第51話 敷き詰まった予定


「さて、トルレー子爵領の件にはまだ話に続きがある」


 と、代官任命が終ったところで僕は再び場を仕切る。


「エメリアーナ、騎士団の調子はどうかな?」

「はぁ? どうして私の話なのよ。トルレーの話の続きじゃないの?」


「まあ、順調と言えば順調だけど……?」と首を傾げる彼女。


 どうやら、新しい騎士団でも何とか取りまとめ役をやれている様だ。

 苦戦するかと思ったのだけど、最初にライアン団長たちの元で扱かれたからかな?

 そんな事を思いつつも頑張ったんだな、と彼女の頑張りを心の中で褒める。


「うん。トルレー子爵領が僕の領地になっただろう。

 という事はつまりサンダーツが僕に賠償しなければいけない立場になった訳だ。

 戦争が現実的になれば強制的な徴収すらもできる様になる。

 つまりは武力をもって攻め入れる、という事だ」


「……やるのねっ!?」と、エメリアーナがお決まりの台詞を叫んで立ち上がる。


 相当サンダーツ家にはご立腹だったからなぁ。

 ロドロア戦で十分懲らしめただろうに。


 ただ、おかしな領主を引き摺り下ろせるという好機は逃したくない。

 特にトルレー子爵領の隣接地だしな。場合によっては死んでもらうこととなるだろう。


「まだだけどね。ルドレールとの開戦が決まればやっていいと陛下から言質を貰っている」

「えっ、何でルドレールが出てくるの?」


 えっ、サンダーツに兵を入れていた事をもう忘れたのか?

 ああ、何故それが理由になるのかがわからないのか。


 と、考えながらも説明する。


「大っぴらに他国の兵が入ってきているなんて告知はし難いものなんだよ。

 証拠を残してないみたいだからその事でルドレールを突いても逆ギレする算段なんだろう。

 自国では防衛に懸念を示されルドレールとはただ関係悪化するだけに終わるから発表するかどうか迷うところなんだ。

 国内に告知したら必然的にルドレールにも抗議を入れないとならなくなるからね」


 と、雑な解説だが、こういう言い方の方がエメリアーナにはわかり易いだろうと伝えれば「ああ、もう! 逆ギレが当たり前なんてホントクズばっかね!」とご立腹加減だが理解はした様子。

 ただ認めない事こそが外交手段みたいな状況も国としては割とあるのだよ。

 歴史を振り返れば我が国もやっていること。


「ただ、戦争になればそんな配慮は一切要らない。だから開戦したらやっていいよって話」

「ふーん。話がわかるじゃない。それまでに騎士団を育て上げとけって事ね?」

「うん。とはいえ、被害は出したくない。

 攻め入れる状態になっても前を張るのはキミらの様なベテランにお願いするけどね。

 雑用や戦闘の補助をしつつ戦争の空気の体験だけをして貰いたい」


 国同士の戦いになればもっと激しいものとなる。

 いきなりそれを味合わせるよりも先にワンクッション入れたいところだ。

 あと、対人戦なんて経験が無い者が殆どだろうからそちらも経験が必要だ。

 僕ら領主家の令息は死刑囚の刑執行をさせることが慣例となっているので慣れがあるが、最初は結構な精神的苦痛を味わうということは身を以て知っている。


 戦争時にも領地に置いておけるのならばいいのだが、英雄の墓で戦えるわけでもないのでここを守らせることはできないし、全てをライアン殿たちに担わせるのも違う。

 あの人たちなら無理をすればできてしまうのだろうが、それでは後継が育たないのだ。

 となると、隊を分けて補助としての仕事をさせ、その分手の空いたベテラン騎士を戦争に当てさせてもらう形になるだろう。


 そんな話をエメリアーナにすれば彼女は真剣な顔で頷いた。


「そう。あいつらを生かす為に必要ってことね。わかったわ。

 私らの補助なんてまだ到底無理だからもうちょっと討伐頻度を上げて万全にしておく」

「ああ。まだ追い込まれている訳じゃないから無理はしなくていいからな。

 ある程度仲を保てる程度に扱いてやってくれ」


「任せなさい!」と鼻息を荒くする彼女を見て、大丈夫かな、と不安が襲うが話し合う事は沢山あると話を続ける。


「続いて、これもサンダーツの話だがあそこには監視が必要だ。

 グランデからも諜報の兵が入っている筈だが、隣接地であるトルレーからも探りは入れたい。

 これはゲン爺にお願いしてもいいかな。スルトの時と同じで軽く探るだけで構わないから」


 物資や人の流れなどは隣の領地の方が把握しやすいだろう、と補足を入れた。


「あい、わかった。あやつはリヒト殿の言に感動してやる気になっていたがな」

「はは、根本がわかってくれているといいな。人の命を守る為に情報が欲しいという事を……

 ちゃんと自分の命も勘定に入れて安全なことだけやってくれてればいいのだけど」


 そう呟けば方々から疑問の声が漏れた。

 諜報活動は元々危険なものでは、と。


 どうやら、諜報は命懸けのヤバイ仕事だけだと思っているらしい。

 全然そんな事は無い。町での聞き込みなども諜報活動の一種だし、物の出入りを監視するのもそうだ。そこに危険は無い。

 確かに重要拠点に忍び込む様な状況もあるにはあるが、それは事が大きすぎて無理してでも得なければならない情報を拾う時だけだ。

 基本はコネクションを作り、雑談の過程で遠回しに問いかけを行い情報を抜く事が多い。

 そうした情報の取り合いをしたいからこそ貴族は本題に直ぐに入らない事を優雅などと評している節があるくらいだ。


 戦争という大事ではあるが、今回はこちらも引けないのだから回避する鍵にはならない。

 情報はラキュロス公やシェール侯から入ってくる。

 それも時間を掛けて作ったパイプでの情報。

 だから今は無理をさせても仕方が無い状況なのだ。

 コネクションの足掛かりを作っておいて後々動き易くしておくくらいの腹積もりである。 


 そんな話をスルトにも一応したのだが、ゲン爺の声を聴いて再び不安に思った次第である。


「まあ大丈夫であろう。あやつは身元を隠して城で働いていたこともあるくらいだからな」


 へぇ……そうした経験を持っているなら大丈夫か。


 そんな雑談の様な会話を挟んで次の話に移り変わる。 


「それともう一つ。フレシュリアの第一王子が近日中にお越しになる。

 メルフィ、頼むな?」


 と、エルネスト殿下の傍付きに選んだメイドに声を掛ける。


「エメちゃん……じゃなくてエメリアーナお嬢様よりは楽な人なんですよね?」


 エ、エメちゃん!?

 あ、あれ……?

 もしかしてこの子、ポンコツだったりするのか?


 こんな場でそんな言い間違えをする彼女に不安に思いつつも驚いた視線を向けていると、エメリアーナが「ちょっと! 私よりは楽ってどういうことよ!?」と怒り出す。


「えっ、だってエメちゃんすぐそうなるじゃん」と彼女は飄々と返す。


「あんたがそんな事を言うからでしょうが! リヒトもよ! 陰でなんて言ってたの!?」

「いや、ただ王子はやんちゃな面もあるがいい人ではあるから楽な仕事になる筈だと言っただけだけど?」


 そう。エメリアーナの幼馴染と聞いて安堵したのは確かだが、特にその話はしていない。


「そんなカリカリしてるからダメなんだよ、エメちゃんは!

 皆そのくらいの事じゃ怒らないんだよ。

 ほら、笑って! すっごく可愛いんだから勿体無いでしょ?」


「そ、そんなお世辞には騙されないんだから……」と、言いながらもすっかり怒気を消したエメリアーナ。


 お、おお……そういう手も利くのか。

 いや、これを僕がやったら逆効果かな。

 うん。やめておこう。


 しかしちょっと不安になってきたな。この子で大丈夫かな……

 いや、エルネスト殿下なら多少の粗は見逃してくれるだろう。文句は言ってくるかもしれないが……

 なら多少の無礼さよりも安全を優先したい。彼女なら臆せず止めてくれそうだからな。


 と、考え込んでいるとリーエルが変わって説明を入れてくれた。


「エルネスト殿下には数日本邸にて過ごして頂いてから、元家令の家に移って貰う予定です。

 そのつもりで家の中も準備を整えておいてくださいね」


 そうリーエルからの指示にメイド一同が畏まりました、と頭を下げる。

 リーエルお嬢様は執事やメイドたちからも大人気だ。

 彼女の声に皆一同やる気を見せている。


 そっちの話は直ぐに終わり、次は英雄の墓への遠征の話へと移り変わる。


「ライアン殿、次の遠征はいつかな?」

「二週間後ですな。こちらは何の問題もありませんぞ」

「それは重畳。ただ、次回は僕らも行きたいんだ。戦争前に地力を上げておきたくてね。

 勝手で悪いのだけど、少し予定を早めて貰うことはできないかな。

 色々こっちの予定が押しててさ」


 そう問いかければ早めるのであれば何の問題も無いと笑うライアン殿。

 そんな彼の好意に甘えてエルネスト殿下が到着した二日後として貰った。


「ああ、そうだ」と、トルレーの件で言い忘れていた事を思い出して口を開いた。


「トルレー子爵領へと赴く時、一月程度の間だけだけど兵を沢山連れて行きたいんだ。

 衛兵から八十、ハインフィードの新兵を全員、ライアン殿の隊から十ほど借り受けたい」


 そう告げて「どうかな?」と問題は無いかをリーエル、カール、ライアン殿に問う。

 そこで『何故衛兵から』という事に疑問の声が飛んだが「それはただの数合わせの示威行為だよ」と告げれば皆納得していた。

 そしてカールとライアン殿は異論が無いと言い、リーエルに視線が向き彼女が「では、そのように」と言ってくれて決定事項と変わる。


「ちょっと待って。新兵を育成しろって言ったじゃない。そっちはどうすんのよ」

「トルレーのダンジョンで育成すればいいじゃない。軍事演習としても丁度良いでしょ。

 僕としてはサンダーツとは戦わずに明け渡して貰いたいから大人数で行きたいだけだよ」


 そう告げると彼女は「はぁ? 何でサンダーツなんかに気を使ってるのよ」とムッとした顔を見せる。


「はは、僕があそこに気を使うはずがないだろう?」と悪い顔を見せれば、彼女は困惑を見せながらも「な、何をするつもりなの?」と興味津々に疑問を投げた。


 それはとても説明し難い問題だ。

 若年のエメリアーナを筆頭にした若手騎士団を連れて行って多少舐められたいと考えているだけなのだから。


 彼らにはサンダーツに戻れば大丈夫だ、と思っててもらいたいのだ。

 危険を感じさせ過ぎて財産の移動などをされて逃げられたら堪らないからな。

 それに最大限の警戒をさせるというのは相手を強くすることと同義。


 だから今は侮って貰っていた方がいいのである。

 人数と国の威光を頼りに戦わずにトルレーを明け渡して貰いたいところ。


 だが、そんな事を言えば『私を向かわせて侮らせるってどういうことよ!?』と怒り出すのは目に見えている。

 だから僕はエルネスト殿下を見習ってニヒルな感じを醸し出してみた。


「ふふ、まだ秘密だ。だが、狙った獲物を逃がす気は一つも無いぞ。

 サンダーツには相応の罰が下る事となるだろうな」

「ふーん……いいわ。何をするのか楽しみにしてる」


 と、期待に満ちた目を向けるエメリアーナ。


 実は何も無いんだけどな……


 と、そんな彼女にちょっとだけ罪悪感を感じつつもリーエルに主導権をお返しした。 

 そこからはハインフィードの内政の話に切り替わり、居ない間の報告を聞いたり事業の進捗を聞いたりした。


「皆さん、わたくしたちが不在の間よくやってくれました。

 その調子でこれからもお願いしますね。では、今日はこれでお仕事は仕舞いと致しましょう」


 と、話が締められ会議の終わりが告げられた。

 その後、いつもの応接間にいつもの面子で戻るとゲン爺がほほほと笑う。


「ハインフィードには仕事ができる者が沢山居る様で何よりだのう」

「あら、それは誤解ですわ。カールさんたちはグランデ家からお借りしている人材ですもの」

「何を仰る。そのカール殿が育てた人員はハインフィードの者であろう。

 報告をしっかりと聞けば己で考えて動けているかはわかるものだ。

 流石はグランデの次期家令と言ったところか。よく育て上げておる」


 その声にリーエルが「そう、ですわね……」と噛みしめる様に微笑む。 


 そこからゲン爺はルシータにトルレーの事を色々聞かれていた。

 それに僕らも乗っかって色々と勉強させて貰った。


 意外にも先代の当主も有能とは言い難い人の様で、色々問題がある人物だったそうだ。

 それ故に近隣からは距離を置かれていたそうだ。

 なるほど。

 だから出戻り令嬢の見合い相手がサンダーツ伯くらいしか見つからなかったのか。


 まあ、そりゃそうか。

 被害者だから善人とは限らないものな。

 逆に善悪を置いておけば、目を付けられる様な問題を抱えている場合の方が多いか。


「それ故に、どれほど領内がこんがらがっているものかと少しばかり不安でなぁ……」

「なるほど。当然ですが、最初は一緒に行って周辺領地との調整はやりますから。

 ただ領地内の方は時間があり次第となるので難しいかもしれません」

「うむ。よろしく頼みたい。

 フランシスに絡まれてコルベール伯と揉めたそうだが、そこもお願いできるのだろうか?」


 あぁぁ……あそこも隣接地だったか。

 それで意味不明な名乗りを上げたのね。

 トルレーなら是非とも欲しい、と。


「いいえ。あそこは全てにおいて無視します。ハインフィードに喧嘩を売ったのですから。

 ゲン爺も相手にしなくていいですよ。了承も無しに来た場合は帰れと言って構いません」


 ニコリと笑ってそう返せば「ほほほ、リヒト殿を怒らせたか。コルベール伯も下手を打ったのう」とゲン爺は笑う。


「すみません。私の所為で……」と根源が自分にあると小さくなるルシータ。


「違うよ。あの会話の中でね、ルシータとは関係のないところでコルベール伯はハインフィードに喧嘩を売ったんだ。だからルシータの所為ではない。

 ここはゲン爺と一緒になって笑い飛ばして平気なところだよ」


 そう告げれば「そうなのですか」とゲン爺を見上げるルシータ。


「ふはは、領主様がそう言っておるのだから間違いあるまい」


 実際問題、あの時、ルシータの話が中心にあったとしても彼が僕らに喧嘩を売った要因は陛下の言と伝えたことを受け入れなかった事や、ハインフィードのテーブルで怒鳴り声を上げるなどの軽んじた行動をしたことだ。

 だからこそ舐められてはいけないと小芝居までやって言い返した。


 先日の会議でも直接僕に喧嘩を売ってきたしな。


「それはそうと……色々大変だなぁ。エルネスト殿下の受け入れと、討伐遠征とトルレーへ行って主権を取り上げて家内の調整をして……それからサンダーツの監視に戦争の下準備……

 あっ! その前に新薬の増産の方も見に行かなきゃ。

 よし、こうなったら複数同時に熟そう。勝手に来た義兄上を付き合わせればいい」


「暫くはお城の内部の事なんて考える暇もなさそうですわね」と、息を吐くリーエル。


「うん。そっちはトルレーから帰ってきてからだね。それまでハインフィードを頼むよ」


 そう伝えると「えっ……」と悲壮な顔を見せる彼女。


「えっ、だって予約を入れちゃったからお客様対応があるでしょ?

 それを頼めるのはリーエルしかいないんだよ。エルネスト殿下の事もあるしね」


 そう伝えれば苦い顔ながらも納得した様子を見せるリーエル。


「あぁ……そうですわね。一月程度、なのですよね?」

「ああ。その程度の期間があれば顔合わせ程度は凡そ片づくだろう。

 申し訳ないのだけど少しの間離れることを許して欲しい」

「むぅ……一緒のお仕事がよかったのですが、我儘は言えませんね。わかりました」


 と、リーエルにまで負担を強いる状況だが、これは僕がやると決めてきたこと。

 これ以上僕自身が愚図っては居られないと姿勢を正す。


 よし、やるか、と。


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