第103話 知らぬ間の攻防
僕は護衛を連れてルドレール城の中を歩き、会議室へと向かっていた。
いつもならばハインフィードの面々が居るはずなのだけど、と身内の大半を帝国に戻しているので城の中で行動を共にできる相手が居ないことに寂しさを感じた。
皆が居ないと遊び感覚が消えていくな……
義兄上じゃないけど、こんな時だというのに僕はきっと楽しかったのだろうな。
なら、そんな場所は何としても守らなきゃな。
と、自然と公的な顔に変えさせられて、廊下を進んだ。
会議室の前に立つ、武装した皇軍の兵に片手を上げれば顔パスで通され中に入る。
さて、どんな顔をしているものやら。
そう思いルドレール貴族を見回せば現状で考えれば最上、と言える面持ちでいた。
まるで裁判で判決を待つ被告人かの様。ただただ緊迫した顔だ。
話は纏まっていても戦時中である。敵意も向けられると思っていたのだけど、今のところは話を聞く姿勢が整っている様だ。
「待たせたね。私が帝国の公子、リヒト・グランデだ。
今日は互いに実のある話し合いを出来たらと思っている。よろしく頼むよ」
そう言って用意されていた席へと腰を掛ければ、フランツ殿が「ご足労、感謝いたします」と頭を下げた後、会議の開始を告げた。
そこで問われたのはやはり今後の自分たちの立ち位置に関する事だ。
その声に僕から聞いていた内容を伝えていく。
領地に関してはこの場に居る領主の地はそのままに残す、ということ。
役職者に対しても名称の変更はあると思われるが、凡そ変わらぬ仕事をして貰うこととなるだろうと告げた。
爵位に関しては一つ下げるが、その立場以上に下に置くつもりは無い。
そうされた場合は奏上して貰えれば対応をすることになるだろう、と彼らに告げれば少しづつ彼らの顔のこわばりが解けてきた。
「みな、疑問に思っているだろうから前もって伝えておこう。
我ら帝国の上層部は統治する以上は相互利益を成り立たせる必要があると考えている。
つまりは片方だけに大きな負担を強い続ける様な状況を看過しないということだ」
内乱などでこちら側に迷惑を掛けられ続けても困るし、逆にルドレール貴族が帝国貴族に苛められる様な状況もまた困る。
そうした状況を出来る限り取り除き国の安定に従事して貰いたい。
その言葉にあちら側からの問いかけがきた。
「強い続けることは、ですか。短期ではそれがあると……?」と。
「当然だ。それはどんな国でも起こりえるもの。
私が伝えたいのは差別を行うつもりはないので真っ当に仕えて欲しいということ。
我らは国を回す為の歯車であり、止まってしまってはみなが困るので対応すると言っているだけだ」
そう。これは僕らが守ってあげるなんて話じゃない。
こういう時にありがちな事実を無視し可哀そうな側の肩を持つなどという真似はしてはならないこと。
しっかりと、これは相互利益を求めての事でこちらに利がある事なのだ、という事を強調した。
「ある程度は日常に近い状況に帰らせることが一番効率的で互いに楽なのだ」と。
「なるほど。それは確かに。そうとも言えますな……
しかし私としては帝国側からの引き締めがあると思っていたのですが……?」
と、鋭い視線を向ける彼は確かウルズ候だったかな。
見るからに厳粛そうな初老の男。
そんな彼に真剣な面持ちを作り言葉を返す。
「引き締めか。それは緩んでいる相手に対して必要になるものだ。
私はもう戦争で成されたと考えているが……足りないか?」
「い、いえ……」苦い顔で目を伏せたウルズ候。
「引き締めはやり過ぎれば毒となるものだ。人によって必要度合いが大きく違う故、その塩梅を完全に見極められる者などいないが、それでも今必要なものだとは考えていない。
当然、キミたちの行動次第では起こりえることだけどね」
そうして疑問と不安をある程度解消させてあげれば案の定、彼らは会議という仕事を回し始めた。
前向きに併合に向けての話し合いを。
併合までの間は帝国と同盟関係を築くことになると告げた。
これに関しては主に疲弊しているルドレールを守る形を取る、と。
自国の貴族が文句を言いそうな内容ではあるが、少し考えれば当然の話。
うちの物になる地を他の者に奪わせる訳にはいかない。
まあ実際には後がなくなったルドレール王がハーケンに泣きつきでもしない限り他国からの攻撃は無いと思われるが。
その中で色々な質問を受けたので帝国の常識に合わせ、こういう形となるだろう、と受け答えをしていけば漸く多少は信じることができたのか、会議室の空気が大分変っていた。
よし。ここまでくれば後は信頼関係を築くのみ。
それが成り、ある程度の落ち着きを見せればルドレール王が戻ってきても自然と帝国に差し出されるだろう。
ふふふ、漸く終わらせる準備が整ったよ……
行方を晦ませておけば安全に反撃できるとでも思っていたのだろうがもうあいつらに帰る場所は無い。
好きなだけ逃げ隠れをしていればいいさ。
併合してこの地が帝国になってしまえば血筋の強みも大半が無くなる。
簡単に殺してしまうより、余程良い罰となるだろう。
そうして話し合いの最後に、フランツ殿と僕が併合するという契約書にサインを入れて魔法印を押した。
一応、明日はサイレス候が個別で会議に出席し、そこでも同様の契約書にサインを入れることになっている。
これは信じさせる為に反復させる刷り込み行為。
荒れる可能性が高い初日は武力も持ち合わせている僕が担当しただけの話だ。
漸く大きな面倒が一つ片付いた。
後はフランツ殿とサイレス候にお任せするだけだ、と僕は大きく息を吐く。
「いやぁ、フランツ殿は有能だね。これほどに場を纏めて見せるなんてさ」
と、隣に座るフランツ殿に声を掛ければ彼は驚きを見せた。
「えっ……リヒト様が纏めたのではありませんか。私は一言も発しておりませんよ?」
いやいや、彼らがここまで耳を貸す場を作り上げたのはキミじゃないか。
そう返したのだが、何やら素直に受け取っていいのだろうか、と深く考え込んでいる様子。
もっと敵意を向けられると思っていたから素直に褒めているだけなのだけど……
「なんにせよ、当面はキミが王様だ。その調子で頼むよ。
いや、これからはルドレール王と呼び少しは畏まらねばダメか?」
「ご、ご冗談を! これからもフランツでお願いします!」
「いえ、いっその事呼び捨ててください!」と何故か呼び捨てをプッシュするフランツ殿に苦笑しつつも会議室を出た。
それからサイレス候に報告を入れれば「であればリヒト殿はお返ししても問題無さそうだな」との声を頂いた。
「少し早い様に感じますが、よろしいのですか?」
僕が始めた策謀の途中だからと、少しの気後れがあり問いかけた。
「うむ。リヒト殿は今、色々なことを手掛けているであろう?
こちらの段落がつき重要性が落ちた以上、ここに引き留め続ける訳にもいくまい」
「まあ、そう、ですね……色々と大変そうで億劫ですが」
「で、あろうな……だがリヒト殿の手腕に帝国の命運がかかっている。
どうか、宜しくお頼み申しあげる」
と、サイレス候は畏まって頭を下げた。
確かにそれほどに重要な案件だ。
こちらも身を正し「お任せあれ。此度も懸念事項など詰めて詰めて摘み取ってやりますよ」と自信を持って返せば彼は「流石はリヒト殿だ」と安堵の笑みをこぼした。
そうして早速僕はリーエルに手紙を書き、帰る準備を始めた。
フランツ殿に声を掛け、ルドレール貴族たちにも主要人物と言えるものには声を掛け、そして本当は忘れて帰りたいマテイの姫にも声を掛けた。
『では、わたくしも準備しておきます』と付いてくるつもりの彼女。
まあ当然か。どちらにしてもここには置いておけないものな。
なので出発は明日なのですがと伝えれば、一応知己なので一度くらいはフランツ殿と顔合わせをしておきたいという申し出を受けた。
もう形は整ったので特に問題は無いだろうと了承し、私が場を用意しましょうか、と提案したのだが二人で話したいこともあるので、とお断りされた。
もしかしたら強く言い合うだけで意識している間柄だったりするのだろうか、と少し安堵しつつ思った。国に話さえ通せばそのままフランツ殿の元に残ってしまっていいのだよ、と。
そして王女の件にも話が着いたので騎士団の方へと赴いた。
この地に残ったハインフィード騎士団に領地に戻って貰うようにお願いしたのだ。
流石に墓守の仕事を二十数名に任せ続けるのは恐ろし過ぎる。
魔物の発生周期を考えればまだまだ余裕はあるのだが、余裕がある対応が必須と言える地なのだ。ここを甘く見る訳にはいかない。
忙しなくて申し訳ないと思いつつもお願いしたのだが、彼らはやっと帰れるのかと喜んだ様子を見せた。
暇で仕方なかったらしい。
第二騎士団の方は誰の指示を受けて動けばいいのか、とエメリアーナの不在を気にしていたので僕から指示を出しておいた。
取りあえず帰ったら全員遠征中の分の給与を纏めて受け取り二週間の休暇を取れ、と。
戦争の褒美とは別だからね、と伝えれば彼らは飛び跳ねていた。
ついでに家を任せているカールとマリアンヌ婦人に状況を知らせる手紙を認め彼らに持たせた。
そうした諸々の下準備も終わり、漸く次の日には出れるという所まで漕ぎつけリーエルの所へ向かう準備が整い僕は安心して早い時間に眠りに就いた。
その晩、おかしな攻防が行われていたとも知らずに。
~~ 一人称、アスカ王女 ~~
今日、明日の朝一番でグランデ様がお帰りになる、という報を受けた。
これはいけません……
何もできぬままに終わってしまったわ。
国での話し合いの結果、此度の話はなんとしても深く食い込まなければならない案件である、という結論が出て送り出されたというのに。
いえ、そんな事が無くとも素直に魔帝様のお力になりたかった。
けどこれではただ非常識な姫が迷惑を掛けに来ただけだわ……
私の見立てではルドレール国の奇襲にてお城に少しでも兵を送りたい状況の筈だった。
グランデ様のお力になる為にも私が動かせる人員の中で最も強い者たちだけを集めて大至急で来たのにまさかルドレールに打ち勝つほどの力を外に出したままで防衛までできてしまうなんて。
最近は衰退の一途を辿っているとは言われていたけれど、流石は強国と名の知れた帝国ね。
はぁ。
せめて今なさっている事を教えてくださればお力になる方向で動けるのに。
あの男が羨ましいわ。
理想ばかりで現実も見れない男のくせに……
あっ……でもあの男と接触すればどう動けばいいかが見えるかもしれないわね。
そう思い、顔を合わせないままというのも何ですから、とグランデ様に断りを入れてフランツ・シーランとの面通りを行った。
久々に会った彼は、何やら顔付きから違う様に感じて私は思わず首を傾げることになってしまったが、公的な顔が崩れるほどのことでもない、といつもの挨拶を行う。
「お久しぶりね、フランツさん」
「これはこれは、マテイの姫君ではありませんか。
何やら我が主君に迷惑を掛けに来たのだとか?」
「は、はい……?」と、聞き捨てならない事を言われて思わず公的な顔が崩れた。
こいつ絶対に許せない、と。
ただ思惑が外れてしまっただけだった。
非常識だと思われることも迷惑を掛ける事もわかっていた。けど、結果的に来てくれてよかったと言って貰える状況であった筈だった。
その思惑が全て外れ、苦しい時に直球で的を射たダメ出しを行ってくるこの不躾な男に心底腹が立った。
私は頬が引き攣りながらも精一杯言い返す。
「あら、ご挨拶な物言いですわね……何も物を知らないのね。
知らん知らんのシーラン家とはよく言ったものだわ。誰の言葉だったかしら……」
「ははは、まるで自分が全て正しいかの様な物言いだ……相変わらず傲慢ですね。
そんなだから、あれもこれも知っていると知ったかぶりをシテル家、とか言われるんですよ」
は、はぁ!?
誰よ! シテル王家の名をその様に愚弄したのは!?
「ど、どなたかしらぁ~、そんな失礼な事を言っていたのはぁ~……」
「酒の席の事ですがね、ムルグの高官が来ている時に。
テーブルが違いましたので何方が言ったかまでは把握していませんが」
「ああ、ムルグですか。それは言いそうですね」と、仮想敵国が言っていたことと聞いて私はクールダウンした。あの国の言葉に一々反応しても仕方が無い、と。
「それで、何も物を知らないとは何のことですか。
流石に主君に関わる事でそう言われてしまっては流せませんよ?」
「ちょっとお待ちなさい。先ほどから主君主君と言っておりますが、貴方は臣下ではないとグランデ様が仰っていましたわよ?」
そう伝えれば「ぐっ……」と何故か親の仇の様に睨みつけてくる彼。
「非公式の場ではそう振る舞う事をお許しくださいました。
リヒト様は私の心の主君なのです!」
「まぁ! 勝手に名前でまで呼んで! 浅ましいことっ!」
「ふっ、名前呼びはお許しくださっていますよ。私もフランツと呼ばれておりますし?」
なんで少し頬を染めているの……
この男、まさか……そっちの気が……?
汚らわしい、と見ていれば「はぁ……まさか下種な方向に勘繰りとかしてます? 忠義の話なのですが」と残念そうな顔を向けてきた。
その事に強い違和感を感じた。
この人、本当にフランツさんなの……?
昔ならこんな余裕などなく、すぐに顔を赤くして突っかかってきたのに。
「まあその様な事より何かお知りになっているのであれば伝えておいて下さいますか。
私もリヒト様の利になる事であれば妨害しない様に努めますので」
「……わかったわ。悔しいけど一応貴方の方が先だものね。
私もグランデ様のお力になれるのであれば情報を流すことに異論はありません」
と、ルドレール国がアステラータ城に奇襲を仕掛けるであろう情報を掴んだ事を伝えたのだが「ああ、その事でしたか」と事も無げに返されてしまった。
「……それも聞いていたのね。貴方、どうやってあの方に取り入ったの?」
「それに関しては運が良かったから、とだけ」
ちょっと!?
こっちに情報を出させておいて貴方は言葉を止めると言うの?
「あら、此方だけに喋らせておいて自分は知らん知らんと言うつもり?」
「はぁ……聞いても栓無き事ですよ。それでも良ければ構いませんが」
溜息は癪に障るもののしらばっくれるつもりは無さそうな事に安堵して話を聞いてみれば、ただ彼が捕虜に落ち家まで救う形でお慈悲を頂いたという話なだけだった。
「その状況下でそれほどに取り立てて貰っているの?
あのお方は本当に一つも恩を着せたりしないのですね……
けどそれでは足元を見られてしまうわ。やっぱり私が付いていてあげないと……」
と、此方は真剣にそう思って言っているというのに何故か彼は笑いだした。
「ふ、ふふふ……あのリヒト様がその様な状況を理由も無しにお許しになると?
アスカ姫はもっと聡明だと思っておりましたが、貴方の人を見る目はその程度でしたか」
なに、その見下した顔は……
おかしい。二年前に会った時と立場が逆だわ。
グランデ様と共にあるだけでこれ程の成長を見せたと言うの?
まあでも、まだ認識が甘いわね。
やはり現実を甘く見ている。
「はぁ、また貴方は勝手な思い込みで決めつけを……
私は人の性の話をしていますの。その性が重度の者の制御など簡単なことではありませんことよ。それに多くの時間を取られてはお可哀そうだというだけの話です」
そう。人の性は簡単には修正できないもの。
誘導するにも手間暇がかかる。それだって確実にとはいかないのが常。
「……それは確かに。そうした障害を取り除くのは私のやるべき事だ」
「なんでそうなるの……私がやると言っているのよ」
「ああいえ、どちらでもいいのですよ。リヒト様が十全に動ける状態を保てるのならば」
む……それはそう、ね。
はぁ、これでは私が子供の側だわ。
一先ず確執は忘れましょうか。
「そういう事なら暫くは休戦と致しません? 私もグランデ様に尽くすつもりなの。
足を引き合う様なことだけはしたくないわ」
「それは同感ですね。ではお互いに子供の言い合いの時間は終わったという事で」
……休戦、と言ったのだけど。
まあいいわ。これ以上グランデ様に迷惑を掛ける訳にはいかないし。
そうして私は彼から漸く情勢の話を聞くことができ、無礼な振る舞いをされることもなく会談は終わりを告げた。
詳細はぼかされたが王都が落ちているだけあってやはり戦争はもう終わっているらしい。
今は後の懸念に対して動き出しているそう。
後の懸念と言えば教会ね……
いえ、それは今のところやる事がもう無いほどに進んでいるという話だった。
となると……ムルグ、はうちを警戒して動けないだろうから……ハーケンですね。
ですがハーケンの王とルドレールの王はとても折り合いが悪かったはず。
あぁでも、ハーケンならアステラータに取られると思えば勝手に動き出すわね。
国内事情もおありでしょうしグランデ様がそれに関して動いているのかはわからないけれど、どちらにしてもそちらの対策は必要な案件ね。
骨を折った甲斐があって漸く方向性が見えた、と私は傍付きたちに命じた。
大至急でハーケンの動きを探りなさい、と。
地理的に比較的近いうちならばハーケンとも多少の繋がりはある。
ここでならばお力になれる筈、と。
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