第110話 二人がセットになった日
そうしてハリスの案内の元、貧民街のスルーダという者の元へと訪れてみれば何やら人が集まり揉めている様が伺えた。
「お頭ぁ、いくらなんでもそりゃ勝手じゃねぇですか!?
俺たちはこれからどうしろって言うんですか!」
「ああ!? どうしろもこうしろもねぇだろ!!
俺は元々言っていた筈だ! 手を貸すのは騎士団に仕返しするまでだ、ってな!」
「んなこと言ったって、お頭が居なくなったら領軍が攻めてくるかもしれないじゃないですか!」
ああ、なるほどな。
しかし、詰まらん事で揉めておる。要は罪の押し付け合いということか。
「おい、勘違いすんなよ?
俺は元々騎士団が攻め込んでくる状況を作る為にてめぇらに手を貸していたんだろうが。
その時に死んで一矢報いることが俺の目的だ、と伝えてあったはずだが?」
そうスルーダが言うと手下だと思われる者たちは視線を回し合って相談を交わしている。
「なら、俺たちは逃げるからな!」
「好きにしろ。俺は目的さえ果たせりゃ他はどうでもいいからな」
彼がそう返せば手下どもは悪態を吐きながらも散っていった。
ふっ、監視が付いているというのに愚かな事だ。
唯一の生存の道は未精算の功績があるスルーダに口添えを願うことだけだったのだがな。
いや、それも無理筋か。極刑を免れるか否かの瀬戸際になる程度だ。
恐らく義弟ならば『うん。じゃあ減刑して晒し首から服毒刑かな』と言うだろう。
まあそんな事はどうでもいい。
と、俺はエメリアーナと共にスルーダの前に立った。
だがしかし、肝心のエメリアーナが青い顔で震え声を上げられずにいる。
彼もエメリアーナのことは理解している様で、舌打ちをしつつも気まずそうに視線を逸らした。
「ほれ、エメリアーナ」と背中をトンと叩けば張り詰めた顔ながらも前を見た。
「あ、あの……私、ずっと謝りたくて……わ、私の所為で、皆を死なせてごめんなさい!!!」
勢い良く下げられた頭。
エメリアーナの涙の雫がキラリと日の光を反射させた。
「だから……なんでお嬢たちは揃いも揃って俺に頭を下げるんだよ!?
俺は罪人だぞ!? 何があっても引けねぇとお嬢たちを捨てた罪人だ!」
ああ、そういうことか。
それで変な方向性の苛立ちを見せていたのか。
こやつはこやつで負い目を持っていたのだな。
譲れぬ想いによりハインフィード家を選ぶことはできなかった、と。
なるほど。リーエル嬢だけならまだしも義弟までが甘い決定を下す訳だ。
「スルーダ殿、こやつは騎士団を心の底から家族と見ておる。
自らの行いにて家族が死ぬことになってしまったことを心底悔いておるのだ」
「あの日は確かにやんちゃして付いてくることにはなったが……あれは道中でちゃんと話し合って連れて行くと決まったからだぞ?」
そう彼が返すとエメリアーナはバッと顔を上げ「えっ……」と目を見開いた。
「あの時はまだ誰も竜が居るなんて思ってなかったんだよ。竜さえ居なければ半数も要らないくらい余裕なんだ。だが、それでも遊びじゃねぇことは見りゃわかる。それをやんちゃなお嬢に見せて知っていって貰おうと連れて行く事に決まったんだ。
エメリアのお嬢に武の才がある事は誰もが認めていたことだからな。リスクはあっても意味はあると納得してのことだ。
やんちゃだからこそ早いうちから自分にゃまだ無理だって事をわからせた方がいいってな」
「だから、お嬢が俺に頭を下げるなんざ、見当違いなことなんだよ」とスルーダは呆れ顔で言う。
「じゃ、じゃあ……許してくれるの?」
「だからぁ!! 最初から見当違いなんだって言ってんだろ!?」
「だって、私が付いていった所為で皆が……お父様まで……」と、エメリアーナがそう言った瞬間、スルーダが彼女の胸倉を掴んだ。
「馬鹿にするなよ……御屋形様も俺たちもお嬢一人居た程度でどうこうなるほどやわじゃねぇ。
お嬢が居ようが居まいがあの結果に変わりはなかった!」
「それほどの地獄だっただろうが……」と苦い顔で告げると「うん……」とエメリアーナが力なく声を返し彼は手を離した。
その後、どちらも何も言わず沈黙が訪れた。
しかし歪な光景だ。
罪人が声を荒げ裁く側が泣いている。
だというのに、その光景に不快感が無い。
本当はいかんのだが、エメリアーナの心のつっかえを取る為の言葉とわかるが故に弁えろとも言い難い。
しかしこのままでは話が進まんな、と俺の方から声を上げる。
「で、あろうな……私も先日フレシュリアで竜と対峙した。あれは本当に洒落にならん。
うちの精鋭であった兵士が戦えぬ一般人の様に殺されていったほどだ」
そう返せば、彼は目を見開いてこちらに強い視線を向けた。
「フレシュリアにも出やがったのか!? どこだ!! 竜は今どこに居る!!」
と、彼は獰猛な顔を見せ声を荒げる。
「む、聞いておらぬのか。義弟、リヒト・グランデが単独で討ち取ったと」
「はっ!! んな訳ねぇだろ!?
あれがあんなガキにやれる訳がねぇだろが!!
他のまがい物と竜を一緒にすんじゃねぇ!!」
その言葉には流石に俺もムッときて姿勢を正し声を返した。
「……そういえば自己紹介もまだであったな。
俺はフレシュリア国、元第一王子エルネストと言う。
その俺がうちの精鋭と言うということはフレシュリア国の最精鋭の兵士である。
その英雄たちが紙切れの様に散らされたのだ……あれをまがい物とは言わせぬぞ」
と、強い視線を返せば「な、に……」と目を見張ったスルーダはエメリアーナに真偽を問う。
「私は見てないけど、リヒトもエルネストも家族にそんな嘘を吐く奴じゃないわ。
国でも称えられたみたいだから間違いないわ」
「マ、マジかよ……」と、放心気味に言うスルーダに「武の技量でではないぞ。魔法の力にてだ」と告げると「いや、それでも普通に無理だろ……」と嘆くように言う。
「その無理を押し通したからその場に居た俺もリーエル嬢も生きておる」
「リーエルのお嬢も居たのか!? ……そりゃ、マジだな。お嬢は妹にそんな嘘吐かねぇ」
ふっ、貧民街の悪の親玉と聞いていたが、話してみれば普通の男じゃないか。
なるほど。そんな男が英雄的力を持っているのならばそれは手元に置きたくなるわな。
どれ、じゃあ俺も協力するとしよう。
「時にスルーダ殿、自身が罪人だという自覚があると申していたが、罪の償い方というのは色々とある。一生騎士団に身を置き、領地防衛に付かされる、とかな」
「あ”あ”!? てめぇ、今更俺に騎士団に戻れと言いやがるのか!?
あいつらの下に付くなんざ死んでもごめんだ!」
「第二騎士団、団長のエメリアーナを支えるのでも、か?」
「第二騎士団、だと……?」と、彼は目を見開き、驚きを見せた。
なるほど。つい最近立ち上げたのだったな。
ここの騎士団は表に出ぬそうだから知らずとも不思議はないか。
「うむ。今は騎士団を二つに分けていてな。新規の兵たちだけで構成されたのが第二騎士団よ。
くっきりと分かれている以上は功の取り合いもできよう。
エメリアーナが団長であるが故、指揮権もほぼこやつにある。
意趣返しもできると思えばそう悪いポジションではないと思うが?」
まあ使う側にとっては面倒なことだが、このような強者が野放しになっているよりは余程いい。昨日の話を聞くに、首を切るつもりは無いだろうからな。
「そりゃ、亡き御屋形様の為にもお嬢を支えるってんなら確かに悪くはねぇ話だが……
今更無理だろ。領地防衛を担う騎士団に真っ向から喧嘩を売ったんだぞ。
当然、敵としてあいつらをぶん殴る事ができりゃ死刑を受け入れるつもりでの事だ。
領主であってもそこまで法を曲げちゃなんねぇもんだろ?」
敵となり殴りつけ、罵倒しながら死んでやる事を報復とした、とスルーダは言う。
全く、ハインフィード騎士団の連中は。
揃いも揃って純粋と言えばいいのか子供と言えばいいのか……
それは相手が優しい人物でなければ報復として成り立たん話ではないか。
まあ、その前提すらずれておるのだが……
「誰が曲げると申した。功績による労いの仕方の話をしておる。
罪状に恩赦を下し、防衛を担う事で相殺するとな。
当然情や酔狂での提案ではない。こちらもエメリアーナの事を支えられる人材が欲しいのだ。
今、第二騎士団はこやつの武力のみで成り立っておる。
新兵たちはまだハンターに毛が生えた程度。
墓守の仕事があるというのにそんな状況下には置いておけんだろう?」
そう伝えれば、彼はことの重要性を理解した様だ。
スタンピード以前から次代の騎士団の育成が全く行われてこなかった事を思い出したようで深刻な顔を見せた。
「死ぬつもりだったから後の事なんざ考えちゃいなかったが、確かにそうなるのか……
金がねぇからと長らく増員を止めてたが俺の時はそれでもまだ数が居た。
だがそうか。今は先を考えれば領地がヤバいほどの状態なのか……」
「うむ。第一騎士団が居なくなったら詰む可能性が高いな。まあ義弟が居るので何とかしそうではあるが流石に一人ではな……」
一人、と言った瞬間、エメリアーナに私は、と言わんばかりに睨まれたが口は挟まぬ様子。
うむ。今は勧誘の時。少々気に入らずとも黙っておるのだ。
兵として機能させられるのであれば是非とも欲しい力であろうからな。
「であれば、領主の務めとしておぬしの力を望むのは必然であろう?」
どうだ、とスルーダの顔を伺えば「第一騎士団は無視でいいんだよな? 俺はお嬢の言うことしか聞かねぇぞ?」と疑問を投げる。
「そのお嬢にリーエル嬢も入っているならば何の問題もなかろうよ」
そう伝えると彼はニヤリと笑った。
鍛えに鍛えてあいつ等の功績を全て奪ってやる、と。
悪い顔をしているが、貴族の闇を見てきた俺にとってはちゃんと鍛えて実力でと言うスルーダの考えには好感さえ持てる。
「いいだろう! やってやる!」と息巻くスルーダ。
「ほ、本当っ!? 本当に戻ってきてくれるのっ!?」
と、涙目で彼の裾を引くエメリアーナの頭を撫で「任せろ! 第二騎士団で第一騎士団の功績を全て喰らうぞ! 絶対に勝つからな!」と宣言を行うとエメリアーナの瞳も輝いた。
「も、元より負けるつもりはないわ!」
「おう、その意気だ! んじゃ、俺はダンジョンに行ってくるからよ」
「えっ、じゃあ私も行く! 強くなりたいもの!」
「あん、俺には決闘が……いや、事情を知った以上はもうお嬢の方が優先か。
おし、もうガキじゃないってんなら自分の事は全部自分でやんだぞ?」
「当然よ! 物資から何から全部自分で揃えて見せるわ!」
お互い軽いノリに変わり何故かそのままダンジョンに行こうとする二人。
俺も割と突発的に動く方だが、彼らのあまりの自由さに苦笑させられた。
「馬鹿者、お前は仕事を終わらせてからだ。家の仕事を頼まれているだろうが」
「むぅぅ……でも、今はスルーダと行きたいわ。今までの研鑽を見て貰いたいもの……」
「おいお嬢、やることあんなら後でもいいだろ。
お嬢の下に付くならこれから毎日顔を合わせていくことになるんだ」
「そ、そっか……そうよね!」と元気を取り戻し納得を見せた彼女。
ほう。引かぬかと思ったが、言い方を考えれば素直なものだな。
なるほど。こうした人材が欲しくて義弟は俺にエメリアーナを押し付けようとしたのか。
全く、当人を成長させる方向性でいけば良いものを。
これほど真っ直ぐで素直な女性などそう居らんというのに。
方向を示すだけなのだから簡単であろう。
このままでは自由に羽ばたけぬエメリアーナが可哀そうではないか……
まあ、それはこれから俺がやっていけばいいこと。こやつとなら苦も無くやれそうだしな。
そうしてハインフィード家の屋敷に行けば何故か義弟に呆れられた。
何をやっているんですか、とこちらに冷めた目を向けている。
おい、義弟よ。何故呆れる……
俺はお前の仕事を代わってやっておるのだぞ!?
そうして憤りを見せれば義弟は言った。
「義兄上、こうした事は事前に話を通して行うものです。
危険が全くない訳じゃないんですよ。僕だって心配くらいするんですからね?」
む、そう言われると返す言葉が無い。
そう思っているとエメリアーナが声を上げた。
「待って! エルネストは悪くないの! 私がどうしてもって頼んだのっ!」
「ほう。じゃあキミが罰を受けるという事でいいんだな?」
「……な、何をさせる気?」と、ビクビクした様を見せるエメリアーナ。
「なに、簡単な話だよ。けど、それは僕からじゃなくてリーエルから伝えて貰おうか。
リーエルもとても心配していたからね」
「なんだ。もう決まっておるなら勿体ぶらなくてもよかろう?」
「いえいえ、僕から言うと怒らちゃうんで。私の仕事です、と」
むぅ?
そう言うのだから権限の話だろうが……
リーエル嬢がそんな事を言うか?
そう疑問に思いながらもリーエル嬢に戻った事を伝えに行き、何か話があると聞いたがと問いかけを行えば何故か俺主導でエメリアーナに気品を持たせる訓練を行って欲しいと言い出した。
「とても大変なことでしょうがどうか宜しくお願い致します」と本気で頭を下げるリーエル嬢。
「ふむ、気品か……しかしエメリアーナであれば簡単であろうに。
少し口調を整え澄ましているだけでいいのだからな」
確かにこやつは荒々しいが何でも暴力と取られるのは若くして強くなりすぎた弊害もあろう。
俺も何度も時を共にしたが、こやつが暴力を振るったところなどまだ見た事がないからな。
武芸を収めるだけあって姿勢は元々綺麗なものだ。
であれば身形を正し、口調を整えればそれなりに見えるもの。
「えっ……いえ、そんな筈は……」と驚くリーエル嬢に「ちょっとお姉様っ!?」と噛み付くエメリアーナ。
「いえ、違うのよ!? 畑が違うから大変な筈だと思っただけで!」
「ふーん……いいわ。そんなにできないと思ってるならお姉様を見返してあげる!
私はエルネストが居れば負けないんだからっ!」
「ま、まぁ……!」と何やらとても喜んだ様子のリーエル嬢。
また面倒な事を言い出しそうだ、と俺は撤退の準備に入る。
「では、スルーダ殿の事はこの方向性で話が着いたということでいいのだな?」
「ええ。良き形に収めてくださり本当にありがとうございます。
これで、漸く心を落ち着ける事ができますわ……」
と、彼女も気にしていた様で心底安堵した様子を見せていた。
ならば今の内だ、行くぞとエメリアーナの手を引き早期の撤退に勤しんだが、部屋を出た瞬間、声が聴こえた。
『マーサ!? い、今の見ましたか!?』
『ええ、しっかりと。王子様がもう俺のだと言わんばかりの手をお取りになって!』
『きゃぁ~~』
うっさいわ!!!
当然隣に居たエメリアーナにも聴こえていた為、彼女まで挙動不審になってしまった。
一体どうしてくれる、と思いつつもできるだけ早くこの場を離れたいとそのまま手を引いて場所を俺の屋敷へと移した。
こうして、俺とエメリアーナの鍛え合いが始まった。
彼女からは武力を。
俺からは貴族としての振る舞いを。
遠征に出たりレッスンを行ったりとそうした日々を過ごしている内に義弟は領内の調整を終わらせていて、闘技場にて行われる大会を見届けてから皇都へ向かうという段階まで漕ぎつけていた。
やはり義弟もリーエル嬢も恐ろしいほど優秀だな。
一般政務外の仕事を根こそぎ片づけたと言うのだから。
当然、貧民街のゴロツキの事も含まれている。
スルーダ殿とは袂が分かたれたと話した瞬間、ニヤリと笑いそれはよかったと呟いていたので後にハリスに調べさせれば次の日には片が付いていたそうだ。
一斉検挙により凄い人数の逮捕者が出たそうだ。
動いている事業関係の調整と同時に新しく立ち上げも行い、世界各地に設立させた教会への通達も入れさせていた。
『教会の力を削ぐ準備が整った。新宗派としての看板を大々的に掲げよ』と。
事の本題だった俺が作った新薬を生成する魔道具も試験運用としてハインフィードとトルレーにて試験運用を始めている。
一体いくつ股にかけて進めるつもりだ?
それは大変なのは俺だけじゃないと言われる訳だ。
俺も負けてられんな。
だがしかし、先ずは足固めからだ。
土台がしっかりしてないと転んでしまうからな。
と、エメリアーナと二人、これからは貴族として二人で表に出て行けるようにと訓練を始めた。
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