第105話 お疲れ様会
立ち上がった僕は、この後の予定をライアン殿に告げる。
「どちらにしても先ずはパーティーだね」と。
「おお! そうでしたな! では、わしもうちのを連れてきますんで!」
そう。『本日はお疲れ様会を行います!』とリーエルが張り切っているのだ。
どうやら、ハインフィード兵が帰還する度に開く予定らしい。
それほどに頑張ってくれましたから、と。
そうして行われた催し。
帰還がまだな兵士の家族も自由参加として声を掛け、開かれた内々のパーティー。
部外者の母上は居るものの優し気なおっとりさんなのでそれほど気にされてはないみたいだ。
元皇女様の公爵夫人だと知ったら素直に楽しめなくなるだろうから伝えてないからだけど。
暫く家を任せていたマリアンヌ婦人の方は騎士団の家族に使用人も多いことから声を掛けられているくらいだ。
てか、凄いな。
皆マリアンヌ婦人の方に挨拶に行っている。
あら貴方、彼の奥様だったの、と話を広げる様を意図的に周囲に見せながら行うので話しかけ易いのだろう。
なるほど。平民の世界は社交性こそすべてか……
そうして最初は緊張するばかりだった騎士の家族たちもハインフィード騎士団のノリにリーエルが笑顔で応えた事で段々と緩和されゆっくりと盛り上がりを見せていった。
団員たちの家族を見渡し、似すぎている親子が居たりして笑っていると逆に滅茶苦茶に正反対の親子が居た。
ライアン殿のご子息だ。
礼儀正しい優男なんですけど……マジか。
恐らく僕よりも軽く十は年上だろうが若く見えるし物腰も丁寧で柔らかい。
聞けば彼も役場の方で重役として勤めているらしいので当家で雇っている人間だ。
うーむ。
エメリアーナよ、どうしてこうならなかった……
そう呟けばリーエルにほっぺを軽く抓られた。
全く、リーエルは抓り方も優しいな。ただ持っているだけじゃないか。
けど、彼女を不快にさせたのであればそれは頂けない。
じっと見詰め、なんでと言わんばかりの視線を送る。
「もう! リヒト様はエメリアの事ばかり!」
と、怒っているのに愛しか感じない上目遣いの睨みに逆に頬が緩む。
「いや、彼女の事は稀にだよ。勿論、家族の範疇でしかない内容でね。
そもそもいつも僕の頭を占めているのはキミだからね?」
そう。彼女が我儘な由来を知ってしまったりした時に頭に浮かぶがそんな事は頻繁にある筈もなく、偶にふとした瞬間気が付いて溜息が出るだけの話。
「とはいえ、よく悩まされるのも事実だ。
これについてはキミの責でもある。これからを正すための話し合いをしようか」
と、僕はこれに関しては責められたら堪らないと先手を打った。
「えっ……」と、困惑した顔を見せるリーエルに先日エメリアーナが『気品とか無理だわ』と言って貴族の務めから逃げようと画策していた事を告げ口する。
「是非とも持たせたいよね、気品」
「……そう、ですわね。そうなってくれたらどんなにいいか」
「うん。でもキミを不快にさせるくらいなら僕は放置するからね?」
だから頑張ってお姉ちゃん、と肩を叩けば難しい顔を見せた。
「大丈夫だ。来月にはもう義兄上が帰ってきている筈なんだ。
義兄上の言う事ならある程度は素直に聞く。そして僕らはあの二人をくっ付けたい」
「後はわかるね?」と意味深な視線を向ければ「―――っ!? リヒト様、悪い人です……」と、ニヤリと彼女も悪い笑みを作る。
そんな楽しい悪だくみの話をしていると隣で聞いていた母上も「エルネストも大変ね。ほどほどにしてあげなさいよぉ?」と言いながらも笑う。
そんな事を言っているが僕は知っている。母上もこういう話は大好物だ、と。
ああ、早く義兄上帰ってこないかなぁ。
と、後は自己鍛錬というところまでは技術習得が終ったと言っていた義兄上の帰りを心待ちにしながら僕も気を抜きまくれるパーティーを楽しんだ。
それから一週間後、ロドロアに行っていた勢が全員帰ってきた。
「よかったんですか。手紙に暫くはあちらに居ても問題無いと書いた筈ですけど……」
と、久々の帰郷だった筈のゲン爺に問いかけた。
「うむ。守れただけで十分だ。リヒト殿、本当にありがとう……」
「いえ。僕もハインフィードやグランデが敵国に襲われたらそうなりますからね。
まあここは人からの攻撃なら心配するだけ無駄でしょうけど……」
そう笑いかければ「で、あるな」とゲン爺も笑う。
「カクさんたちもお疲れさまでした。近日中にはパーティーがあると思うのでそのつもりで」
「おお、家族も呼んでというやつですな。それは家内の奴が驚くでしょうな」
「それはどうでしょう。もう、一度行っていますからね。
皆さんのご家族にも自由参加でと全員に通達は出してありますから」
「なんと、少々遅かったか」と残念そうな顔を見せる。
だが、彼らは一々気にしたりはしない。
「しかぁし! 全員が揃ってからが本番よ!」と呑むぞ呑むぞ息巻いていた。
お願いだから酒乱が居ませんように。
本当に洒落にならなそうだから。
まあ、先日の人たちは大丈夫だったのでもし居ても止めてくれるだろうけど。
そんな話の最中、ずっと屋敷内を見回していたエメリアーナに声を掛けた。
「それで、エメリアーナはなんでそんなにキョロキョロしているんだ?」
「は、はぁ!? してないわよ! 久々に帰ってきたから見回してただけ!!」
いや、それならキョロキョロしてないとは言わないだろう。
相変わらずわかり易いなぁ。
折角だ。リーエルにお願いして貰う予定だったけど、ずっと母上に付いて貰っているし触りだけでも僕が伝えておくか。
「エメリアーナ、情報共有を行っておこう」
「なに……また面倒ごと?」
仕事の話ね、と落ち着いた様子を見せ小首を傾げる彼女。
「いや、悪い事ではないよ。
今後、僕とリーエルは戦争の後始末で飛び回らねばならなくなるだろう?
義兄上がそろそろ技術を習得して帰ってくるから領地防衛を義兄上と協力してやって欲しいんだが……難しいか?」
ふふふ、こう言えば彼女は余裕だ、と息巻くはず。
そう思っていたのだが、何故かエメリアーナは赤い顔で視線を彷徨わせている。
「ふ、二人でとか、む、無理……」
えっ、あれ……
なんか反応がおかしい。
いつもなら照れ隠しでキレるのに。
漸く自覚した、ということか……?
「いや、別に完全に二人きりって訳じゃないぞ?
義兄上ならば領地運営くらい熟せるからエメリアーナも学んどきなよ。
聞き易いだろ。義兄上なら」
「そ、それはそう、だけど……」と、女の子女の子をする彼女に僕は困惑する。
いや、女の子なんだけども……
僕にとってエメリアーナの性別はエメリアーナというか……
まあ好都合なのだ。考えるな。
「義兄上を扱いてやるという約束をしているんだろ。二人で教え合えばいいじゃないか。
頼りになるし、弄っても面白いしで義兄上となら楽しいと思うけどな」
「そ、そうよね。あいつ、割と真面目だし、だ、大丈夫、かも……」
普通に楽しめばいいのに。
何をそんなに気にしてるんだか……
そう思っていると、いつの間にか隣に居たリーエルに脇腹を抓られた。
今回はちょっと痛い。それに笑顔もちょっと怖い。
な、なんで……?
えっ、楽しみにしてたんです?
な、何を?
勝手に一人で楽しむなんて狡いです?
いや、別に楽しんでないよ?
そんなやり取りを小一時間続けていると、どうやら母上も一緒に降りてきていたらしく「リヒトちゃん、人の仕事を奪うのはダメよぉ?」と母上にまで叱られてしまった。
いや、仕事と言うほどのことじゃないでしょう。
触り程度、というか前段階のクリアを行っただけなのに。
でもまあそうか。楽しみにはしていたものな……
「わかったよ。エメリアーナに関しては僕はこれからノータッチだ。
キミに任せる。いいね?」
「嫌ですぅ……一緒がいいのぉ……」と、涙目でおねだりの顔をするリーエル。
おおう……
急に可愛くなり過ぎないで!
天使!
何という、天使!
もうダメだ。母上、ちょっと席外してくれません?
えっ、嫌?
そこを何とか。今は大事な時なんです。
ダメです?
私も可愛いリーエルちゃんを見ていたいから一緒に居る?
そ、そうですか……
そうして悶々としたままにいつもの応接間に移動して皆で寛ぎながら談話を行う。
どうやらゲン爺はパーティーに出席した次の日にはトルレーに戻るらしい。
ルシータが心配なのだろう。
まだ戦勝パーティーの触れも来ていないし、多少は時間もあるだろうから僕としても付いていてくれた方が安心だ。
「そう言えばマテイの王女様はどうなったのですか?」と、リーエルに問われて全員の視線が僕に向く。
「……城に置いてきた。
一応、バタバタしていると思われているハインフィードを支えるという名目もあるし」
「やはり、面倒なお方なのですね……」
「うん。勝手に戦地の方に訪問しに来るくらいだからね。
正直、できるならば距離を置きたい」
悪い人じゃなさそうなんだけどね。
僕を魔帝と呼んだり戦場に勝手に入ってきたりとおいたが過ぎる。
多少でも付き合いを持つかどうかはこれから次第かなぁ……
そう言っている内に僕は困り顔になっていた様で「ならばわたくしがお守り致します!」と声を上げ意思表明をするリーエル。
「それは嬉しいな。名実共に嬉しい。
この前ルンに怒られて色々考えたんだけど上手い糸口が見つからなくてね……」
と、力なくリーエルに感謝を示せば後ろでルンが小刻みに顔を横に振っていた。
ああ、今は母上が居るから気にしているのか。
大丈夫だってのに。母上がその程度の話でぐだぐだ言うはずがない。
逆にそれをネタに僕を弄る方向に走るだろう。
そう思っていたのだが母上が「ルン、何があったのか報告なさい」とルンに言いつけていた。
青い顔を見せたルンがその時のやり取りを説明し、謝罪の言葉を口にした。
「も、申し訳ございません! 出過ぎたことに御座いました!」
「何を言っているの! 今褒めようと思っていたのに!
ちゃんとリヒトちゃん個人を見てくれて嬉しいわ。貴方にお願いして正解だった。
これからもリヒトちゃんをよろしくね?」
「お、奥様……」と、ルンが珍しく表情を崩し感激した様子を見せた。
「そんな顔、僕にも見せた事無いのに……ルン、お前さては母上の回し者だな!?」
と、あまり変な空気になっても嫌なので咄嗟にネタに走ってみた。
「あらぁ、リヒトちゃん、私の回し者じゃ嫌なのかしらぁ?」
「えっ、どうでしょう。母上の陣営だとなんかふわふわしてそうな気がしますし」
「ふ、ふわふわ……」と心外だと言いたげな顔を見せる母上。
えっ、自覚無し?
「リヒトちゃぁぁん! お母様にそういう事言う子はこうですよ!」
と、鼻を摘まんでぐりぐりしてくる母上。
そういうところを言っているのだけど……
「もうっ! リヒトちゃんはいつも反応してくれないんだから!」
「では母上……母上がふわふわしているかどうかの決を取りましょう。
僕が今から皆に同意を求めて視線を向けていきます。
気まずそうに逸らしたら僕が正しいという事です。母上に直接は申せませんからね?」
「いいわよ!?」と、珍しく羽目を外して乗ってくる母上。
どうやら、久々の休暇で楽しくなっているご様子。
であればもっと弄ってあげようじゃないか。
そう思い、先ずはゲン爺に視線を向けた。
「なんだ、逸らせばよいのか?」と、笑いながら言うゲン爺。
「ああ、ゲン爺ならば母上に直接言えます?」
「……」と、ゲン爺は母上をちらりと見てからつつつ、と視線を逸らした。
「異議あーり! 明らかなる誘導尋問よ!」と母上が抗議の声を上げる。
「いいでしょう。ゲン爺はノーカウントとしておきましょう」
「ではお次はライアン殿です」と視線を向けた瞬間「ふわっふわですぞ!」と言葉が返った。
「おおう。話が済んでしまった。母上、僕の勝ちですね」
そう母上に返したのだが、先に声を上げたのはエメリアーナだった。
「ちょっとライアン! 次は私の番だったのにぃ……」
ニマニマしているとは思っていたが、どうやら楽しみだったらしい。
「な、なんとっ!?」と、孫の様な存在に怒られて困り顔を見せるライアン殿だが、それだけでは終わらなかった。
「なんとじゃありませんっ! ふわふわなんてしていませんからね!?」
そう母上に怒られてライアン殿は今更ながらに視線を逸らした。
その様に皆の笑いが走る。
最初にそれをやってれば無事だったんだけどね……
何にせよ突発的ではあったけど、母上が来てくれてよかった。
お陰で皆がとてもリラックスした面持ちになっている。
うちの母上はこういう場を作るには最適な人だからな。
リーエルやエメリアーナなんて久々の実家だからかとても楽しそうに安堵した顔を見せている。
戦争で荒んだ心を癒す場も必要だし休養には丁度良い。
なら僕も今日はこのまま楽しそうな話をしていこう。
「そうそう。多目的ホール、というか主に闘技場に使う予定の建物が完成したみたいなんだ」
「へぇ、できたんだ! てことは、やるのね!?」
と、闘技場と聞いて目を輝かせるエメリアーナ。
「うん。やる。
それで折角だからさ、ハインフィード騎士団の強さを領民にも見せておかないか。
治安の向上にもなるし頑張っている皆は民にも認められなきゃダメでしょ?」
これは元々リーエルと完成したらそうしたいね、と話し合っていた事。
彼女も僕の声に同意する様に頷く。
その声にライアン殿が反応を示す。
「わ、我らがその様な場に出てもよろしいのですか?」と。
「うん。とりあえず一般とは戦っても意味が無いから仲間内での戦闘を観戦して貰うという形がいいかな。まあ一般の優勝者に挑戦権を与えるくらいならいいけど」
そう。絶対に大人と子供の戦い以下になるから配慮が必要だ。
折角の催しを白けさせる訳にもいかないからな。
いや、それはそれで民衆は盛り上がりそうな気もするけど、ハンターたちが可哀そうだ。
「な、何名まででしょうか……」と問い、とても目に力が入っているライアン殿。
「えっ、いや、どうだろう。
うーん……皆が強いと知って貰いたいけど長々とうちだけが戦うのもな。
四名のトーナメント方式くらいが良さそうかな」
「ライアン、私も出るから! 三人までよ?」
エメリアーナの声に「いいや、四名でいいよ」と返せば彼女は「なんでよぉ!!」と声を荒げた。
「エメリアーナ、キミは年齢を鑑み一般から出て構わない。
強いのはベテラン勢だけじゃないと第二騎士団の団長として名を売ってきて欲しい」
団長任命が血筋だけじゃないと知って貰いたいという思惑もある。
伊達や酔狂ではなく、なるべくしてなったのだと。
今の彼女なら加減というものも弁えてくれるだろう。
新薬の常備もしておけば酷い事にはならないはず。
「――――っ!? わ、わかったわ!! 爺共への挑戦権は実力で勝ち取ればいいのね!」
いや、キミはその挑戦権をフリーパスで持っているだろうに。
戦いというより主に遊ばれているだけだが。
まあ、ずっと得られなかった晴れ舞台だ。気合が入るのもわかる。
僕としては皆が戦争で活躍したことやここの安全性を民に実感して貰いたいのだけど。
そうなれば感謝や尊敬という良い形での権威に繋がり領内がまた一つ、一丸となる要因となる。
「最初だし入場料とかも無料にして協力的だった商会には広告等を行える権利をあげたいと思うけど……ってそういった細かいことは後でいいか。金銭には余裕もできたし楽しいお祭りにしよう」
「うふふ、お陰様で領内の商会には顔が利きますから、そこら辺はお任せくださいね」
と、ハインフィードの辺境伯様が言う。
いや、顔が利くというか命令権すらあるのだけど……
まあこんな彼女だからこそ商人たちも安心した面持ちで挙って協力姿勢を見せている。
それでもそのうち変なのが湧いてくるから引き締めも必要になると思ってたのだけど……
一切出てこないんだよな。
ちゃんと調べさせてはいるが立場や利権を強請るでもなくガチで皆協力的だ。
これがリーエルの人徳か……羨ましい。
「あらぁ、来る時を間違えたかしら。流石にお祭りまでは居られないわぁ……」
と、少ししょんぼりする母上。
「まあパーティーをしたり義兄上が帰ってきたりとイベントは目白押しですから。
母上は戦いを観戦するよりも気の抜けるパーティーの方がお好きでしょう?」
「そ、そうね! エルネストには留学中のレイナちゃんがどうだったかも聞きたいし!」
「レトレイナさんのフレシュリアでの活躍は私もお伺いしたいわ」
と、マリアンヌ婦人も興味を示し話が色々な方向へと進んでいく。
僕の過去話をリーエルが掘りだしたり、ルシータの話になってみたりと色々だ。
それから連日となったものの、再び騎士の家族を招いてのパーティーが催された。
第二騎士団の連中もエメリアーナが帰ってきていたことに喜び、彼女のドレス姿を異常に褒め称えていた。
褒めすぎた所為で『あんたたち、馬鹿にしてるのね!?』と叩かれていたが。
間違いなくに本心からだったのに。
そちらはいいのだが、第一騎士団の方が少しギスギスしている。
どうやら、誰が出場するかで揉めている様だ。
近々、模擬戦で白黒つけると皆、息巻いている。
大変恐ろしい模擬戦になりそうだ……
とはいえ、彼らのノリは常に明るいので『がはは、今回は勝たせて貰うぞ!』『なんのなんの、勝つのはわしじゃて!』程度のものだ。
最大の懸念だった酒乱が居るということもなく問題無くパーティーが終ってくれた。
こうして、久々に帰還したハインフィードでの時はとても暖かい空気の中で流れていった。
そうして、帰還から三週間の時を経て、漸く義兄上が帰ってきた。
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