第71話 類は友を呼ぶ


 ~~視点変更、三人称、第二王子ジェラス~~



 ルドレール国最南端、ホルズ子爵領。

 そこの領主の館には、かつて無いほどの人数が集まっていた。


 そう。国軍や各領地の領主たちが兵を連れて続々とホルズへと集まってきているのである。

 全てがホルズに集まっている訳ではないが、それでもお偉方のみで庭が埋まるほどに人が集まっていた。


 その中でも異様に人が集まっている場所があった。


 その集団の中心には、少しのけ反る様に座りワイン片手にそう言って口端を持ち上げる第二王子ジェラスが居た。 

 庭先に丸テーブルが並ぶ一角にて二名と席を共にし、周りにも数十名の人が立ち並んでいて、他の席とは一線を画す様相となっている。


「へっ、クルスの野郎はお留守番だ。ここで俺が戦功を上げれば俺が王になるのは間違いねぇ。

 此処が正念場だ。わかってるだろうな。どんな手を使ってでも勝て。今回ばかりは戦功さえ持ってくりゃ何をしててもケツは拭いてやる」


 第二王子が兄である王太子クルスからその座を奪おうとしているのは周知の事実。

 それもこれも彼がこのような物言いを所かまわずしてしまうからだが、今日は何時になく直接的な言葉で簒奪を口にしていた。


「その前に聞かせろ。ここでの戦功だけで本当に王になれるのだろうな。お前が王になれると言うからこそ力を貸すのだぞ」と、立って並んでいる男の一人が口にする。


「あ?」と、腹立たし気に声を上げ顎をクイっと動かすとその男は隣の者に突如殴られて地に転がった。


「おい……それで足りると思ってるのか?」とジェラスに冷めた視線を向けられた側近たちは我先に倒れた男を蹴りつける。


「おい、ロベルト……お前、なに対等みたいな口きいてんだ?

 勘違いするなよ。お前は所詮戦後にアステラータを使いやすくするための駒だ。

 今回の戦いで役に立たなければお前を殺してスペアを使う。

 手ぶらで来て誰よりも俺の役に立つと大見栄切ったんだ。

 お前の弟の時みたく足を切られて貧民街に捨てられるだけじゃすまねぇぞ。

 そんなざまなら残飯恵んでるだけのコストでスペアになれる弟の方が有能だからなぁ」


「役に立たねぇならお前はそれ以下ってこった! ぎゃははは!」と、大笑いしてご機嫌そうに肉に噛り付くジェラス。


 その声に何も返せず歯を食いしばり地面を見詰めたままのロベルト。

 ジェラスはその様に目もくれず、薄気味悪く笑う。


「それにな……なれるか、じゃない。なるんだよ。無駄口叩くやつは全て殺せば俺が王だろ?」


 音量を落とすこともなく放たれたその声に周囲の席すら時が止まったかの様に音が無くなる。

 しかしその中で体面に座る一人だけが「当然ですね」とジェラスに同意する声を上げた。


「おい、ニゲル……俺は大金を用意して見せたお前を買っている。

 だが、金だけ出してでかい面する無能はいらねぇ。お前もあの一度で安泰だと思うなよ?」

「ええ、勿論。私の計画をちゃんと完遂できる兵が居れば私は負けませんよ」


 そう言って胸を張るニゲルにきょとんとした顔を見せた後、大笑いするジェラス。


「ぎゃははは! そんなの誰だって負けねぇよ! やってこいって言うだけじゃねぇか!

 流石、ロドロアから逃げてきただけはある! お前、面白いなぁ!!」


 と、大笑いされ顔を赤くし頬を引きつらせるニゲル。


 そんな中、ずっと黙っていた残る一人の男が声を上げた。


「殿下、釘を刺すのもそこら辺で。

 これ以上不穏な話が広まれば身動きが取れなくなります」

「はん……その程度で躓くならその時はそいつが死ぬだけだ。代わりはいくらでも居る」

「そう、ですか。ではその有能な者たちにお頼みください……私には難しい」


 そう言って苦い顔を見せるのはルドレール国の公子、フランツ。

 ジェラスとは性格が真逆と言えるが、大きな後ろ盾の為に迂闊な真似はできない相手。


「だってよ……この程度やれるよなぁ?」と、周囲の者たちに視線を向けるジェラス。


「勿論ですとも。ご用命であれば私がやりましょう。

 何時までも部下の失態の所為で過去の汚名を背負わされては堪りません」


 視線を彷徨わせる者が多い中、声を上げたのは一年前まではニゲル・ロドロアと呼ばれていた元侯爵家嫡子の男。

 彼は、話が広まる前にとルドレールに入って早々に侯爵家嫡子の立場をふんだんに使い、ロドロアから持ち出した金の半分を用いて王子と席を同じくするほどにはルドレール内での立ち位置を確立していた。


「いいだろう。姿は見えねぇが、ルーゼスの野郎がちょろちょろしている筈だ。

 あいつが表に顔を見せる前にやってこい。それが出来ればこれからも傍に置いてやる」


「畏まりました」と胸に手を当てて頭を下げるニゲルだが、その声に待ったをかける者が居た。


「まっ、待て、ください……俺も共にやります。俺ならば確実……です」


 痛みと悔しさに顔を歪ませながらも土を払いながら声を上げるロベルトにジェラスは「いいぞ。立場を理解したなら許してやる。今日は機嫌がいいからな」と愉しそうに笑う。


 そうしてジェラスが声も控えず第三王子の暗殺を命じる中、周囲のテーブルではぼそぼそといたる所で囁き声が上がっていた。


「第二王子を戦場の最前線に出したのは、そういうこと……でいいのだよな?」

「でなければ困る。一体いつまであの狂犬を野放しにしておるのだ……」

「おい、言葉が過ぎるぞ。困ったお方では済まないのもわかるが……聞かれたらどうする」


 女性も男性も大半の者たちが青い顔で黙り込み、一部の者たちが密談の様に話すさまが見受けられる中で時間が過ぎていき、会食もそろそろお開きの時間となった。


 そうして遊園会のような催しも終わり、上位者のみがホルズ家の客室へと案内された。




 その夜、一室では小さな喧騒が上がっていた。


「常日頃からあのような言を聞きながら何故シーラン公は後ろ盾を降りないのですか!

 シーラン家は国が乱れても構わぬとお思いか!」


 そう問い詰められているのは昼にジェラスを諫めようとしていた男。


「そんな訳がない! 私にもわからぬのだ! 父上が何を考えているのか……

 だが、お家の意向に逆った後でも動かせるほどの力など私にはない。

 簡単に取り上げられる力しか与えられていない私に期待などするな……」

「何を……何を弱気な! このままでは戦には勝てても国は大混乱に陥るのですぞ!?」


 そう。ルドレールではもうこの戦は早期に勝ちに終わるものだと思われていた。

 アステラータは衰退の一途を辿っていて昔ほどの力は持ち合わせていない。 

 その上で聖騎士全軍が援軍として駆けつけている。

 参戦の理由からも簡単に引くことは無い。

 であればもう圧勝するのは確定、というのがルドレール国内の見解。


 だからこそ終わった後を考え、どうにか戦争中に第二王子を排除したいとホルズ家に客室を用意された上位貴族の面々が集まりフランツへと詰め寄っていたのであった。


「はは、貴殿らは現当主。家に逆らい力を失った後の私よりよほど力を持つだろう。だというのに動いていない貴殿らが私を責めるのか?」


 そう言って面々を見渡すと彼らは黙り込む。


「失礼しました……このお話は戦を終えた後にまた」と彼らは俯いて部屋を出て行った。


 それと入れ替わるように入室してきた男を見てフランツはビクンと肩を震わせた。


 目を彷徨わせるフランツに「よぉ……面白そうな話をしていたな?」と、第二王子ジェラスがワイングラスを回しながら挑戦的な視線を向ける。


「ははは、おわかり頂けましたかね……私が忠言を入れぬわけにはいかなかった理由を」

「まぁな……なんて言うとでも思ったか?

 いつもならこの場でぶった切るところだが今シーラン公にへそを曲げられても困る。

 とはいえ、信用なんねぇ奴もいらねぇんだよなぁ……」


 ジェラスなら本当に切り捨ててもなんら不思議はない。

 そんな状況下でいらないと言われたフランツは恐怖からうまく言葉が出ず、顔を青くしたままジェラスを見据える。


「だからよフランツ……お前、左翼に行って聖騎士を指揮してこい」


 その声に「えっ……」目を見張り、言葉を失いかけるフランツだが、このまま受けた事になってしまっては困ると声を上げる。


「聖騎士に直接指示できるのは総大将か左翼の指揮権を持っている者のみです。

 お国が決めた指揮権を奪ってこい、と? 私の力では到底無理ですが……」

「そこは王子の俺が一筆書いて魔法印を押してやる。公子のお前なら立場も十分だ。

 聖騎士の力で得た戦功を寄越せ。そうすりゃさっきのは無かったことにしてやる」


 じゃあな、と言葉を返す間もなく軽く言って出ていくジェラス。

 王子の魔法印では不可能だと否定したかったフランツだが、それをしてはプライドの高い彼の事。このまま切り殺される可能性が高く声を上げられなかった。


 彼はジェラスが出て行った後「そんな無茶な……」と嘆きの声を上げた。

 聖騎士の戦功を奪うどころか指揮権を奪う段階でもう不可能だ、と。

 だが、それができなくても高確率で殺される。


 その事実に『ああ、あの押し付けることしか知らない者どもの言葉など一切取り合わなければよかった』と彼は一人項垂れながらも布団に体を投げ出した。




 そうして翌日、フランツはただの気まぐれの言葉であったことを願っていたが本当に文は認められていて、そのまま左翼へと移動することとなった。


 目的地は男爵領ルード。


 そこに国軍と聖騎士が集まり、山越えしてサンダーツを攻める手筈になっている。

 いつものように軽くやってこいと言うジェラス。

 しかもシーラン家の側近どころか使用人たちまで置いていけと言う始末。


 流石にそれでは何もできない、と反論とするが当然受け入れられることもなく王子はその場を後にする。


 その直後、何故かその場に残ったニゲルがフランツに同行すると言い出した。


「私の情報網では第三王子はサンダーツと繋がっていたそうですから、共に行くべきでしょう。ああ、当然ジェラス王子に許可は取ってありますよ?」


 そう言い出したニゲルにフランツはげんなりした顔を見せた。

 ジェラスに何を言うかわからないニゲルが付いてきても足枷でしかない、と。

 そうしている間にもロベルトもこちらに寄ってきた。


「ふん、馬鹿な奴だ。そんな事は誰だって知っている。その程度の情報ででかい面をするな。

 帝国でも相当騒ぎになった話だ。調べずともわかるだろうが」


 ロベルトも皇家の血が要ると拾われる前までは母から貰った金を頼りに市井を彷徨っていたので噂話程度には知っていた。

 そう指摘されたニゲルは冷たい視線をロベルトへと向ける。


「チッ……相変わらず生意気な若造め。公子でなくなったお前はただの平民。

 この私に楯突いてただで済むと思うなよ?」

「それを言うならお前の方だ。俺はアステラータを統べる男なんだよ。お前とは違う」

「ふっ、仮に上手くやったところで属国以下に落ちた帝国で操り人形としてだろうが。

 ジェラス王子のお傍に仕える私の方が断然上だということを忘れるな」


 何を言っているんだこいつらは、とフランツは驚愕する。

 今から自国が荒らされるんだぞ、と。


 家族や知人だって居るだろうに。

 貴族家の者であれば殺される立場だ。


 一つも思うところが無いのだろうか、と攻め入る立場でありながらもフランツは疑問を覚えずにはいられなかった。


 こんな異常な者たちと行動を共にしたくはないフランツだったが、ジェラス王子の許可がある以上断ることもできないと、彼は致し方なく共にルードの街へと赴くことにした。


 そうしてルードに着いて司令部となっているルード男爵家の屋敷へと赴き、王子の書いた書状を見せたフランツ。

 だが、すぐに『それはできない』と言われてしまった。


 当然だ。

 国の軍議にて正式に任命されているということは王が決めたということ。

 王子が勝手に挿げ替えるなど許されることではなかった。


 フランツもそれは当然理解していた。

 彼は「ですよね……」と苦笑いして屋敷を出て途方に暮れる。


 ただ、足枷である二人が拒否されてもなお喰いつくつもりであるらしくルード家に残ってくれたのでそれだけが救いだな、と彼はとぼとぼと馬車に乗り街の宿へと向かったが、すべてにおいて空いてないと言われてしまった。


 当然、先触れも無しに来ている上であのような書状を見せ断られたのだから今更ルード家も頼れない。

 ついでに言うと側近や使用人たちもすべてホルズに置いていけと言われて一人で来ているので、御者として使っている者しか居ない。


 公子としてあり得ない状況。こんな事態は初めてだった。


 さて、どうしたものか……

 満室で断られた宿の前で困っていると、声をかけられた。


「あら、家紋付きの馬車ということはルドレールの貴族の方よね。私に用かしら?」と。


 白い聖職者の服を着ている女性に声を掛けられた。

 しかもこの軽装に改良されたかのような服は間違いなく聖騎士の物。

 フランツは公的な顔に切り替えて言葉を返す。


「ええ。私はシーラン公爵家嫡子フランツ・シーランですが、貴方は?」

「あら、意外と大物なのね。私は聖騎士第一席、リリアラよ。よろしくね」


「っ!? 第一席、ですか!?」と、予想過ぎる名乗りに思わず声を上げてしまい「し、失礼」と身を正すと彼女は笑う。


「いいわよ。そんなに気張らなくて……

 けど、困っていた様にも見えたけど、どうかしたの?」


 本来ならば見栄を張るところだが、ジェラス、ニゲル、ロベルトという最悪すぎる者たちを相手にし続けて疲れ切っていたフランツは思わず本音で返していた。


「あはは、上司に有り得ない無茶ぶりされてこの町に急遽来ることになったのですが、宿が一切取れなくてですね……」

「あぁ……宿かぁ。ここ一帯すべてうちで貸し切っちゃってるからねぇ。

 当然、本隊は入りきらないから外で野営しているんだけど、私たちは軍議もあるから。

 でもわかったわ。そういう事ならおいで。一室空けてあげる」


 そう言って断る間も無く中に連れ込まれ、部屋に通された。


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