第39話 洒落にならない事態


 戦勝パーティーも終盤に差し掛かった頃。

 宰相閣下の言っていた通り、陛下がやってくると話があると別室へと呼び出された。


「度々時間を取らせてすまないな」


 皇帝陛下からのお言葉を貰いつつも着席する。


 そう。

 呼び出しを受けた僕は、お城の応接間にて陛下と対面での席に着いているのである。

 だが陛下の顔色は芳しくないご様子。


「ええと、了承は頂けなかった感じでしょうか……?」


 ロドロア候は服毒刑を望んだのだろうかと心配になり、人払いはされているが一応名前は出さない様にしつつも問いかけた。


「んっ……あぁ、いや、そんな事は無い。

 当然、喜んでいたなんて事はないが一族を座して死なせるよりはと受け入れてくれた」


「そうですか。それは安心しました」と、言ったものの明らかに陛下のご機嫌が麗しくない様子で言葉が続かない。


 まあ、わからない振りをしているが、その理由は知っている。

 だってさっき宰相からご立腹だったって聞いたもの。

 だけど面倒なので掘り返したくはない。そんな面持ちの沈黙である。


 そんな微妙な空気のままで時が過ぎる。


「そ、その……どのような手筈でお連れすれば?」


 早くも沈黙に負けた僕は陛下に今後の予定を尋ねた。


「うむ。商人を使ってハインフィード領に送り届けさせようとは思っているが……

 孫娘が来ているならば候だけはハインフィードの屋敷に送った方がよいか?」

「そうですね。

 お客が来る予定も今はありませんし、そうして頂けるとルシータも喜ぶと思います」


 と、話していれば陛下もいつもの調子に戻った風に見えてきて漸く気が抜けた。


 のだが……


「話は変わるが、リヒトがアストランテと不仲になったことには理由があるのか?」


 と、結局面倒そうな話に変わってしまい気が重くなりながらも声を返す。


「どうでしょうか。特にこちらには覚えが無いのですが……

 殿下が何か申されていましたので?」

「うむ……怠け者で気に入らぬと、意味のわからぬ事を申してな。

 漸くリヒトの懸念を真の意味で理解した。最初はアストランテの言動からくる苛立ちで強く言っているものかと思っていたのだが、気を使って控えめに伝えていてあれだったのだな……」


 どうやら、言い合いになり殿下の本性をしっかりと把握したようだ。


「という事は、これからみっちり教育ですか……?」と問いかければ意外そうな目を向けられ、思わず首を傾げた。


「いや、アストランテは皇太子から降ろし幽閉する、と丁度先ほど近衛に伝えたところだ。

 一番被害を被ったであろうリヒトからそんな優しい答えが来るとは思っていなくて驚いてな」

「いえ、うちの父は兄上たちの事をあの年までずっと結論を出せずにいましたから。

 こう言うのもなんですが、ある程度慣れがあるといいますか……」


 殿下の方は使った兵が近衛だったが為に陛下に報告が行き不発に済んだが、うちはそうじゃなかった。


 だから追放という形になった。

 いや、有り難くもなってくれたのだ。


 殿下のやっている事も十分有り得ないのだが、皇族という点を加味すると一生幽閉するほどかと言われれば理由が弱い。

 故に、どうせ世に出てくるのであれば再教育して貰わねば困る、というだけの話である。

 決して彼に対して優しい言葉を掛けた訳ではない。


 と、全力で言いたいところだが、言い難く父上の話を出して苦笑する程度に留めた。

 どちらにしてもそれより聞きたい話が他にある。


「その、幽閉を決めたということはという事で宜しいのでしょうか?」

「そうなるであろうな。流石にもう我儘は言ってられん。

 とは言え、気は進まないのだがな……」


 そう言って陛下は昔、自身に起きた帝位継承争いの話を始めた。


 陛下には先代皇后の子である兄と自分、そして側室の子である弟が居た。


 僕もそれは知っている。不幸にあって亡くなったと教わった事がある。

 逆に言えばそこまでしか教えて貰えなかったのだが。

 その真相を陛下は語る。


 母親同士が仲が悪く側室の母親が息子と共謀し正室の実子である兄と自分、妹である母上、そして皇后へと毒を盛り、兄と母はそれを口にして亡くなってしまった。

 僕の母上が引っ込み思案になったのもそこかららしい。


 その事に大激怒した先代皇帝の自ら側室をその子ごと断罪した。

 たった僅か数日のこと。

 それからの先代皇帝は荒れに荒れ、仕事にも影響が出てとても杜撰な政務を熟したそうだ。

 果てには精神を病んで他界したそうだ。


 その事がトラウマで今の今まで側室を取るという事を恐れていたのだと陛下は言う。

 なるほど。先代のふざけた政務はその所為だったのか……

 きっと陛下はその埋め合わせや貴族の増長が負担になり動きを鈍らせていたのだろうな。


「まあ、甥っ子であるリヒトが皇家に養子に入ると言うのであればその方がよいが……」

「いえいえいえいえ! 僕はもうハインフィード家に入ると決まっておりますので!」


 あぶなっ……

 いまさらなんてことを言い出すんだ。


 受けたらリーエルとの結婚すら危うくなるじゃないか!


 それにサイレス家との約束どうするんだよ! 

 僕が婿入りするのだってあなたの言葉が始まりですよ!?


 まあ、それに関しては感謝だけど。

 ほんとに。

 今現在も幸せを噛みしめているくらいだし。


 婚約話の当初は父上がキレていたからそういう人なのかと思っていたのだけど、人柄を見て悪意から粗雑な扱いをしようとした訳じゃない事はもうわかってるし嫌悪感は無い。

 悪徳貴族の粛清にすらも心を痛めるくらいだし……僕としてはそこはいいだろと思うけども。

 相手が相応の事をしているのならば、気にするところは周囲の評価の方だと思う。


 微妙に僕と感覚が嚙み合わないんだよな。

 良い人そうなのだけども。


 ただ、ハインフィードとサイレスに悪感情を持たれることだけには危機感を持って欲しい。


「力関係上はリヒトが一番都合が良さそうなのだがな」

「何を仰ってるんですか。

 一番穏便に済むのは陛下が実子を儲けてそのお子が優秀に育つこと、です。

 あっ、でもそうなるとどちらにしてもミリアリア嬢のことが……」

「うむ。そこはどちらにしても話し合わねばならんだろうな」


 と、許された空気にほっとしたのも束の間、使用人が入ってきて陛下に耳打ちをした瞬間、ガタリと大きな音を上げて跳ねる様に立ち上がった陛下。 

 あまりに焦りが見えすぎる行動に僕も思わず固まった。


「マリファが倒れて意識不明だと!? 神官は!? この時間だと厳しいか?

 いや、そんな事は言ってられん! 手配はどうなっている!」


 確かにこの時間だと普通の人には会うことすら叶わない。

 そう。教会の治療には受付時間の厳守という決まりが存在するのだ。


 恐らくは教会のお偉方が遅い時間に呼び出されたくないと決めたものなのだろう。

 その時間を過ぎた場合には診療を受けてはならないという教義が存在してしまっている。

 遅い時間に瀕死になったのならその者の運命、なのだそうだ……ふざけている。


「今、呼びに行かせておりますが恐らく素直には従わないかと。

 直接呼び連れて来させても神官も教義に反したとされては身が危うくなりますので……

 強引にでも連れて来る様にとは告げてありますが、治療はできないと言い張るでしょう」


 なるほど。

 回復魔法を教わった神官が教会の教義を破ったとなれば確実に殺されるらしいし、殺されるからできないと全力で拒否しないと己の死が確定するのか……

 ともあれ、皇后陛下のお命ともなれば嫌だでは済まされない。

 皇帝陛下から死ぬ選択をしろと突き付けられると考えると神官は嫌いだけど流石に少し同情するな。


 しかし利権を守る為とはいえ、えげつないよなぁ。

 まあ多くの者に術式を教えているのにそれを他で使わせないようにしようっていう無茶を通すのだからえげつなさで縛るしか無いのだろうけど……


「ええと、薬草の効果で利くのかはわかりませんが……回復薬、使ってみますか?」

「っ!? そ、そうか! 献上された新薬を用意せよ!」

「あっ、一応少し効力の上がった最新式がありますのでよろしければこちらを。

 ただ、治癒効果のある薬草の効力を上げただけの物ですから病気そのものに効果を及ぼすかはわかりませんが……」


 権力の中枢では何があるかわからない。

 故に、新薬の一番効果が高いのを懐に忍ばせてあったので持ち合わせていた。


「そう言えばリヒトは病にも知見があったな。これより後宮へと赴く。付いてきてくれ」


 そう告げる陛下に、過負荷膨張以外は深く知らない事を告げたのだが、それでもと言われたので断れず付いていく事になった。


 そうして引っ張り出される様に応接間を後にし、馬車に乗り移動する。

 こうなるともうすぐには帰れないだろうな、とハインフィード家の者に先に帰っててくれと伝えて欲しいとお願いしつつも陛下に同行した。


 その道中、更に聞きたくない事を聞いてしまった。


 何と、アストランテ殿下が病で伏せっている皇后陛下を無理やり叩き起こし引っ張り出した事が原因だとか……


 おいぃ……!?

 その事が原因で亡くなりでもしたら大問題になるじゃないか!

 折角、権威を持ち直してきたのに一体皇家は何をやっているのだって話になっちゃうだろ!?


 せめて内乱で騒がしくなっている状態が落ち着くまでは波風立たせずに信頼を積み上げるところでしょうが……

 流れがある内に権威を不動なものとしなきゃ何も変わらないよ?


 いやまあ、嫡子が大問題を起こしたのはうちも一緒だけども。


 いや、うん。これで幽閉が盤石になる事を喜ぼう。

 皇后陛下さえ助かれば僕にとっては悪い話ではない。


 しかし、自分の病を治療したからとて僕が力になるとは思えないのだけど……

 藁にも縋りたいところなのだろうな。

 まあ、断る事などできないし病名を聞いて真剣に考えてみるしかないか。


 と、落ち着かない様子を見せる陛下に声を掛けてみた。


「その、皇后陛下のご病気はどのようなものなのでしょうか」

「ああ……体の中に質の悪い出来物ができる類のものだそうだ。

 傷ではないので治るとは思っておらんが、合併症で起こる炎症の類などは薬草でも治る筈だ。

 主な苦痛はそちらかららしくてな。体力を奪うであろう苦痛が無くなるだけでもありがたい」


 ああ、医学の本で読んだな。

 若い人がなるのは割と稀有なのだとか。

 どちらにしても教会の回復魔法でダメなら僕の魔法でも一緒か……


 そうした考えを回しながらも後宮へと連れて行かれ皇后陛下の寝室へと足を踏み入れた。


 基本的には皇族以外の男子の立ち入りが禁制のその場所。

 今回は医師という名目なので問題は無いらしい。


 そんな場所へと緊張しながら入ったのだが、ベッドの周りにいるメイドたちが涙を流していて背筋が凍った。

 駆け寄り名前を呼びながら手を握る陛下だが、触れた瞬間、目を見開いて固まった。


「申し訳ございません。連れ出そうとする殿下をお止めしたのですが力及ばず……

 皇后陛下は床に戻ってすぐに息を引き取られました……」


 そう言って泣き崩れる老婆だが、陛下は放心していて言葉を返さず皇后陛下をずっと見詰めている。


 誰も何も言わず、すすり泣く声だけが僅かに響く。


 しばらくして、陛下は立ち上がり放心した顔のままで周囲の者たちへと告げた。


「話は聞いている。その動機もな……お前たちの責ではない。

 だが、心が追い付かぬ。マリファと二人にしてくれ」


 そうして後宮のメイド長であろう老婆に手を貸しながらも使用人たちはその場を後にした。


「陛下、私も下がります」と、僕がここに居る訳にもいかないので簡潔に言葉を返す。


「あ、ああ。悪かったな……」

「いえ、今は皇后陛下とのお時間を。失礼いたします」


 そうして部屋を出たものの後宮で一人歩く訳にもいかず、泣いているメイドに外までの案内を頼み、若干放心したままハインフィードの屋敷まで送って貰った。





 そうして戻ってきたものの、考えが纏まらずぼぉっとしていると皆に気取られてしまった。


 僕の様子を心配するリーエルたちだが、流石に皆にペラペラ話していいような事ではない。

 とはいえ、当主のリーエルには今後の判断基準の一部として知っておいて欲しいと彼女にだけは真相を話した。

 そうして皇后陛下がお亡くなりになった事とその経緯を伝えるとリーエルも目を伏せる。


「エメリアーナにも内緒にした理由はわかるね?」

「はい。露見すれば病からとはいえ母殺しの皇子、となりますわね……」

「うん。リーエルにはアストランテ殿下はそれほどに酷く、皇位継承が難しい立場になったという事を理解していて欲しくて話した。

 僕自身それほどに酷いとは思っていなかったから更に認識を改めないといけないと思ったよ」


 そう。そして後継は殿下だけ。

 その殿下の継承権を完全に取り上げるとなれば当然、様々な思惑が動き出すだろう。


 我が家から正妃を、皇家の血筋である当家から養子を、と。

 その可能性がある、と匂わせるだけでも周囲との関係が明るくなり、強い繋がりを作ってしまえば話が流れても関係は残る。

 不謹慎さを気にしない程に利が欲しい所は是非ともあやかりたい事案だろう。


 そう。可能性があるというだけでよいのだ。

 国の安定の為にという大義がある為、悪い事をしている様には映らないのだから動く者は多いだろう。


 それほどに皇后の席というのは重い。

 ミリアリア嬢がアストランテ殿下でも仕方ないと思う程に。


 そうした思惑が始まった時点で分断を生み水面下での争いが始まる。

 一番近い血筋に居るのが僕だ。否が応にも争いの渦中に引き込まれる立場にいる。


「だからこそ、国が発表するまでは絶対に秘密にしてほしい」

「では後は近衛の方や使用人たちから話が回らなければ、というところですわね」


 使用人たちは実際に見ていたので噂程度の情報ではない。

 病で臥せっていていて歩くこともままならない母親を、私欲で無理やりにたたき起こして引っ張り出し、それが原因で息を引き取った。


 そんな重たい情報なだけに、お城に奉公に来ている使用人たちも当主次第ではあるが実家に知らせなければ家での立場が無くなる者もいるだろう。


 あくどい当主であれば、何のためにコネを使って皇后付きまで上げたのだ、と激しく責め立てられてもおかしくない案件だ。

 少なくとも当面は外に出さないレベルの情報の遮断を行うだろうが、連絡が取れるようになれば国家機密と言われていようとも漏らす者が出てくる可能性はある。


「この先、アステラータ帝国はどうなってしまうのでしょうか……」

「陛下は側室を娶って子を成すとは言っていたけど、皇后陛下がお亡くなりになる前に言っていたことだからね……とても失意されていたから心が落ち着くまで時が掛かるだろう」


 そう返すと「リヒト様が皇帝になるというお考えはありませんの?」と問いかけられたので、もしそれを受け入れた場合の話を上げた。


 まず、ハインフィードが中央での権威まで持ってしまっては止められる者が居なくなる、とリーエルを国母にすることは大反対されるだろう、という事。

 恐らくは皇帝に力を持たせたくない者や、実際に次世代を憂う者たちが言い出すと思われる。

 ハインフィードに実権を奪われる、と。

 まあ、ハインフィードに実権を奪える程のブレインなど存在しないのだが……

 杞憂民が多数出現することだろう。


 それを押し通したとしても、ならば正室を他から迎え入れてくれと強く強要される筈だ。

 妻を複数人迎えるのは僕としても帝位を継ぐなら当然だと思うのでその可能性も高い。

 実際貴族家当主でも正室がバンバン生んでくれなければ強要されるものだしな。


 その点、リーエルは女辺境伯だからその懸念が無い。

 僕が他から側室を迎えても意味が無いからだ。


 それに今まで皇家が適当やってきたつけも僕らが払わなければいけなくなる。

 つまりは自由を奪われ激務をこなすだけでなく、今までの皇家の不義を責められる立場になるということだ。先代だから、僕はやってない、など言っても被害者は納得しないのだから。

 その上で正当性の薄い継ぎ方という事で臣下に認めて貰い難い立場に身を置くことになる。


 当然メリットの方も過分にあるのだが、僕の望む人生ではないな……


「皇太子どころか嫡子としての教育も受けてないしね。色々と問題だらけになる。

 何より僕は君だけを愛したい。国からしたら我儘な話なのかもしれないけど……」


 とはいえ、これ以上子を作れないと知りながら一子だけでいくと側室を迎えなかった陛下や、それを容認した臣下に問題があるのだ。

 そこに過失が無いとは言わせない。


 まあ、リーエルが病気で臥せっている状況なら僕もリーエルを優先したいと思ってしまうので気持ちは重々わかるのだが、そのつけは僕のつけじゃないのだ。

 お支払いはご自分でどうぞという話である。


「だから僕が受け入れるかどうかの基準は国が危うくなるなら、というところに置こうかと思ってる。まあ、まだ国の総意として求められるかどうかはわからないしね」


 そうして僕の感じた懸念点を告げると、リーエルはおずおずと胸にしがみ付いてきた。

 胸にリーエルの温かさと柔らかさを感じる。

 あっ、いい香りまでしてきた……


「申し訳ございません。甘く考えすぎていました……

 私も我儘が通るならリヒト様に一番に愛されたいです……リヒト様」


 そう言って顔を上げたリーエルは潤んだ瞳で唇を寄せてゆっくりと目を瞑った。


 い、いいのだろうか……


 と、思うが問いかける場所ではない、と心臓に早鐘を打たせながらも唇を合わせた。


 やばっ。

 僕、妖精の様な美少女と唇を合わせちゃっているんだけど……

 リーエルとキスしちゃったよ。

 しかも求められて。

 もう、自分を止めなくていいよね?


 そんな自己完結に陥り、僕は彼女を深く抱きしめた。


「――っ」と、一度体を強張らせた彼女だが、ゆっくりと背に手を回して抱き返してくれた。


 そうして暫く経ち、ゆっくりと唇を離しつつも至近距離で見つめ合う。


「リ、リヒト様……」

「リーエル……」


 そうして僕らは名前を時折呼び合い瞳に吸い寄せられて生き、何度も唇が触れ合うだけのキスを交わした。

 キスをするたびに想いが溢れて愛おしさが増す。

 元々大好きなのに、こんなんじゃ馬鹿になってしまう。


 と、体を離しつつもリーエルに決意表明する。


「決めたよ。そうなって欲しいという願いではなく僕が成す。

 何が起ころうとも僕は僕の我儘を通す。キミを一生離さない。

 どんな状況になろうとも、例え皇帝になろうとも正妃はキミであり僕の一番だ。

 その為になら、やれる事は何でもやってやる」

「ふふふ、とってもとっても嬉しいですけど、そこはにしてください。

 その願いは一緒に叶えたいのです。私だってどうしたってあなたが欲しいんですよ?」


 そう言ったリーエルの潤んだ瞳での笑顔は破壊力が高すぎた。

 語彙力どころか根本的な思考能力すらやられてしまいそうだ。


 ……ほんとやばい。

 やばいがやばい。


 もう一度抱きしめたくて堪らないが、抱きしめたら無理やりにでも押し倒してしまいそうだ。

 振り切るな、僕の理性……


 そうして、嬉しさが理性を助け欲が理性を攻撃する攻防が続いたが、何かに気が付いた様子で羞恥を感じさせる顔をしたリーエルがお股を押さえて一歩下がったことで状況が移り変わった。


「じゃ、じゃあ、二人も心配しているでしょうから!

 そ、その……あれ、なんて伝えましょう」


 あわあわ、と少し距離を取りエメリアーナやルシータの話を出すリーエル。

 リーエルは言えない話だったと我に返っているが、僕はそんな様すら愛らしいという想いばかりが浮かぶ。


「ああ、それならロドロア候がハインフィードへと来ることを選んでくれたから、そっちの話で呼ばれたことにしておこうか。実際に最初はその話だった訳だし」

「あら! それは良いお話……ですが、それだとリヒト様のご様子と合いませんが?」

「そうなんだけどね……一応そっちは聞かれても時期にわかると告げておくだけにしよう」


 皇后陛下がお亡くなりになった事を長く隠す様な真似はしないだろうから、と伝えれば理解してくれてそのまま僕らは二人の元へと向かった。




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