第89話 次の暗躍に向けて
「辺境伯! ハインフィード騎士団は無事なのか!?」
と、ルセントに戻って腰を落ち着けて早々にやってきたのはサイレス侯。
毒を盛られた話を聞いて驚いて確認にきたのだろう。
一応、書面で無事だと伝えてはあるが、サイレス候にとっては問題無く戦に出れるのかこそが重要だからな。
「ええ。リヒト様のお陰でもう万全です」
「報告通りですよ。つけを支払わせると息巻いておりました」
「そ、そうか。それはよかった。
しかし、モエールが燃えるとは……いや駄洒落ではなくてな?」
そう言って咳払いをするサイレス候とそれを見て苦笑するリーエル。
ああ、モエールだから燃やそうってなったのかな?
そこまで馬鹿じゃないか……いや、第二王子レベルならあるいは。
「僕も驚きました……着いた時にはもう火の手が上がっていたのですからね」
「しかし毒まで使うか……これは落としたとなっても気を抜けんな」
「そうですね。早期に完全敗北をさせ、ルドレールの国中に知らしめねば何をされるかわかったものではありません。
ですが、どういうスタンスで帝国に染めていくかによって動き方も変わりますよね?」
そう。他国の介入さえ無ければ戦力上はもう大きくこちらに傾いている。
ここからは相手の心を折る戦いと見ていい。
外に勝利を知らしめるのは簡単だが、ルドレール国内で帝国の統治を認めさせるのは大変だ。
僕だって仮に帝国が負けても好条件でなければ降らずハインフィードでの独立を決め込むだろう。
まあそれは力があるからこそだが、無くて従わざるを得なくとも認められない気持ちは変わらない。
だから敵わないと知らしめた後は反抗勢力で過激派と呼ばれる所謂、実行部隊の心を折る事こそが重要となる。
何故ならまだ味方が戦っている、という姿を見せられれば大多数が負けを認めないからだ。
心を折り帝国の統治のまま動けぬ状態を続けさせればゆっくりとだが多数の人間が帝国に染まっていくだろうがそこまでが大変だ。
「うむ。そこら辺も陛下にお伺いせねばならぬな」
「そうですね……到着待ちになるのでしょうし、まだ暫くはこちらで待機ですか?」
「ああ。グランデ公からはもう知らせを受けている。
もう公は戻っている途中であろうから一月は待たんだろうがな」
聞けば父上の方も抵抗なく明け渡されたそうだ。
まああちらは毒も焼き討ちもなかったそうだが。
「思いの外兵が集まらず、せめてルセントだけは死守するという方向だったのでしょうね」
と、リーエルが言えば僕もサイレス候もそれに頷く。
うん。ムルグがマテイの軍事演習を無視しないでよかった。
その上でシーラン一派にもそっぽを向かれたら集まる訳が無い。
「しかし、それでなぜあの第二王子を下げなかったのかには疑問しかないが……」
「あれが味方側に居たら物凄いハンデですものね……」
あんなのに主導権握らせちゃ勝てるものも勝てないよ。
僕なら上手く誘導して勝手な動きをさせつつ魔法の誤射で焼き殺してるね。
あれほどの外道ならば政敵以外は皆味方してくれるだろうから実現の範囲内だし。
「それでも下げられぬほどに力を持っていたのだろうか。
もしそうするしかないくらいに持ち上げられていたとなるとハーケンがどう出てくるか……」
ああ、ハーケンね。
一応今現在一番広い国土を持ち、国力も一番高いと言われている大国中の大国か。
絶対に黙っていないよなぁ……
だってルドレール全土を飲み込めばアステラータ帝国が世界一の国土を誇る事になるのだもの。どうにかして蹴落とさなければ覇権を失いかねない。
けど、何を言ってきても流石に今回の件では正当性が無いからうちも突っ撥ねるしかない。
となればやっぱり……また面倒ごとになりそうだな。
世界大戦みたいになられてもやってられないのだけど……
ああ、それなら新薬の件とセットで同盟を組む方向がいいな。
うん。良い抑止力になりそうだ。
お互いに約定で縛り合えばうちが勝ちすぎると思われてしまう懸念が薄れるしな。
その線で陛下に聞いてみよう。
その方向で守りを固めるのが一番楽だしな。
「そう言えばフランツ殿はまだ居るようだが、もう約定は果たしたのだから領地に返すのだよな?」
「はい。フランツ殿は領地にて陣頭指揮を取る必要があるので帰るとのことです。
できれば側近を残しこちら側に付いている事を周知させてほしいと申しておりましたが……」
どうしましょうか、とサイレス候の顔を伺う。
「むぅ、陛下がいらっしゃるとなるとそれはよろしくないな。
私ももう彼らを信じてはいるが配慮が無いと言われてしまう。
シーラン家には論功行賞にて参戦したことをしかと報じて貰うと伝え帰らせてくれ」
まあ、そうなるよね。
陛下が来るとなれば敵の狙いの本丸だ。所在を知らせる様な事はしてはならない。
だからただ帰れと言うしかないのだけど、信じてないと正面から伝えるみたいで少々気が重いな。
いや、言い方次第か。
役割の全うに全力をと伝えればいい。
「わかりました。ではその様に」
「うむ。よろしく頼む」
それから今後の日程の打ち合わせを軽く行いサイレス候は部屋を後にした。
サイレス候を見送り、部屋に戻れば「ふぅぅ……」と息を吐くリーエル。
「どうしたの。深く息なんて吐いて……」
陛下ならまだしも相手はサイレス候。
リーエルと立場上は同格の相手。
それほど緊張しなくても、と疑問の声を投げた。
「いえ、失態直後なのでお叱りを受けるかもしれないと思っておりましたので……」
「あはは、サイレス候がリーエルを叱る? 無い無い!
次はできるだけ気を付けて欲しい、と丁重にお願いするのがやっとだと思うよ?」
そう。英雄の墓守を務めるハインフィード家の当主なのだ。
そしてその力はこの戦争にてやり過ぎな程に見せている。
陛下ですら怒らせたらヤバイ人物の筆頭だと思っていることだろう。
そんな話をすればきょとんとした顔をこちらに向けるリーエル。
「それは、リヒト様に遠慮してではないのですか?」と。
「うん、違うよ。ハインフィード家の決定権はキミにあるんだ。
僕はキミの信を得てキミの力を使わせて貰っているに過ぎない。
その僕も婿入りすればキミが自由に使える力ということになる。
そしてそれは皆が理解していること。ここまで言えばわかるね?」
彼女は僕を自由に使えると言った瞬間目を見張った。
「え、うちの軍だけじゃなくリヒト様もわたくしの力……
それ、もう無敵じゃありません?」
「いや、うん。盤石だよね。
武力に突き抜けていたところにグランデの政治力も入る訳だから」
そんな相手に上から言えるのは陛下くらいだよ、と告げれば彼女は困った顔を見せた。
「リヒト様のお力を笠に着るのは流石に卑怯では……そんなの誰も勝てません」と。
「いやいや、そうではなくてね。心構えとして知っておいて欲しいだけでね?」
「わかりました。では頼らせて頂きますわね、あ・な・た♡」
そう言って体を預けようとするリーエルを受け止めようと思っていたらノックの音が響き至福の時は中断させられた。
「……入れ」と、無視する訳にもいかず端的に言葉を返せばエメリアーナとライアン殿がフランツ殿とリックスを連れて入室してきた。
「帰る前に挨拶をしたいって言うから連れて来たんだけど……もしかして機嫌悪い?」
「いや、そんな事はないよ」と返せばリーエルが困った風に笑い「ああ、いつもの……」とエメリアーナが納得を見せた。
「まあ、非公式の場だ。気にせず寛いでくれ」
そう告げればルンがお茶の準備をしてくれて対面の席で顔を突き合わせることとなった。
そこでサイレス候から聞いた話の情報共有を行う。
勿論陛下がいらっしゃることは伏せているが。
「そんな訳でサイレス候も好意的だったから安心していいよ」
「それはよかった……では、このままリックスたちを置いていくのでお役立てください」
「ああ、それなんだけど……」と、予定通り約定を果たす方に全力を尽くして欲しいことを伝えた。
「僕も教会を何とかする方に注力しているくらいで手は足りているんだ。
そういった状況下だと理由がね?」
「な、なるほど。
ではお力になるとしたら中央を掌握した後、ということになるのでしょうか?」
「うーん……論功行賞でシーラン家の功績も挙げるように進言すると言ってくれていたし、その後の方が動き易いんじゃないかな?」
その声にリックスの顔が緩むが、フランツ殿は少し困り顔だ。
「何か、懸念が?」
「いえ、ただリヒト様に恩返しをしたいだけですので……」
んっ……?
今まではこれからの為のポーズかと思っていたけど何やらガチっぽいな。
「気持ちは嬉しいが、キミが約束を果たし僕もそれに準じた。
それだけのことと受け取ってくれて構わないよ?」
「いえ、ただ私がリヒト様のお力になりたいだけですから。どうかお気になさらず」
「そう、か……そう言ってくれるのは嬉しいから構わないのだけど……」
と、リックスの方を覗き見れば「フランツ様はルドレールでは酷い扱いばかりでしたから。信の置ける主は初めてなんです」と何やらリックスの中でも僕が主になっていた。
「一つ、訂正させて。今回の場合、陪臣ではないので主ではないよ。
これからも友好を持ちたいとは思っているけども」
「あ、はい。存じ上げておりますが気持ち上の問題で、ですね」
うーん。そこを存じているならば、いいか……
「何にせよ、安心してくれ。僕がグランデの名を出した契約を交わしたのだから。
この件に関して帝国内で不当な扱いを受けたなら僕が後ろに付くからね」
と、全員で帰れと言ってしまったのでそっちのフォローも入れておく。
「あ、ありがとうございます! リヒト様も何かありましたら遠慮なく仰ってください!
リックスが言っていた通りですから。場は弁えますが私は貴方のお力になりたいのです!」
「ああ、うん。これから宜しく頼むよ」
それから、教会対策の話を少し交わしたあと彼らはシーランへと戻る為に屋敷を出た。
「あ、そう言えばゲン爺は?」と、見当たらないのでよく一緒に居るエメリアーナに問う。
「ああ、ロンゾさん連れて色々嗅ぎまわってくるって言ってたわ。
今回、あれが見つからなかったから……」
あれ、とはご子息のこと。
どうやら第二王子の側近として戦場には居た筈なのだがいつの間にか姿を消していたそうだ。
「ちゃんと見つかってくれるといいのだけど……難しいかもしれないな」
「はぁ……なんでよ? 城まで攻めればもう逃げ場は無いでしょうよ!?」
と、言うエメリアーナだが彼は第二王子に取り入っていただけの外様。
その第二王子は討たれたのだ。
そうなればその後の身の置き場も無いのでルドレールに加担する理由が無くなる。
他に行き先が無く仕方なく居るしかない状態にでもなっていなければ、命を懸ける理由としては薄く出てくる必要が無いのだ。
ましてやロドロアを捨てて逃げる様な輩である。
今回も逃げる可能性は高いだろう。
そう言えば何故か彼女は逃げるのところで少し吹き出す様に笑った。
「そう」と、呆れ笑いの様な姿を見せつつも納得を示したエメリアーナ。
よくわからないが、納得したならばいいかと流し話を続ける。
「僕らも一月近くはここで足踏み状態だろうし、問題が無いならいい。
それよりもその間に僕とリーエルはやることがあるから、エメリアーナは自由にしてていいよ。騎士団も暇になるだろうからダンジョンにでも行ってきたらどうだ?」
「やること、ですか?」と、リーエルが話に入る。
「うん。お手紙を一杯書かなきゃなんだ」
「あっ、式の招待状、ですね?」
「いやいや、それは今やる事ではないでしょ! 早くそっちに取り掛かりたいけども!」
「ふふふ、冗談です。教会の件、ですよね?」と楽しそうに返す彼女。
あ、何だ冗談か。よかった。
本当はわかってたのね。
そう思いつつもその声に頷く。
「ルセントでの滞在は一月だけだからね。人を遣わせて返書を直接貰えないとダメだから面倒だけど、時間を掛ければ掛けるほどムルグの援軍みたいなことになるからさ」
そう。いい加減危機感を持ち始めた頃合いな筈。
だからこそムルグ国を動かした。
それすらも失敗したとなればもっと活発に動き出すだろう。
権威を持たせたまま時間を与えては厄介なことになるのは明らか。
だから戦時中で忙しいからと後回しにすれば後にもっと忙しくなること請け合いである。
「ディラン殿にも色々お願いしたいからそっちにも手紙を出すし、義兄上ともやり取りが必要になる。フレシュリアにも出すしマテイも前回の話を少しでも進ませておきたいところ。
後は、各国への打診の手紙かな……」
「各国って……あんたが本気出すと国々が相手になんのね」
いや、元々そんな話だっただろうに。
本気にしてなかったのか?
「お前、驚いてるけど義兄上だって元第一王子だぞ。病じゃなければ王太子だった人だからな」
「あぁ……そっか。あんただって公子だものね」
「そうよ。リヒト様のお母様は皇女殿下であらせられたのだからそれ程驚くことでもないの」
まあその枠組みでも十分でかいことをやろうとはしているのだけど、一々驚かれるのも面倒だからこれでいい。
そうして話を詰めていれば『大筋は理解した』とエメリアーナが退室しライアン殿もそれに続いた。
恐らくは第二騎士団の連中とダンジョンに行くのだろう。
僕らはそのままお手紙作成に入った。
話を詰めた直後なのでリーエルがサクサクと公的なお手紙の作成をしてくれたので、僕は身内に向けての指示だし関係の手紙を書き見せ合った。
各国に向けての手紙はこの商談に一考の余地があるなら話の場を作りたいというもの。
本当ならばもっと突っ込んで色々書きたいが、国の日程を僕が決める訳にもいかないので先ずは意向確認だ。
そこまでなら前回決めた方向性の範囲内だから問題はない。
義兄上に向けて出す手紙はやはり機密保持の魔道具の件だ。
そこがこけると色々面倒だから是非とも頑張って欲しいところ。
ディラン殿には帝国内で新宗派の周知の状況確認。
完全に周知されて広がっているならばもう耳が早い国にも届いていることだろう。
当然、教会にも届いているだろうがもうあそこに武力は無い。
その上で周知させているのが聖騎士ともなれば逆に手を出し難くなっている筈。
そんな中で他の聖騎士たちも説得して動いて貰う方向でいくつもりである。
もう聖騎士が騙し討ちをしてきても国がどうこうなる状態じゃない。僕が面倒な目に遭うだけだし、さわり程度には動き出させたいのでディラン殿には説得に動いて貰う予定だ。
現段階で聖騎士を大々的に使うのは少しフライングだが、教会に与える時間を奪えば奪うほどに仕事が減る訳だから理由としても弱くないので大丈夫だろう。
僕らはそうした内容を認めた手紙を作成した。
ここまで大々的に手紙を出せば教会もすぐに察知するだろうな。
さて、これでこっちも一石を投じることになったが、教会はどう動くのかねぇ?
少なくともこれで新薬の利権を奪うという試みは潰える。
仮に技術を奪えたとしても、この話を回した後ならば各国の追及を受ける。
そのまま新薬の独占をしようとしても逆に世界に目の敵にされるだろう。
利権が奪えないとなれば旨みは消え、面子を守る為だけに引けない戦いに投じることになったと言える。
その上でもう聖騎士は失っている。
うん。懸念事項は凡そ潰せたな。
もう風評関係以外ではそれほど大きなことはできないかもな。
ふふ、面白くなってきたじゃないか。
負けを突き付けてやるのが楽しみだ。
そうして準備を整え仕事を終えた僕は、リーエルと二人でゆっくりと時間を取れるバカンスの様な数日を送れることとなり、戦地なのに思わず帰りたくないなんて考えてしまうところだった。
危ない危ない。
気持ちを緩ませ過ぎた……
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