第52話 早すぎますよ、義兄上


 次の日、エルネスト殿下がハインフィードの屋敷へと馬車を引き連れてやってきていた。


 早いよ。早すぎるって。

 絶対手紙を出すと同時に出て来ただろ……


「義兄上……手紙に書けばいいってものじゃないんですよ? しかも何ですかこの小さな文字は!」と、僕はエルネスト殿下が到着した早々に手紙の件で文句を言っていた。


「ははは、バレたか。まあフレシュリアの事なら気にする必要は無い。

 そっちで不都合が出来れば俺が対応するのでな」


「はぁ……それで、この大荷物はなんです?」と、全く意に介していない義兄上に嘆息しながらも荷馬車を指さした。


「この一台は、俺とエルドからの礼の品が積んである。

 こっちが父上と母上だな。妹のマリーからもあるぞ」


 ええぇ!?

 家族全員からなの!?


 嬉しいことではあるのだけど、王家からの礼ってどんな物なのだろう。


 と、リーエルと目を見合わせながらも「今見ても構いませんか?」と問いかけた。


「うむ。放置せん方がいい物もあるのでな」と傍付きに命じて荷を解かせた。


 続々と大きな箱が並べられていく。


「先ずはこれだ。お前ら風乗りが気に入ってただろ?」


 と、開けた箱の中にはどこか見覚えのある何かしらの装置みたいな物や骨組みの鉄骨の様な物が入っていた。


「えっ……もしかして」と視線を向けると義兄上はニヤリと笑う。


「うむ。ハインフィード家のみに運用を許すという条件で魔道具の使用権をもぎ取ってきた。

 複製をしてはならんが、ここに在る十組は好きに運用するといい」

「ええっ!? いいんですか!? これ、国の機密の部類なんじゃ……?」


 遠距離の移動ができずとも、索敵なんかにはかなり使える筈だ。

 それを他国に出すというのはまずいんじゃ……


「構わんさ。直接的な武器という訳でもない。うちからの信頼の証だと思っておけ」

「それは大変喜ばしいことですが……

 他所に漏れるのが怖くてちょっと町での運用し難いですね」


 そんな僕の気後れに「それだけ感謝しているということだ。受け取れ」と彼は笑顔を向ける。

 それに感謝の言葉を返せば次の品に移った。


「これはエルドからだ。スパイスウィードが入っている。どこか適当に植えてやれ」


「う、植える……?」と、困惑しながらも指された荷車の方へと向かう。


 恐る恐る中を見れば、鉄格子の中にうねうねと動く植物が入っていた。


「これ、大丈夫なんですか……?」

「危険はほぼ無いぞ。赤子を隣で寝かせたりでもしなければな。

 健常であれば五歳の子供すらも害せる力は無い」


 そう言いながらも、注意事項を説明してくれた。

 数十年から百年ほど先の話となるが、進化する可能性があるらしい。

 進化しても低層の弱い魔物になるくらいだそうだが、一般人には多少危険があると言う。

 フレシュリアでは討伐しないで収穫し続けるから進化してからの討伐となるのが普通らしい。

 ただ、それも収穫を定期的にやっていれば先ず進化しないそうだが。


「そこら辺が気になるようなら満足するほど取ったら処分してくれと言っていた」


 お次は、と出されたのは衣装だった。僕とリーエルの二人に合わせたパーティー用の物。 

 王妃様と王女様からの物らしい。


「よ、よろしいのでしょうか、こんなに頂いてしまって……」


 続々と出てくる十着はあるドレスにリーエルも目を回していた。


「知らなかったか? フレシュリアは産物に恵まれていて金持ちなんだ。

 海で製塩業が盛んなだけでなく鉱物資源も豊かでな」


 それは知っている。その山脈の半分はうちにも深く差し掛かっていてそこでも鉱物が取れるからだ。


 ああ、そう言えばフレシュリアの鉱脈は完全に王家所有だったっけか。

 そりゃ、豊かにもなる。


「最後のは父上からだ。開けてみろ」と、豪華な宝箱を差し出す。


 もうこの箱だけでも高価そうなのだが……

 と、恐る恐る開けてみると、そこにはぎっちりと大金貨がぶっつまっていた。

 国から貰った褒美の十倍近くありそうなんだが……


「大金貨で二千ある。治療費と数年俺を預かる間の金も含まれているからよろしくな」


「いや、流石に多すぎでは?」と、気後れし過ぎて頬が引き攣ってしまう。


「まあ、その分俺の我儘を聞いてくれればいいさ」

「いえ、絶対国王様はそう思っていないのでそこは却下します。

 その我儘に打ち勝って上手くやってくれってことでしょうから」


「……お前、よくわかったな」と驚愕した顔を見せる義兄上。


 どうやらそれっぽい事を言われていたご様子。

 やっぱりか、と思いながらも「立ち話も何ですから」と中に案内して腰を落ち着けて貰う。

 傍仕えとして連れて来たのは二人だけのようだ。


 こちらは僕、リーエル、エメリアーナの三人でのお出迎え。

 ルシータやゲン爺はロドロア一族に移動の準備がある為、そっちに行っている。


「一応、護衛の兼ね合いもありますので聞いておきたいのですが、そちらのお二人は戦えると思ってよろしいでしょうか?」

「ああ、流石に第一王子の付き人であるからな。結構な腕前だぞ」


 義兄上がそう言うと二人は前に出て頭を下げた。


「私はシャリエス・アルクスと申します。こちらは弟のハリスです。

 二人とも深層の入り口でなら一人で周れる程度の実力、とお見知り置き下さいませ」

「おお、それは安心ですね。それともう一つ、義兄上の付き人は長いのですか?」


 そう問えば「はい、幼少の頃からとなります」と彼女は綺麗な姿勢で頭を下げた。


「では、義兄上の駄々を止められると考えても?」

「ええ、勿論です」


「おい……?」と、心底心外そうな視線をこちらに向ける義兄上。


「ははは、冗談ですよ。場を和ませる為のジョークです」


「絶対に嘘だろ」と睨まれるが、すっと視線を逸らしてこれからの事に話をすり替える。


「先ずは金銭面にあやふやな所があるので最初にしっかりと分けましょうか。

 二千枚のうち、どの程度を義兄上の金として残せばいいですか?」


 随分と直球な物言いだが、これは最初にはっきり決めてしまった方が互いの為。

 僕からは決めづらいので出した側である義兄上に決定を委ねた。


「そうだな……俺の分は多く見ても大金貨五百もあれば十分だろう。

 元々金を使う方ではないからな。残りは好きにすればいい」

「うーん……では千枚をハインフィードで頂いて残りの五百はどちらかが必要になった時、互いに相談して納得した時にのみ使える物にするという事にしましょうか。

 義兄上には必要無いとは思いますが、互いの利点を残した方が相手を気遣えたりしますし」


 そう。関係が良好ならおねだりが利く。

 そんな状況下にしておくというのは長い目で見れば割と有効だったりする。

 義兄上の性格的に意味無さそうではあるが、逆に言えばブライドが邪魔をして我儘を言い難い状況になる可能性もある。

 知らないところで無茶をされても困るので最初から余剰分を残す形にした。

 まあ、大金貨五百もあれば屋敷の維持費があるとはいえ無駄に見栄を張らなければ十年で考えても普通に足りるけど。


「ほう。では義弟からのおねだりをゆっくりと待つとしよう」とニヤニヤこちらを見る義兄上。


「ははは、これでも僕は利権持ちですから。割とお金持ちですよ?」と対抗してドヤ顔を返す。


「おお、聞いた聞いた。今、巷を騒がしている飲み薬であろう?」 

「ええ。義兄上にも特注品を幾つかご用意致しますね」

「おお! それなら無理な運動もできるな!」


「「「いけません!」」」と僕とリーエル、そしてシャリエスさんの声が被った。


「いや待てっ! 何のために制止を振り切ってまで無理やり出て来たと思っているんだ!」

「いやいや、立場を考えてください。制止されたら止まって下さいよ。

 姉上の結婚式が終ったら構わないと言われているんでしょう?」

「お前は止められなかったからそんな事が言えるんだ!」

「はーい残念! 僕も早期に痩せる訳にはいかなくて一年ほど我慢しましたぁ!」

「自発的なものであれば別物だ!」

「我慢を強いられる以上、同じですぅ!」


 そうしてじゃれ合いの様な言い争いをしていると、何故か周囲が生暖かい目を向けていた。

 何やら気恥ずかしくなり僕と義兄上は咳払いをして誤魔化す。


「あぁもう、わかったわかった! じゃあ俺が面白いと思える仕事を寄越せ!

 暇をさせた分勝手に痩せていくからな!」

「いや、どんな脅し文句ですか。

 あぁ、でも仕事を押し付ければいいだけなのか。それはいい」


「待て、面白いやつな?」と困惑を見せる義兄上にニヤニヤと笑みを返していれば「リヒト様……」とリーエルが呆れた視線を向け、エメリアーナまでもが「あんたねぇ……」とジト目を向けていたので方向修正をする。


 冗談はさておき、と前置きをして「今、ハインフィードの主導でいくつもの事業が動いています」と姿勢を正して真面目に説明した。


 多目的ホール、舗装事業、新薬の増産、諜報部隊の設立、若手の新しい騎士団の設立、学校の設立。

 補足で銭湯などの話も入れつつも義兄上に説明を入れると「同時進行させ過ぎじゃないか。大丈夫なのか?」と訝し気な顔を見せる。


「ええ。幸い、ハインフィードには優秀な者たちが多いのでね。

 それでも流石に手一杯で王子様の手も借りたいくらいですが」

「ふむ。その中で俺が一番知見が深いものと言えば……やはり学校だな。どの程度進んでいる」


 そう問われたが管轄がリーエルのものなのでバトンタッチする。


「教科書は作り終えましたので、今から教職員の募集ですわね。

 学舎がまだ建築中ですのでそれほど急いでもおりませんが……」


 と、そう言ってリーエルは自作の教科書を持ってきてくれた。

 それに目を通し「ほう」と感心した声を漏らす義兄上。


「おい、これだけの物を書ける者が居るならその技術こそ後世に伝えろ。

 語学は書き方も教える様な作りにするべきだ。

 後はダンジョン関連の授業もやった方がいい。入らずとも多少は知っておくべきものだ。

 金を稼ぎ方を教える授業も作った方が後の為になるぞ。

 うちの学校には商業科があるのだが、そこの卒業生たちが大人になりかなりの稼ぎを上げ国に大きく貢献していると聞く。やはり、商いの基礎を学んだ者たちは強いのだろう」


「えっ……あ、はい」と困惑しながらも話し合いを始める二人。


 リーエルからも、書き方はわかるが商いの方の教本は作れないと返せば、彼女が作っていた事に驚愕しつつも持ってきている書物に学院の教本もあると引っ張り出してくれた。


「ねぇ、これが仕事なの……?」と、楽しそうにわちゃわちゃしてあーだこーだ言う義兄上を唖然と見ながら言うエメリアーナ。


「うん。立派な仕事だよ。物事を動かす時の根幹はこうした構想から始まるんだ」

「ふーん。変な感じ。言葉遊びしてるみたいね」

「そりゃ、楽しんでるからね。エメリアーナにもあるだろう。戦闘で楽しい時。

 けど、その戦いだって遊んでるわけじゃないだろ?」


「あそっか」と、理解はしたものの不思議さは抜けなそうな面持ちで楽しそうに話す二人を唖然と見ているエメリアーナ。


 そうして、話に段落が付き、そろそろ食事にしようと応接間から移動が始まる。


「あっ、義兄上、明日は新薬の増産体制の視察に行くんでそっちも手伝ってくださいね」

「なにっ? お前まさか……全部やらせる気じゃないよな。忙殺させて痩せさせない気か?」

「まさかまさか。本当に今は忙しい時でハインフィード内の空気を伝える時間すら取れないんですよ。その理由は夕食後にでもお伝えします」


 と、返しながらも食卓の席へと着いて食べ終わった後にトルレーの領主に任命されたことを話した。


「ああ、そういう事か。どうりで話はついていたというのに俺が来た時の当たりが強い訳だ」

「それは別ですぅ! シャリエスさん、この手紙見てくださいよ。僕、普通ですよね?」


 と、義兄上の出した手紙をそっと彼女に渡せば「おい馬鹿やめろ!」と義兄上が焦った声を上げるが、制止も虚しく手紙はじっくりと読まれてしまう。


「でぇんかぁ?」とシャリエスさんの間延びした声が響く。


 変わった雰囲気に僕らは少し圧倒されながらもわくわくした。

 どんな面白いことが始まるのだろうか、と。


 だが「後でお話があります」と流石にここでお説教は始まらない様で少しがっかりしながらも再度トルレーの話を続けた。

 お前なぁ……ジト目を向けられたがスルーして説明を続ければお互い仕事モードへと入っていった。


 そうして話が終り雑談へと移行した瞬間、義兄上の視線が再び責める様なものへと変わった。


「リヒト、お前結構やんちゃだよな」

「いえ、義兄上には言われたくないです」


 ニコニコと張り合うような笑みを互いに浮かべているとエメリアーナが間に入った。


「あんたら、めんどくさいわね!

 遠回しにネチネチやってないではっきり言いなさいよ!」


 その声に何故か壁際に控えるシャリエスさんがエメリアーナに小さく拍手を贈る。


 流石は義兄上の付き人。彼女も一風変わった人のようだ。

 弟さんはずっと変わらずにぴちっと立ったままなので真面目なのだろうが。


「エメリア、これは喧嘩しているんじゃないのよ。仲が良すぎてじゃれ合っているの」


 と、リーエルが解説を入れるが、やめて欲しい。

 何か恥ずかしいから。


「……リヒト、部屋への案内を頼む」

「あぁ……はい。メルフィ頼むな?」


「畏まりました」と、丁寧な所作に安心感を覚えつつも義兄上の案内を頼んだ。

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