第18話 学生による社交パーティー
騎士団との遠征を終えて町に戻ってきた僕たち。
少し予定日数をオーバーしてしまったが、魔物の死体を持ち帰っていた団員たちに伝えて貰っていたので特に騒がれる事もなく仕事に戻った。
道路の舗装という大事業に加えて、薬の製造、銭湯の建築。
色々と動き出した事業の仕事で溢れかえっていて、僕らは追われる日々を過ごした。
予定ではもう経過を見守る程度で済むはずだったのだが、色々と問題は起こるもので雇い入れる人数も増えて計算していた予算を圧迫し、ある程度は調整して抑えられる様にせねばならぬ為、仕事量に拍車をかけた。
そうした調整もある程度は落ち着きを見せ、これならばもう無理なくカールたちにお願いできるだろう、という所まで話しを進める事が出来たのだが、その時にはもう既に学院へと戻る日付になっていた。
「結構ギリギリでしたね……」
「だねぇ。色々な所に話を通すにも日程とかの調整もままならなかったし……」
特に道の舗装だ。
通行止めにするにも数か月行き来ができないでは話にならないので、誘導できるルートの選出。場合によっては小道を新たに作る必要すらあった。
商会長たちを集めて説明会を行い、情報の拡散をして貰ったり、近隣領地の領主にも話を通したりと、やる事は多岐にわたった。
資材の方も一か所から急激に集めようとしては値が跳ね上がってしまうので、各所に話を付けて運んでもらう手筈を整えたりもした。
「けど、とても楽しかったです……まるで大商会の女会長にでもなった気分でした」
「あはは、確かにリーエルは敏腕会長だったね」
少し前までは押し付けられた書類仕事にただ忙殺される毎日を送っていたのだ。
自らの発案で動けるというだけでもうリーエルは楽しそうにしていた。
商会長たちも自らを売り込む為か実のある方向性で協力的だったのでやり易かったのもあるだろう。
移動中の馬車に揺られながらも和気あいあいと話していると「私も手伝った方がよかった?」と少し不安そうに問うエメリアーナ。
「いいや。キミは自分の仕事を全うしたんだから気負う必要は無いよ」
「そうですわね。今回の遠征でエメリアがどれだけ頑張っていたのかも知れました。
これ以上頑張られては私の立つ瀬がなくなってしまうわ」
「そ、そう?」とリーエルと視線を合わせた途端、顔を赤くして照れるエメリアーナ。
「それにしてもお姉様、綺麗になりすぎよ……学院に行ったらきっと大騒ぎだわ」
「そ、そんな事にはならないと思うけど……」
そう。
僕らは漸く一般的な細身の体形にまで脂肪を落とす事が出来た。
その中でもリーエルはこの三か月で恐ろしいほどに綺麗になった。
もう完全に別人である。彼女をよく知っている人が見ても普通にわからないと思う。
僕も恐ろしく変わった自覚はあるのだが、リーエルの美しさに比べると見劣りするほどだ。
「僕でも目を合わせると照れるほどだしね……学院で馬鹿が寄ってきそうで少し怖いよ」
「そうね……いいわ。一緒に蹴散らしましょ。
先ずは私が殴って昏倒させるから、焼き尽くしなさい」
「何言ってるの! ダメに決まってるでしょ!?」
お姉ちゃんが怒って止めつつも、一緒に言いつけて欲しいとこちらに視線を向ける。
「うん、大丈夫。変なのがまとわりついてきたら僕が何とかするから……」
「リ、リヒト様……!?」
「あんた目が据わってるわよ……まあ、頼もしいけど」
おっと、どうやら感情が表に出てしまっていた様だ。
まあリーエルを疑う必要は無いから問題は国家権力を持ち出された場合のみ。
とはいえ、あの皇帝じゃ力ある家の声に流される可能性は否めない。
話した感じ悪意をもって行動する感じの人では無さそうだったけど、頼りなく見えた。
まあそうなっても従うつもりも無いが、事が大きくなる前に僕の力で潰すに限る。
そうした決意を胸に秘め「大丈夫。問題は無いよ」と返しつつ皇都への道のりを進んだ。
王都に着いて屋敷に到着すると、ポストに手紙が入っている事に気が付いた。
中を見てみれば、学生による社交パーティー開催の知らせの様だ。
先の事件で負った心の傷を少しでも払拭しようという試みの様子。
初日の授業を無しにして夕刻前辺りからの開催らしいので、もう後二日しかない。
手違いなのか態となのか、学院はこちらにしか手紙を出してくれなかったらしい。
「うわぁ……もう時間が無いね。二人はパーティードレスは持ってきてある?」
公的なパーティー用のドレスは普段用のドレスとは違うもの。
どちらでも使える物はあるが、基本的には分かれているものである。
貧乏な家などは多少見目の良い普段着のドレスで来る場合もあるのだが、当然浮いて陰口を叩かれる。辺境伯ともなれば流石にそれはよろしくない。その妹であってもだ。
心配になって問うが首を横に振る二人。
聞けば持ってきていないどころかそもそも持っていないらしい。
「いやいや、持って無いって……貴族令嬢としてそれはどうなのさ!」
「す、すみません。そのサイズが変わり過ぎてしまって……」
「はぁ? 行きたくも無い場所の服なんて高い金出してまで買う訳ないじゃない!」
リーエルの声には納得だ。
僕も王都へと行くのだからと新調しなければ持ち合わせは無かった。
しかし「あんた馬鹿じゃないの?」とか言ってるエメリアーナよ、貴様はダメだ!
「お前に女心というものは無いのか?」
そう問えばキレられて喧嘩になった。
「おい、良いのか? 短期的な勝負なら僕の方が強いんだぞ!?」
「上等じゃない! やってみなさいよ! できるものならね!!」
言い合う僕らに「全くもう……」と美少女になったリーエルが困り顔で苦笑する。
ルンや他の使用人まで額に手を当てて困った様を見せていた。
皆に何やってるの、という視線を向けられ「私悪くないもん……」といじけた様を見せる美少女のエメリアーナ。
この状態を傍から見られたら僕は一目で悪者認定されるだろう。
もしこれが社交の場だったら……そんな想像に恐怖を覚えつつも息を吐いて気を取り直した。
「わかったよ。わかったから。二人には僕からドレスをプレゼントするから!」
二着用意する程度の金なら持っている。ドレスに合わせた宝石すらも軽く買える。
だが、仕立てて貰う時間は無いのである物を詰めて貰うしかないだろうな。
「……良いもの選びなさいよね。じゃなきゃ許さないから!」
「もうっ、全くエメリアは! 本来ドレスを選んで貰えるは私だけなんですからね!?」
えっ……僕が選ぶの!?
採寸も必要だし、一緒にお店に行くんだけど……
そう思いつつも王都の高級店へと向かい三人でドレス選びを行った。
そうして選び出された二着のドレス。
リーエルは青と白を基調とした清楚なもの。
エメリアーナは赤と黒のカッコいいドレスを選んだ。
大まかなサイズは合っているのでとりあえずの試着をして見せてくれたのだが、似合い過ぎていてあまりの綺麗さに見た瞬間衝撃が走る程だった。
「二人とも、綺麗過ぎて驚いた……二人がドレスで着飾るとヤバイな」
「ふ、ふーん。まあ気分は悪くないけど……惚れないでよね」
「惚れません!! リヒト様の視線の大部分はこっちに向いているでしょ!?」
すっと隣によって腕を取るリーエル。
ニヤリと笑みを浮かべたエメリアーナが逆の腕を取った。
ムッとしたリーエルが口を開こうとするが、ここで喧嘩をされては堪らないと先に口を開く。
「僕がエスコートするのは婚約者だろ……ってエメリアーナのエスコートどうしよ!?」
「あっ……そうでした!」とリーエルも失念していた様で驚きを見せる。
「普通、こういう場合は婚約者か身内がベターだけど、大人は呼べない学生のだもんな……」
「はぁ? 別に要らないけど。リヒトがダメなら勝手に行くわ」と彼女は言うが、そういう問題じゃない。
学生のものだからそれほど問題でもないが、恥となるから誰かしらに頼んで出るものなのだ。
大人の社交だと家格を無視して分家や親戚などから呼び寄せてでもパートナーを付けるものなのである。
彼女は僕らがいなくなってからも一年通うことになる。
だから立ち位置をしっかり確立させてあげたいところだ。
「けど、私認めても居ない男の腕を取って歩くなんて、嫌よ?」
誰ならいいの、と問うが出て来た名前はライアン殿だった。
男爵だから普通の社交には出れるけども、今回は学生のなんだから無理だろ。
となると、僕だけか……
「まあ義理の妹になるんだし、リーエルと一緒にならエスコートするのもおかしな事ではないけど……また陰で色々言われそうだなぁ」
両手に花というのは中々見ない珍しい光景だ。
妻と娘ならば普通に有り得るが、正室と側室ですら同時にエスコートするなんて事はあまりしない。
将来の義妹だしギリギリラインではあるので、学生の知人が他に居ないという事にして押し切るしかないか。
「僕でもいい?」と二人に問う。
「勿論ですわ。エメリアの事も考えてくださってありがとうございます」
「まあ、私もそれが一番楽でいいわね」
そうしてドレス選びも終えて明日までに届けて貰える様に頼み、到着早々バタバタした一日を終えた。
そうして社交パーティーが催される登校日となりゆっくりと朝食を取った後、僕はルンに、二人は各々使用人に世話をされパーティーに出る準備がなされた。
僕の方は髪を固めてセットしたりもしたが、化粧も無ければコルセットなども無い男側はそれほど時間は取られない。
痩せた事もありするりと着替えさせられて完了し、二人の仕上がりを待つ限りとなっていた。
「リヒト様……大変ご立派です」と何故かルンが涙目になり結婚式に送り出すような空気で見詰めている。
「まあ、身近な人にそう言って貰えるのは悪くないね……」
白のタキシードに金の意匠が凝らされていて大変高級感の溢れた仕上がりとなっている服。
姿見で己をその姿を見渡し、自分でもカッコいい部類には入るだろうと思える姿へと変貌した事に満足して踵を返す。
「そろそろ、下で待とうか……」とルンに告げて共に玄関口へと降りて待機する。
しばらくして出て来た二人は全てが整えられている佇まいを見せた。
まるで妖精の様な美少女たち。
そんな二人がドレスの裾をたくし上げ、玄関口の階段を降りてきた。
「お待たせいたしましたわ……」
「待たせたわね……」
視線を彷徨わせ思いの外緊張した佇まいの二人。
それに少し引きずられながらも「行こうか」と手で馬車へと誘導する。
「お手を……」と乗車を助ける為に手を取り馬車に乗る。
互いに慣れない事をしている所為か、微妙な緊張感に包まれつつも馬車は進み学院へと向かう。
「あの、御召し物……とても素敵です。リヒト様」
「そ、そうね。見違えたわ」
「あ、ありがとう……二人には負けるけどね。とても綺麗だ」
そう返せばエメリアーナまでもが照れてそっぽを向いた。
それからは会話が無く、景色を眺めているといつの間にか学院へと着いていた。
いつもの噴水の停車場所ではなく、道を逸れてパーティー会場の方へと向かう。
流石は貴族の学院と言うべきか社交の訓練としてちゃんとしたパーティー会場があり、半年に一度、クラス替えの後に行われる行事として使われている。
会場前に到着し二人の手を取り下車を手伝った後、両肘を軽く立てる。
「ふふ……」と、リーエルが嬉しそうにちょこんと手を添え、エメリアーナも無言でそれに倣った。
「まあ、所詮は学生のだ。気負わず行こうか……」と自分に言い聞かせるように口にして歩を進めれば、ドアの前に控えていた執事が扉を開けて中へと誘導した。
入ると直ぐにシャンデリアなどのガラス細工が煌びやかに光を反射している光景が映る。
純白のテーブルクロスに並べられた豪勢な料理。
下手な貴族家よりもよっぽど豪勢な振る舞い。大人顔負けの社交の場と言える会場に視線を引き寄せられる。
「まぁ……綺麗」とリーエルが呟いた。
学生の社交など嘲笑を受けるだけだと前回は欠席したので僕も参加は初めてのこと。
どうやら立食形式の様で椅子は端に並べられている程度。
二つほど席の用意されたテーブルもあるが、あれは皇族用だろう。
舞踏はメインではない様でスペースはあるが広くは取られておらず、楽団もおまけ程度の人数である。
「本来なら主催や皇族に挨拶に行くんだろうけど、学生の社交だとどうなんだろう」
「ではとりあえず皇太子殿下へのご挨拶へと向かっておけば問題無いのでしょうか?」
「そうだね」と何やら注目を集める中、殿下の前に出来ている列に並ぶが、順番が来る前にこちらに人が群がってきた。
「エメリアーナ嬢! 貴方のお陰で救われました。深く御礼申し上げます!」
「エメリアーナ様、ドレス姿、とても素敵でございますわ! どちらであつらえましたの!?」
「エメリアーナ嬢、是非私にもご挨拶の機会を!」
ギョッとした顔ですり寄ってくる者たちを見た後、こちらを見上げる。
何を言いたいのかは一目瞭然だ。『なんとかして』と目が訴えていた。
仕方ない、と一歩前に出て群がっている者たちに言葉を返す。
「皆さま、こちらにも守るべくマナーというものが御座いますので、歓談は殿下にご挨拶をした後にして頂きたい」
一応、公式な場として礼節を持って返したのだが、すり寄ってきた者たちは困惑した様子でお互いを見回している。
「あの、失礼ですがお名前をお伺いさせて頂いても……?」と一人の女性が声を上げた。
「ああ……私はリヒト・グランデだ。容姿が変わり過ぎてわからなかったかな?」
「「「えええっ!?」」」
突如大きな声を上げられてしまったお陰で、会場内の視線が一心にこちらに向く。
「グランデってあれが? 嘘だろ。もしかして隣に居るのって……」
「あの時、共に戦われた方ですよね。滅茶苦茶強くてイケメンって有望株すぎません?」
「そう言えば魔法もお使いになっていましたし、ご病気が治られてのことですわよね」
「待てよ。あれがこうなるとか……ありえないだろ」
「どうしましょう。わたくし、これなら元が豚でもいけるかも……」
そういうのは最低でも人物を特定されないくらい離れて行うものだ。これでは面と向かって言っているのと変わらない。
目の前で不躾に品評を行う彼らに『ああ、相変わらずな馬鹿どもだ』と呆れて視線を逸らす。
そうしている間にも殿下への目通りの時が訪れた。
「殿下、ご壮健そうで何よりに御座います。
グランデ公爵家が三男、リヒト・グランデがご挨拶申し上げます」
「な、なにっ!?」と、驚きを見せる間にもリーエルとエメリアーナが続いて挨拶をし、何か言いたそうにしていたが「では、後ろが控えておりますので」と早々にその場を離脱した。
「やっぱりちゃんとしたドレスだとカーテシーが映えるね」
「わたし、変じゃなかった?」
不安そうなエメリアーナの問いに「二人とも決まってたよ」と答えながらも端のテーブルを陣取りルンたちに食事を頼む。
バイキング形式なので、自分でやってもいいが基本は使用人にお願いして盛り付けてきて貰う仕様だ。
二人とも凄く緊張した面持ち。
恐らくは幼少期のトラウマを彷彿させているのだと思われる。
「大丈夫だよ。何かあっても僕が守るから。安心して」
リーエルへと視線を向けて微笑みを送れば、腕に抱き着き頭を乗せてきたので思わず腰を抱き寄せたが、互いにハッとした面持ちで即座に離れる。
「やだっ、私ったらこんな場所で……」
「う、うん。僕も思わず手が動いちゃったけど、ここじゃ困るよね……」
そう。好きな子がびっくりするほどの美少女へと変貌し頭も心も追いついていないのだ。
見詰めているだけでもソワソワして目を逸らしてしまう程に。
「……や、やっぱり私仲間外れじゃない!」と、プリプリするエメリアーナ。
そんな彼女に変に意識し合っていた空気が解かれてリーエルと笑い合う。
「なら、エメリアもお相手を探さないとね?」
「やぁよ。まともなのなんて居ないもの。さっきの見たでしょ?」
そう言われ周囲を見ると、僕がグランデだと気付いたからか様子を伺うばかりで声を掛けてくる者は今のところ居ない。
そう思って安堵していたのだが、一組の男女がこちらへと歩いてきた。
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