第70話 ミリアリアの想い
陛下たちとの話し合いの後、もう時間が無い、とそそくさと準備を整え会場へと向かった。
リーエルや彼女の準備を任された使用人たちの方がかなり大変そうだったが、何とか間に合いそうだ。
流石に、ダンスなどもあるパーティーの方は男装でというのも少々問題だ。
軍の長として出席するのだからダメでもないのだが、御婦人方から色物的な目で見られてしまうだろう。
リーエルは見目麗しいからとても喜ばれるだろうが、相当浮いて見えるだろうからお着換えして貰った。
「無理させてごめん。気を利かせて早く抜けられるようにした方がよかったね」
「いえ、お国の大事が何より優先だということは理解しておりますわ。
私も軍団長を任されているのですから致し方ありません。
それよりもおかしなところは御座いませんか?」
彼女をエスコートして、少し早足で会場へと向かっているのだが、準備に急ぎ過ぎた為に身形に不安を抱えているリーエル。
そんな彼女の声に応えてチェックに入る。
「うん。おかしい。おかしい程に綺麗だ……」
と、真面目な顔でチェックの結果を告げると「リヒト様ぁ?」と、真面目に聞いているのですが、とジト目を向ける彼女に改めて「大丈夫……」と返して会場へと入った。
今回は皇家ではなく国としての開催なので陛下への挨拶は必要ない。
というより人が多すぎてやっていられないので省略される。
逆に陛下の方から全体に声を掛ける形となる筈だ。
そんな話をしつつ、会場に入る。
今回はこちらは四人での入場。
僕、リーエル、ライアン殿、マリアンヌ婦人だ。
そう。あの約束通り、マリアンヌ婦人もハインフィード家から出席しているのである。
もう僕らよりも上位の主要の面子とは顔を合わせているのでそのまま用意された席に着いて、挨拶に来た者たちとの歓談を交わしつつ時を過ごせば、陛下のご来場を知らせる声が響いた。
やはりエスコートされているのはミリアリア嬢だった。
その様に少し会場がざわざわとした様を見せた。
そう。普通に考えたらアストランテ殿下が務める役だからだ。
殿下も出席して然るべき場であるのだからエスコート相手が陛下というのは何故だろうかと困惑を見せたのだ。
ただ、殿下に関しては明確な発表は無いが、マリファ様がお亡くなりになったことに傷つき閉じこもってしまったのでは、という噂が流れている状況。
まあ、真逆すぎて少しでも事情を知っている者たちは陛下の前では口にもできない話だが……
一体どのタイミングでどの程度を伝えるのだろうか。
そこまで思考を回した時、僕は思わず声が漏れた。
「あ……まさか、ここで発表するのか?」と。
皇家の醜聞ではあるが、何の説明も無しではミリアリア嬢を陛下が娶るという話をすれば息子の婚約者を取ったという事になってしまう。
そんな醜聞が広がれば陛下だけじゃなくミリアリア嬢にも暫くの間、面倒な枷となることだろう。
どうするんだろう、と困惑していると、割れた中央通路を通る陛下が足を止めるとミリアリア嬢の前に回り膝を付いた。
陛下が膝を付く、その様に皆驚愕を露わにする。
大半の女性は口を手や扇子で隠し目を見張っている。
男性側も一体何を、と言わんばかりに視線を向け固まっていた。
「ミリアリア、みなに説明する前に、今一度キミの気持ちを聞いておきたい。
誠心誠意大切にすると誓う。私の后となり、隣で私を支えてくれないか」
陛下が彼女の手を取り、公式の場で膝を折るという異常な状況。
流石のミリアリア嬢もいつもの淑女の顔では居られないようだ。
段々と瞳に涙を溜めていく。
シーンと静まり返る会場に「うっ……うぐっ……」と嗚咽を漏らす声が響く。
その様に陛下がとても困った様を見せている。
「ミ、ミリアリア?」と、少し不安そうな声を漏らした陛下。
「わ、わだじぃ……ずっと、ずっと陛下をお支えしたくてぇ……
貴方の近くに居たくて嫌だった婚約もお受けしたんですぅ……」
え、ええっ!?
ちょ、ちょっと!?
……その嫌な婚約ってアストランテ殿下とのことだよね?
それ、ここで言っちゃう!?
僕は彼女が元々陛下に心を寄せていた事にも、ここでそれを言ってしまうことにも驚いてぺちっと思わず額に手を当てた。
ボロボロと大粒の涙を流しながらも涙声で言葉を続ける彼女。
「私は、私は貴方様を……アドリアン様をずっとお慕いしておりました!
願って下さるのであれば、ずっと、ずっとお傍で支え続けますっ!」
「あ、ああ。ありがとう。嬉しいよ……ミリアリア」
そう言って手を取りながら立ち上がれば胸に飛び込む彼女を抱き支える陛下。
その様を見たご婦人方がキャーと声を上げる。
男性陣は無言だが『一体どうなっている』と言わんばかりの困惑を見せた。
笑顔で応える陛下だが、内心では嵐が吹き荒れていることだろう。
サイレス候も言っていたし事前に話は付いていたみたいだが、絶対に先ほどの発言は想定外な筈だ。
大丈夫なのか、と父上や宰相閣下の顔を伺うと少し困った顔を見せてはいたが予定調和だと言える範囲に見えた。まあ、サイレス候は頭を抱えていたが……
ならば、特に問題は無いのだろう、と安堵して成り行きを見守る。
だが、ミリアリア嬢が抱き着いたまま動かないので長いこと静寂が続く。
このままでは埒が明かないと陛下がお姫様抱っこで抱え上げると再びご婦人の黄色い声が上がる中、二人は壇上へと上がって行った。
そして陛下は、ギュッと抱き着いたままのミリアリア嬢を抱えたままに声を上げた。
「み、みな……驚かせたな……だがこれは突発的な話ではない。
アストランテの廃太子が決まった後に持ち上がった話だ」
そう告げると今度は男性陣が強い動揺を見せざわざわし始める。
当然だ。アストランテ殿下の廃太子の発表すらもしていなかったのだから。
その動揺に陛下は一つ頷いて言葉を続けた。
「動揺するのもわかる。どう発表していいのかもわからず時が経ってしまっていたからな。
だが、いずれわかる事。私の口からみなに伝えておこうと思う」
えっ……
もしかして真実を伝えてしまうのか?
ああ、そうか。
ルーゼスの後ろ盾に付いていた敵の要人を捕え尋問すれば、そこの取り纏め役の貴族から話が回ってしまうのか。
ならば変に疑心が広がる前に話して戦争の勝利という祝砲で押し流す形の方が断然いい。
まあ、早期に勝てるかまでは決まっていないのだけど、どちらにしても反乱分子の大半を捕えた今、帝国内の結束は悪くない形に収まっている。
反乱分子の始末は凡そ終わっているし、ラキュロス公も陛下が方向性を変えたが為に中立を装う必要が無くなった。サイレス家も完全に皇家側に入っている。その上でハインフィード家すらも皇家と密な今、隙は無いと言える。
そうした経緯から引き延ばしてから話が回るよりも今言ってしまう方がいいという事か。
そう考え納得し耳を傾けると、陛下から殿下がライラに唆されてルドレールと内通していたと発表された。
細部は全て伏せたが、ライラからという事は前サンダーツ家から。
皇太子を降ろされる程だから帝国に仕掛けると知っての事だったとわかってしまう。
皇太子でありながら何故そのような事をする必要が……と疑問の声が何度も聴こえたが、陛下はそれに関しての答えは出さなかった。
「皇帝の責務として、私心を捨て国を守る準備は全力で整えた。
疑問に思う事もあるだろうが、心配は要らぬ。
だからどうか、みなもこの婚姻を祝福してほしい」
そうか。陛下は覚悟を決めたんだな……
あれだけ悲痛な顔を見せていたのだから相当辛い選択だったろうに。
その覚悟に水を差す訳にはいかないな、と僕は率先して陛下の声に拍手で返す。
僕の拍手に続く様にどんどんと音が大きくなり、雨の様に拍手の音が降り注ぐと、陛下は少し安堵した様に微笑み片手を上げて返した後、宰相閣下に場を頼み壇上を降りた。
「アリアちゃん……」と少し俯き、優しい笑みを見せるリーエルに「もしかして、知ってた?」と問いかけた。
「はい……気持ちだけは。
ハインフィードでお仕事を手伝って頂いていた時によく二人で夜遅くまでお話しましたから。
ごめんなさい。絶対に秘密にすると誓っていたので言えませんでした……」
「いや、そういう秘事の約束は必然性が無い限り守られて然るべきだよ。
でも、それならこれでよかったのかもしれないな。
陛下への想いを抱えたまま殿下の尻拭いの人生じゃ悲し過ぎるもの」
そう返せばリーエルはそんな未来を想像したのか苦い顔を見せた。
そこにライラさんも加わるとなると相当に悲惨ですわね、と。
しかし、道理で思春期でありながら国の為と完全に割り切っていた訳だよ。
彼女自身も殿下を利用するつもりだったのね。
自己犠牲精神が強い感じもしなかったしちょっとだけ不思議に思っていたんだよな。
それから開催の挨拶なども終わると自由に歓談する時間となり、入れ替わり立ち替わりで多くの人がハインフィード家のテーブルに訪れた。
今、皇家ともサイレス家とも深い繋がりを持つ僕らに色々聞きたくて仕方がない人ばかりだ。
僕らが若年な事も話しを聞きやすいと拍車をかけたのだろう。本当にひっきりなしだった。
だが、今回はマリアンヌ婦人が居るので大分楽だ。
彼女自身、深い所までは内情を知らないが、それでも言ってはいけない部分というのをしっかりと理解している。
あからさまに無理だという内容は角が立たぬ配慮をしつつも自ら率先して流し、判断が付かないところは僕に振ってくれるので、対応が物凄い楽だった。
彼女自身も存在感を植え付けられるし、味方に引き込めば強いという面も見せられた。
偶に婚活染みた話題を入れつつもリードする手腕を見せるのだから流石だ。
そうしてお客を捌いて落ち着いてくるとマリアンヌ婦人は、同性の輪に入って色々探りを入れてくるわね、と一人出動していった。
逞しいなぁ、と思いながらも彼女を見送ると暫くして今回の主役が何故かうちのテーブルに訪れた。
「お、お邪魔して……いいかしら……」
えっ、今こっちに来ていいのか、と陛下の方へと視線を向ければ目が合って頷かれた。
しばらく頼む、という事なのだろう。
そんなやり取りをしている間にリーエルが声を上げる。
「ええ、勿論ですわ! よかったですわね?」
喜んでいていいはずの彼女が青い顔で俯き加減にそう言ってくるものだから、何があったんだろうかと困惑したが、席に着いた途端「やってしまいましたわぁ~!」と両手で顔を隠して突っ伏したミリアリア嬢。
「あはは……うん。やっちゃったね」と僕は恥を掻いた事を言っているだけかと気が付いて笑いながら返す。
なるほど。
こんな状態だから席を外させたのか。
「わ、笑わないでくださいまし!
か、感情が溢れていたとはいえ、公衆の面前であんなことを暴露してしまうなんて……」
「そりゃ、伝えておいてくれたなら笑わなかっただろうけど、僕は明かされてないからね?」
「陛下もリーエルも内緒にしてたから結構気を揉んだんだよ?」と苦笑すれば「だって……そんな事、言えませんもの……」と突っ伏しながらも嘆くミリアリア嬢。
確かに婚約者の父親を愛していますだなんて言えないか。
……婚約を受ける前からみたいだし。
という事は幼少からか……
まあ陛下はイケメンだし線は細いし優しいしで刺さる女の子は多いだろうが。
「でもまあ、怪我の功名じゃないけど勝てる戦の前でよかったね。
今ならば受け入れられる為のハードルはかなり低いと言える」
そう。息子の婚約者を父親が取ったとなると普通は『流石にそれはちょっと……』となるものだが、サイレス家へ約束した皇太子妃の座という名目から責任を取ったという形であれば自然と受け入れられる。
廃太子とされた名目も戦争を仕掛けてきた国と共に自国に害をなしただけでも内容は十分だ。
ライラとの事も周知の事実なので先ず疑いは掛からない。
『まさかミリアリア嬢を娶る為に殿下を!?』と下衆の勘繰りをする様な輩は現れないだろう。
今ならばお国の為、責任を取る為に動いたという事実が心にストンと落ちる。
その上で戦争を勝利に導いたなら皇帝陛下への批判など上がろうはずもない。
皆、結果的に良き形に収まったと祝福する声を上げる事だろう。
「えっ……まるでもう勝利が決まっている様ですが、聖騎士も入ってきていると聞きましたよ?
わたくしも調べましたが、大規模な魔物討伐を何度も行っていて勇名が轟いているとか……
ここからが正念場なのではありませんの?」
流石はミリアリア嬢。
その勇名の由来を聞いていけば結構深いところまで調べ上げていた。
僕が知らない事もあった。
だが、首席三名は実際に強さを見ているのだから聖騎士に関しては大きな見当違いはない。
一般の聖騎士も赴けるダンジョンの階層からどの程度かはシェラからもディランからも聞いてある。
ルドレールの総戦力がどれほどか、という点はあるが、そちらも凡その当たりは付く。
戦力割合が八対二から六対四の間で収まっている筈だ。
なので僕は自信を持って言葉を返す。
「僕がリーエルと共に戦場に出るんだ。間違いなく勝利してみせるよ」
「えっ!? あっ、そうですわよね……エルちゃんも領主だから出なきゃいけないのよね……」
恰好を付けたつもりだったのだが、彼女はリーエルの心配が先にきてしまったようだ。
当然その姿を見せたかったリーエルもミリアリア嬢の方へと意識が向いている。
「エルちゃん……」とミリアリア嬢は心配そうな顔をリーエルに向ける。
よき友好関係を築いている様で何より、と思いつつもカッコ付かなかったなぁと少し遠くを見詰めた。
「ふふ、心配は御無用ですわ。リヒト様が隣に居るんですもの」
「それはそれは……毎度、毎度ごちそうさまです」
「あら、今日に関してはごちそうさまはこちらの言葉じゃないかしら……?」
うふふ、と笑うリーエルのその言葉で先ほどの事を思い出したのか再びミリアリア嬢は顔を隠して突っ伏した。
「ほら、皇后陛下になるんでしょ。今まで作り上げた淑女像を崩したら勿体無いよ?」
今日ばかりは許されると思うが、いつまでもうちのテーブルでそうされている訳にもいかないと声を掛ければ彼女はハッとして姿勢を正した。
「お、おほほほ! 失礼いたしましたわ!」
と、誤魔化し笑いをするミリアリア嬢のその姿にいつかのサイレス候の奥方と姿が被る。
「ああ、うん。母子だね……」と呟くとリーエルも思い至ったのか小さく笑う。
「何ですの……」とジト目を向ける彼女に「キミの御母上が『夜に男をリードする手管』というものをリーエルに教え込んでいた事があってね」と教えてあげた。
ミリアリア嬢は「お母様……」と嘆く様に言いながらも「私も教わっていませんのに……」と不満そうな声で小さく呟いていた。
えっ……そっち?
と思いつつも話は流れ、テーブルに突っ伏している姉を心配して様子を見に来たディクス君が婚約者を連れて来たので暫し皆で歓談してから彼女たちは自分の席へと戻って行った。
うん。大分落ち着いた様子を見せていたし、もう陛下の所へ戻ってもちゃんとやれるだろう。
その後、ハイネル家のブレイブ君がテーブルに訪れた。
降爵したものの家は残され、伯爵家当主になれたので此度の戦には出られる様になりましたとの報告に来たようだ。
義務もないのに自らそう報告に来るほどだ。
彼に二心は無いのかもしれないな。
そう思いながらも軽く雑談を交わし、最後に互いに健闘を祈り合った。
「ふぅ……漸く上位貴族勢は凡そ綺麗になったみたいだね。
多少不安な嫡子が居ない事もないけど……」
「ええ。ハイネル伯爵は問題無さそうに見えましたし……ですが不安な嫡子ですか?」
「うん。バトア家とかコルベール家とかね。バトア伯ならちゃんと教育するか外すかするだろうけど、コルベール家は終わってるよね。自浄作用が無い。まああそこは上位貴族とは言い難いし力もないからうざったいだけだろうけども」
伯爵家なのだから上位に入るのだが、国の中枢ではある程度力を示さないと輪に入れない。
そうなればやはり名ばかりの上位貴族と見られてしまうのだ。
それが嫌で不毛な争いをしている貴族は結構居る。コルベール伯もその一人だ。
「もう戦争を利用してでも排除したいと思うのは居ないし気楽になってよかったよ」
「ふふふ、あら怖い。
リヒト様にダメな子認定されない様に注意してくださいねと触れ回りませんと」
「あはは、やめてよ。関わってしまったから仕方なく動いているだけで本来は国の仕事だよ?」
わかっておりますとも、などと男装して父上たちと対等に話したばかりだからかいつもとは違う男勝りな様を見せてドヤ顔を見せるリーエル。
そんな様すら愛らしく、僕は何気なく彼女に言った。
「この戦争が終わったら、結婚しないか?」と。
「ふぇっ!?」と突如真っ赤に顔を染めた彼女。
そう。そんな顔をされるからもうダメなんだ。
もう、キミが欲しくて仕方がない。
どこかの本で、大きな戦いの前に結婚の約束をしてはいけない、と読んだ気がするがそんな事はどうでもいいと僕は口に出していた。
「はい……喜んで」と、返す彼女。
よし、絶対に直ぐに終わらせる。
そう決意を新たにしてルドレールから教会まで終わらせる為の構想を頭の中で練った。
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