第3話 調査の報告


 ハインフィード家にやってきて一週間が経った。

 互いに名前呼びを許したり更に気安い仲にはなったけれども、僕は未だ何もしていない。

 いや、ハインフィード領の勉強はしているけど。


 そう。手を出していないのは家令の一件。彼を排すにも順序がある。


 どこまで家の仕事しているのかを把握してからでなければ無用の混乱を来す。

 他に、どんな悪事を行っているかを事細かに把握する必要もある。


 裏事情がありリーエルの為であればそのままでも良かったが、彼女への扱いから見て先ず間違いなくそれは無い。

 しっかりと話を聞いてみれば、顔も殆ど合わせず割り振られた仕事が部屋に置いてあるだけで彼が行った仕事の報告すら無いと言うのだから。


 許可も無しにそんな事が許されないのは家令でなくとも知っている。

 当主の許しが無ければ令嬢を仕事で使う事すら許されない。 

 当主相手であれば尚更。そこらの平民でも知っていそうな事を知らない筈がない。


 故に、後は彼を徹底的に調べ、何処まで罰するべきなのかを吟味するのみである。


 そうして始まった調査ではリーエルの許可を貰い、僕が連れて来た使用人たちも動かした。

 彼女には家内の不備が無いかを公爵家目線でチェックして、レクチャーするという話になっているが。


 そして今日、決定的な証拠があがった。


 家令のブラウンとかいう爺さんは辺境伯家の金を横領していた。

 それも、十年以上前から大金貨数千枚クラスで。


 税金の横領はこの国ではとても重い罪なのでもう死罪確定。

 というかこの場合は一族郎党レベルである。何故なら町を危険に晒すほどの横領だから。

 領主の家で盗みを働いたのとは訳が違う。

 泥棒や詐欺という枠組みを大きく越え国家に攻撃しているに等しい案件なのだ。


 そして、それを今からリーエルに伝えなければならない。

 彼女自身にも動いて貰わねばならぬことがあるので、長年仕えてきた家令や分家の一族の多くを、絞首刑にする決断もして貰うことになる。

 一応、仲間外れにしてキレられても困るのでエメリアーナ嬢も呼んで貰い三人で密談する事とした。

 

「来たわよ。何なの、大事な話って……」と相変わらず警戒の視線を向ける妹。


 ニコニコと一緒に入ってきたリーエルがソファーに座る。

 それと同時にうちの使用人に人払いを申し付け、誰も居なくなってから話を始める。


「リーエル、悪いけど禄でもない話だよ。覚悟してね?」


 えっ、とまだ話が始まってもいないのにオロオロとし始める彼女。


「いいから早く言いなさいよ!」

「ああ。うちの人間に家内に不備が無いかの調査をして貰ったよね。それと僕が領内の勉強をしている二つが重なった事で、この家の者が領地のお金を横領していることが発覚したんだ」


 そう告げたのだが、二人ともきょとんとした顔でこちらを見ている。


「それなら衛兵に捕まえさせて牢屋に入れればいいじゃない」とエメリアーナ嬢が言葉を返して二人が勘違いしていることに気が付いた。


「単純にそれが出来る相手なら楽なんだけどね……犯人はこの家の家令なんだ」


「「えっ……」」と、時が止まったかのように固まる二人。

 恐らくは使用人が何かを盗んだくらいに思っていたのだろう。

 だがその場合は基本的には泥棒だ。

 横領の場合は政務を通じてお金を奪った場合に使われる。


「そいつはさ、当主の命令だって言えば兵すら動かせるでしょ?

 キミと兵を会わせなければかなり長い間有効だよね。

 だからリーエルを監禁でもすれば結構何でも出来ちゃうわけよ」


「早急な対処がいるでしょ。これが証拠ね」とこの家の帳簿と商会から上がってきた報告書、それとうちの面々が集めた過去の取引の書類。その三つをリーエルに渡す。

 困惑してはいるが、目が凄い速さで数字を追っているのがわかる。


 目の動きから彼女の優秀さが伝わり、何処まで理解しているのかが気になった。


「どこがおかしいかわかる?」

「はい……年々魔物の素材が減っていると帳簿についているに実際に減っていません」


「えっ、何処見たらわかるの!?」と、驚いているエメリアーナ嬢に説明する。


「取ってきた魔物の素材の量が変わってないというのに、商会の報告書や帳簿では減っていることになっているんだ。年々変化していて今では凄い違いとなっている」


 嘘の報告をしてハインフィードの税収からくすねても、物が入ってきた数は別の場所でもチェックされている。

 領主に纏めて報告を上げるのが特定の商会というだけの話。

 

「それはわかりましたが、何故ブラウンだと?」と不安そうにこちらを見詰めるリーエル。


「帳簿付けられるのは家令かあなたでしょうに。十年間ずっとだよ。

 ハインフィード家は金庫番も家令でしょ。そこまで管理緩いの?」

「それは……そうですね」

「十年ですって!? お父様の時からやってたのあいつ!!」

「エメリアーナ嬢、声を落としてください。人払いは頼んでますが気付かれて金を持ち逃げされたら大問題です。被害総額は最低でも大金貨二千枚以上ですからね」


「「~~っ!?」」と、寒気でもしたかのように肩を震わせて小声でそんなに、と呟く二人。


「正直言うとこれは先代当主の怠慢です。変動し始めた時じゃないと気付き難いものですから。

 まあでも、家令の家を尋ねればすぐわかりますが……

 家令ごときが大豪邸を建てて敷地内に幾つも分家の家を建てられる筈が無いんですよ。

 普通なら維持すらできないと領主教育をちゃんと受けて仕事にも向き合っていれば誰でも気付けた筈です。

 公爵家の家令よりも数段良い家住んでますよやつら。一族全員が領主のリーエルよりもよっぽど贅沢な暮らしをしているみたいですから」


「そ、そう言われてみるとそうね……子供の頃からあるから家令の家はそういうものだと思ってたわ」とエメリアーナ嬢が呟く。


 どうやら家令の家と知っていて見た事があるらしい。確かに幼いころからあるとそれが自然だ思ってしまいそうだなと納得した。


「私が……私がもっと勇気を出して外を見て回っていれば」と頭を抱えて落ち込むリーエル。


 彼女は容姿から引き籠る道を選んでしまった事を悔いていた。


「まだ半分以上は取り返せるでしょうから、安心してください。

 それに二人に罪は無いと思いますよ。全てを教える筈の教育係が犯人だったのですから。

 ですが、詰めを誤れば下手をすると逃げられるので、リーエルに直接領軍を動かして貰いたいのです」


「えっ、衛兵ではなく……?」と困惑を見せるリーエルにはっきりと告げる。


「もう奴らは国家に弓引いた逆賊ですので彼らの一族は全員連行しなくてはなりません。

 抵抗した場合には殺していい許可も出してください」


 他家でここまで言っているのには理由がある。これは国家に対する攻撃となるからだ。

 そうなると領主の裁量すらも越える。

 ある程度は決まりに沿ってやらなければハインフィード家の大きな過失となるのである。


 そう告げるが、納得していない様子を見せるリーエルに更なる問いかけをする。


「法律に関しては学んでいますよね。今回の件をゆっくり考えて照らし合わせてください」

「その、ブラウンと商会のトップが死刑なのはわかりますが、一族、ですか……?」

「はい。金額が多すぎて明らかに町の防衛に支障をきたしています。この場合は?」

「あっ! 国家への攻撃とみなす……」


 その声に頷き、一応僕は新参者なので付け加える。


「これは公爵家の手の者で調べ上げた話です。もし、心残りができる様なら領軍を使ってでも調べることをお勧めします。衛兵を使うことだけはお勧めしませんが……」

「武力の無い組織の鎮圧でしょ。何で衛兵じゃダメなのよ」

「十年間、不正に気付けなかった組織ですよ。

 繋がっている可能性がありますし、潔白ならそれはそれで調査能力が低い事が伺えます。

 故に、領主直々に連行しての取り調べです」


 そこまで言えばエメリアーナ嬢も理解した様で、リーエルと視線を合わせて頷き合っている。


「内密に出来るなら今すぐではなくても良い話です。最悪次の税収の時でも構いません。

 その事を念頭に置いて焦らないでくださいね。お金はうちからのもあるんですから」


 まあ、その場合は前もって軍に話を通しておいて貰うが。

 そう思って時間を取る為に一度この話は締めよう思って居たらエメリアーナ嬢が声を上げた。


「あんた、凄いのね。自分たちだけで全部調べて対応まで……」

「教わったから出来るだけですよ。それを言うなら貴方の武力だって変わらず凄い事です」


 エメリアーナ嬢は目を見開いて「そっか……」と強く握った拳を見ている。

 その拳が僕に向かわない事を切に願いながら気持ちを切り替える。


「さて、禄でもない話はこれで終わりとしましょう。

 後はちゃんと手順を踏んで持ち逃げされる前に回収できれば、色々と楽になりますよ。

 そうなればもう過度な節制も軍縮も要りませんから」

「本当に何から何まで、ありがとうございます。

 リヒト様には何とお礼を言っていいのか……」


 不甲斐なさを感じているのだろう。見た事が無いほどにしょんぼりして心なしか少し小さく見える。

 いや、大きいか……うん。小さくは見えないな。お互い様だが。

 よし、そろそろ多少の信頼はできたみたいだし小さく成って貰おうか。


 そう思い、僕はリーエルに一つお願いをする。


「では一つ僕からお願いが――――――――」

「は、はい! 何でも言ってくださいまし!」


 その声にゆっくりと頷いてからリーエルを見詰める。


「今日の夜、背中の空いたドレスで、人払いをして僕の寝室に来てくださいませんか?」


 秘密のお話が――――――――


 と、言おうとしたところでエメリアーナ嬢の拳が僕の顔面に迫っていることに気が付いた。


 そして、その時には、時すでに遅し。


 僕の視界は衝撃と共にゆっくりと暗転した。






「ほんと、油断も隙もないわね、この豚!」

「こら! なんてこと言うの! リヒト様にはちゃんと謝罪するのよ?

 そ、それに私は、リヒト様が望むなら別に婚儀の前でも……」

「えっ!? お姉様、こいつに抱かれても平気なの!?」

「えっ、夜のリヒト様がどんな感じかわからないし、平気かどうかは……」 


 何か姦しい感じがして目を開けるとやけに頬が痛かった。

 ああ、殴られたんだっけ。暴力女に……

 日は落ちてないしそこまでは寝てないな。いや寝た訳じゃないけど……


 そもそもなんで僕は殴られたんだ……


 いや、僕の言い方も悪かったか。

 最初に秘密を打ち明けるという話をするべきだったよ。けど話も聞かずに殴るか?


 気落ちしながらもチラリと視線を天井から横に流せば、何故か小さなお尻が視界に映る。

 寝返りを打てば顔が触れそうなほど近い位置にある小さなお尻。


 はっ!?

 なんで目の前にこんなものが目の前に!?


 人払いはしているし、お尻の小ささ的にエメリアーナ嬢のじゃん!

 なんでこんな近くにあるの!?

 やめてよ、僕まだ死にたくない!


 そう思って横になっているソファーの背もたれの方へと顔を背ける。


「あっ! リヒト様! エメリアーナがごめんなさい。ほら、あなたも!」

「あんた、誘うならもっとマシな誘い方しなさいよ。妹がいる所で、しかも仕事の報酬みたいに……まあ叩いたのは謝ってあげてもいいけど」


 叩いたのではない。殴ったのだ。しかしどうやら間に合った様だ。

 そう思いながらも、見下しながら言うエメリアーナにふつふつと苛立ちが湧いてくる。


「いやさ……キミ、馬鹿なの? 妹がいる所でそんなお誘いする訳がないだろ。

 お前が殴って止めたけど続く言葉があったの!」


「そ、それなら早く言いなさいよ!」と顔を赤くして逆ギレする暴力女。


「本当にごめんなさい。その、お詫びになるなら私が何でも致しますから……」

「いや、リーエルは悪くないだろ。それよりも話の続きだ。

 話を伝えるだけならもうここでいいや……絶対に大声を上げるなよ?」


 じっとエメリアーナに強い視線を向けると「わ、わかったわよ」と声を上げたので話を続ける。


「僕が十年書庫に籠った話はしたよね。あれ、自分の病気を治す為だったんだ」

「えっ!? これは進行してしまったらもう不治の病では……?」

「うん。今まではそうだった。僕が魔法を開発をするまではね」


「「ええっ!?」」と声を上げる二人に「しぃ~」とボリュームを落とす様に伝えれば「わかったから、早く!」と全然わかってないエメリアーナが続きを催促する。


「治療するには胸か背中に触れる必要がある。背中の空いた服が一番楽だと思って頼んだんだ。

 それとこの技術だけは盗まれたくないから弱いうちは僕が治せることすら伝えたくない。

 だから家の者たちには僕がキミにそういう事をしたと思わせておく方が都合が良くてさ……」


 そう。この魔法を開発できたのは十年の努力の結晶で幸運にも恵まれた結果なのだ。

 滅茶苦茶に苦労したし使い方次第では他の面でも有用だ。だからこそ秘密にして自分の力として取っておきたい。身内ならまだしもしばらくは外に漏れるのは困る。

 そう伝えたが、エメリアーナが訝し気にこちらを見ている。


「なんだよ……」

「治せるならなんであんたデブのままなの?」

「……うるさいな。これでも痩せたんだよ。

 ずっと増えていたのが三十キロも減ったんだからな!」

「ええっ……三十キロも減ったら私十キロだわぁ。醜い豚は大変ね!」


 カチーンと来た。こいつ、どうしてくれようかと睨みつけていると、物凄い形相になったリーエルがペチンとエメリアーナの頬を叩いた。


「なんてこと言うのよ! 最低よ! 本当に信じらんない!

 内心では私のこともそうやって馬鹿にしていたのね!?」


 怒りと悲しみに染まった顔で妹を睨む姉。

 今までそんな事はなかったのだろう。突然情けない顔に変わりエメリアーナも泣きそうになっていた。


「ち、違うの! お姉様には言ってなくて!」

「変わらないのよ! 貴方の心根でそう思うなら私もリヒト様も変わらないの!!」


 違う、違うの、と呟いて泣き出したエメリアーナだが、リーエルはそれでも引かず出て行ってと彼女を部屋から追い出した。 


「先に言っておく。謝罪は要らないよ。

 リーエルはリーエルだし僕のお嫁さんになる人だ。

 キミが謝る必要性を感じない時に悲しそうに言われても困るだけだから」

「ううぅ……リヒト様はどうしてそんなにお優しいのですか」


 優しくなんてない。僕の行動の大半は打算交じり。

 この家に来たのも僕の手で皆が苦労しない状況を作り上げて認められれば、楽なポジションで遊んで暮らせると思ったからだ。

 今だってその計画を遂行する為に色々と動いている。


 リーエルは心が綺麗な人だし一緒に居て心地いいので誓約した内容に嘘は無い。

 助けになれたら嬉しいし心から想い合えたらと思っている。


 太った肉体なんて自分の体で見飽きる程見ていて何とも思わないし、痩せる手段も確立させてある。

 だから、普通に僕にとって結婚して欲しい相手だ。

 逆に言ってしまうと、容姿が良くても楽なポジションでも、罵ってくる相手との結婚はごめん被りたい。


 そんな思いを真っ直ぐに彼女に伝えた。


「そ、そっか。そうですよね……私もリヒト様の体形は見慣れているので気になりません。

 じゃあ私、本当にあなたのお嫁さんになることを望んでもいいのですか!?」

「えっと、ちゃんと伝わってるよね?

 こちらからお願いしたいくらいだけど優しい男ではないよ。結構非道な面もある」


 念を押して伝えるが、彼女はそんな事はないと言わんばかりに首を横に振る。


「いいえ。あなたが私を受け入れてくれるなら、それでもいいんです」


 リーエルの『それでもいい』という言葉にジーンと来て涙腺が緩むが、堪えて笑みを返す。


「そっか。じゃあ、信じるよ。捨てないでね?」


 そう笑いかけると「それは私のセリフです」と漸く彼女はいつもの笑みを見せてくれた。



 それから二人で横領事件の犯人確保について話を詰めた。

 意外にも彼女は今すぐにでも終わらせてしまいたいと積極的な姿勢を示し、その晩、領軍による大規模な捕り物が行われる運びとなった。



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