第17話 墓守の英雄たち



 あれから四日。そろそろエメリアーナたちが戻ってくる頃だ。

 瓶も三百本完成し、第一陣をグランデ公爵家へと送った。


 この三日で大工も呼んで話もつけてある。

 建てたい建物はいくつかあるが、先ずは衛生的な生活をして欲しいので銭湯を作る事にした。


 この先も建築を色々依頼する替わりに貧民街の人間に大工の技術を伝えて欲しいと頼んだら、二、三件程度で大工にはなれないと言われ断られた。

 だが、こちらの目的が貧民街の人間をちゃんと働かせる事だと話すと使うのも教えるのも構わないという返事を貰ったのでお願いした。


 リーエルの方も漸く領主お抱え商会と土方と石材屋など、事業立ち上げに関わる面子との話し合いを終え、動き出すこととなった。


 そこまで進んでしまえば領主は後はお金を出して経過確認などが主な仕事。

 しかしリーエルは事業立ち上げが楽しかったらしく、色々やりたがっていた。


 それならばと僕は彼女に貧民街の人ができるお仕事を作って欲しいと頼んだ。

 僕は別の事をする予定だ。

 

「という訳で、僕の仕事は無くなったので二週間ほど休みを貰って鍛えてきたいんだけど、いいかな?」


「えっ……!?」と、ギョッとした目をこちらに向けるリーエル。


「いや、僕ももしもの時に義妹に守って貰うばかりじゃ嫌だからさ。

 この前の戦いで思い知ったんだよ。エメリアーナに守って貰わなきゃ危なかったなって」


「そ、それならわたくしも!」と立ち上がるリーエルを座らせる。


「うん。それでもいいんだけどね。結局キミは有事にはお留守番だよ。

 先代当主が突然亡くなった後、領地がどうなったかを考えればわかるよね?

 リーエルが前に出る時は、キミ以外ではどうしようもない時以外はダメなんだ」


「構わないのなら、行きます!」と、強く言葉を返すリーエル。


 ふむ。貧民街の事も順調に進んではいるし、リーエルが行く気ならそれもいいか……

 お互い単独で動くこともでき始めてきた。まだ狙われる様な敵対組織は無いが教会の件もあるし、今から地力を上げておく事は良い事だ。


「なら、行こうか」

「はいっ!!」


 そう言って立ち上がった後に向かったのは騎士団宿舎である。

 

「ライアン殿~!」

「何です婿殿~!」


 チャラけて声を掛ければ同じノリで返す騎士団長。リーエルもクスクスと笑っている。


「僕らを明日の遠征に連れて行ってくださいませんか?

 そして後ろから魔法を撃たせて頂きたい。おんぶにだっこして欲しいんです」

「がはははは! 正直者ですなぁ、婿殿!」


 えっ……それいいの、と言いたげにリーエルがこちらを見ている。


「いや、流石におんぶにだっこは冗談だよ。

 知ってるでしょ。僕が回復魔法も使える事。

 後衛として魔法を撃つのだって結構な戦力になるからね」


 そうした利点もあるし、どのくらい厳しい状態かの視察として一度は見ておきたい。

 僕たちが行く事で助けになるからお願いしているんだ、と伝えると「なんですとぉ!?」とオーバーリアクションで回復魔法が使えることに驚く騎士団長。


「これも内緒ね」と告げると「わっはっは! こっちがおんぶされそうですな!」と彼は快活に笑う。


「むぅ。私もあと少しなんですけど……

 最近はお仕事が楽しかったのでそっちにばかり意識が行ってしまって疎かになってました」

「いや、キミは自分の習得が早すぎる事と働きすぎな事を自覚しようね。

 いつも夜な夜な遅くまで色々やってるの、知ってるんだからね?」


 体も労わってよ、と告げるが何故か「ど、どうして知っているんですか……」と青い顔でビクビクしているリーエル。


「いや、部屋の明かりでだよ」と告げると落ち着いた様を見せた。


 えっ、何でそんな反応……?

 一体何してるの!?


 と、気になり視線を向けるが彼女は真っ赤な顔で話題を変える。

 これはもしや……と思いつつも突っ込まず彼女の声に耳を傾けた。


「……それを知ってるって事はリヒト様も起きてますよね?」

「いや、僕はいいんだよ。その分ゆっくり寝させて貰ってるし。キミは朝も早いでしょ?」

「むぅ……時間掛けないと同じお仕事量にならないんですもの」


 いや、抱えている仕事の規模が違うのに張り合わんでも……

 てか領主の仕事もしているキミの方が圧倒的に仕事量多いからね?


 とはいえ、最近の砕けたやり取りはお気に入りである。

 それが仕事量をこなしている自信からきているのもわかっている。

 彼女の仕事量を調節するのはこの自信がある程度定着してからの方が好ましい。

 なので変に意識させない様にと軽く言い返して流す。


「それで団長、本気で明日付いて行っても大丈夫ですか?

 厳しそうならダンジョンでもっと鍛えてからにしますが……」

「ふむ……構いませんぞ。数人程度の物資の余裕はありますからな」


 特に困った様子も無いのでお願いして二人で部屋へと戻り、僕らは慌てた。


「あっ、待って! 本当にリーエルも行くなら僕も色々と引継ぎしないと!」

「そ、そうでした! 私も何も言わずに出る訳にはまいりません!」


 カールの所へ、執事たちの所へ、護衛たち、マーサ、と色々回ったり呼び出したりして居ない間の段取りを説明した。

 父の所へは合計千本送る予定だから後七百出来たらもう一度送る様に、と。

 商会への資金や給料も帰ってからではギリギリになりそうだから届けておいて欲しい事。

 後は僕の商会に所属する賄い料理担当の子たちと舗装事業担当者の顔合わせ、衛兵の監視としてお願いしている彼らが来た場合に受け付けて欲しいとか、など、細かいことを言えば色々とあった。


 そうして準備を整え、明日は騎士団と共に英雄の墓場へと魔物の間引きの為に遠征することが決まったのだが、間が悪く丁度エメリアーナたちが帰ってきた。


 明日から僕らが遠征に行く事を話すと「私も絶対行くから!」エメリアーナが半ギレで言い、ルンからは無言で睨みつけられた。


「いや、悪意は無いからね!?

 僕もリーエルも一度は見に行ってこの領地の魔物の強さを知っておかないとダメでしょ?

 ライアン殿には伝えてあるけど、僕らは後ろから魔法を撃つだけだから!」

「その時にお守りする為の肩慣らしでダンジョンへと籠ったのだと認識していたのですが?」


 うっ……専属護衛のルンから見ればそうなるか。

 僕に何かあれば彼女の責任にもなる。これは僕の配慮不足だな……


「えっと、二人とも戦えるし二人の分の物資があれば大丈夫だと思うんだけど……」

「そんなの途中で買ってけばいいでしょ!」

「ああ、うん。そこが問題無いならいいんじゃないかな。でもライアン殿に許可は取ってね?」


 そうしてライアン殿の元へと突撃した二人は当然の様に行く権利を勝ち取ってきた様で、明日の遠征に参加する事になった。

 ここの戦力も無くすわけにはいかないので他の護衛たちは全員領地に残すこととなっている。

 いい加減うちの護衛に頼らない采配にしたいのだが、如何せんまだまだ兵数が足りない。 

 退役軍人たちの大半は治療が終わり戻ってきてくれているので、今回の討伐の具合を見て余裕がありそうならばギリギリ足りそうだという塩梅だ。


 その上で今、育成中の数十人の新兵たちが育てばある程度余裕が出てくるだろう。

 そんな算段を付けながらも遠征に備え、早めの就寝についた。





「がははは! エメリアよ、ちょっとは成長してきたではないか!」

「はぁ? ちょっとじゃないから! もう危なくないでしょ!?」


 英雄の墓場と言われる平原と森の境目。

 そこまで一日掛けて移動し魔物の間引きが開始されたのだが、思いの外ライアン殿はスパルタで普通に僕らも最前線のすぐ裏に立たされていた。


 凡そ四十名が横並びになり、二列で隊列を組み迫りくる魔物と交戦中である。


 正面からはデビルアイと呼ばれる青く染った溶けたアースゴーレムの様な体に、大きな一つ目が特徴の魔物。


 移動速度は強さの割に遅い方だ。回避行動も取る頻度が低いので当て易い。

 呼び寄せて魔法を撃つには最適とも言えるが、流石に多くを撃ち落とすほどの余裕は無い。

 全力で打ち出しても完全に撃破できるのは二割も満たない程度だ。


 その上、膂力と攻撃速度がヤバイ。

 溶けている様に見えて体は硬質の様で槌のような腕が振り下ろされる度に地面が削れる。

 そんな攻撃が連続で息つく間もなく続いている。


 しかし、団員たちは緊張した面持ちすらなく軽々と攻撃を弾き切り飛ばしていく。


 当然、そんな戦いの最前列一歩手前へと立たされた僕とリーエルは一切余裕が無い。

 普通に考えて十人くらいは護衛として僕たちの前に付くと思っていたのだが、普通に全員戦闘へと出ている。

 後ろに通しそうな気はしないが、抜けた時のストッパーがルンしか居ない状態だ。


 少しでも減らさなきゃ、と索敵班が引き連れてくる魔物に一心不乱にファイアーボールを放つ。


「リーエル、多少適当でもいいから遠いのをガンガン狙って。近場は僕が撃つから!」

「は、はい!」


 遠い方が打ち出す方向を変える角度が緩くなるので、殆ど同じ場所に同じ方向に魔法を組むことになるので多少楽になる。慣れてない人はそっちの方が良いと指示を出し、僕はひたすら接敵直前の敵を減らしていく。


「ほっほっほ! 流石はお嬢と婿殿の旦那! 接敵までにこれだけ減れば楽勝であるなぁ!」

「然り然り! 折角お手伝い頂いているのだ! この機会に減らしておきたいのぅ!」


「ならばわしも呼び込みに行こう!」とそう言って森に入っていきガンガン連れてくる彼ら。

 僕らは本当に大丈夫なのか、と思いながらもひたすらファイアーボールを打ち上げ続けた。


「ライアン男爵! 本当にリヒト様の安全を確保できるんでしょうね!?」


 危険ではないのか、とルンも険のある声で彼に声を上げる。


「はっはっは、私も貴族の端くれ。侮って貰っては困りますなぁ!

 ではお二方、少し休憩していてくだされ!」


 貴族への侮りとはそういうものではないんだけど……と、思いながらも手を止めて騎士団の勇姿を観察させて貰う。


「皆の者! お嬢が見に来ている中、回復薬まであっては無様は晒せん! わかっておるな?」

「「「おおおおぉ!」」」


 と、何故か彼らは僕らを置いて特攻を始めた。

 その雄たけびにはエメリアーナも混じっていて、我先にと走り出していた。


「ええぇ……」と、意図せず自然と言葉が漏れる。


「リヒト様、次からは絶対にうちからも護衛を連れて来てください……」

「いや、平時からグランデの戦力をそういう使い方するのはダメじゃない?」


 そう。緊急時なら居て然るべきだが、通常の討伐任務である。

 うちの者たちを連れて来た名目は僕の護衛兼補佐なので、完全に領地防衛に振り切った使い方は問題だと思われる。

 執務ならまだしも戦場だと何かあった時、命が失われるからな……

 僕らは文官だからそもそも行くなという話でもあるのだが、そうすると強くなれないしな。


「いえ、護衛としてですから問題はありません! 逆にこんな状況で居ない方が問題です!」

「すみません。後でライアンにはきつく申し付けておきますわ……」


 リーエルも流石にこれは無いと感じていた様で、頬が引き攣った様を見せていた。


 しかし、遠く離れたところで鬼神の様な働きを見せる彼らは、一匹たりとも後ろには通さず全てを殲滅して見せた。

 やはり、彼らの力は噂に違わぬものだった。

 その姿に僕も男として奮い立たされる想いを植え付けられた。


 これぞ英雄、と自然と思わせられるその姿に。


 今からそっちもやるのは非効率だと知った上で「やっぱり前衛としての力も欲しいなぁ……」と思わず呟いてしまった程だ。


 そう呟いている間にも森に入っていた者たちが更なる魔物を連れてくる。


「あれは……ハイオークですね。あれはバランス型ですから更なる警戒が必要です」


 バランス型か。

 特に能力が一方に振り切っていない戦い方をするものを指す。

 確かに見ていると移動も早ければ攻防も両方上手く熟している。

 それでも騎士団の皆は膂力で叩き潰しているが……


「まさか、これほどとは。流石は国内最強の部隊と言えましょう……」

「私も初めて本当の意味で理解した気がします。これは異常ですね……」


 ルンとリーエルも戦いに見入って動きを止めている。

 この中に一つ下のエメリアーナが混ざれているのだ。僕だって下準備を整えればいける筈。

 そうした欲があふれ出し、その感覚に支配されそうになる。


 暫く経つと休憩の時間となり安全な所まで下がった後、野営や食事の準備へと取り掛かる。

 エメリアーナも当然の様にテキパキと準備をしていたので手伝おうとしたのだが『お嬢たちはゆっくりしててくだせぇ』と言われて僕とリーエルは端っこで座って雑談を交わす。


「よし、休みが終わったら人材探ししよう!」と、僕は声を上げた。


 流石に何の準備も無しにあそこに混ざれるとは思っていない。

 エメリアーナだって長い時を掛けて鍛え上げたのに大怪我を負ったのだ。


 僕らが魔法でなら混ざれるのだって病気によって勝手に魔力量が増え続けた結果。

 あそこに混ざるには時間を掛けた研鑽が必要となるだろう。

 だが、時間を作るにはもっと領内を個別に任せられる人材が要る。


「なるほど。学院で他家の能力のある人材を引き抜くのですね?」

「いや、学生は即戦力にはならないから、相当突出した人が運よく来てくれる場合じゃないと微妙かな。できたら王都の商会からがいいなぁ」


 やはり学校のある王都とハインフィードでは識字率から何から大きな差がある。

 ある程度物を考えられて読み書き計算ができる人材が欲しいのだ。

 大商会だと後ろ盾がもうあるから、出来れば中小企業から優秀そうなのを引き抜きたい。


「領地の政務もだけど、諜報員も持たないと色々大変になるだろうしね」 


「諜報、ですか……?」と、困惑を見せるリーエル。

 それは国が行うものでは、と。


「いや……国ほどシビアな感じのものではないよ。商会を使ったり家の繋がりを使ったりね。

 お金の無い家でも分家や自分の子供を外に出して情報を仕入れてたりするんだ。

 婚約の精査や使用人として上位貴族などに奉公へ出すのもそうした関係でも選ばれる。当然、他の利害関係だったり友好の為だったりもするけどね」


 今までは他家との繋がりを殆ど断って引き籠っていたから無くても何とかなっていたが、領地を活性化させる為にと外で手広くやるには必須となるものだ。


「あっ、それで他の貴族家には他家の使用人が多いのですね……」

「そうそう。他の当主だって僕らみたく仕事を任せられる人材を欲しがってるからね。

 貴族社会に理解があって教養もあるとなるとやっぱり貴族子女が一番適任になるからさ。

 結果、情報の抜き合いにもなるから本来ハインフィードほど家の中も気楽じゃないんだよ」


 そう説明しながらもリーエルに嫡子教育がなされなかった事や、引き籠った弊害を感じてしまう。貴族にとってはごく当たり前な事なのだけど、と。


 ただ、一度説明すればすぐ理解してくれる。

 本当に彼女が地頭の良い才女で良かったと心から思う。


「なるほど。それで商家の人材の方が優先的に欲しいのですね」

「うん。薬の件で秘密を抱えることになるし完全に抱え込める相手の方がいいかな。

 外の人に秘密を教えはしないけど探られたくもないから、小さな商家の辺りが丁度良い」


 そうした雑談を重ねつつも遠征二日目の夜を過ごし、一晩を明かした。


 そうして次の日も、その次の日も、と同じ作業の様な間引きが行われて一週間の時が過ぎるころには僕らも討伐に慣れて当たり前の様に熟せるようになっていた。

 初日とは違い討伐した魔物の運搬もある為、人数が削られる中で行われた討伐だがそれでも大ベテランが調整を入れた数を引っ張ってくるので問題は起きていない。


「ちょっとリヒト! 少しは加減しなさいよ! 敵、減らしすぎ!」

「いや、このくらいで丁度良いだろ!?

 なんでエメリアーナはいつもギリギリを求めるんだよ! 毎回それじゃ危ないだろ!」


 なんて戦闘中に言い合うくらいには余裕が出てきていた。


「エメリア、素敵よ」と、余裕が出て来たリーエルが妹の勇姿を褒め称えた事で彼女が更に活躍したいと無茶をしだすが、それでも安定するくらいにはやれていた。


「ふむ。お嬢と婿殿が支えてくれると、ここでの討伐もお遊びの様なものですな。

 お二人の魔力量が驚く程膨大な事も把握できましたし、もう少し難易度を上げましょうかな」


 などとライアン殿までが言い出し、連れてくる魔物の数が増え、僕らはへとへとになるまで日々酷使されることとなった。

 彼らにとってもこれを機に不安があった間引きの数を増やしておきたかったみたいなのでそれを受け入れ、遠征も数日伸ばしいつもの二倍近い数の討伐を済ませたのだった。





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