第16話 レイヒム商会設立


「ほ、本当にこれを飲めば治るんですかい、婿殿の旦那」

「いや、婿殿の旦那さんはおかしいでしょ! 僕、男色じゃないけど!?」


 と、突っ込みを入れれば「そうした言い回しもあるんですぜい旦那!」と、騎士団宿舎にて笑い声が走る。


 そう。僕は今、騎士団宿舎へと作った薬を持って足を運んでいた。

 リーエルは屋敷にて別の仕事をしているという、ここに来てからは珍しく別行動。

 最速で事を進めよう、と意気込んだ僕らは離れて活動している最中である。


 あの会議から数日の準備期間を経て、集まって貰った退役軍人たちに薬の研究の手伝いをして貰っているのだ。


「そうなのか……婿の夫という意味じゃないんだな。

 おっとそれよりもそろそろ本題に入ろうか。お待ちかね、でしょ?

 一杯で何処までも治るものじゃないだろうから、その調査もしたいんだ」


 と、薬草から薬効を抽出して魔法を掛けて回復薬にし、柑橘系のジュースを混ぜた飲み薬を兵士たちに渡していく。

 そう。もう塗り薬ではなくなっている。煮詰めてろ過する事で服薬できる薬に変貌したのだ。


 物は大量に作った。


 それをガラス細工を扱っている工房に依頼し、ただの瓶、魔力を通さない瓶、逆に魔力が浸透しやすい瓶と大容量で三種類作らせて個別に作って蓋をして一週間ほど保存しておいた。

 それらがどれほど回復するかの調査をこれから始めるところである。


 先ずは、と皆部位欠損をした所に印を付けて貰い、どれほど再生するかをわかる様にして貰っての試飲。

 彼らにとっても部位欠損とおさらばできるかの境目。緊張した面持ちでコップを持っている。


「の、飲みますぜ旦那! ――――っ!? うめぇじゃねぇか!」

「おお。確かに飲みやすい!」

「こりゃありがてぇ!」


 退役軍人たちも、ハインフィード騎士団に違わぬノリである。

 家令を処断した辺りから婿殿、婿殿、と騎士団員たちも僕を快く受け入れてくれている。


「いやぁ、リーエルのお嬢ならきっといつかとは思っておりましたが、まさかお嬢の婿殿にお助け頂けるとは。こりゃ予想の範疇外でしたわ!」


「ああ、そうそう。お嬢の婿ね。付け足すならそっちで呼んで」と笑い合って居ると「おお! 見てくだせえ!」と声が響き、印の位置が変わっている事を知らせる団員たち。


「うん。悪くない再生具合だね。効果が切れるまででどのくらい回復するのかが見ものだな」


 そう告げると皆テンションを上げて印を見せ合っている。


「ち、ちなみにこいつはいくらくらいなんです?」

「原価は安いよ。うーん、市場価格は効果次第だけど一本銀貨三枚くらいが限界かなぁ?」


 その程度なら、ちゃんとした所で働いていれば誰でも買える。

 長期間持つなら買い置きして少しづつ使う事も出来るからその程度の値段まで上げてもいいだろう。

 逆にすぐ魔力が抜けちゃうならもっと下げるべきだが。


「そ、そんなお安くしていいので? 教会なんて銀貨で言ったら最低百枚は取るんですぜ?」


 数本で欠損すら治りそうなのに、と驚いた顔を見せる彼ら。


「町の人が恙無く買える値段じゃないと意味が無いから」と返すと「流石婿殿!」と元気なおっさんたちの声が響く。


「それよりもしばらくこの薬は内緒にしたいから家族にも言いふらさない様に言ってね?」


 一応騎士団長から言って貰ってある筈だが、心配になって彼ら自身にもお願いする。


「大丈夫ですぜ! 家族には安全な仕事を貰って暫く宿舎に泊まると言ってあるんで!」

「俺なんて両腕ねぇから、かかぁに『そんなんで何しに行くんだい!』って怒られたけどな」

「惚気てんじゃねぇ! 俺なんて少しでも稼いで来いってケツ叩かれたってのによ!」


 それは惚気なのか、という疑問を持たされるが陽気な口調で彼らは言い合い『がはは』と笑い声を上げる。


 そんな彼らの絶対に秘密にしようという心遣いに感謝しつつも、二時間ほど経過を見て手の平が半分落とされたくらいなら一本で全回復する事がわかった。

 ただ、魔力が浸透しやすい瓶のものを飲んだ人は殆ど回復を見せなかったので、新たにもう一本飲んで貰った。

 やはり、一番効果が強く出たのは魔力を通さない瓶だったが、一週間程度だったからかそれほどの差は無かったので普通の瓶を担当した人たちには我慢してもらった。


 皆には飯を一杯食べて栄養を付けてくれと頼んでその場を後にする。




 しかし騎士団の人たちの気の回しは本当に助かる。

 父上には薬を優先的に流す約束をして許可を貰ったが、慎重にとも言われているのだ。


 先ずは領内で少量の販売に留め様子を見ろ、と。


 父上の方でも同じことをやって国と教会の反応を見て教えてくれるらしい。恐らくは優先的に薬を回すお礼としてだろう。


 まあ、その前にロドロアとの戦争で負傷するであろう兵士たちに使いたいみたいだが、流石に現地では使えないようだ。

 内乱で焦っている今、国に知られれば奪われる可能性が高いと。


 本来なら個人の利権の取り上げなど信用問題となる為やらないのだが、権力の衰退が続いている上で国防という大義名分があるので無茶な陞爵をしてでも強引に取り上げたいと思うかもしれないと父上は言う。 


 その場合でも販売権すら奪われる訳じゃないから、もっと思慮深い皇帝なら陞爵を受け差し出すのも手だが、恐らくは無理な運用をして正面から教会を敵に回すだろう、という懸念から知らせるのはロドロアとの戦争の後がいいという見解を出している。

 戦争の後で見つかった事にし兵士たちへ使ってくださいと薬を献上した上で忠言すれば、教会を敵に回すような愚策は取らないだろう、と予測していた。

 とはいえ薬であれば教会の言葉もある程度は突っ撥ねられるという見解は父上も同じの様だ。





 そうした思考を回しながらも潰した元御用商会の建物へと辿り着く。


 正面から入り仕分け室を抜けて倉庫へと向かう。

 荷車が馬ごと通り抜けて行ける様な作りになっている為、とても開放的な建物だ。


 倉庫には購入を頼んでおいた珪砂や石灰、ソーダ灰などのガラスの素材。

 魔力を通さない魔鋼虫の外殻を削り粉にした物が置いてある。

 そして、布に覆われた大きな何かが一つポツンと置いてあった。


「お待ちしていました!」と、レイヒムたちが僕を出迎える。

 言っていた通り、三十人の人を集めてきた様だ。

 その中には女性は勿論、子供も混ざっていて緊張した面持ちでこちらを見ていた。


「これが例の魔道具?」と布が掛けられた物を指す。


「はい。運用方法はもうわかっていますので、後は実用してみるだけですね」


 レイヒムがそう言うと布を剥ぐ彼ら。

 すると、プレス機の様な機材が顔を出した。


「へぇ、なんか凄そうだね。確か設計図だと……

 ここに分量通りに混ぜた素材を入れて魔力を込めて温度を上げ切ってから放置だっけ」


「ええ。その混ぜたものは此処に!」と褒めて欲しそうな顔で袋の口を開けて見せるレイヒム。


「いいね! じゃあ、今すぐやってみよう!」


 僕もとっても気になるので早速魔道具を起動させることに。

 そうして素材を入れて魔力注入を開始する。

 何気に凄い魔道具で、これだけでガラス瓶が出来るそうだ。

 型も僕が指示した形の瓶になる金型を作ってくれている筈で、その通りに出来る予定である。


 だが突如レイヒムは地に膝を付いた。


「す、すみません。俺一人じゃ魔力が全然足りなそうです……」

「じゃあ、辛くならない程度で皆で交代していこう。ダメそうなら最後は僕がやるから」


 正直ここにいる人員だけで出来ないと困る訳だが、それでもちゃんと完成するかは見たい。

 魔道具を使うだけなら基本的に誰でもできるので、問題無いラインで次々と交代していってもらう。

 そうして十六人ほど交代をした時、炉の色が指定された色に変化してきた。


「あっ、もう少しだよ。うん。その色ならもう大丈夫な筈だ」

「「「おお!」」」


 そうして歓喜の声をあげたものの、ここからやる事が無い。 

 商会の倉庫跡地なので輸送用の木箱も散乱している。梱包材となる藁もだ。

 特別する事も無さそうに感じる。


 この間はどうしようか、と彼らを集めて相談を始めた。


「売れる様になれば仕事は一杯あるんだけど、まだ多少かかるし。

 一日に一回これだけじゃ流石にあれだな……」

「そ、そうですね。どうしましょう……」


 うーん……温度が下がるまで相当掛かるだろうから二回目が作れても微妙なんだよな。

 戦争が終わるまでは内々に少量の販売ってことになってるから表立っては売れないし。


 そう考えていると、一つ思い浮かび「あっ!」という声が漏れ視線が集まる。


「キミたち料理覚える気はない?」

「そりゃ、教えて頂けるなら……仕事として振る舞う為に、ですよね?」

「ああ、勿論。道の舗装事業で沢山人を雇うんだ。

 そこで賄いを出せばお互いに多少は安く済む。

 辺境伯家の料理人に安くてうまい料理のレシピを出させて覚えて貰えばいいかなってさ」


 料理の腕なら仕事外でも使えるからお互いお得だろ、と告げると女性陣はコクコクと頷いていたが男性陣は不安そうだ。


「自分ら、皮剥きも碌にできないんですが……大丈夫ですかね?」

「なるほど。それほど期間も無いし、出来る人たちにそっちに行ってもらう形の方がいいか。

 じゃあ、キミらの仕事も考えないとな。どんな職に就きたい?」


 そう問いかけて聞いていくと、大工、鍛冶師、ハンター、事務職の四つに分かれた。


「ふむ。ハンターは僕が紹介する必要が無いな。自分の力でなるか騎士団に入ってくれ。

 事務職はやれるなら衛兵の方で雇いたい。

 鍛冶師は技術を教えろってのもちょっと図々しい気がするし、弟子入りして貰うしかないな。

 大工ならイケるか。建てたい建物もあるし、大きな仕事を任せる替わりにすれば……」


 そう伝えて彼らにどうするかを突き付ける。 


「どうする、とは……?」と首を傾げるレイヒム。


「いや、どっちにしてもハンターと鍛冶師以外は全部うちで雇う話だ。

 真面目に働くなら僕が口利きして入れてやれる。どこがいいって話」


「えっと、ここでのお仕事は無しってことですか?」と不安そうな顔をするレイヒム。


「いやいや、僕にとっては此処が本題だよ。

 でも今必要なのは魔力だけだし、人も集めようと思えば直ぐでしょ。

 目的は貧民街の人たちに仕事を与えることだからキミたちがやりたい仕事に就いちゃっても大丈夫だよってこと」


 彼らは顔を見合わせた後「市民権が無くても大丈夫でしょうか」とこちらに尋ねる。


「ああ、うちで働く以上それは無いとダメだから条件付きで与える。

 衛兵内では特に犯罪が行われていないかの報告が欲しいんだよね。

 と言っても自分から探る必要は一切無い。

 偶々職場で何か不正があったと知ってしまった時は秘密裏に連絡をくれ」


 その役目を一年間果たすという条件で市民権の代金を出してやると伝えた。


「勿論お前たちへの暴行や不当な扱いがあった場合も報告してくれていい。

 言ってくれればちゃんと働ける場所にするから」


「ありそうなんですか……?」と不安そうに問う彼らに「わからないから見て欲しいんだ」と正直に答える。


「それで、どうする。待ってここの仕事に就きたいならそれでもいいよ。

 合間の仕事は追々考えるから。なりたい方を選んでくれ」


 そう告げると、八人は此処で仕事があるなら、と残る意思を表明し他の十数人は口利きをお願いしたいと願い出た。残りは料理を覚えて貰う子たちである。


「どっちにしても瓶作りは必要だから多少料理ができる子集められない?」

「えっと、簡単な家庭料理程度でいいなら集まるとは思いますが……」

「ならお願い。料理を教わる程度ならここで魔力込めてからでも平気でしょ。

 あっ、レイヒムは此処に居てね。この場の管理人を頼みたいんだ」


「か、管理人ですかっ!?」と一歩引いて驚きを見せる彼。


「嫌なの?」

「いえ、その……何をしたらいいのか……」

「主に在庫管理だね。瓶は女性陣が料理を教わる時に一緒に持ってきて貰えばいいし。

 顔が利いて募集を掛けたキミが管理している場所なら皆安心でしょ」


 それに流石に物資を置いたままずっと誰も居ないのも問題だから、と告げると理由がわかり安心した様で「わかりました」と頷いてくれた。


「瓶が出来た後なら日が暮れる前に戸締りして戻っていいから。

 貧民街の薬師はレイヒムだけみたいだしね」

「えっ!? 薬屋も開けていいんですか!?」

「うん。無いと困るでしょ。キミらの生活向上の為に動いてんだよ僕」


 逆に今の段階で完全に閉められちゃうと困る。

 それも仕事の一環だと思ってくれと頼んだ。


「給与も商会に所属させる者たちにはレイヒムから渡して。金は用意しておくから。

 商会の代表なんだしいいよね?」


「は、はい……」と、了承しているが困り顔だ。責任重大だと気が重くなっているのだろう。


「そんなに気にしないでいいよ。悪意無い失敗ならしても大目に見るからさ」

「は、はいぃ……頑張ります」

「うん。商会がちゃんと活動し始めたら頑張る事もあるだろうからよろしくね。商会長!」


 と、レイヒムの肩を叩きつつ、集まった皆に支度金を渡していく。


 商会に入らない面子が貰っていいのだろうかと気にしていた。

 確かにグレーゾーンだが、大銀貨一枚払う程度で職に就けるなら貧民全員に渡してもいいくらいにコスパが良いのだ。税収として返ってくる額の方が大きいのだから。


「お前らはこれで市民権を買え。僕が紹介するんだから残りで身形を整えて。お釣りは自由にしていいから」と告げれば勢いよく頭を下げて受け取った。


 それから全員の名前を書き出して、衛兵の事務所に寄り事務員としてコネ入社をさせるよう言い聞かせ、騎士団の方にも育成中の新兵に混ぜて貰えるようにお願いした。


 ハンターギルドにも寄って薬草の採取依頼も割り増しした額で大量に出して貰った。


 屋敷に戻ってからは料理人たちに事情を話し、貧民街の女性たち三十人に料理を教えて欲しいと頼んだらとても驚いてはいたが、教えるのも平民用の安くて美味しい料理も問題は無いそうで直ぐに了承してくれた。

 それを確認して、屋敷と商会を往復する送り迎えの用意も整えた。




 これで回復薬用の瓶が勝手に届けられる状況は作れた。

 最初は全部父上へと送った方が良いだろう。

 戦争では基本的に使わないにしても、もしもの為に持っておいて欲しいし。

 ここで必要になった場合は大瓶に入れて騎士団長に渡せばいいだけだしな。


 さて、今日もリーエルと頑張りました報告会をしてこようかな。


 そうして僕は今日も仕事終わりに彼女の執務室へと足を運ぶのであった。



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