第67話 今度は理知的な人でよかった。


 ううむ。漸くリーエルの所へ行けると思っていたのだけど、少し待たせることになりそうだなぁ……


 と、僕は聖騎士の次席と三席が教会から辞してフレシュリアに帰る為に帝国を通りたがっているという報を聞き、戦力を整えて義兄上と国境へと赴いた。

 状況を整えている間に呼びに行かせていたので国境線の関所に着き次第、すんなりと対面する事となった。


 関所の聴取室。小さな対面テーブルに僕と義兄上、向かいには次席、三席の二人。

 後ろにはエメリアーナやハインフィード騎士団が立っている。

 そんな状況での対面。


「海での戦いぶりですね……確か、ディラン殿と申しましたか」


 そう告げると、困惑した面持ちの彼。

 ああ、覆面していたのだった。


 そう気が付いたところで彼も僕が誰だか気が付いた様子を見せた。


「っ! 貴方が帝国の公子、リヒト・グランデ子爵でしたか! そうです。ディランが私です」


 何やら物凄い緊張した面持ちだ。

 どうやら義兄上が言った通り、僕が異常な程の強者だと思っている様子。


「では隣の貴方が聖騎士の次席ということで?」

「あっ、辞める前はそうでしたが……今はただの平民で名はスカーレットと言います」


 そう言って彼女は頭を下げた。

 それと同時に待ちきれない面持ちの彼が口を開く。


「あ、あの……何故エルネスト殿下がこちらに?」と、義兄上に視線を向けて困惑を見せる彼。


「うむ。半年ほど前から義弟の所で世話になっていてな。竜の討伐で共に在ったのもその流れよ」

「あっ、あの時以前より、ということでしたか……

 それで、私はフレシュリアに帰れるのでしょうか?」


「うーむ。それなのだがな……」と義兄上が事情を説明してくれた。


 送ろうにも強さを鑑みた護送員がこんな現状では当分は用意できない事。

 仮に時を待ったとしても本格的に始まってしまった後では敵意の溝が深まり送ることも難しくなる事。

 そういった事を説明し帝国内を通すことには色々と問題がある、と彼に告げてくれた。


「なる、ほど……では終戦し完全に落ち着くまでは通れないと思った方が?」

「うむ。今俺が代官を務めるサンダーツ領で暫く牢に入ってくれるならその限りではないらしいがな……」


「えっ……殿下が、サンダーツ領で、ですか?」と問うディランに対して義兄上は「ふっ、面白いだろ?」とニヤリと笑う。


 その後、義兄上は直ぐに何かを思い出したように口を開く。


「ああ、ちなみにシェラの奴はもう既に牢に入っておるぞ。

 あやつの場合は第三王子と共謀しておったそうだからお前とは立場が全然違うがな」


「えっ!? 共謀ですか!?」とギョッとした顔を見せる彼。


 驚く彼に僕の方から経緯を説明する。


「ああ。第三王子ルーゼスと教会上層部を引き合わせ兵を貸すのを進言したのが彼女だそうだ。

 うちに仕掛けると聞いた上でね。

 王子はその時に借りた聖騎士百を最近までサンダーツに忍ばせていたのだよ。

 開戦前だというのにトルレーへと挙兵して聖騎士もろとも討伐されたがね。

 その後、彼女が間抜けにもサンダーツ家の屋敷に来たわけだ。ルーゼスに会いに来た、とね」


 一応、彼のお仲間であろうから間違いなく大義がこちらにあるのだということを伝える。

 しかし三席ともあろう者が聖騎士百人も動かしているのに何も知らされてないのか、と驚きつつも事実を突きつけた。


「なっ!? 教会が開戦前から聖騎士を潜伏させていたと言うのですか!?」

「大義もなく戦争を起こしているというのに、そんなに驚くことかな?」

「あっ……そ、そうでした。

 思い描いていた教会像とはかけ離れ過ぎているから辞したのでした……ははは」


 彼は宙を見てとても乾いた笑い声をあげた。


 そうした騙し討ちの様な真似を教会側からしていた事に強く失望しているようだ。

 不利益を齎す相手とはいえそんな姑息な真似に協力していたとは思っていませんでした、と目を伏せた。

 それから彼は教会であったことを話してくれた。

 とても憤っているのだろう、聞いてほしいと言わんばかりだ。


 彼の話を聞いて流石に僕もカチンときた。

 安全な所から人の命を使い私欲で戦争を仕掛けてくる様なゴミが教会の首脳なのか、と。

 真面な人は居ないのかと問えば、枢機卿以下、上層部の全員が今回のことに同意していたのだと言う。


 しかし、教会は不滅だから負けは無い、ね……

 なるほど。聖騎士が負けようが自分たちが脅かされることは一切ないと思って軽い気持ちで始めた訳だ。

 随分とふざけているじゃないか。


 ふーん……

 じゃあ負けさせてみようかな。

 必要性もあるし。


 そう考えていると「そんな組織に属していた私が何を言っても信用はできないですよね……」と彼は諦め顔で苦笑する。


「ああ。普通に考えれば、ね。だが僕らの間には義兄上が居る。フレシュリアの英雄である貴方が国を捨てる行為をするとは考え難い。その程度の信頼関係なら今からでも築けると思うが?」


 出だしが酷過ぎるので全幅のと言うにはほど遠いが、話も聞かずに敵対するほどでもないと思っている、と伝えると彼は驚いて目を見張った後、納得した様子を見せる。


「なる、ほど……その一歩として先ずは自ら牢に入って見せろと……」

「ああ。しかし、強制でという話ではないよ。そのまま別の国に赴いても構わない。

 義兄上の手前もある。そちらが何もしない限り強行する様な真似はしないと誓おう」


 ゆっくり考えてみてくれ、と彼らに伝えて返答を待つ。

 その後、次席の彼女といくつか言葉を交わした後、義兄上と向き合った。


「殿下、本当に信じてもよろしいのですね?」と義兄上に彼は強い視線を向ける。


「うむ。名を以て誓おう。義弟は今の言葉を本気で言っている。

 帝国を通るなら一度牢には入れるが待遇は最大限配慮するとも言ってくれていた。

 この言葉が覆るとしたら皇帝陛下に何か言われた時であろうな」


 と、義兄上が返して考え込んでいるので僕は補足を入れる。


「いえ、そこは大丈夫でしょう。

 辞したという言葉が本当であれば戦いの前に組織を抜けている事になりますので。

 その上で手に掛けるほど陛下は狭量な方ではありません。

 ですので自ら牢に入り潔白を証明して頂けるなら私も貴方の帰郷に手を貸しましょう」


 と、義兄上に言葉を返しながらも彼に伝える様に言う。


「あっ、それで牢に入るか他国に行くかと仰っていたのですね……」と彼は安堵した顔を見せた。


 その後、期間を聞かれ『一年以上にはしない』と約束した。

 恐らくは半年程度で通り抜ける程度の信は得られるだろう、と伝える。


 それまでには聖騎士との大規模戦闘がある筈だし、無くとも辞した裏取りくらいは終わるという目算だ。


 それから彼は次席スカーレットといくつか言葉を交わすと牢に入る道を選んだ。

 何やらこの先、僕と敵対しない道を選べるなら数か月牢に入る程度は安いものなのだとか。


 義兄上……国になんて報告したんだよ。

 いや、僕も何の説明も無しに帰った落ち度はあるけども……


「じゃあまず、牢の模様替えからかなぁ。

 こうした手順を踏んでくれたのだから罪人扱いする訳にはいかないからね」


 と、僕は口調も姿勢も崩して公的な対応をやめて立ち上がる。

 

「うむ。そこは俺に任せておけ。しかし牢が一つというのがなぁ……トルレーには無いのか?」

「いや、伯爵家でも無い所の方が多いですよ。希少金属の牢ですからね?」


 そう。なんでサンダーツ家にあれがあったのかが疑問なくらいだ。

 当然格子だけではなく壁もだ。

 装備を作る量とは訳が違う。かなりの額が投入されている。

 金は有り余っていたから取りあえずで作ったのかねぇ……

 逆賊になった家じゃなければそんな物を作る前に先ず領地を育てろと説教したいところだ。


 しかし、元三席と次席の聖騎士は思った以上に理知的だな。

 まあ比べる対象がシェラしか居ないからだいぶハードルは下がっているけども。

 

 一応、希少金属の牢とはいえ、義兄上の傍に置くのだ。

 次席は知らぬ相手みたいだし、エメリアーナも付けておこう。


 うん。それがいい。

 エメリアーナもキレるだろうが喜ぶだろう。

 あれ……なんか字面がおかしい。


 まあいいか、と僕はエメリアーナに声を掛ける。


「一応、進軍前までは義兄上に付いていてやって欲しい。

 無いとは思うが、全てが嘘で実は教会に任を言い渡されているという可能性も考えなければいけないからね」


 そう。ここまでの大事だと理知的で良い人そうなんてものは何の足しにもならない。

 ただ、フレシュリアで人々を守り続けたという実績がある英雄なら話が少し変わる。

 そんな人材なら素行調査もされている筈であり、その上で義兄上が信用できると言ったのは考慮に入れるに値する。


 エメリアーナにそう伝えれば「騎士団は?」と特に気にした様子も見せずに返された。


 あれ……今回はキレなかった。

 先日リーエルたちにからかわれたから照れ隠しで怒りだすかと思ったのだが……


 そう思いつつも彼女の声に応える。


「行く前に指示だけ出して貰って後はゲン爺にお任せかな。

 エメリアーナが騎士団から離れるのも二か月程度だろうしね」


 ん~その後はどうしよ。押さえられる人材が居ないな。

 一応義兄上にはハインフィードにでも避難しててもらおうかな……

 まあ、そこは全員がトルレーに集まった時に話し合えばいいか。


「いいわ。聖騎士からあいつを守ればいいのね?」

「もしも敵対した場合にはね。相手がこちらに対して抜いたなら殺して構わない。

 ただ、義兄上の安全が最優先だ。さじ加減は任せる」


「ふーん。私向きじゃない」と少しご機嫌になり剣を抜いたり差したりして遊んでいる。


 今日も護衛として来ている彼女は当然、新装備戦乙女を装着している。

 気に入っている様でなにより、と思いつつも急ぎサンダーツに移動した。

 ちんたらやっている余裕は無いのだ。

 国の指定日時にはまだ余裕があるが、一刻も早く行かないとリーエルを待たせてしまう。 


 一応、牢に入り鍵をかけるところまでは立ちあわせて欲しいと、戻って早々使用人たち総動員で牢屋の模様替えをさせ、簡易便所も作り牢屋にしては上等な内装になった所で二人に入って貰った。

 表情を見るに特に問題なさそうに見える。

 というかスカーレットは異様に喜んでいる様にも見えるんだけど……


 シェラは戦力的な問題で別の牢にかえた。

 一般牢だが、彼女ならエメリアーナが居れば問題なく倒せるので枷を付けておけば大丈夫だろう。


「なんで……私と待遇が違い過ぎるんですけど」と希少金属の拘束具を付けられて一般牢に移され不満そうにしているシェラ。


「シェラ君、キミは知っていて王子に兵を貸す為の協力をしていたと聞いたよ?」

「でも、枢機卿を紹介しただけですよ?」


 逆にムッとした顔で言葉を返すシェラに「いや、十分じゃないかな?」と、頬を引き攣らせるディラン。


「それ、首切られてても何ら不思議は無いからね?」と呆れた視線を向けるスカーレット。


「えっ、じゃあ優しく牢に入れたのはリヒト様が私を守りたかったからってこと?」

「えっと……何を言っているのか、わからないな……」


 と、ディランが僕の言葉を代弁してくれたかのように言ってくれたので僕はさりげなくフェードアウトした。できるだけ関わりたくない、と。


「じゃあ義兄上、後はお願いします。

 エメリアーナを護衛として置いていくのでもしもの時は彼女に」

「俺の心配は要らぬぞ? 身の守りを考えぬほど愚かでもない」

「いや、身の守りを考えられる人は竜に特攻とかしませんから……」


 と返せばシャリエスさんたちが同意してくれて義兄上は「うぐ……」と唸り声を上げた。

 その話にエメリアーナが「今、竜って言った?」と加わり義兄上から海での一件を聞くと、彼女の表情が一変した。


「リヒト!! あんた、本当に竜種をやったの!?」と、すごい剣幕で肩を掴む。


 いつもとは全く違う声の張り上げ方をした彼女。

 まるで悲鳴が混じった様な声。

 その顔には恐怖……いや、悲しみを滲ませている様にも見える。


「本当に偶然やれた形なんだけどな。強さ的には瞬殺されるのは間違いない」

「ぐ、偶然でやれるほど甘い相手じゃないでしょうが!!」


 と、何やら竜種の事を知っている様子の彼女に逆に問いかけたところ、四年前のハインフィードで起きたスタンピードでも竜種が出ていたそうだ。


 そう言われて僕は深く納得した。


「あの最強のハインフィード騎士団の全盛期って言うほどだったのにそれほどの被害が出たのはその所為だったんだな……うん。あれはそれほどに異常だよね……

 どうやっても僕じゃ一撃死する未来しか見えなかったもの……」


「だから! どうやってやったのって聞いてんのよ!!」と、息が荒くなるほどに興奮している彼女に、海で何があったのかを詳しく伝えた。


「なっ? 本当に偶然すぎるだろ?」と、僕は苦笑しながら彼女に問いかければ、優しく抱きしめられた。姉上が僕を抱きしめるみたいに。


「そんなのどうだっていいわよ! 生きててよかった……

 勝手に死んでお姉様を泣かせたら許さないって言ってるでしょ」

「ああ。心配してくれてありがとな……

 まあ、それもこれも義兄上が撤退しようって声を無視して特攻したからなんだけどね」


 と、最近色々と雑な義兄上に仕返ししてやろうとエメリアーナを焚きつける。


「はぁ?」と義兄上にエメリアーナの鋭い視線が向くと義兄上の視線が逃げる。


「あんた、うちに入るのよね……?」

「う、うむ。その予定になっているな……」

「なら家族よね?」

「そ、そう思ってくれるなら嬉しいが……」

「なら!! 命粗末にしてんじゃないわよぉ!!」


 と、両手で頬を引っ張りながら義兄上を叱りつけるエメリアーナ。


「し、しかしだなぁ! 俺も、王子としての務めが! あって、だなぁ!」


 頬を引っ張られ、少し間抜けな感じに声を上げる義兄上。


「だからぁ! うちに入るんでしょうが!! ならもうあんたはうちの子なの!! 

 今度そんな危険な事をしてみなさい! 許さないから!!」


 色々と勝手な事を言っているのだが、相変わらずエメリアーナには弱いようで義兄上は抓られて赤くなったほっぺを両手でさすりもごもごしている。


 第一、いつも危険な事をするのはエメリアーナである。

 どう見ても一番命を粗末に扱っているのは彼女だ。

 そして、入る、と言っているのだからまだ入っていないのである。

 まだうちの子ではない。


 だが、この叫びは彼女の情愛からくる言葉。

 義兄上も突っ撥ねる気は無いらしい。


「では、強く成ればよいのだな?」

「っ! そ……そうよ! 強くなりなさい! 私はそうしてきたわ!

 でも最低でも私に勝てるくらいじゃなきゃダメよ!?」

「それは、遠そうだな。まあその程度にはならないと竜種討伐など夢のまた夢か。

 いや、その夢を叶えた者がそこに居るのだが……」


 確かに遠い。遠すぎる。

 というかあれを見て討伐を考えるとか……流石は義兄上。

 正式にうちに入ったら強化を教えてあげよ。

 でも強くなって目で追える様になってから動く速度を見てもう一度絶望するんだろうな……

 あれは無理だよ。今の僕が三段階目強化を使っても一瞬で追いつかれるんだから。

 最速で逃げてるっていうのにあの距離を瞬く間に詰められて終わったと思ったもの。


 そう思いながらも声は上げず二人の声に耳を傾ける。


「決まってんでしょ! そう簡単に強くなれたら苦労は無いのよ!」

「うむ。であるな。しかし体が動くようになったのだ。やらぬ手はない」

「じゃ、じゃあ……今度、私がダンジョンに連れて行ってあげてもいいわ……」

「ほう。エメリアーナの指導付きか? それはいい近道になりそうだ。是非頼む」

「い、いいわ! 約束ね?」


 おお。やっぱり義兄上と話していると段々と落ち着いていくんだよなぁ……

 クールダウンさせ易くなるし、この二人は常にセットにしておきたいな。

 その方がリーエルやルシータも楽しそうだし。


 と、思いながら僕はそっとその場を後にして出立の準備に取り掛かる。

 そうして出立が少々遅れることとなったが、僕は無事皇都へと出発することができた。



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