年以内に開放する約束やその後に国内を通すことは受け入れてくれたので何も問題は無いのだが。

 逆に報告を入れてくれれば仔細は任せるとまで言ってくれた。

 フレシュリアの英雄という立ち位置もあるし、下手に殺さないでくれて助かったと言っていたくらいだ。


 確かに。

 後から教会を辞していたことが明るみに出たらフレシュリア国民から大きな反感を買うだろう。

 そういう恨みはとても長い間、根強く残るからな……


 ただ、シェラの件は何もなしという訳にはいかない。

 彼女のことはフレシュリアと話し合いをする必要があるから暫し待てと言われた。


 恐らくは彼女が行った事をフレシュリア国が認めてくれなければフレシュリア国民が信じないだろうから事前調整で話し合いが必要なのだと思われる。


 特に竜種の件で更に英雄扱いされているだろうからな……

 そんな中で説明も無しに処刑したらあの国の民からは完全に敵国扱いされるだろう。

 海の防衛の関心度合いが驚く程に高かったからなぁ……


 だがそういう事ならば、と彼女こそ早期に追い出したいので機を見て城に送りますね、と付け加えておいた。

 この言葉は忘れてはいけないと、しっかりと。


 そうしてこの件に話が付いたので気になっていたことを尋ねる。


「そういえば、アスファルド候の件はどうなったのでしょう……」と。


 軍議の間には居なかったのだから捕らえたことはもうわかっているが、無事に派閥解体までもっていけたのかを聞きたくて問いかけた。


 皇都を離れていた僕以外は知っているのだろう。

 上手く事を運べたみたいで各々、微笑を浮かべている様が伺えた。


「ああ、もう牢の中だ。後ろ暗いことしかせん力無い連中もセットでな。

 聴取が終わり次第処刑する。捕らえなかった者も全員呼び出して戦果次第、と伝えてある。

 戦前に色々なポストが空いたのだ。丁度良かろう?」

「おお! 探しておいた粗を経費削減で使えたんですね?」


 道理で軍議の間で戯言を言う者がアホなコルベール伯くらいしか居なかった訳だ。

 今回は兵を出すところは全員参加だったから下級貴族も沢山居たのにやけに静かだと思ってたよ。馬鹿な奴らの大半がしっかり釘を刺されていたわけね。


「かっかっか! 経費削減で使えた、か。相変わらず明け透けな物言いだのう」


 と、宰相閣下が笑い、父上には少し困った顔をされてしまった。

 もう少し包まぬか、と言いたそうだ。


 そんな緩い感じにリーエルが少し困惑を見せている。


 そうか。

 グランデでは輪に入っていたけど城では謁見の間くらいだったっけ……


 リーエルのその様に僕も慣れてきて緩みすぎたかな、と多少身を正す。


「して……ルートも戦略も凡そが決まったが、問題は無いか?」


 と、陛下の声に父上たちは自信を持って頷く。


 リーエルも「当家も問題ございませんわ」と頷けば「まあハインフィードはそうだろうな」とサイレス候が少し羨ましそうに言う。


 うん。うちは完全な一枚岩な上に戦力もヤバイからな……

 もし自分が他所に所属していたなら僕でも羨む。


「応援が必要になった時は頼むな」と、父上もリーエルに声をかけていた。


「ええ。勿論です。前線を保つ必要があるでしょうから出せて二十程度でしょうが、その時は気兼ねなくお声がけください」


 その話し合いに僕も声を上げた。


「ロドロアの時みたく隠密部隊として十ずつ預けておいた方がよいのでは?」と。


 二人なら無理な使い方はしないはず。

 ライアン殿たちならば十も居れば戦局をひっくり返すことも可能だ。

 何故なら、隊列に穴をあけたい所に好きにあけられるから。

 敵の大将をそのまま討ち取ってくる事も可能だ。


 そんな切り札を持っておけばいざという時に味方の死を大幅に減らせる。


 聖騎士筆頭たちの力も凡そ理解した今、十人程度で送り出す事にも不安は無い。

 完全に強さの順らしいし、一席が異常に強いということも無いそうなのでベテラン勢の誰と当たっても個人戦闘力で大きく勝っている。

 追い詰められて窮地を作ってしまうよりは最初から付けていた方がお互いに負担が少ないと思われる。


「よいのか? ルートを任された以上、維持できなければ場合によっては責がいくのだぞ?」

「ええ。問題ありません。四千くらいまでは問題なく相手にできるでしょう。

 仮に敗走したとしても二百で四千以上を相手にして引くことになっても誰も責められないでしょう?」


 ふざけた倍率だが、別に大袈裟に言っている訳じゃない。

 彼らは聖騎士と認められた精鋭であろうと二十倍を討ってみせたのだ。

 遅滞戦闘をしていい状況なら態々囲まれてやる必要も無いので、物資と体力が持つ限り延々と減らし続けることも可能だろう。

 その程度の指揮なら経験の浅い僕でもできる。

 聖騎士筆頭とルドレールの精鋭が全て僕らのルートに配置してある状況であれば人数差で追い込まれることもありそうだが、そんな戦略を取れるはずもない。

 他が簡単に抜かれてしまうのだから。


「そ、それもそうだな……」

「辺境伯、頼んでもよろしいか?」


 そう問いかけるサイレス候の声にリーエルは柔らかく微笑む。


「ええ。戦局を見据えているリヒト様がそう仰るのであれば私に異論は御座いませんわ」


 うーん……まあ間違ってもいないのだけど、ハインフィード軍の強さと聖騎士の強さを把握していれば誰でもわかると思う。


 正直、勝つだけなら戦略が必要なほど強大な相手だとは思えない。

 リーエルが言った通りハインフィード軍を均等に散らばせ、面制圧で押し込み続けるだけで勝てる筈。

 だが皆、戦争で活躍し称えられることを夢見て己が命を懸けるのだ。そこで敗走しても生き残れば後の研鑽に繋がる。

 そこを無視してしまうと国内貴族に不満が積もりすぎるからやるべきではないというだけ。


 だから多少被害が大きくなろうともこの采配にするしかない。

 戦後も国力を保ち国の安定を願うならこの采配が妥当と言える。


「うん。安心して。戦力が足りないとなった時は僕が埋める」

「お、お一人で戦うというのはダメですよ?」

「あはは、僕は文官だよ。戦うのは頭でさ。

 そもそもライアン殿たち二十人分の働きを個人の戦力でする方が無理だよ?」


 不安そうな顔を見せる彼女に笑いながらも「英雄を八十人も率いるのだから一つのルートを勝利に導くくらい余裕さ」と返せばリーエルも安堵の笑みを見せる。

 そうしたやり取りをしていると皆こちらを注視していた。


「むぅ……婚約を願ったのは私だが、やはりリヒトは皇家に欲しかったな……」


 と、陛下が言うと父上とサイレス候がその言葉に反応を見せる。


「陛下、それを言うなら我が子なのですからうちの嫡子でしょう!」

「そうですぞ、陛下! ミリアリアはどうするのです!」


「わかっている! だから過去形で言っているだろう!」と、陛下が焦って声を返している。


 ん、ミリアリア嬢がどうかしたのか……


 あっ、もしかして……と思いながらも口を噤んだ。

 もしそうならばこの後のパーティーでわかるだろう、と。


 それよりも今は聞かねばならないことがある、と僕は戦略の話もおおよそ済んだので話を変えた。

 身を正して「陛下、お話があります」と。


 姿勢を正して真剣に見据えたからか、少し目を見張ったさまを見せた陛下だが「わかった。聞こう」とすぐに公的な顔を見せた。


「私は、不滅であり負けはない、と言い一切のリスクを負わず戦を起こす教会の上層部を野放しにはできないと考えています。ですので、今回を機に教会を綺麗にしたいのです……」


 その声に皆一様に難しい顔を見せた。


「うむ。それはそうだが、とても繊細な問題だ……どのような手法でだ?」


 そう。これは全員が難しい顔で考え込んでしまうほどに危険な案件。

 強引に動けば、神に攻撃していると世界中の人から思われる。

 そうなればアステラータ帝国になら攻撃しても風評の被害は無いと考えられてしまう。

 大義が要らず何でもできるとなれば何をされるかわかったものではない。

 国内でも様々な弊害が持ち上がるだろう。


 しかし、だからと言って戦争を仕掛けてきたのだから放置はできない。

 あちらの上層部がそれほどに腐っているのであれば間違いなく諦めないのだから。


 だから危険ではあっても誰も直ぐには否定はできず深く考え込んだ。

 その様に、是非と問うてもいいのだろうと僕は口を開く。


「一応、二通り考えました。どちらもそうやることは変わらないのですが……」


 と、考えた構想を話す。


「一つは宗派を作り輪を広げ、教会同士の対立へと持ち込むことです。

 世界に認められてからなら教会の上層部を潰しても神の敵とはなり得ません。

 教会の強みは神の威光と回復魔法です。神の威光は同じ教会であれば無視できます。

 回復魔法は新薬で代用可能ですから時間とお金を掛ければいけるでしょう」


「ほう……」と宰相閣下が声を漏らす。


「もう一つは、そのまま本部に攻め込み叩き潰し、人員を配置し内部分裂に我が国が手を貸したことにさせ発表することです。当然生き残りが声を上げるでしょうが、戦争に勝った後ならば世界規模と言えど聖騎士を失った埃だらけで武力の無い組織です。

 罪を明らかにし続け、声を上げる悪人どもは順次処刑していけばいずれ止むでしょう。

 こちらは早い決着になりますがその分リスクも高いです。

 教会に戦争を仕掛けられたとはいえ、他国の民を処刑する事になるでしょうから。

 とはいえ、そこで庇うのであれば今なら戦争に加担するのかと責める事もできましょう。

 大抵の国はルドレール国と聖騎士を一度に相手にして勝った国ともなれば黙らざるを得ません。

 まあ相手国側には事前に綺麗な教会にすることを誓約し新薬の効能と値段を見せておけば穏便にこちらに付いてくれるかと。

 これが二つ目です。

 現在の教会の評価を考えればどちらでも成るとは思いますが……どうでしょうか」


 二つ目の提案に皆顔を顰める。流石にそれは強引すぎるだろう、と。


「少々物申したい所はあるが、その前に聞いておきたい。回復魔法はどうするつもりだ?

 それはあちらにあってこちらに無い物。新薬もとても有用だがまだ浸透はしていない。

 既に様々な契約を交わしているであろう各国への説得の大きな弊害となるであろう」


 そう仰る陛下に「そこで躓くならこれを材料とします」と回復魔法を起動して見せた。


「それは……?」と声を上げる陛下に「僕が開発した回復魔法です」と返せば皆時が止まったように固まった。


「比べたことも無いのでわかりませんが、確率論から見て教会のと全く同じものということは無いでしょう。どちらにしても、教会が分裂したと伝えれば各国は納得するかと」


 当然、教会は盗んだと言い出し大激怒するだろうが、潰すつもりの敵対者にそんな配慮は必要ない。

 ならば各国が納得する程度の大義名分があれば構わない。

 内部分裂であれば勝てる方に付くのは自明と言える。

 その上で条件も良いのだ。相当熱心な信者じゃない限りは大丈夫な筈。


「……困ったな。恐ろしいことを言っているのに否定すべき要素が見当たらん。他の者たちはどうだ?」


 と、陛下が皆を見渡す。


「うーむ……世界が敵になる可能性、というのはリスクが高すぎるのだがなぁ。

 既にもうその状況であるとも言えるしのう……」

「一つ目の策ならよろしいのでは……?

 それならば世論がこちらに付いたと判断できるまで安全策を取り続ける事も可能でしょう」


「「「ほう……」」」とシェール候の言に皆一様に声を上げる。


「では、そちらの方向でしたら動いても宜しいですか?」


「む……待て。本当に一度の話し合いで決めていいのか?」と、再び宰相閣下に視線を向ける陛下。


「取り返しが利くよう動くなら構わんのでは?

 既に戦争にまでなっておるのです。教会のやっかみは全部無視でよいのですから、同じ神をちゃんと祀っているのであればいくら騒いでも世界に敵視されることにはならんでしょう」

「とはいえ、陛下のご懸念ももっともです。教会ほどに根強い組織は無いですから。

 こちらもしっかりとアプローチしてできるだけ多くの味方に付けて行かねば間違いが起こらないとも言い難い。

 ただ、変に条件を付けなければこちらの方が断然得ですから可能性はとても高いですがね……」


 閣下の声にラキュロス公が補足を入れて再び思考タイムに入る。


「よし、やってみるか。ただ予算はそれほど出せぬのだが……」


 と、その声に僕の方から声を上げた。


「いえ、予算は無くても構いませんよ。ハインフィード家にも新薬の世界的浸透という面で多大な利がありますから。

 各国との話し合いの際、それに付随した要望を出す権限を頂ければそれで。

 教会という販売所を得られるなら各国に無料で支部ができる様なものですからね。

 ただ、我が国から全ての回復薬を出し続けるというのは不可能でしょうからそこも一ひねり必要そうですが……」


 うん。流石に無理だ。

 薬草が足りなすぎるし、輸送コストで値が跳ね上がってしまう。

 だが、国同士の話し合いの際、僕から直接要望を出せれば長い目で見るとお釣りがくるほどの契約を交わせると思われる。


 今、教会は国にとっても結構な金食い虫なのだ。それを僕らで分け合いましょうという事が出来ることになる。当然、相手国内の事だから利はほんの少ししか強請らないつもりだが、それでも国家規模の少し。

 全ての国ともなれば世界一の金持ちにも成れそうな額になるだろう。


 まあそれをするには機密の保持ができる様にならないといけないのだけども……


 絶対に複製不可な魔道具を作れればいいのだけど、と思考に耽りながらも呟くと「あるぞ?」とシェール候が言う。

 うちの国ではないが、フレシュリアでそうした技術があると言う。

 ああ、風乗りの魔道具の時にそうしたことを言っていたかもしれない……

 ああ、だから機密と言える技術の持ち出しが許されたのか。


 ならそこからだな。

 その技術を買うともなるとそっちの方が難しい交渉になりそうだけど……

 流石にこの技術は鉄壁にしておきたいしなぁ。


「まあ、まだ焦っても仕方あるまい。先ずはこの戦いに勝利する事じゃ。

 それにな……そろそろパーティーに出ねばならぬ時間じゃろう?」


 宰相閣下にそう言われて時間が押している事を思い出した。


「そ、そうでした! パーティーの時間が迫っているのを失念していました……

 では、この話は戦いが落ち着いた後で、という事で―――――――」


 そう伝えれば陛下が「うむ。では各々家族の元へと参るがよい」と話が〆られ僕らは応接間を後にした。


「ふぅ、緊張しました。リヒト様は普段からあのような場所でお話されていたのですね……」

「リーエルが居た時は公的な顔しか見せない謁見の間の方だったものね。

 けど、意外と緩かったでしょ?」


 厳しく接しなければいけないのは公的な場と礼節がわからない者相手の時だけだから。

 まあ陛下がお優しい方だから、というのもあるけどね。


 そんな話をすれば「そうですわね」と彼女も安堵した様に微笑む。


 そうして僕らはライアン殿と合流し、パーティー会場へと向かった。

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