第6話 初めてのダンジョン
洞窟の中でパァァン、パァァンと何度もけたたましい音が木霊する。
「あんた、それ大丈夫なの……?」
ダンジョンの二階層にて、僕はひたすらに魔物を呼び寄せるという手段に出ていた。
それを心配したエメリアーナが疑問を投げる。
「ああ、うん。人に押し付けなければ大丈夫。リーエルは魔法をひたすら打ち込んで。
僕は足止めして溜めてから全部倒すから。他の皆は危機的状況になるまでは黙って見てて」
ルードという翼の短いコウモリの様な生物。飛ぶことはできず四足歩行で飛び掛かってくる魔物だ。
まだ二階層。当然雑魚である。連れて来た護衛なら幾ら集めても捌いてくれる。
エメリアーナが問うているのもマナー的な意味合いだ。
先ずは足止めからだとウィンドウォールの壁を作り上げ道を完全に塞ぐと、ウィンドウォールに弾かれ傷を負いながらも再び特攻を試みるルード。
「リーエル、そのまま魔物に向けて撃っていいよ。魔力は多めで足元へがいいかな」
「えっ、でも壁が……」と、困惑を見せるが「わかりました。撃ちます」と唯一覚えているファイアーボールを打ち込む。
壁にぶつかり炎の竜巻を上げ、突撃してきた魔物たちを巻き込む。
「ふーん。合作の魔法ってことね……」と感心するエメリアーナ。護衛たちも問題無く倒せている事にほっとした様を見せている。
どんどん集まってくる魔物はタイミングを合わせた僕らの合作魔法で寄って行っては炎に巻かれ焦げ落ちていく。
そして、数が数匹になりもう必要ないと魔法を解いてファイアーボールにて倒して先に進む。
三階層、四階層、と問題無くやれる事を確認しながら先に進む。
「リヒト、あなたダンジョン初めてって言ってなかったっけ。怖くないの?」
「うん。そういえば怖くはないね。
なんでだろう……凄く格下で心配ないっていうのが何となくわかるんだよね」
そう。何をせずとも勝手に体感してしまう。
どうしようもない雑魚で何の心配もないのだと。
「でもエメリアーナもそうじゃないの?」
「私は当然でしょ。何度も来てるし」
と、彼女は幼少期から護衛を付けてダンジョンに通っていたことを話してくれた。
「まあ私のことはいいわよ。それで、何処まで行くつもり?」
「行ける所までだよ。僕らは戦いは初めてだけど蓄えた魔力と知力で火力が出せる。
それをギリギリまで有効活用できる場所まで行くつもり。
その為に護衛を四人も連れて来たんだからね」
この護衛たちも優秀な者たちだ。
父が主力とする手駒の中でも中位に位置する強さを持つくらいに。
子供の護衛くらいは簡単に熟せる。それに適わないなら迷わず止めに入ってくれるだろう。
「僕のウィンドウォールを抜けられる敵が出るまでは構わず進もう。
幸い、病気のお陰で魔力はそうそう枯渇しないからね」
そう伝え、護衛にも許可を取りつつ奥へと歩を進める。
五階層、六階層、とウィンドウォールで止められるかを試し確認してから敵を集める。
地図を頼りに真っ直ぐ下層に向かいながら討伐を続けた。
そうして七階層に辿り着いた。
「そろそろ休もうか」と二人に問いかける様に言うとまだまだ平気だと返されたが、押し切って休憩を入れることにする。
「こういう時はね、最後まで続けられる力しか出さない事が大切なんだ。緊急時は別だけど」
「……なんで初心者のあんたがそんなベテランみたいなこと言えんの」
「本で読んだからね。勿論、自分の頭で考えて正しいと思えるからこその実行だけど」
だから、休憩と戦闘は無理せず続けられる感覚でやっていこう、とシートの上に腰を下ろして皆で雑談をする。
「いやぁ、魔法を使えなかったリヒト様が、これほどの術者になっていたとは……」
「構築速度も素晴らしいし、威力も申し分ない。流石はグランデの血筋と言えましょう」
「最初は止まらず進まれて少し不安がありましたが、冷静さもベテランクラスですしね」
と、父の護衛が感心しながら賞賛の言葉を放つ。
「頭に焼き付く程に魔導文字を学んだからね。必死だった分その恩恵かな。
それに病が治るまで死も身近にあったから。この程度では一々動じて居られないよ」
そう。結局は空中に立体的に正しく魔導文字を想像できることが重要なのだ。
故に強く意識せずとも思い浮かぶほどに覚えているというのは、魔法を使うに当たって物凄い優位性がある。
その為、僕の説明に皆、一様に納得した顔を見せた。
本当はもう少し前から使えて習得に励んでいたからだけど。
でなければ回復魔法など覚えきれる難易度ではない。
その上、回復魔法は一般公開はされていないのでその術式も自作した魔法である。
命が繋ぎ止められるとわかった瞬間、次は回復魔法だと勤しんだのだ。
魔導文字の繋げ方や効力は逐一メモを取ってきていてこれはもしかしたらというものがあったので、苦戦はしたもののそれほど時間は取られなかった。
病を治す、という方向性で十年もの間ずっと集中して勉強していたのが功を奏した。
その次に強化魔法と攻撃魔法を覚えた。これは魔導書があるので早かった。
そして最後に痩せる為の魔法である。
その痩せる魔法を覚えたのが家を出る少し前。
実際は魔力操作ができる様になってから一年以上経っていた。
色々と実を結んでくれてよかった……
そんな事を考えながらも、リーエルを中心に雑談を続け、休憩時間を過ごした。
そして「そろそろ再開しようか」と、僕らは再び動き出す。
「リヒト様、そろそろ降りるのは御控えください。もしもの時、危険が生じます」
八階層に降りた時だった。
同じやり方でずっと戦えているが、決壊した時に群れて突っ込んでくる魔物を守りながら処理しきるのに不安を感じる階層だと言う護衛たち。
「あら、ここでもう止めに入るの? 公爵家の護衛も大したこと無いのね」とエメリアーナがまた要らぬ事を言いだした。
「怪我すらさせない絶対的な安全を考えているだけでしょ。
わかった。留意しよう。だが、呼び寄せないで試すのは継続する。
不安があれば上の階層に戻る。集めて大丈夫か確かめることを念入りに調べるとしよう」
「それでどうだろうか」と確認を取れば少し考え込んだものの「わかりました」とゴーサインを貰う。
「リーエルは平気?」と問いかけるとニマニマとこちらを見上げて「問題ありません」と元気よく応えた。
「なんか楽しそうだね」と、少し不思議に思い問いかける。
「ええ。久々にお外に出たのに、リヒト様と一緒だと全然怖くありません」
「えぇ、ダンジョンはお外かなぁ?」
「お外です!」とぷくっと膨れるリーエル。
その声に周囲の空気が柔らかくなるのを感じた。
そうして先へ進もうかという空気になるのだが、そこで僕は足を止めた。
「ああ、もう野営の時間だね。結構遅くなっちゃってる」
と、時計を見て声を上げた。
夜八時を回ったところだ。
「うーん。休憩が多いから楽過ぎて温くない?」
「それがいいんだよ。階層を降りるペースは悪くないだろ?」
「そうね。でもそれはやり方があれだからだと思うけど」
確かに本来は色々な分岐を折れて行って戻ってを繰り返すものだ。
だが、僕らは止まって音立てて呼び寄せ魔法を撃つだけ。
その上で休憩をふんだんに取っていれば疲れる筈がなかった。
そんな話をしながら引いてきた荷車に載せてある野営具を出して準備する。
何故かダンジョンなのにテントやお布団まである贅沢さ。
ただ、その代わり魔物の素材は載らない。魔石すら取らずに放置だ。
魔石くらいは載るが、今はただ強くなることだけに時間を割きたいのである。
ルンが食事を作ってくれて男性の護衛たちがテントを設営し、これで良いのかと思うくらいに楽な野営となっている。
見張りすら交代でやってくれるという贅沢さの中、僕らは睡眠を取った。
そんな好待遇のまま一週間の時を過ごした。
階層も十一階層まで降りている。
二十階層から深層という世界なので急ピッチが過ぎるのだが、それでも護衛が許すほどに安定している。
それはエメリアーナの強さのお陰でもあった。
彼女は聞いていた通りに強かった。
『たまには戦わせて』と呼び寄せた群れの前に出て瞬殺して見せたのだ。
護衛が自分たちとそれほど変わらない強さを持つ彼女に『何故その若さでそれほどに……』と、言葉を失う程だった。
護衛対象が三人から二人に。そして前衛の追加。それ故に基本的に一方向からしか敵が群れては来ない様に立ち回れば、まだ問題無くやれる範囲内という結論に至ったのだ。
「時間的には漸く予定の半分ね。まだまだ降りれるわよね?」
自身が戦う階層の近くまでは行けそうだと思っているのか、余計に気が逸るエメリアーナ。
「降りないよ。長年戦ってきた自分と僕らを一緒にしちゃダメだ」
「そうだった……あんた初心者なのよね」
と、若干頬を引き攣らせる彼女。本気で忘れていたらしい。
だが、思い出してもまだソワソワする感じは取れていない。相当下に向かいたいようだ。
「言っておくけど、僕だってもう少しくらい下に降りれる自信はあるんだよ?
でも、護衛に責任を押し付けてまでやることじゃないと自重してるんだ」
そう自分で言ってみて、護衛を引き連れてきて良かったのかもしれないと改めて思った。
恐らく、僕一人なら危険を感じるまで降りていただろう。
その危険が命を奪うものだったら終わりだというのに。
「そうね! 護衛として来たのだから今回は全うするわ!」
と、吹っ切れたのか息を吐くエメリアーナ。護衛もその姿にほっとした様子を見せている。
そんな中リーエルは一人考え込んでいる様子。
「うーん……私も色々魔法を覚えたくなってきましたわ。
ファイアーボールの一つ覚えではあまり役に立てません」
「いや、普通に役に立ってるけどね。僕らは魔力量が異常過ぎる程に多いんだ。
そして魔法は火力が高い。通常の数倍の速度で成長できてる筈だよ」
そんな説明をすると護衛たちから訂正が入った。
「数倍どころじゃありませんよ。最低でも数十倍です。
そのお陰でこちらは本当にこれで良いのだろうかという疑念がぬけませんよ」
「ええ。初心者がこんな階層で魔物を集めるなど前代未聞と言えるでしょう。それだけ苦難を強いられてきたという証左でもありますが」
苦難か……今まで魔力量が飛びぬけて多く生まれ付いた者は死ぬって決まっていたからな。
その上で、贅肉がつく度に魔力総量が膨らんでいくのだ。そろそろ命が危ないという所まで太っている僕らは人の限界まで魔力を持てる存在とも言える。
ただ、魔力の総量が多いイコール強いでは無いけども……
「だったら止めんじゃないわよ! こいつはもっと大きくなる男よ!」
「えぇ……これ以上大きくはなりたくないなぁ」
と、興奮するエメリアーナにお腹を叩きながら冗談を返せば、護衛たちから笑い声が返る。
「エメリア、十二分に早いみたいなのですから、リヒト様の安全を優先して?」
「むぅ……お姉様の安全と言われれば素直に頷けるのに」
そうした一幕を挟みつつも、ダンジョン探索は続いた。
そうして二週間の時を経て、予定通り地上へと帰還した。
みな無事にお屋敷に戻る事ができたお祝いと称して、離れている間に家の事を頼んでいた騎士団長のライアン男爵とうちから呼んだ家令の教育係カールを呼んで夕食を囲む。
「なんと! お嬢が十五階層まで降りたので!?」
「ふふん、お姉様の魔法でバンバン魔物が吹き飛んだのよ。見物だったわ!」
軍部と仲がいいエメリアーナは騎士団長に姉の勇姿をドヤ顔で伝え、リーエル自身も送られた賞賛を頬を染めつつ喜んでいる。
「全てはリヒト様の手助けがあった故です。お一人でもやれたでしょうに譲ってくださったの」
「そんな事はいいんだよ。これから僕はキミと凄いところを分け合って生きていくんだからね」
「私の凄いところ、ですか?」と不思議そうな顔を見せるリーエル。
「ああ、先ずキミは宮廷の書記官並みに書類作りが巧い。あとは皆の空気を柔らかくするのも上手だ。自分を律せるところも素敵だよね。努力家だからきっと知識量も多いしどんどん増えるはず。それに、その年で曲がりなりにも当主を務められているというだけでもう凄いんだよ?」
まだ言い足りないが、あまり言い過ぎても恐縮してしまうと言っていたから途中で止めたのだが、もう既に恐縮していた様で、顔を赤くして俯いている。
「あんた、わかってるじゃない。そうよ。お姉様は凄いの!」
「も、もうやめて! わかったから!」
と、顔を真っ赤にして恥ずかしがるリーエルに周囲がほっこりする。
そうしたまったりとした静寂のままカチャカチャと食事を進める音が響く中、うちから応援に来ている者の筆頭カールが「リヒト様、復学なさるというのは真ですか」と声を上げた。
「ああ。何か問題が?」と視線を向けると困った顔を見せる。
「いえ……学院の者たちは貴方様の価値を全く理解しておりません。
そうした想いは伝染する可能性が……」
「ああ、そっか。流石に調べてるよね。父上は僕が黙ってるから何も言わないでくれたのか。
わかってるよ。悪評を受けてハインフィード家での僕の評価が下がる事を心配してくれているんだよね」
そう返せば彼は「不躾ながら……」と頭を下げると、リーエルが勢いよく立ち上がる。
「そんな事はありえません!
リヒト様は当家の大恩人で、私の旦那様になられるお方ですよ!?」
「うん。その心配はいらないよ。
僕も男だ。リーエルまで被害が及ぶならきっちりと潰してみせる。
手緩くやるつもりはないから安心してくれ」
安心して貰える様に、と少し偉そうに余裕の笑みを彼に向けると「おお……ついにお立ちに。それであれば何の懸念も御座いません」と感動した様を彼は見せた。
公爵家が忙しい時期にはちょいちょい手伝いに入っていたのでカールとは何度も共に仕事をしている。
僕が本気で動くなら貴族社会のルールに基づいて潰せるという事も知っているのだ。
「その時は、私も御手伝い致しますね」
「いやいや、こういう時は男に恰好を付けさせてよ。キミの前では恰好を付けたいんだ」
「ま、まぁ……」と、頬を押さえて言葉を詰まらせるリーエル。
「ただ、完全に痩せてからの復学じゃ遅すぎるから割と直ぐに出なければならない。
多分、詰まらない思いを沢山させてしまうと思うけど、許してくれる?」
そう。痩せる魔法だが、検証不足で一気に痩せようとすると負荷が強すぎることに気が付き、ゆっくりやっていく事にしたのだ。
恐らくは数か月程度で標準の体形になれるだろうが、それだと新学期に間に合わない。
最初の一年目に病欠したくらいはいいが、二年目は最初から居たいところ。
それに、悪意を向けてくる奴らを潰すなら侮られている方が丁度良い。
リーエルには申し訳ないが、牽制も入れておきたい。
彼女が痩せてエメリアーナ並みに綺麗になってしまったら、僕が居る席を奪おうとする奴も現れるだろう。
本来は自分が婚約者だったのだから辞退しろ、と。
そんな奴らに一度悪意を向けさせておくのは都合が良い。
まあ、そんな事を言えること事態が恥知らずだからそれでも言ってくるかもしれないが。
「許すだなんて……私もあなたのお力になれるよう頑張ります」
「ありがとう。僕もキミの隣に立ち続けられる様に頑張るよ」
そうして話は着き、それからはライアン騎士団長との話し合いとなった。
領軍の状況、軍からの要望、それらが本当に無いのかを細かく尋ねた。
すると、結構問題となる部分が浮上した。武器防具、野営具などの老朽化だ。
酷過ぎる物は自分たちの給金で買い替えている程だと言う。
装備の劣化は命取りである。彼らの命は国の宝と言って等しい。
手早く進めなくては、とリーエルに許可を取り大規模な新調を行うこととなった。
「がっはっは、流石はお嬢が認めたお方。これは我々も気合を入れねばなりませんなぁ!」
「おいおい、無茶はやめてくれよ。我が婚約者を守る最強の剣が折れては敵わないから」
「最強ときましたか! ならばそもそも折れませんな!」と大笑いしている騎士団長。
そんな雑談を終えた後、僕はリーエルとその場を抜けて領軍の装備新調の書類を作成する。
人を集め、今までの支給品を洗い出し必要な物リストを作り、予算を凡そで決めた後に名のある鍛冶師へと打診へ行かせる予定を立てる。
それからも数か月かかるだろう。もっと早く気が付くべきだったと思いつつも深夜まで地道な作業を続けた。
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