第56話 サンダーツの後ろ盾


 サンダーツ伯爵家の屋敷。

 その客室にて、伯爵はルドレールの者との会談を行っていた。 


 客はつい最近訪れた大物中の大物。

 トルレーから追い出され戻ってきた代官たちから事情を聞いて一先ずはと兵を境界線まで派兵した直後の訪問であった。

 ロドロアの元侯爵の予想では激昂してとのことだったが、今の伯爵は見るからに青ざめながら目の前の大物と膝を付き合わせていた。


「なるほど、なるほど。アステラータはトルレーの奪還に動いたか。

 事を構えると決めたのであればそうなるか。しかし、思ったよりも動きが早いな」


 昨今のアステラータはもっとのんびりしていると思っていたのだけど、とサンダーツ家の客室にて若い男が陽気に言う。


「わ、笑いごとではありませんぞ! 本当に大丈夫なのでしょうな!?

 今回も失敗されてはもう後が無いのですぞ?」


 若い男の緩い表情にサンダーツ伯が苛立つ様で声を掛けると、男は困った顔を見せた。


「わかっている。この国の近衛程度ならうちの戦力でいけると思ったんだがな。

 まさか葬儀の最中に墓守の英雄が出張ってきているなんて思わないじゃないか」

「だから! 今回はそのハインフィードなのだと言っている! 再び失敗されては困るのだ!」


 サンダーツ伯の荒ぶる声に「はぁ……キミはもう少し思慮深くなろうか」と彼は嘆息した。


「私はこのまま帰っても何も痛くないのだ。渦中に居るのは伯爵だ。

 私を乗せる為の物言いが先ほどの言葉なら壊滅的にセンスが無いとしか言いようがないぞ」


「うぐっ……し、失礼いたした……」と、浮かせていた腰を落とし頭を下げるサンダーツ伯だが、それでも不安は拭えず「しかし王子殿下……本当に聖騎士は動くのですか?」と再び問いかけた。


「何を言っている……もうサンダーツ軍の内部に潜ませてあるだろうに。

 もしかして全く気が付いていなかったのか?」


 ある程度見張っていれば気付けたと思うが、と彼が首を傾げるとサンダーツ伯は驚愕した表情へと変わる。


「で、ですが、ロドロアでは……」


 そう。サンダーツ伯は優秀な兵、百人程度を手元に残し、他の下っ端の兵とルドレールから来た兵を全てロドロア戦へ投入していた。

 攻め入ったばかりで領内の兵を空にすることは出来ず、ルドレールの兵に期待しての事だったが、結果は惨敗もいいところ。


 そんな戦力ではハインフィード軍には意味が無いのでは、と疑問を投げた。


「ああ、伯爵は聖騎士が負けたと思っているのか。

 違う。戦わずに情報を持ち帰る様にと私がお願いしていたのだ。

 あそこでの活躍は落とした後を考えると何の意味もないからな。

 ただ、ロドロアの悪魔は彼らにとっても難敵だそうだが……」


 そう。サンダーツ軍は壊滅はしたが全滅はしていない。

 生き残った百近い兵が散り散りに逃げた、と国軍には捉えられている。

 その事実に散々恥を掻いたサンダーツ伯は歯噛みするが、先ほど言動の事で釘を刺されているので言い返すことができず口を噤んだ。


「それよりも問題はアイリーンだよ。助けてあげたいけど、どうしようかなぁ……」

「で、殿下は此度の戦いには勝てるお考えで?」

「ああ。勝てると思っている。聖騎士はな、強い上に簡単に死兵になるのだ。

 教会の為に戦って死ねば神のみ元へと行けると信じているからな。

 あの強さの者が捨て身で特攻してきたら多少の強者程度では止められない」


 そう言った後「あの時は普通なら有り得ない戦い方に度肝を抜かれたな」と彼は思い出に耽る。


 サンダーツ伯は報告にあった『ハインフィード軍は新兵ばかりでした』という言葉を思い出し、それならば間違いは起こらないだろうと気持ちを落ち着けた。


「しかし、何故教会が手を貸してくれることになったのですか?」


 いざ落ち着いてみると、戦場に聖騎士を出してまで助力している事に違和感を感じた様で教会の思惑を尋ねるサンダーツ伯。


「そこにも気が付いていないのか。察しが悪いな……回復魔法は教会の専売特許だぞ。

 異常に回復力が高い薬品を売り出されては教会も堪らないだろう?

 とは言え、最初からその情報があった訳じゃない。

 最初は私が昔取った杵柄から少数に助力を請う形だったのだが、今では向こうの方が積極的なものだ。まさか丁度良く教会を焚きつける薪をくべてくれるなんてな。

 これは、リヒト子爵という男には感謝をしなければいけないか?」


 その声にサンダーツ伯はハッとし、笑みを深めた。

 それであれば教会は間違いなく本腰を上げる。

 であれば尚更こちら側に居るのは間違いではなかった、と。


「まあここで伯爵の軍が負けたとしてもハインフィード軍は引き返す可能性が高い。

 先日、皇帝が国の規律を乱す者には罰をと上位貴族たちに釘を刺したところだ。

 いくら皇帝側とはいえ……いや皇帝側だからこそ意に反する訳にはいかないだろう」


 サンダーツ伯はその言葉は聞いていない。

 自分がその上位貴族の枠に入っていない事に苛立ちを覚えているが、安全度がより高いと知れた。

 それに加え自分以外にも内部にパイプがある事に気が付きリラックスした様子を見せた。


「さて、そろそろ頃合いかな。お手並み拝見といこうか」と、ニコニコと笑う王子。


「殿下、事が成った暁には……」

「うん。約束通り領地を一つ与えて役職も付けるよ。

 伯爵のままトルレーが名実ともにキミのものになる形になるだろう。

 流石にその程度の功績じゃ侯爵にはできないからな。

 まあそれも私が王位に就けたらの話だけどねぇ。その助力はこれからもしてもらうぞ」


「ええ、勿論ですとも」と、サンダーツ伯は今日の会談では初めての深い笑みを見せた。


「じゃあ、見に行こうか。丁度丘がある。此処からなら安全に見学できるだろう?」


 と、彼はニヤリと笑い腰を上げた。


「よ、よろしいのですか。王子自らが出陣など……」と困惑を見せるサンダーツ伯だが、彼は一顧だにせず己の付き人へと準備を命ずる。


 それに続く様に伯も使用人に命じ即座に出立することが決まった。





 現地に着いた二人は丘の上から自軍であるサンダーツ軍を見降ろした。

 相手方からも見えるであろう関所に近い所にある丘である。


「やはり丁度良い頃合いだったな。まあここまでぴったりだとは思っていなかったが」


 と、眼下に広がる光景を見て王子は独り言ちる。


 今、丁度遠目にハインフィード軍であろう軍がこちらに移動している様が見えたところ。

 だが、それはまだ領地の境の向こう側。

 外壁にて隔たれている為に即座に開戦とはならない状況だ。


「あちらは新兵ばかりと聞きます。長らく睨み合いが続くのでは?」と、伯爵は疑問を投げた。


「いや、前回即座に対応して見せた者が関わっているのであれば睨み合いは無いだろう。

 うちと戦争をすると決めたのであればこの周辺を綺麗にするのは急務だからな」


 そう。この辺りが不安定では戦時に支障をきたす恐れが高い。

 少なくともトルレーは安泰だという状態を早期に作りたいだろうから時間を無駄に消費する訳にはいかないと考える筈だ、と王子は言葉を続けた。


「なるほど。しかしあやつらは皇帝の言によりうちには攻め入れない。

 これは下手を打ったものですなぁ」


 そう言って笑うサンダーツ伯に王子は嘆息する。

 可能性が高いというだけなのだけどな、と。


 だが、下手を打ったというのも事実。

 本来、他国の影に気が付いたのであれば周辺の貴族たちが何を言おうがサンダーツを逆賊として即座に落とし、正常化させることこそが皇帝の仕事だったのだ。

 説明など終わらせた後にゆっくりすればいい。


 そうして話していると、閉じられた関所の方から突如爆発音が響いた。


 煙が上がりよく見えない状態だが、それがトルレー側からの攻撃な事は一目瞭然。

 サンダーツ伯は愕然とし、王子は「ほぅ……随分と過激だな」と呟く。


 数十秒の時を経て砂煙が晴れたが、破壊された関所は見えるというのに敵兵の姿が無かった。


 それを見て「な、何故誰もおらん! ハインフィード軍は何処へ行ったのだ!!」と、声を荒げる伯爵。


 王子は「遠見の魔具を」と傍付きに命じて筒状の魔道具を覗き込むと彼は目を見開いて固まった。


 放心したままに「な、なんと美しい……」と呟く王子。


「ど、どうなされたので?」とサンダーツ伯が問いかけるが言葉を返す様子は無い。


 しばらくした後、彼は「おい、丘を降りるぞ。現地へと赴く」と供の者たちへと告げる。


 臣下たちは「さ、流石に危険すぎます。此処までが限界かと……」と苦言を呈すが「一刻を争うのだ。急げ!」と初めて声を荒げ慌てた様子を見せる王子に致し方なしに付き従う。


 そんな問答があったものの迅速な移動が行われ、とうとう戦場である丘下の平原へと歩を踏み入れた王子一行。


 そして、彼は到着早々に駆け出し、声を張り上げた。


「双方、矛を収めよ!

 私はルドレール第三王子、ルーゼス・ラ・ルドレールだ。

 そちらの騎士に話がある!」


 そう言って向いた指の先にはまだ年端もいかぬ少女の姿があった。

 そのまだあどけない年齢だと思われる少女だが、戦での高揚からか年にそぐわぬ妖艶な表情をしていた。

 そんな彼女の表情に頬を染め爛々とした視線を向ける王子。


「ルドレールの王子……ふーん、大将首が自らやってきたってことね。

 いいじゃない。相手になってあげる」

「ま、待て! 戦いに来たのではない! どうしても言わねばならぬ事があってきたのだ!」


 と、手で制止しながらも彼は真っ直ぐに少女を見据え声を張り上げた。


「お前が欲しい! 好待遇で迎えると約束する! 私のものになれ!」

「は……? あんた、頭大丈夫? ぶっ殺していい?」


 そう返したものの呆気に取られ過ぎて動きを止めている少女。

 その間に少し後ろの方に居た若い男が前に出て間に入った。


「どういうつもりかは知らないが、僕の義妹になる者を口説くのはせめて立ち位置をはっきりしてからにしてくれないかな……

 うちに画策に来た者が言っていいことではないと思うけど?」


 そう言いながらも彼は目配せを行い、後ろに控えていた老兵たちが前に出た。

 そして王子一行へと向けて口を開く。


「流石に見逃して上げる程お人よしではないからね。捕えさせてもらうよ」


 そう言って彼はハインフィード軍へと呼びかける。


「みなさん、面倒だとは思いますがこちら側の者は殺さない様にお願いしますね。

 王子の捕縛は政治的に良いカードになりますので」


 そう言った時にはもう既に王子は囲まれ、傍付きとの戦いが始まる。


「くっ、交戦の意思はないと言っているだろうが!」

「あんた、馬鹿じゃないの。そんなふざけた道理が通じるとでも思ってるの?」


 そう言って少女の剣戟が王子に振り下ろされる。

 王子はギリギリの所で剣で受けたものの、圧倒的な膂力差にそのまま押され肩まで刃が下ろされた。

 王子の肩口から血が滲む。


「今一度言う! お前に惚れた! 私の妻になれ!」

「だ・か・ら! 死んでもお断りよっ!!

 ああ、もうっ! ホント気持ち悪い! なんでこいつ殺しちゃダメなの!?」


 そのまま切り裂く事も可能のようだが、殺すなという言葉を守り少女は王子を蹴り飛ばして転がした。


 その様を見たサンダーツ伯が焦り声を荒げる。


「な、何をやっておるのだ! 聖騎士共! さっさと王子をお助けしろ!!」


 王子が降りてくる前に砂煙の中、怒涛の攻勢に遭っていて足が止まっていたサンダーツ軍。

 だが、伯爵の声に再び動き出す。


「ば、馬鹿者! 何故、潜伏させたと思っている!」


 教会の聖騎士が入ってきている事は帝国の者はまだ知らなかった事。

 もし裏取引でもされて教会が手を引いたら一気にルドレールは劣勢に陥る。

 教会が説得に動いたからこそルドレール王は交戦を決めたのだ。


 そんな事情を察することもできずに声を上げた伯爵に苛立つ王子。


「そんな事を言っている場合ですか! 貴方の勝手でこんな状況になっているのですよ!?」


 そう声を上げたのは伯爵ではなく王子の傍付き。

 彼らも老兵によって軽く転がされ、王子が転がった場所に転がしながら集められていた。


 いつもの様に何か策があるのだと信じて降りてきたものの、ただ少女に懸想しただけにしか見えない状況に苛立ち声を荒げた。


「くっ……わかった。此処は引こう」

「引かせてくれるわけがないでしょう! どうするんですかこれ!」


 少し手を合わせただけでわかる圧倒的強者。

 相手はたった三人だけ。倍の人数が居るというのに一つも退路を作り出せる気がしない。


「想定外な強さだが人質にするつもりなら問題は無い。

 人数差を考えろ。もう聖騎士が動いている。すぐにひっくり返るわ」


 そう。ハインフィード軍は僅か七名しか関所の門を超えていない。

 老兵五人に若い男一人。そして少女一名である。


 サンダーツ軍の方は減ってはいるもののまだ百名以上は健在である。

 どんなに強者でもたった七名でその百を止めながら足止めもするのは不可能である、と王子は豪語する。

 そしてそれは実際に事実となった。

 英雄であるハインフィード軍の老兵もそれだけの数が相手では包囲までは手が回らない。

 少女も軍の方へと向かい、若い男も魔法をそちらへと向けて撃っていた。


 その時、魔法により拡張された音声が辺り一帯に響いた。


『あ~、新兵たち! もう入ってきていいよ!

 無理に交戦する必要は無いから包囲足止めを頼む!』


 若い男が器用にも攻撃魔法を撃ちながらも拡声魔法を起動したのである。

 声が響くと、関所の門から兵士たちが雪崩れ込んできた。

 

 そうして人数差が覆り趨勢が決したと思われたが、新兵たちはサンダーツ軍の方へと向かってしまう。

 それに慌てて老兵が声を上げる。


「こっちは我らで十分よ! あっちをお嬢と共に収集をつけてこい!」


 その声に従い少女と新兵たちが踵を返すが、その頃には王子たちの包囲脱出は既に成ってしまっていた。


「あっ! 待ちなさい! 逃げてんじゃないわよ!!」と、駆け出す少女に「おいぃ! 一人で深追いすんな!」と追いかける若い男。


 後ろを新兵たちも続くが、速度が違い過ぎてどんどんおいて行かれてしまう。


「まあ確かに無理してでも捕えるべく相手なのだし、仕方ないか」


 若い男はそう独り言ちりながらも少女の後を体から蒸気を吹き出しながらも追いかけていった。






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 本編中失礼いたします。

 今現在、推敲してみて面白いと思えなかった為に書き直しを行っているので投降が遅れてしまっています。

 多少迷走もしてもいるのでどれくらいの頻度でとは言えないところなのですがゆっくり上げていく形になると思われます。

 楽しんで読んで下さっている方々には長らくお待たせしてしまう事をお許し下さい。







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