第107話 元、騎士団員の怒り



 ライアン殿が元団員の所へと歩き始め声を上げた。


「スルーダ! 貴様、生きておるならば何故帰ってこんのだ!!」

「て、てめぇ、ライアン!! よく俺の前に顔を出せたものだなぁ!!」


 と、険を飛ばされ眉を顰めるライアン殿。「どういうことだ……」と。 


「はっ! どういうことだ、だと!?

 てめぇらはあの惨事から逃げた癖によくもそんな事が言えたものだなぁ!」

「あ、あれは先代様の命であったからであろう!

 あんな場所にエメリアのお嬢を捨て置くことなどできんだろうが……」


 えっ……エメリアーナはスタンピードにまで出兵していたのか?

 いや、確かに規模までは中々把握できるものじゃないけども、それは舐めすぎでは?

 しかし、彼女はだからこそ竜討伐の話の時にあれほど激情を露わにしていたのか。


「それにな、だからと言ってリーエルのお嬢に憎悪を向けるのは違かろうが!」

「んな小さな子供にガチギレしている訳ねぇだろうが! 俺が気に入らねぇのはてめぇらだ!」


 と、入れそうにない二人の言い合いに僕らは唖然とし、話しの行く末を伺う。


「ならば、正面から言ってこい! 何故、罪人に身を落とす!

 堂々と戻ってきて言えばよかろうが!」


 その声に「なんだとぉ!?」と血走った目を見せて一触即発の空気になったが、鼻で笑う様に気を取り直し言葉を続ける彼。


「あの無謀な戦いで死地に残った者たちにしかわからねぇよ……

 倒した後に生き残っていたのは俺だけじゃなかった。

 だがな、竜は倒してもまともに戦える者はもう誰も居ない。

 大怪我を負いながらも少しでも減らそうと応戦し雑魚討伐で皆無駄に死んでいった。

 俺だって何時魔物に喰われるかわからない状態で一週間その場で過ごした。この命知らずの馬鹿どもが死体漁りに来て命を救ってくれねば当然死んでいた。

 領地を守る為に命を張ったってのにだぞ!! 放置だ、放置!」


 ああ、漸く状況が少し理解できた。

 ライアン殿たちはエメリアーナを逃がす為に、途中で離脱させられたのか。

 しかし、連絡要員を残し状況の確認をするということをしなかったのだろう。


 普通ならそれは必須で、討伐ができなければどれほど残っているのか、どの程度の警戒が必要になるのかを見極めなければならない。

 だが、確かに戦争でのハインフィード軍を見るに、そうしたことは一切行っていなかった。

 まあ毎回圧勝で普段は必要性が無かったのかもしれないが、普通はそれでも外せない仕事として熟すもの。

 恐らくは残った方も帰った方も両方理解していなかったのだろうな。


 そう考えると、起こりえてもおかしくないこと。

 まあ彼らの場合、舐めてかかっているというよりは教育を受けてこなかったが故に理解していないということなのだろうが。

 

「なん、だと……し、しかし、わしらだって好きで放置した訳ではないぞ!?

 帰還した百五十も半数近くが重傷者であり、群れも完全に落とせているのかもわからない。動ける数十名で町を守る為に防備に付くと家の決定で決まったのだ!

 わしだって御屋形様の亡骸だけでも、と声を上げた!

 だが、御屋形様が亡くなったならばとブラウンの奴が取り仕切りそう決まってしまったのだ!」


「はっ……だから自分には責任が無いとでも言うつもりか?」と、彼は睨みつけ、それにたじろぐライアン殿。


 その様に、リーエルが一歩前に出て声を上げた。


「お久しぶりね。スルーダさん。

 お話を聞いて兵士の皆さまに取り返しのつかないことをしたという事を理解しました……

 ですが、辺境伯となりこの地を守らねばならぬ者として、その在り方は許容できません。

 せめて、違う形での償いをさせては頂けませんか?」

「辺境伯ってあんた、リーエルのお嬢、なのか……?

 つっても病に侵された上に幼子だったお嬢にまで責任を求めるつもりはねぇよ。

 しかし、本当に病が治ったんだな……

 だが、それはお嬢の願いでも無理ってもんだ。おらぁ先代様が好きで騎士団に身を置いていたが、元々何も考えてねぇこいつらの事は気に入らなかったんだ!」


 と、本当にリーエルには思うところは一つも無い様で、過負荷膨張が治った様に少しだけ優しい顔を見せる彼。


 確かにうちの皆は考えが足りていない。

 けど、世間を知っていればそれを補える優しさを持っていると知っている筈。

 仲間が死んでいく中、最後まで放置された事がトリガーとなり強い憎しみが生まれ、そう考える他になくなったのだろう。


 彼の言っていることは理解できるが、考えがずれている上に意固地になってしまっているな。

 とはいえ、そうなるのも致し方なく思える話なだけに、説得が大変そうだ。


 リーエルが前に出た以上、僕もサポートに入りたいところだがその時完全に部外者だった僕が何を言っても多少の事では響かない。

 彼女の隣に立つことしかできないのが心苦しいところだ。


 そう思っている間にも話は進む。


「いいえ。私に責任がございます。

 あの時嫡子であった私は、父が亡くなってしまった以上は状況を判断して正しい命を下さねばなりませんでした」

「こちとらそんな事はわかってんだよ!

 だがな、漸く十になったばかりの子供の責任だなんて思える筈ねぇだろ!」

「いいえ。わかっておりません。それでも責任を背負うのが領地を守る当主の務めです。

 ですから、死に物狂いで領地を守ってくれた貴方への労いをさせて?」


 彼は表情を歪め、感情が暴走しかかるほどにかき乱されていると一目でわかる様を見せる。

 リーエルが相手とはいえ、許せぬ側からの施しという言葉にかき乱されているのだろう。


 そんな状況下だというのに、彼女は彼の前まで歩き、手を取った。


「お父様の最後の時まで共に戦ってくださりありがとうございます……

 貴方の献身にも心よりの感謝を」


 真っ直ぐと感謝の心を示して見上げるリーエルに彼が強い感情の発露を見せ、危険かと僕は動きかけるが直ぐに攻撃的な動きじゃないとわかり足が止まる。


「……ぅぅあああ!! もう!! やめろっての!!」


 と、彼はリーエルの手を振り払い後ろを向く。


 そりゃ、騎士がここまで身を落としてでも、と貧民街に身を置いていたんだ。

 簡単には受け入れられないよな。

 かと言って、こちらにも落ち度があるのでただの罪人という振る舞いもし難い。


 どうにか打開したいところなのだけども……

 当時の状況を知らない僕が何を言ってもなんだよな。

 でもまあ、ずっと蚊帳の外のままでもいたくない。

 知っているラインで話に入るしかないな。


「大切な話の途中に失礼する。私はリヒト・グランデと言う。彼女の婚約者だ」


 と、口にすれば案の定、関係ない奴が何をという視線を向けられた。

 だが何も言わないので言葉を続ける。


「私が来たところから、とはなるが知っている事は伝えておきたい。家令が家を牛耳りリーエルが蔑ろにされ莫大な領地のお金が横領されていたことは知っているか?」

「処刑の話は聞いた。まあ遅すぎて笑い話にもならなかったけどな……」


 それに頷けばリーエルが苦い顔を見せたが話をそのまま続ける。


「キミやリーエルが嫌がるのを覚悟で言うけど、それは先代辺境伯の失態だ。

 その落ち度の付けがキミたちに一点集中して向かってしまったという話に聞こえた」

「はぁ!? 御屋形様は関係ねぇだろ!

 てめぇ、領地の為に命張った御屋形様を侮辱しようってのか!?

 ブラウンのクソ野郎とそんな野郎に従ったこいつの所為だろうが!!」


 御屋形様を侮辱するなと憤る彼。

 だが明確な落ち度がある以上、これを侮辱とは言わない。


「いいや。罪人は辺境伯として裁かねばならなかったのだよ。当時の家令がどれだけ取り繕っていたのかまでは知らないけれど、あれは十年以上の間、横領を繰り返していた訳だからね。

 知らなかったから責任が無いとは言えない立場なんだ。

 状況的にわからなくて仕方なかったとしても、それは領主の怠慢と言われてしまうものだ」


 そう。孤児院の件に僕らが気付けなかった事と一緒だ。

 仮に非が無く思える状況下であったとしても責任はある。

 税収関係で異常が発生した時に調べなかったのは怠慢だと捉えねばならない。


「先代のした事だから、とごまかすつもりは無いよ。

 家を受け継ぐということは責任も受け継ぐという事だからね。

 ただね、キミに報いたいというリーエルの気持ちを蔑ろにはしないで欲しい」


「今更……何をさせれば報いになるってんだ?」と、彼は言っている事を理解したのか、怒りを収めたがもう何かして貰っても許せる次元を超えていると言いた気な顔を見せる。


「それは貴方次第だろう?

 立場か金か名声か……色々と報い方はあるからね。

 それともこのまま武力行使で潰し合うという状況まで持っていくつもりか。

 私は部外者だから言えるが、このままでは自分を含め周りの者を無差別に傷つけるだけに終わるぞ。許す事などできずとも、多少溜飲が下がるくらいで済ませた方がいいんじゃないか?」


 当事者であり優しいリーエルではこの事実を突きつける事はできないだろう、と言いづらいことを伝えれば彼は何か思いついたかのように嗤う。


「いいぜ……俺の溜飲を下げるってんなら、こいつとガチの決闘をさせろ。

 元々こいつを引っ張り出す為に色々やってたんだからな。

 俺は横で死んでいった仲間たちにこいつをボコボコにするまでは止まらねぇって誓ってんだ」


 そう彼が言うと呆れた顔でライアン殿が口を開く。


「そ、そういう話なら最初から言わんか! わしに自責の念が無いとでも思っておるのか!?

 命を張ったみなの想いなら受け止めるに決まっておろうが!」


 おおう。結局はどっちも脳筋だった。

 考え足らずが気に入らないと言っていたから利を取るかと思ったのだけど……


 そう思っていると、リーエルがライアン殿に「よろしいのですね」と公的な顔を見せた。


「当然です。本当はわしもあの時、共に最後まで戦いたかったのです。

 当事者にその痛みを受けよと言われるのならば喜んで受けましょう」

「はぁ? 決闘だって言ってんだろうが!! 舐めてるのか?」

「スルーダよ。舐めているのはお前だ。あれから四年。わしらは百人以下で領地の防衛を続けてきたのだぞ。それがどれほどの事かお前ならわかるであろう。

 共に戦わなかった罰を受けさせる、という形にしておけ」


「一方的に殴らせてやるとか……舐めてんのはてめぇだろうが! ふざけるな!」


 俺が何もしてこなかったとでも思っているのか、と激昂する彼。

 どうやら彼も一矢報いてやる、と研鑽を積んできた様子。

 

「てめぇはぜってぇ正面から叩きのめす。一方的に叩かせて終わりだなんて許さねえぞ!」


 うーん、当事者両方の話を聞いてみたが、彼は真っ当な人間にしか見えないな。

 わかっている範囲では彼個人は犯罪を実行に移してはいないとも聞いているし。

 組織を作った以上、下の者が勝手にやった犯罪であったとしても責任はあるが、止めていたという状況を見るにそれほど重い罰とはならない。


 スタンピードを鎮めた功績が無ければ重い罪にもできてしまう案件だが……

 どちらにしてもリーエルがそれを望まない。

 考え方次第となった時、彼女は彼に最大限の恩赦を下すだろう。


 そう考えると、力を持つであろう彼とは仲違いしたままで居たくない。

 なら、気の済む方向でやらせてやるか。


「正面からがいいと言うなら闘技場の大会に出場するか?

 領地の為にも、自領の大会に出場した騎士団長なんて簡単には負けられないからな。

 真っ向からの全力勝負で戦いたいと言うのならその方がいいだろう?」


 正直、そこで負けて貰ってしまっては僕らとしてもとても困るのだが、秘匿はできないだろうから戦わせるなら何処で戦っても同じこと。

 どちらにしても元、ハインフィード騎士団員だからな。

 どう間違ってもうちの軍が弱いという評価にはならない。

 であれば彼を納得させる形を取りたい。


 と言うよりこうした心情での事であれば、せめてリーエルに対しては友好的な立ち位置に居て欲しい。

 望みを聞き、お祭りごとに巻き込んで勝負を付けさせるのだ。

 結果はどうであれ戦いに貢献した労いも同時に行えばこれ以上の敵視はしないだろう。


 しかし、問題もある。

 犯罪を止めていたのは最初の振る舞いでわかっているが、それでも後々悪事の清算は行わせなければならない。特に彼の手下に関してはどうあっても看過できないのだ。

 レイヒム商会を作る発端となった人攫いとかやらせようとしていた組織は、恐らくここの末端だろうからな。


 そんな思惑での提案だが、やはり元は騎士。

 大会という舞台で白黒つける、というのは大変お気に召した様子。


「おお、そりゃいい! 団長としてのプライドが掛かってんじゃ負けらんねぇよなぁ!」


「それでも構わんが、そこでやるなら負けるつもりは無いぞ」とライアン殿も腕を組んで受けて立つという面持ち。


 そんな脳筋二人の言い合いにリーエルが不安そうに視線を向け「あの、私は、スルーダさんに償いをと……」と、心配して彼を止めたそうに手を差し伸べる。


「お嬢は心配すんな。俺はとりあえずこいつを叩き伏せれば後がどうなっても満足するからよ」


 と、好戦的ながらも良い顔になった彼。


「だから負けられぬと申しておろうが……」と困り顔のライアン殿。


 だが、彼はそんな話は聞いていない。

 こうしちゃいられねぇ、と大会までダンジョンに篭る為の買い出しに行かねばと言い出した。


「はは、てめぇは団長だから自由に動けねぇもんなぁ!?」


 と、大変楽しそうな彼。


 だが、無理だと思うんだよなぁ。

 だって、ライアン殿って元々騎士団で最強なんでしょ?

 英雄の墓守での仕事を続けた上に僕の強化魔法も二段階目までは使える。

 それは簡単に覆せる差じゃないんだよなぁ。まあ、だからこその大会提案だが。


 まあ此方が希望を叶える形だ。そこはご自由にどうぞだな。

 本気でぶつかり負けたのであれば悔しくとも飲み込みはするだろう。

 どう考えても真っ直ぐな人にしか聞こえない受け答えだったしな。

 手下の方はグランデの人員が見張っているならばどうとでもできるからお任せでいい。


 まあ、そちらも含めどのタイミングで罪の清算をさせるか、という問題が面倒だけど……


 そんな事を考えながらも、一応は一番の懸念だった元騎士団員のコントロールは叶いそうだという事実に安堵しつつ、屋敷へと帰還した。

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