第54話 トルレー入り


 トルレーへと赴き、皇家の書状を出して強引に全ての検問を押し通った僕らは、元トルレー子爵の屋敷へとやってきていた。


「き、貴様ら、一体どういうつもりだ! その家紋はハインフィードのものだろうが!」

「そういきり立たずに先ずは話をしよう。

 それとも、事を構えたいのかな。ハインフィードと……」


 と、サンダーツ兵と睨み合いながら代官の男と言葉を交わしている状況。

 流石に突然の事だけにこちらは五倍に近い人数が居るので彼は顔面蒼白である。


「ふ、ふざけるな! こんなに兵を引き連れてきて話だと!?」

「ああ。選択の余地はないが、死にたくはないだろう?」


 僕、義兄上、エメリアーナが並び前に出ているが、直ぐ裏には歴戦の猛者であるハインフィード騎士団が居て、その裏には総勢二百の兵士たち。

 正直、ここに居る面子ならばルンとエメリアーナだけでもやれそうな感じなのでそのまま前に出ての問答。


「選択の余地が無い、だと……結局はやるということではないか!」

「短慮は身を滅ぼすよ。先ずはこれを読んでから口を開こうか」


 と、一応強化を二段階目まで上げながらも近づいて隣に居るルンが兵士に書状を見せる。

 当然渡しはしない。見える様に書状を広げて読ませた。

 読んだ兵士は「なっ!?」驚きの声を上げながらも、代官の元へと小走りで向かい耳打ちした。

 これで彼らも僕らが来た目的を理解したことだろう。


「領主任命証書だとっ!? そんな話は聞いていないぞ!」

「そもそもが不当占拠なのに、何故サンダーツの者に話を通す必要が?」


 不快だ、と言わんばかりに見下し声を返せば彼は歯を食いしばりながらも押し黙った。


「再び皇家の声を無視するのなら交戦も許可すると言われているが、無駄な流血はしたくない。

 何も持ち出さずに出ていくならこのまま見逃してあげるけど……どうする?」

「くっ……せめて数日は寄越せ。流石になんの準備も無しには出れん」


 通常の立ち退きであればごもっともな意見だが、何も持ち出すなと言っているのだからそれは聞けない。


「ダメに決まっているだろう。この場で命を捨てるか、このまま出ていくかの二択だ。

 中に入りたいなら個別に兵を付けて監視させてもらう。それを拒む行為をした場合は罪人として処理する」


 そこから無言が続き、数分の睨み合いが続いたがエメリアーナが「やるのね?」と剣を抜いたことで状況が動いた。 


「いいだろう。ここは退こう。だが、伯爵がこれを知って何も無いとは思わない事だ」

「うん。僕もサンダーツ伯が逆賊認定にならない事を祈っておくよ」


 そう。僕らに表立って攻撃する、ということは皇家に弓を引くに等しい行為。

 陛下が直接任命した領主を認めず攻撃することになるのだ。不祥事続きでそれではもう大々的に討伐対象にしても何らおかしくない話。


 まあ、もう潰していいぞと言われているのだから同じことなのだけど。

 ただ、実際に攻め入れるかはルドレールの返答次第なところもあるのでもう少し時が欲しい所でもある。


「しかし、いいのかな。唾を吐くような事を言って。

 このまま全員の身ぐるみを剥いで叩き出してもいいのだけど?」

「ぐぬっ……」


 あまり舐めた言動を許しているとエメリアーナがさくっとやっちゃいそうなので軽く釘を刺しつつも新兵や衛兵たちを付けて最低限の準備をさせ代官たちを家族ごとそのまま追い出した。


 と、言っても執務関係を行っていた者たちだけは全員残したが。

 これから内政の引継ぎを行わねばならないのだ。

 どこに誰の息が掛かった者がいるのかは彼らから聞き出すのが一番手っ取り早い。


 そうして残された数名の者たちは青い顔で俯いていた。


「ああ、安心していいよ。協力的ならば悪くない待遇を約束してあげるからさ。

 ほんの数か月のことだろうし、生活水準も落とす様なことはしない。

 その後はサンダーツに帰って貰うだけの話だ」


 その声に安堵の息を吐いていた彼ら。

 そんな彼らを後ろに居て貰ったルシータとゲン爺に引き合わせた。

 彼女が代官として就くこととなった、と。


 ルシータの隣に堂々と立つ元侯爵の姿に彼らは瞠目する。


「ロ、ロドロア候!?」

「なんだ、わしを知っておったか」


 まあ、大きな行事には出ていたわけだしハインフィードみたく中央から遠い閉じた領地じゃない限りは顔を知っててもおかしくないか。


「な、何故……」と困惑している彼らに嘘を吹き込む。


「想定外のことが起こりあんなことになったけどサンダーツを討つ為の策略だったって事さ。

 サンダーツ伯は国を舐めすぎだ。ルドレールから兵を引き込んでも隠せると思うなんてね」


 実際にはうちの父上が最初に持ってきた情報だけど。

 まあ、それが無くともラキュロス公やシェール侯が情報を掴んできただろう。


 それはさておき、彼らがどれだけ内情を知っているのかを探ろうと放ってみた言葉だが、どうやら何も知らされていない様子。

 だが、彼らも見知らぬ兵がいきなり数百人も入ってきた事くらいは知っていたらしく「そ、そういう事だったのか……」と放心して呟いている者すらいた。


「まあ……そういう訳だの。

 何も知らされておらんかったという事は毒されていない可能性もあるか。

 しかし領主様が約束した事じゃから大幅には覆えさんが、己の待遇は己で掴むのじゃぞ?」


 と、ゲン爺は毅然とした顔だが優しい口調で言った。

 口調は優しいのに、長たるものの姿勢が整っていて威圧感がある。


 そんなゲン爺の声に彼らは「は、はいっ!」と姿勢を正す。


 そうして元ロドロアの手の者たちがサンダーツの使用人たちを引き連れて早速仕事に取り掛かり、僕らは応接間にて腰を落ち着ける。


「舐めさせる、と言っていた割には派手にやったな?」


 義兄上がそう言ってニヤっとした顔をこちらに向ける。


「あれくらいでいいんですよ。追い出すのに下手に出れば調子に乗り過ぎますからね。

 被害が出ない可能性が高いとはいえ、ここを戦場にはしたくありませんから」


 そう。此方に来ているベテランはほんの少数だという事はわからせた。

 衛兵や新兵のお陰で人数はある程度多いが素人が多い、と彼らの目には映ったことだろう。

 そこまでの印象を与えたならば、あとは国やハインフィード、グランデの威光を使って押さえつけるくらいで丁度良い。


「ふっ、どうなることかと思ったが小気味良かったぞ。

 まあ俺でもあれくらいはやるがな」


「そうでしょ? リヒトはね、緩そうに見えてちゃんとやるのよ。

 まあ、やり過ぎて私の出番が無くなるのが玉に瑕だけど……」


 チラリ、と視線をこちらに向けるエメリアーナ。


 はいはい、わかっているよ。

 暴れたいんだろ?


「それはサンダーツに攻め入る時な。

 それよりも先にエメリアーナたちはダンジョン遠征だろ?」

「そ、そうだったわ! ふふ、こっちはどんな感じなのかしらね。楽しみだわ」


 いや、お前が楽しんでどうする。

 取りまとめ役には楽しむ自由はそう無いものなんだぞ?

 そう思いつつも、兵士たちとの関係は良好そうなので黙っておいた。


 そう。意外にも新人たちとの関係が良好なのだ。

 ライアン殿たちの呼び方を真似たのか、お嬢の愛称で親しまれている。

 そのお陰かエメリアーナも当たりが柔らかい。そんな幸せスパイラルが起こっていた。


 確かに、強くて美人で権力もあるという面だけを見れば最強美少女とも言える。

 その面だけを見れば、だが。

 兵士たちの目にはそういう風に映っているみたいだ。

 まあ性根は悪くないからキレ散らかさなければそうなっても不思議はないのか……


「して、こっちは予定通りでよいのか?」


 と、ゲン爺から声を掛けられてこれからの事に思考を巡らすが、現状イレギュラーな事態は起きてないので変える必要はなさそうだと声を返す。


「ええ。今は一先ず領内の掌握と町の安定に尽力して頂きたい。

 周辺領地の南側はグランデとの隣接地が多いですし僕が行けば話は直ぐ通るでしょう。

 北側のサンダーツとコルベールは予定通り無視するので放置します」

「ふむ。他は町とも言い難い小さい領地のみか。そこが騒ぐくらいならどうとでもなるな」


 髭をしゅるりと軽く撫でて余裕な表情で頷くゲン爺。


「流石はゲン爺。お世話になります」とこの忙しい中では大変ありがたいことなのでお礼を告げれば「ほっほっほ、世話になっているのはこちらであろうに」と彼は笑う。


 そんな中、ルシータが思い詰めた表情を見せていた。

 代官という重責で気に病んでいる様子。

 怯えているだけには見えないし気合は入っているのだろうが……

 何にせよ少し不安だ、と彼女にも声を掛ける。


「ルシータ、気を張り過ぎるなよ。領主は僕だ。何かあれば僕が動く。

 キミはゲン爺と共に町の中の事を気にかけてくれれば十分だからな?」

「は、はい! 頑張ります!」


 変わらず張り詰めた表情のルシータの肩を揉み「なに、大したことは無い」と笑顔を向けるゲン爺。


「ロドロアなぞここよりも大きな町が三つもあったのだぞ。

 外の事をリヒト殿がやってくれるなら、ルシータはお勉強会のつもりでも不具合は起きぬ。

 今は安全に経験を積み、ゆっくりと成長すればよいのだ」

「お爺様……わかりました! 勉強させて頂きます!」


 と、漸くいい感じに気合が入った様で不安げな表情は消えていた。


「という事は俺はお前と一緒に領地巡りか?」

「ええと……そう、ですね。義兄上はまだフレシュリア王家在籍でしたっけ?」

「ふふっ……遠慮が無さ過ぎるのに面白くすらあるというのも不思議なものだな」


 と、義兄上は独り言ちってからこちらを向いた。


「ああ、そうだ。まだ俺がフレシュリアの第一王子だ」と笑みを深めるエルネスト殿下。


 流石は義兄上。

 僕がフレシュリア王家の威光を使いたいのだと直ぐにわかってくれた様子。

 と言っても利点があるのは僕たち側だけじゃないけど。

 痩せる前に方々に顔を出しておくくらいが義兄上としても丁度良い。

 

 正直、僕の方も義兄上が居なくとも何の問題も無いのだけど、互いにプラスになるならやっておいた方がいいのだ。

 そんな面持ちでの要望である。


「じゃあ先ずは……難敵の方から行きますか」

「なにっ!? お前が難敵と言うということは相当に手ごわい相手なのか?」


「ええ。元次兄の元嫁の実家です」と、告げたのだが彼は首を傾げている。


 ああ、これはまだ説明していなかったか。

 流石の姉上でも話題には出し難いことだしな。


 と、実の兄の残念具合を再び説明する羽目になった。


「むぅ……リヒトのご両親は優しいから裏目に出たのだな。

 しかし鬼嫁の実家か……それは確かに難敵だ」


 流石の兄上も少し難しそうな顔で唸っている。

 姉上の時も思ったが義兄上は少々女性が苦手のご様子。


 僕としては是非ともその家こそをフレシュリア王家の威光でどうにかして欲しいのだが。

 いや、子爵は優し気でいい人らしいのだけど。


 まあ……うん。シャーロット義姉上の実家じゃなくてよかったと思おう。

 マリアンヌ義姉上なら大丈夫だろう。


 いや、もう義姉上じゃないのか……

 呼び方は大切だ。気を付けないとな。


 そんな面持ちでその話を終わらせ、再びゲン爺と領内の話を詰めていった。




 その翌日、早速先触れを方々に出して貰い、僕らはトルレー領の内政に取り掛かることとなった。

 何も知らせを出さずに領主管轄の衛兵所や役場、孤児院、御用商会などなど色々な所を抜き打ち視察で軽く見て回ってきた。


 正直、あまりいい状態とは言えない。

 ハインフィードの初期とそう変わらない状態だ。


『はいはい、お上には逆らいませんよ』と言いながらも従うつもりは無さそうな態度が多々見受けられた。


 だが、ゲン爺の様子を見るに想定内らしく「まあよくはないが、この程度なら上手く鞭と飴を与えれば何とかなるじゃろ」と溜息を吐きながらも改善の算段を付けていた。


 うん。やっぱりどうしても鞭からになるよね。

 わかる。


 なんて思いつつもお任せした。


 僕の方もレイヒムに手紙を書き、商会の者を寄越して貰う様に頼んでおいた。

 やはり街中の事を事細かに把握するのに商人ほど適任な者はいない。

 レイヒム商会が支店を作ればそれだけでも町の活性化に繋がるし是非とも早期に作って貰いたいものだ。


 ああ、でも新薬の方はこちらでは派手にやらない方がいいな。

 父上の邪魔をしてしまう。

 基本的にはトルレー領内に留めておこう。


 周辺領地への挨拶が終った後はルドレールの動向次第か。

 しかし、溺愛されているというアイリーン王女が半分人質状態になっているのだけど、ルドレールではどんな反応なんだろうな。

 もし、うちと本気でやる気だったのであれば歯噛みしていることだろう。

 そんな状況であれば是非ともざまぁみろと言いに行ってやりたいところだ。


 よし、これでやる事の半分近くはスムーズに片が付きそうだ。

 早くリーエルのところに帰れるように僕も気合を入れなきゃな。


 そう一つ息を吐いて気合を入れて、僕は周辺領地に挨拶回りしに行く準備を整えるのであった。

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2024年5月9日 18:00

豚公爵令息に生まれて国一の醜女に婿入りすることとなったが、僕は彼女と成りあがる。~ふふふ、絶対的な立場を作ってわからせてやろうじゃないか~ オレオ @oreo1

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