第61話 荒れる海② 別視点



 ~~三人称、聖騎士視点~~



「全く、なんでこんなに海が荒れているんですか!

 ルーゼス様との合流が遅れるじゃありませんか!」


 少女は絶え間なく槍を振るい続けながらも声を荒げる。


「そこは神のみぞ知るところだし仕方ないよ。

 しかしよく来てくれたね。正直この数を私だけで止めるのは不可能だった。

 キミが来てくれなければ今頃シュリット港が落ちていただろう」


 男もキレ散らかす少女を宥めながら剣を振るう。


「そりゃ、同じフレシュリア人として時化の兆候とか言われたら来ますよ……

 来るしかないじゃないですか……」


 と、少女と三十代半ばの男が浜辺にて魔物を屠りながらも言葉を交わしていた。


 フレシュリアで言う時化の兆候とは、海から魔物の軍勢が出現する前触れの時に使われる言葉。

 時折、魔素の渦なのか海が一部黒く染まる現象が確認できる時があるのである。


 里帰り中、今まで見た事が無いほどに広範囲のその兆候に出会ってしまった男は、同じく里帰りで途中まで行動を共にしていた少女に早馬便の手紙を出し呼び出していたのであった。


 男は安堵を覚えた様に言ったが、未だに予断は許さない状況。

 周囲には帯びたたしい数の人と魔物の死体が討ち捨てられた状態でたった二人きり。

 

 そう。最初に浜辺で魔物を出迎えた者たちの中で生存者はもう二人しか残っていなかった。

 だというのに魔物の軍勢はどんどん海から上がってきて数が増え続けている。


「むぅ。今回も二日三日で終わると思って来たのに……この感じだと一週間くらいは続きそう。

 帰省中に第三席の貴方が居ても抜ける事ができない有様に出会うって私、運が無さ過ぎる」


 と、仕事はしているものの「私たち以外全滅してるじゃない……どうなってるのよ。私の運……」とブツブツと愚痴を垂れ流す少女。


 少女は悲しそうで気まずそうな、そんな視線を散った兵士たちに向け憤る。


「そう言わないでくれ。確かにこれほど荒れるのは私の知る限り初めてなくらいだけどさ。

 おっと、とうとうあぶれた魔物が零れ始めたな。だが、これはどうしようもないな……」


 二人は背中合わせになり、一撃で複数の魔物を屠り続けている。

 他とは一線を画すほどの強者である二人にとって今回の魔物の群れは脅威と言えるほどの強さではなかった。


 だが、戦っているのは相手が強いことなどお構いなしに突っ込んでくる魔物。

 手を休める事などできやしない。

 未だ延々と海からも上がり続けてきている。

 多少移動しながらじゃないと戦闘がままならない程に魔物の死体が積み上がってしまうほどの速度だ。


 彼らは一般的な兵士ではやられてしまうほどの魔物をたった二人だけでそれほどに討伐していたが、それでも討伐が追い付いていない。

 何時になく異常な数と言えた。


 海の中からの侵攻はゆっくりだというのに魔物が海から上がってくる範囲が広すぎて討伐が追い付かない。

 いくら密度がかなり薄いと言っても数百メートルの範囲から続々と上がって来られては二人でどうこうできる数ではなかった。

 ここまで止められていたのが奇跡レベルである。


「さて、どうしたものか」と困る男の声に少女の愚痴が止まる。


 このままではシュリットの町にそのまま流れていってしまう。

 だが、二人は大群に呑まれて戦っている最中。


 圧倒的強者である二人ならば無理をすれば移動も不可能ではないが、町に向かおうとした魔物を止めたところで再びあぶれた魔物が別方向から町に向かうだけである。

 その状況に顔を顰める二人だが、火の玉が飛んでくる様を見て声を上げた。


「おお、応援だ! 何という幸運だよ! 完璧すぎるタイミングじゃないか!」


 その声に少女は火の手の上がり先を睨むように流し見る。

 そこには国軍であろう兵士たちの姿があった。


「……まさか私たちにギリギリまで戦わせようと様子を伺っていたんじゃないわよね」


 あまりのタイミングの良さに疑念を浮かべる少女だが、その声に男は笑い出す。


「ははは、それは無いよ。無い無い!

 フレシュリアでそんな事をしたと露見すればキミもどうなるかは知っているだろう?」


 そう。海からの侵攻には建国からずっと悩まされ続けていること。

 フレシュリアで海は恐怖の象徴と言っていい程に深刻な問題。

 当然、積年の恨みも積もっている。


 国全体で協力して対応することが当たり前で王族すら頻繁に討伐に訪れるほどだ。

 そんな国防の要の地。協力しない者は当然の様に非国民と責められてしまうくらいだ。

 怠ける為に強者を失うかもしれない行為をしたと露見しようものなら、その者たちは国中から本気で敵視されることとなるだろう。

 国に所属する者なら厳罰に処される事間違いなしである。


 だから素直に幸運だったと感じていいんだよ、と男は笑う。


「そう言われたらそうですけど……

 手紙で知らせを受けてから来た私よりも半日以上遅いってどういうことよ」

「国軍の出動は時化の兆候ではなく侵攻が確認されてからだからね。日がズレるのは仕方ない。

 時化なんて軽度のものも入れれば頻繁に起こるからね。上陸が無い時すらある。

 今回はその中でも迅速に来てくれた方だと思うよ」


 その声に少女は少し納得がいかなそうにはしているが文句を言う事をやめ討伐を続ける。


「それよりも、第三王子の所へと行ける時間が早まった事を喜ぶべきじゃないかな?」

「あ、そっか! 安定させられれば途中で抜けられますよね!?」


 少女はそう声を上げるが「いや、それは無理じゃないかな……」と男は言いよどむ。


 男は殲滅後の後始末などの事を言ったのであった。

 この少女も第十席ではあるが筆頭聖騎士の一人である。

 稀ではあるが大物が出てくる可能性を鑑みれば、これほどの強者を途中で帰らせるなど到底許される事ではなかった。


 そうこう言い合っている間にも国軍により少しづつ魔物が削り取られていく。

 流石は国の正規軍。シュリット在中の兵士たちよりも練度が高かった。

 大群である状態を脱すれば彼らだけで守れるだろうくらいには戦えていた。


 それに気が付いた少女は「あっ……」と初めて少し安堵の表情を浮かべた。


 そうして数時間の奮闘の末、ようやく溜まりに溜まった魔物の軍勢を討伐することが出来た。

 後は、上がってくる魔物を溜めさせない様に討ち続ければいい。

 海での討伐に慣れているフレシュリア国軍の兵士たちは迅速に広がり、上がってくる魔物討伐を始めた。

 今も補給物資を届ける兵が走り回っているが、そこさえ整えばもう安泰だろうと思われる。


 二人は漸くのこと手を止めることができ、深い息を吐いた。


「あぁ、疲れたぁぁ。とりあえず休んでいいですよね?」

「ああ。国軍には私が伝えてくるよ。顔も売れてるし直ぐに話はつくだろうからね」


 男は「来てくれてありがとう」と少女に再びお礼を言いつつも軍の方へと向かい指揮官に声を掛けている。

 そんな中、少女は海の家と呼ばれる国が設立した討伐者が自由に使える宿泊施設に入り流れる様に装備を外すと血まみれのまま倒れる様にベッドへと飛び込んで意識を手放した。


 そんな流れる様な寝落ちだが、無理もないこと。

 彼女は長時間の移動を経て昨日の夜中に着いて朝になるまで休みなくずっと戦っていたのだ。

 第三席の彼に至っては更に数時間長いこと戦っていたのである。

 少女の愚痴に付き合いながら。


 そんな少女にとっても男にとっても長すぎる一日が漸く終わりを告げた。





 ドンドンドン、ドンドンドンと部屋の扉を叩く音が響く。


「シェラ殿! 聖騎士シェラ殿はいらっしゃいませんか!!」


 その音で目を覚ました少女は起き抜けの騒音に苛立ち悪態をつく。


「んもぉぉぉぉ……なによぉぉぉ……気持ちよく寝てたのにぃぃ」


 と、言ったものの全身魔物の血でカピカピだ。

 直ぐに気持ち悪さに襲われて飛び起きて払い落とす。


「今、起きたわ! 何かあったの!?」


 ある程度払い落とし装備を装着しながらも起こしに来た兵士に声を返す彼女。


「まだ上がってきてませんが、恐らく大物です! 直ちに前線に戻って頂きたく!」


 大物、それは言葉のままに体躯の大きな魔物の事。

 上がってくる魔物は色々な種別があるものの、大きさは凡そ人以下であることが多い。

 だが、稀に人の数倍はあるほどに大きな魔物が上陸することがある。

 強さはまちまちだが、運よく弱い方であったとしても小物よりは余程強いことは間違いなかった。


「はっ……大物まで出て来たの!? 今年の時化はどうなってるのよ!!」

「全くです。ですが、時間がありません。どうかお早く」

「わかった。もう準備が終るから今行く」


 と、その声と同時に飛び出てきた彼女は海の家を飛び出て周囲を見渡した。

 報告通り、まだ上がってきてはいない。

 海から顔だけ出しゆっくりとこちらへと進んできていて、漸く体が見え始めた所である。

 まだ、隊列を整える時間はありそうな距離だ。


 しかし、その風貌に問題があった。

 彼女は愕然としながらも兵に対して声を上げた。

 

「嘘……あれ、竜種じゃない……あれと、やるの……?」

「顔や体を見るに恐らくそうなのでしょう……

 大変危険だと聞きますが、やらねば町が……いえ、国すら落ちるかもしれません。

 そうなれば、どこに居ても、同じですよね……はは……」


 兵も竜種と気が付いたのはたった今の様子。

 義務感に押され声は出しているが心ここに在らずといった面持ちでの返答。


「いや、じゃなくて……ここの戦力でやれるの?」と、そうじゃないと言い直す少女。


 彼女にとっても竜種と当たるのは初めての事だが、そう言えてしまうほどに竜種というのはどれもこれもが規格外だという記録が至る所に残っていた。

 今も顔だけ出した竜に魔法攻撃が絶え間なく行われているが、殆ど効いている様子は無い。

 時折うざったそうに顔を振る程度である。


「わかりません。ですが、もう暫くすれば国軍の第二陣が到着します。

 第一王子エルネスト殿下がアルクス家の騎士二人を連れていますので……」

「いや、そいつら私よりも弱いから! ディランさんなら瞬殺レベルよ?」


 ディランとは彼女をここに呼んだ聖騎士第三席の男の名前。

 彼と組んで討てないのならその二人が来ても何の希望にもならない。

 彼女がそう返すと兵士は口を噤んだ。


「はぁ……本当についてない」と、嫌な顔をしながらも前線に居るディランの所へと彼女は走る。


「ディランさん! あれ、どうします?」

「ははは、どうしようねぇ……やってみるしかないのだけど、竜種は私も経験が無いなぁ」

「国外に捨てに行くくらいの方が可能性がありますかね?」

「いや、強さと速さはある程度比例するからそれは現実的じゃないかな。

 あれに真面な足が無ければ可能性もあったけどね……」


 と、全身が見えてきて海の中の生物でありながらも大地に立つ足をしっかりと持っている事が見受けられた。

 しかも走る事に特化していそうな強靭そうな足を持つ恐竜タイプの竜であった。

 海の中の魔物とは思えない森の奥深くに居そうな風貌だ。


「ちっ……何で足があんのよ!」


 彼女は悪態を吐くが陸に上がってくる魔物には大抵足が付いている。

 真っ向からの否定をしないディラン心遣いだっただけである。


 そうしている間にも魔物は待ってくれずとうとう陸へと完全に上がってしまった。


 その瞬間、竜はヘッドバンギングをするかのように縦に振りながら足を地に叩きつけドンと衝撃の走る鈍い音を立てブレる様な速度で数人の兵士を轢き殺した。


「は……お二人は……あれ、見えました?」と、震えながら竜を指さし青い顔を見せる兵士。


「一応ね……」と応えるディランだが、シェラが「ギリギリよ! ギリッギリッ! あんなの私、避けられないわよ!!」と強い憤りを見せる。


「ははは、私も運が良ければ何とか……ってところかなぁ。流石竜種。これは恐ろしいね」


 と、唯一の期待だったディランも顔を引き攣らせている。

 その様に二人が諦め顔を見せていく。


 そんな時、後ろから大声が響いた。


「馬鹿者! 何を下を向いている! 勇敢に国の為に散った兵の顔でも確認しているのか!? その英雄の前で恥を晒すな愚か者どもが!!」


 全員が諦めて足を止めていたところに突如響いた大声での叱責。

 間髪入れずにその声が響き続ける。


「相手は竜種だ! 近寄るなよ! 先ずはストーンウォールの盾をいくつも用意せよ!

 顔を向けられている者はその時点で全力で距離を取れ! いそげぇ!!」


 その声に砂浜に石の壁が乱立する。

 砂浜だ。一応は立つが不安定で何の意味もなさない。

 そう思われたが、一切の攻撃を捨てストーンウォールを張ってただ逃げ続ける、という行為を繰り返す事で一応は時間稼ぎになっていた。

 乱立されたストーンウォールに身を隠しながら数を増やしていく作戦が功を奏していた。


 普通に考えればそれでも一つも助けにならない筈の力量差。


 だが、竜種は苛立ちからか狙いを定めた兵士に突っ込みストーンウォールを派手に壊し、その頃には多少距離ができていてもっと近い所の獲物にターゲットを変えるという行動に出ていた。

 それ故、多少の事態の好転にはなっていた。


 それでも連続して狙われた兵士が次々と跳ね殺されていく。


「シャリエス、ハリス、俺も出る! 援護せよ!」


 と、声の主に視線を合わせれば明らかに戦えないであろうでっぷりとした男が声を上げていた。


「なりません、殿下! 我らだけで止めますので! 絶対にここより前に出てはなりません!」

「はっ!! お前らで止められるなら出ても問題はあるまい!

 お前らで止められぬならここに居ようが前に出ようが変わらんわぁ!」


 シャリエスと呼ばれた女性の声が響き、二人に彼が王子だという事を知らせた。


「あれはそんな次元の相手ではありません!

 殿下、我らが止めますので今すぐ撤退してください!」


 そんな問答をしている最中、赤いローブにお面を付けている一風変わった風貌の者が声を上げた。


「悠長に話している時間は無いよ。シャリエスさんとハリスは生き残る事を最優先に。

 義兄上は僕らに任せていい。後ろは見ないで避ける事だけ考えて。そうじゃなきゃ一瞬で死ぬよ。他に意識はさいちゃダメだ。無駄死にはしたくないでしょ?」


「あ、あれが過負荷膨張だっていう第一王子……」とシェラがか細い声を上げた。


 だが赤ローブの、あにうえ、という声にシェラは混乱に襲われた。

 明らかに王太子のエルドレッド王子ではない声だけど、と。


「やはりフレシュリアの王族は果敢だね。私もこれ以上の恥は晒せないな……」


 ディランが止まっていた足を動かしてシャリエスたちに続いて前線へと赴く。


「もぉぉ、これじゃ私も行くしかないじゃない……」とシェラは半泣きでディランの後を追った。


 そうして、未だ小物の魔物も上陸し続ける中、竜種との戦いの幕が開けた。



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