第92話 敵側の策


 単独で大きく前に出た老将の声にうちの面々が興味深そうに視線を送る。


「む、気骨ある御仁が敵にもおるではないか」


 と、死中に活をと叫ぶ敵将を見て古株で貫禄のあるカクさんが呟く。


「ですね。僕としては居ない方が気が楽なんですけど……心苦しさが増すので」

「ふむ。婿殿は武人では御座いませんからな。まあお気になさるな。

 武人として生きあの年まで現役で居られたのであればもうある程度満足しておろうて」


 そう言って「んっ」と重く頷く。


 その後、直ぐにその老将を筆頭にコイン軍とぶつかった。

 両サイドからの魔法の援護により一応戦いになってはいるが、コイン軍に最初の様な勢いは無く敵の士気が上がっているお陰か少しづつ押されている。


 その事実に敵兵の気勢が更に上がる。


 そのまま押される空気だが、もうこちらの布陣は整っている。

 僕らは少し下がるだけで直ぐに本陣の中に戻れた。


「さて、指揮隊は全ての旗を上げ三番隊にだけ援護の笛を鳴らしてくれ。

 予定通り他は前進の笛だ。まだ直接の伝令はしなくていい」

「ハッ!」


 これで貴族軍の役割は終わりでいいだろう。

 役に立たなかったコイン軍はお役御免で何ら問題は無い。

 町の制圧には僕からハイネル軍を推そう。


 ハインフィード軍が余裕で熟せるところを見せた以上、コイン軍はもう何も言えないからな。

 どちらにしても三千以上に単身突撃することになると告げてあるのだから何か言ってきても一蹴するがこれならばぐうの音もでないだろう。


 不測の事態にならない限り当面は見ているだけなので振り返り陛下たちの所へと歩を進ませれば陛下が呆然とした顔をこちらに向けていた。


「こ、これほどなのか……ハインフィード軍は。

 いや、話には何度も聞いていたが実際に見てみると想像以上だ」

「お気持ちは重々……」


 と、サイレス候もそれに同意してじっとこちらに視線を向ける。


 僕をそんな重い感じに見詰められても……

 なんて言えばいいのさ。


「え、ええ。これが英雄の墓守をずっと陰ながら務めてきた者たちです」


 と、折角なので彼らの影ながらの奮闘を少しでも表に出しておこうとそう告げた。


 本当にあの力が無いと守れない場所なのだ、と。


 実際には二段階目の強化で結構な上乗せもされてるし、人数が少なすぎたから更に強くなることを強いられたという面も大きいのだが、彼らが最難関にてずっと命懸けでやってきたことに変わりはない。


「そうか。強すぎて今までずっと表に出せなかったからこそあれほどに日陰に居たのか……

 やはり皇家だけはこのことを忘れてはいかんな」

「はい。私も彼らを深く尊敬しております」


 まあ中身を知っている僕としては尊敬だけではないのだけど、それもまた事実。


 面白い人たちだからなぁ……

 良い意味でも悪い意味でも。


 そう思いつつも目を向ければ、早速隊列を崩してエメリアーナとじゃれ始めるハインフィード軍を僕は見詰めた。


 ちょっとキミたち、陛下の御前だよ?

 格闘始めちゃダメでしょ……


 そう思うが口には出せず、じっと強く見詰めた。

 だが、視線に気が付いてくれる前に戦場の方が動きを見せた。


 コイン軍が撤退しそれを援護しながらもアスファルド軍とハイネル軍も後退する。

 援護に出した両軍はちゃんと仕事を全うしてくれた様だ。


 それと同時に皇軍の全ての大隊がゆっくりと前進していく。

 今回は中央の三番隊だけが援護なので若干遅れての進軍。


 二番隊四番隊が中央に寄り三番隊が後ろに続く形だ。

 貴族軍が後ろに抜け、凡そ思惑通りの布陣が整った。


        敵本陣一千


        敵軍四千


  一番隊 二番隊 四番隊 五番隊

        三番隊


 地図上に駒が置かれ現在の両軍の布陣が記されていく。前回と変わらず三番隊だけが二千の兵となっており他は千の大隊。

 陛下がいらっしゃったお陰で兵数が大幅に増えているので別動隊を出しても皇軍の兵数は変わっていない。


 二番と四番の二つの大隊前列に盾兵が突出して進軍している。


 前回ちゃんと守るという姿勢を示し魔法を受け止められると体で理解したからか、進行速度が前回よりもかなり速い。

 これならば魔法に的に晒される時間も減るし被害もさらに軽微になってくれるだろう。


 二番隊と四番隊にはもし敵兵の練度が高く止め切るのがキツければ間から敵を通してしまっていいと伝えてある。

 その時に完全に余力を残した三番隊が受け止める算段だ。

 そこで三番隊が止められれば自然と囲めるし、当然一番隊と五番隊は最初からコの字型に囲む為に前に出す二段構えだ。

 奥に控えている敵本陣はたった千で張りぼてっぽいから気にせず囲い込みを行おうという目論見。

 もし、それが精鋭兵だった場合には伏兵を使い立て直す。


 それが僕が考えた出だしに使おうと用意した作戦内容。

 華は無いが確実性はある筈だ。


 どうやら僕は軍議盤の様に一手一手詰めていく方が性に合っている様だ。


 コイン子爵のお陰でちょっとした余興を挟んでしまったが、これで予定通りの進行に戻れた。

 後は、皇軍が押しつぶすところを見ているだけでいい。

 今回の敵兵は第二王子が出してきた精鋭兵よりも練度が低いので兵の練度では皇軍の方が勝っているからな。


 そう思って成り行きを眺めていれば、予想外にも本陣が動き出した。


 あれ……もしかして張りぼてじゃないのか?


「むっ! 指揮隊、銅鑼を鳴らす用意を!」


 と、指示を出しつつも陛下と閣下に耳を塞いでくださいとお願いして「鳴らせ!」と声を上げた。


 ゴォォン ゴォォン ゴォォン 


 と、ビリビリと振動がくるレベルの大音量が響く。

 その音に一度戦場すべてから注目が集まるほどだ。

 この音量ならば間違いなく別動隊に届いているので直ぐに出てきてくれる筈だ。


 少し足を止めかけた敵本隊だが、間を置かず囲い込みをしようとしている一番隊へと再び歩を進め始めた。


 くっ、そっちか。


 せめて五番隊の方であれば伏兵の居る方向だから多少近かったのだけど、流石に今からじゃ辿り着く前に乱戦に持ち込まれちゃうな。

 そうなると包囲の手が足りなくなる。

 ちょっと大変だけど役割の入れ替えが必要だ。その一手間を入れればまだ間に合う。

 折角コイン軍を追う形で中央を進んできたんだ。

 今のところ引く様子も見られないし退路は作らせたくない。


 と、僕は指揮隊に指示を送る。


「指揮隊、五番隊の旗を上げろ。笛の音は援護だ!

 一番隊には前進と遅滞戦闘の笛を交互に鳴らせ!」


 一番隊も敵本陣の動きには気付いている。

 遅滞戦闘と一緒にであれば、前進の意味をはき違えはしない。


「伝令兵、伏兵隊に一番隊の援護に向かわせた五番隊の穴を埋める様に伝えろ。

 突っ込んでいく必要は無い。被害が大きくなりそうなら引いても構わないとも言っておけ。

 その次に五番隊の方にも一応回って伝えてくれ。一番隊がピンチじゃない限りは包囲を優先してほしいと」


 正直、包囲に穴が出来ようがもう趨勢は決しているが、今の状況下なら降伏を促せる。

 その為には大人数で囲みながら呼びかけるのが一番効果的だ。

 勝敗が決まったならばそこからの殺し合いなど互いに害しかないからな。


「む……焦るほどの問題があるか?」と立ち上がり戦場を見渡しているサイレス候が問う。


「ええ。できるならば綺麗に終わらせたいですからね。

 敵本陣の前進にはそれを崩される懸念があったので」


 と、僕が言い終わる頃には敵兵四千と皇軍の二番と四番の隊がぶつかっていて、五番が予定通り包囲の形へと動き出していたところ。

 一番隊は笛の指示により向きを変え敵本陣へと歩を進めたのでその一角だけが大きく開いてしまっていた。

 もう少しすれば伝令兵が指示を伝え、五番隊が大きく動き出すだろう。


「な、なるほど。

 伏兵の向こう側では届く前に敵本陣が一番隊と当たり包囲網が崩されていたか……

 被害は大きく出せても包囲を抜け出し立て直されては戦は終わらぬな」


 サイレス候は「敵本陣が動き出した瞬間に全てを見抜くか。流石は軍師殿だ」と頷き再び腰を下ろした。


「なんだ、二人の見解ではどちらにしてももう勝っているのか……

 戦場に出てこれほど安心して見ていられるとは思わなかったぞ」


 と、拍子抜けした顔で言う陛下。


「それはそうなのですが、勝って兜の緒を締めろと言いますからね。まだ安心はできません。

 お城に帰るまでが戦争です」

「ふっ、まるでピクニックかのように言うではないか」

「いえ、冗談ではなくてですね……」


「わかっておる。これでも皇帝なのでな。狙われる筆頭なのは重々承知よ」と陛下は笑いながらも僕の声に頷いた。


 まだ緩んでいる様に見えるが、警戒は僕らの仕事。

 僕らが緩まなければいい話。

 否定されないだけで十分だと戦場に意識を戻した瞬間「え、敵襲?」と驚き思わず出た呟くような声が何故か後ろから聴こえた。


 なにっ――――――と、その刹那、僕は身の毛がよだつ思いに駆られた。


 そっちから敵兵が来る筈が……そう思って振り返ればたった十人程度だが、かなりの精鋭だと思われる兵士が本陣へ特攻をかけて来ていた。

 まだ多少距離はあるが、警戒に立っていた数十名の兵はもう既に討たれている。

 僕らは最後尾。この場に居て即当たれるのは近衛兵二十と重役たちだけだ。


 不意を突いたとはいえ、音もなくとか速過ぎだろ!?

 最高峰の戦力を全部ここに当てたのか。してやられた……


 くそっ、真面な将が居るのに動きがあまりに単調すぎた事に疑念を持つべきだった。

 ルンもヘーゲルも騎士団の方に置いてきてしまっているってのに。


 敵が本陣まで動かしたのも全てはこの為の陽動だったのか。

 後が無いからこその捨て身技だな。これは流石に軍の動きからは読めないよ。

 けど、ここを凌げばもうこれ以上は無い筈。


 そう思い「ハインフィード騎士団! 仕事だぁぁ!!」と叫びつつ、陛下をお守りする為に僕は敵兵との対角線上に立つ。


 その瞬間にはもう敵兵が魔法陣を組み上げ始めていた。


 魔法ならば散らせる。

 構築速度なら手練れであっても僕は負けない。


 そう思い魔力を散らす陣を設置型の様に一列の円に組み上げ大きな盾を作った。


 相手が選んだ魔法はロックバレットだ。

 それも手練れだけあって中々に大きなもの。

 絶対に通す訳にはいかないと、陛下がちゃんと守れる位置に居るかを一瞬チラリと見ておく。


 大丈夫みたいだ……

 ちゃんと全ての近衛兵に守られ僕の裏に居る。


 と、その瞬間、ロックバレットが発射された。


「リヒト!!」と陛下の声が響く。


 安心してくださいと返したいところだが、そんな言葉を交わしている場合じゃない。

 これを掻き消してもまたすぐに次がくる。

 敵はもう死に物狂いだ。恐らくは驚いて立ち止まるなんて事はしないだろう。

 次は近接でくる。

 だから三段階目の強化も同時進行で必要だ。

 

 そうしてロックバレットを掻き消しながらも傍目からは見えない魔導文字をいくつも組み上げていく。

 

 よし、組み上がった!


 そう思って起動させれば体から蒸気が上がる。


「軍師殿、お下がりを! ここからは我らが!」と二十名ほど居る中から二人の近衛兵が前に出た。


「お前らの仕事は陛下の守護だろうが!

 敵の総数もわからない内からその場所を不用意に空けるんじゃない!」


 と、思わず声を荒げてしまったが、そのお陰か素直に下がってくれたのだが、それと同時に敵兵も突っ込んできていた。


 リーエル、ごめん……


 と僕は心の中で呟き、彼女が作らせてくれた剣を鞘すら抜かずに敵兵に向かい棒きれの様に全力で振るった。


 ……多分、折れちゃうだろうけど仕方ないよね。

 僕剣なんて碌に振ったことないし。


 ここで大きな魔法をぶっ放すこともできないし、敵兵はどう誘導しても陛下から狙いを変える事は無い。


 だから、とりあえず全力でぶっ叩くしかないんだ……

 あ~あ、大切にしたかったからこそ今日初めて使うのに。


 そう思って鞘からも抜かずに魔力を込め硬化し、とりあえず全力で殴りつけた。

 相手も僕の全力の速度に驚いた様で素人の攻撃なのに往なすこともできず剣で受け止めようとしている。

 振りぬいた瞬間、バキバキバキィと複数の物が折れる音がした。

 見てみれば敵兵の剣が折れ、腕が折れ、そのまま肩にめり込み鎖骨まで粉砕していた。


 その敵兵はそのまま力なくバタリと前のめりに倒れた。


 あ、れ……かなり速く練度が高い動きだったが、膂力はそんなものなのか?

 剣も全然大丈夫そうだな……流石は腕利き鍛冶師が魂を込めた作品だ。

 ならばやりようはあると思った瞬間、後ろから風が抜けていった。


 その瞬間、十居た敵兵が全員が真っ二つになった。

 あ、やっと来てくれたのか、と安堵した瞬間ルンとヘーゲルが僕の前に付き、エメリアーナに両肩を強く掴まれた。


「あ、あんた、仕事だ、じゃなくてちゃんと襲われてるって言いなさいよ!!

 あんたが兵に声を荒げるまでわかんなかったでしょうが!!」

「え、ああ……すまない」


 そ、そうか……

 遅いなとは思っていたけど、さっき仕事だって言って前に出て行った流れがあったから僕がくるのを待っちゃったのか。

 そう言えば敵襲って声も驚いて出た小さな声って感じだったものな。

 いや、今の優先順位はそこじゃない。


「そ、それよりも索敵が先だ! 周囲にまだ敵兵が居ないかを徹底的に調べろ!」

「ハッ!」


 と、騒ぎに集まった兵士たちが周辺の索敵に散らばっていく。

 それと同時に戦場も見渡すが、まだ一番隊が敵本陣と交戦状態にあり、囲い込んでいる四千の兵とは魔法の打ち合いが続いている。

 こちらが無理に詰めないと気が付いたからか、ウォールを立てて凌がれているので長引いている様だ。

 特に予想外な事態は起きていない事に安堵して戦場から目を離せば、サイレス候から頭を下げられた。


「リヒト殿、申し訳ない。私の失態だ。

 周辺の索敵は済ませていた筈なのだが甘かったようだ……」

「いえ、本陣の防衛の形や斥候の索敵ルートは僕も聞いております。

 そこに異論を出していないのですから僕から責める訳にはいきませんよ」


 うん。正直、僕も見通しが甘かった。

 上から見たのだから大丈夫、後ろからは来ないと高を括ってしまっていた。

 前ばかりではなく陛下の周りは全体的にもっと厚くするべきだったのだ。


 だが、何にせよ守れたのですから今はこの場を、と告げればサイレス候も力強く頷いた。

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